ようやく気付き、そして前へ
目の前で黄泉が泣いている。
一歩踏み出そうとしたけれど、黄泉が俺を怖がるように見て一歩退いた……それを見た瞬間、俺は足を止める他なかったんだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……いきなり大声を出してごめんなさい……っ」
目元に手を当てて涙を拭う黄泉は腰を下ろした。
必死に流れる涙を止めようとするだけでなく、嗚咽も我慢するような彼女の姿にどうして俺は何も出来ないんだと自分が嫌になる。
(……どうして輪廻の方に行ったのか……か)
まさかそんなことを言われるとは思わなかった……あの時、輪廻を連れて行った時に黄泉はどこかで見ていた。
二人の間に何かがあった……言い合いがあったことは輪廻から聞いたし、その内容も知っている……二人は間違いなくどちらも傷付いていて……それなら、俺が輪廻の方を優先したと思われてもおかしくはないのか。
「……黄泉、俺は――」
俺は……その後に続く言葉は何が正解なんだろう。
俺にとって輪廻も黄泉も大切な友人なのは確かだし、二人の間に優劣だって存在しない……極端な話、どちらかを助けるために選べだなんて言われたら俺は絶対に両手を伸ばして二人を助けるつもりでいるほどだ。
(謝るのが正解なのか? 黄泉の方に行けば良かったって言うのが正解か? いいやどれも正解じゃない……だって、輪廻を見てすぐに行動に移した自分を俺は間違いだと思っていないからだ)
輪廻は黄泉に対して心無い言葉を言ってしまったこと……それを後悔していた。
俺は彼女から話を聞いて事情を知れて良かったと思えている……だってそのおかげでこうして黄泉との時間も取れているのだから。
何より……大切な彼女たちのために、こうして行動できているのだから。
「……………」
俺は泣き続ける黄泉のすぐ傍に腰を下ろし、そっとハンカチを差し出す。
驚いたように顔を上げた彼女に見つめられるが、俺は特に何か言葉を発するでもなく……ハンカチを彼女が受け取るのを待ち続ける。
「……ありがと」
「おう」
ハンカチを受け取ってくれた黄泉は流れる涙を拭う。
こういう時……そもそもこういう経験が初めてのせいで、どんな言葉を掛ければ良いのか分からなかった……誰かに気の利かない奴だなと言われても文句は言えないだろう体たらくだ。
「……なあ黄泉」
「なに?」
とはいえ、段々と落ち着いた様子の彼女を見たら自然と口が開いた。
「俺さ……どんな言葉を掛ければ良いのか分からなかった。だから……取り敢えずこうして俺は傍に居るからって意味で座ったんだけど」
「うん」
「本当にこういう時、ちゃんとどうにか出来たら最高に良い奴なんだけどなって思っちゃったよ」
「……逆に慣れるくらいこんなやり取りを何度もしていたらそれはそれでかなり不憫な人だと思うけど」
「……確かに」
それは……確かに気遣いの鬼になりそうだが疲れる人生な気がするよ。
結局はどっちもどっちかと思いつつ、ふと黄泉を見ると彼女はクスッと笑いながら俺を見つめていた。
「……どうして私、姉貴にあんなこと言ったのかなってずっと思ってた。私と姉貴は喧嘩を絶対にしないわけじゃないけど、あまりにもカチンと来ちゃったから私も物凄い勢いで言い返してね」
「みたいだな。どんなやり取りをしたのかも全部聞いたよ」
「そうなのね。もしかして、姉妹だからすぐに仲直りするから安心してとも言われたんじゃない?」
「……まあな」
「そう……姉貴らしい言い回しだわ」
だからちょっとムカつくと黄泉は苦笑し、こてんと俺の肩に頭を置いた。
「……姉貴は私に比べて何でも持ってるのに嫉妬するんだって。私さ……最初はそんな姉貴を見て嬉しかったの。あ、私でも姉貴をこんな表情にさせることが出来るんだって……もちろんすぐに私って最低だなってため息が出たけど」
「そうだったのか……」
「うん。それで……話に聞いてる通りに姉貴に言われてキレちゃって、それで今の今まで尾を引いてる感じね」
「……………」
こんな風に話せる時点で少しは怒りは収まった……のかな?
