それは初めて見た涙だった

「……そう言えば、今日話すのは初めてですね」

「そうだな……」

「……………」


 俺が輪廻を連れてきた場所は屋上だ。

 別に怪しい何かをするつもりもないし、単に話を聞きたかっただけなので決して誤解されるようなことはないと言っておきたい……まあ、他人がどう思おうが今更俺たちにそんな心配はないんだけど。


「何か……あったんだよな?」

「ありましたね……思いっきり、姉貴のことは嫌いだと言われてしまいました」

「……マジかよ」


 こちらを振り向かず、遠くの景色を見つめて輪廻はそう言った。

 一体何があったんだ? 輪廻も黄泉もお互いにお互いを大切にしており、どちらかを嫌う未来は想像出来ないほどだ。

 ……だが、一つだけこれではないかという心当たりがある。


「……黄泉に何か言ったか?」

「っ……」


 ビクッと輪廻は体を震わせた。

 俺の方へ振り返った輪廻は驚いた様子でありながらも、今にも泣き出してしまいそうなほどの弱々しい……すぐにでも駆け寄ってしまいたいほどの衝動に駆られるくらいに。


「明人君は黄泉のことをよく分かってるんですね……私以上に……ふふっ、むしろ黄泉のことを大切にしているからでしょうか」

「……………」

「その通りです……といっても、最初は何でもない会話だったんですよ」


 輪廻は話してくれた。

 事の発端は昨日の夜――俺と出会ったことで輪廻は事の詳細を知ったわけだが、それでもハッキリと知っていると伝える気はなかったらしい。

 だが……少しだけ魔が差したのだと輪廻は言った。


「……おかしかったんです。羨ましくて……仲間外れにされたことが寂しくて……それなのに明人君との時間を思い出して笑顔を浮かべるあの子が……妬ましくて」

「……それは」

「それでも明人君から話を聞いたことは言いませんでした……けど、私はこう言ってしまったんです――私が居ないとあなたは何もできないくせにって」

「あ……」

「私もちょっとカッとなった部分はあって、それでも大切な妹に対して言うべき言葉じゃないとすぐに考えて謝ろうとしたんです。でも……黄泉は……あの子は私が見たことがないほどの形相で掴みかかってきました」


 あの黄泉が……輪廻に掴みかかったって?


「掴みかかったと言っても肩に手を置かれたくらいです。でも……そこから伝えられた言葉は私にとって予想外でもありましたけど、あの子がずっと抱えていた気持ちだと分かったのもすぐだった……私はずっと、知らず知らずのうちにあの子を傷付けていたことを知ったんです」


 黄泉が何を言ったのか、それは詳細に輪廻が教えてくれた。

 要約すると輪廻は黄泉を見下しており、自分が居なければ何も出来ない妹のことを馬鹿にして、そんな妹を助けている自分に酔っているんだと……そんなものだ。


「黄泉は……あの子はそんなことを思っていたんですね。明人君があまり驚いていないのを見るに知ってたみたいですね?」

「……まあな」

「そうですか」


 むしろ、黄泉のそんな姿を見たことが二人と再会するきっかけでもあった。

 黄泉が輪廻に対してコンプレックスを抱いている……それは分かっていたけど、黄泉がそれも受け入れていつも通りの様子だったから大丈夫だと思っていた。

 でも……たった一言が黄泉の地雷を踏み抜いてしまった。


「何も心配は要らないですよ。きっとすぐに仲直りしますから……」

「輪廻……」

「そんな顔をしないでください。姉妹なんですから喧嘩くらいしますよ」


 クスッと微笑んで輪廻は屋上から去って行った。

 残された俺はどうしたものかと頭を悩ませる……結局、この二人のすれ違いは今まで見えなかった部分が見えたことで起きてしまった出来事である。

 輪廻が言ったようにすぐに仲直り出来るとは思うけど……このまま何もしないで良いのかと俺は頭を悩ませる。


「……俺だから出来るんだってそんなことを思うわけじゃないけど、何かしてあげたいとは思うよな」


 それから俺も輪廻に遅れる形で教室に戻った。

 相変わらず彼女たち二人が視線を合わせることはなかったけれど、だからこそやはり何かしたいと背中を押してもらったようには思えたんだ。


「明人、どっか遊びに――」

「すまん」

「……ははっ、なるほどな。頑張れよ」

「おうよ」


 芳樹と正志は俺の表情から察したらしく、ポンポンと肩を叩いて教室を出て行く。

 二人の感謝をしつつ、輪廻よりも早く教室を一人で出て行った黄泉を追うように駆け出す。


「黄泉!」

「……明人君」


 振り向いた彼女はいつも通り……とは言えないか。

 輪廻と同じ顔をした彼女はいつもの覇気がないようにも見え、けれどそれを必死に表に出さないようにとするような強がりも見えた気がする。


「今日はどうする?」

「……あ、そうだったわね」


 テストに向けて勉強するって約束もしているからちょうど良かった。

 気の強い彼女にあるまじき弱々しさを視線から感じた俺は、少しでも離れたら彼女が消えてしまうと思い、すぐに隣に並ぶ。


「お邪魔して良いの?」

「もちろんだ。話をしたいこともあったからさ」

「……………」


 黄泉は何も言わなかったが、小さく頷いてくれた。

 それから家に着くまで俺たちの間に会話はなかったものの、彼女が逃げないのであれば大丈夫だと俺は考えていた……そのまま家に着き、部屋に入ったところで黄泉が俺にこう言った。


「昼休み、姉貴に声を掛けたわよね?」

「え? ……見てたのか?」

「うん」


 そうだったのか……。

 驚く俺を見つめる黄泉は何を考えているのか分からなかったが、彼女はジッと俺を見つめて言葉を続ける。


「どうして……どうして姉貴の方に先に向かったの?」

「……何を」

「姉貴の方が大切だから……? 私よりも姉貴の方が明人君にとって大事だから?」

「お、おい黄泉――」

「どうして私の方に先に来てくれなかったの!!」


 黄泉は……涙を流していた。

 俺を見つめる彼女は助けを求める小さな女の子のよう……でも、俺はこんな風に黄泉が泣いている姿を当然だが見たことはない。

 輪廻は記憶の中で見たことはあるけれど……黄泉は初めてだった。




【あとがき】


初めて三角関係というものを書いています。


心が痛いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る