黄泉を見る限り既に怒ってはいなさそうだけど、彼女の心の内が透けて見えるわけでもないのでもう大丈夫かとも言えない。
ふと時計を見上げた黄泉はごめんとまた俺に謝る。
「大分時間経っちゃったわね……せっかく勉強するために誘ってくれたのに」
「あ……全然俺は大丈夫だよ。むしろ俺の方も色々気になってたし、むしろこうして話せて良かった部分もあるからさ」
「……そっか」
取り敢えず、今日はもう勉強は出来そうにないな……。
お互いにそのつもりはなさそうだし、そもそも黄泉がもう俺の肩から頭を退かすつもりがしばらくなさそうだから。
(……静寂が悪くないな……本当に落ち着くっつうか)
俺はジッと、デジタル時計の数字が変わるのを見つめているだけだ。
お互いに何を話すでもなく、俺はただジッとそれを見つめるだけ……何やってんだって言われるかもしれないけど、この空間に一人ではない時点で決して悪くない。
「……ねえ明人君」
「うん」
「明人君は……私と姉貴が喧嘩をしているのは嫌なの?」
「そりゃそうだろ。やっぱり仲良くしてほしいって気持ちは強いかな」
「その原因が明人君だとしてもそんな風に言えるの?」
「……………」
それは……。
黙り込んだ俺を見て黄泉はごめんごめんと苦笑し、こう言葉を続けた。
「明人君は……本当に優しい人よ。私と姉貴のことをよく見てくれるだけじゃなく、どうすれば良いかって考えてくれる……今回のことだってそうだもの」
「……………」
「そんな明人君の傍だからこそ、私と姉貴も楽しいし幸せだし……心が温かくなって笑顔になれるの」
「……そんなの、俺だって同じだよ」
二人の傍はとても心地良いんだ。
本当に再会出来て良かったって、また仲良くなれて良かったって……そう思わない日がないくらいに、俺の中で二人は大切な立ち位置に居る子たちなんだ。
それを伝えると黄泉は少し顔を赤くしたが、すぐにこんな提案を俺にする。
「ねえ明人君――ちょっと抱きしめてくれない?」
「え?」
「ねえ良いでしょ~? ほらほら」
「……分かった」
黄泉の背中に腕を回すように抱きしめると、ホッと安心したような吐息を黄泉は零し、彼女も俺の背中に腕を回す。
「……そっか……やっぱりそうなんだ私は……私たちはそうなんだよ」
「黄泉?」
「何でもない。ありがとう明人君――明日には仲直りしてるから大丈夫」
そう言って黄泉は離れ、いつも通りの笑顔を見せてくれた。
俺としては黄泉の言葉を信じるしかないわけだけど……それでも、彼女が言うなら大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
……でも、俺は何かが変わるのではないかと何故か直感していた。
それが何であるかは分からなかったけど、確かにそれを感じていたんだ。
▽▼
「姉貴、入るわよ」
部屋でテスト勉強をしていた時のことです。
黄泉が私の部屋に入ってきました――喧嘩をしてしまい気まずい雰囲気の私たちなのですが、黄泉は私を見てクスッと微笑みこう言葉を続けます。
「酷い顔……ねえ姉貴、もしかしてずっと気にしてたの?」
「……当たり前じゃないですか」
あ、こんな風に言ってはダメです。
謝らないと……彼女に酷い言葉を言ってしまったことを謝らないと……そう思ったのも束の間、私の正面に立った黄泉の瞳は真剣だった。
私を真っ直ぐに見つめ、黄泉は言いました。
「姉貴、話をしよう――姉妹としても、一人の女としても……私たちには話さないといけないことがあるはずよ」
その突然の言葉に目を丸くしつつも、私は強く頷いていた……まるで、何を話さなければいけないのか分かっているかのように。
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