思い出すのも時と場合によっては考え物

「……輪廻?」

「……………」


 黄泉を送り、これから帰ろうかとしたところで輪廻と鉢合わせした。

 感情の読めない瞳で俺のことを見つめる輪廻……正直、ちょっと怖くて逃げだしたくなったのは秘密だ。


(……何かいけないことをしてしまって、これからお叱りを受けるみたいな雰囲気を感じるのは何故なんだ)


 そんなよく分からないことを抱きつつもジッとしているわけにもいかない。


「どうしたんだ?」

「……………」


 声を掛けても輪廻は反応を返してくれない。

 逆に俺が何かをしてしまったのかと不安になるが……一つ心当たりがあるとすれば今回の勉強会において、輪廻を仲間外れにしてしまったことだ。


(そもそも輪廻は知らなかったはずだし……う~ん)


 こういう時の察しの悪さが嫌になる。

 ただ輪廻が機嫌を悪くしているのかが分からないくらいに、彼女の表情から何かを読み取ることが出来ないくらいに無表情なのが怖い。


「……ふぅ、私ったら何をこんなに」

「え?」

「ごめんなさい明人君。ちょっと嫉妬してました」

「嫉妬……?」


 それって……やっぱり黄泉と二人で居たことについてだろうか。

 先ほどまでの雰囲気を完全に無くし、いつもの綺麗な微笑みを浮かべて輪廻は俺のすぐ近くに歩く。

 どちらかが一歩踏み込めば体が触れ合うほどの距離で見つめ合う中、輪廻は俺たちのことを話しだす。


「元々、これからしばらく友達と勉強会をするとは教えてもらっていました。それが誰かは分かりませんでしたけど、心から楽しみにするあの子を見た時……もしかしたら明人君なのではないかと思ったんです」

「……うん」

「当たりみたいでしたね。いくら明人君と一緒に居るのが好きとはいえ、テスト前なのに遊ぶようなことをあの子はしません――明人君と一緒に勉強していたということで間違いはないですか?」


 何も隠すというか、誤魔化す必要がないほどに輪廻は言い当てた。

 いいやそんなことはないと嘘を吐くことも考えたが……ここまで言われて誤魔化すのも難しいし、何より嘘は吐きたくなかった。


「……そうだな」


 ま、嘘を吐きたくないのなら最初から隠し事をするなって話だがな。

 輪廻を傷付けただろうか……そう思っていた俺だが、ツンツンと輪廻が俺の胸を人差し指で突く。

 一瞬、頬を膨らませたようにも見えた気がしたのだが、彼女はやっぱり微笑んだまま言葉を続けた。


「怒ったりはしていませんので大丈夫ですよ。私だって黄泉に内緒にしてくれと言って明人君と出掛けたことはあったじゃないですか」

「そうだな……確かにあった」

「でしょう? ですから私は何も見ていないということにしておきます。まあ寝る前に黄泉が勉強を教えてほしいと言ってくると思いますし、日中に私が教えることが少なくなっただけですので」

「その……輪廻に比べたら俺の学力なんて大したことないぞ?」

「それでもあの子にとって面倒だと思っている勉強が何らかの形で楽しいと思えるのなら良いんですよ。その点に関しては明人君にご不便を掛けます」


 それは全然構わないさ。

 というより俺も誰かと勉強をする時間は楽しく、そして有意義なものだと改めて今日教えてくれたからな。


「まあ、それとなく黄泉に話して私もその内混ぜてもらいたいものですね」


 何かを思い付いたかのように悪戯っぽく輪廻は笑みを深めた。

 こうして話をしていて忘れていたが、俺が黄泉をこうして送り届けた時間から結構経ってしまい、いい加減早く帰らないと母さんを心配させてしまう。


「それじゃあ輪廻、俺はこれで帰るよ」

「はい。そちらに黄泉が行った時はよろしくお願いします」

「分かった……あ、そうだ」


 そこで俺は母さんに言われたこと――黄泉だけでなく輪廻も連れて来てほしいと言われたことを伝えた。


「それなら意地でもそちらに行かなくてはですね♪」

「あぁ。本当に楽しみにしてるよ」


 過去のことは覚えていなくても、黄泉を見ただけであんなにテンションがおかしくなった母さんなんだ……ここに輪廻が加わったらどうなるかちょっと怖いけど、できれば二人が引かないくらいには我慢してほしいところである。


「明人君」

「うん?」

「またいつもの……お願いしても良いですか?」

「っ……」


 いつもの……それを言われて俺は一気に緊張した。

 俺を見つめる輪廻は相変わらず微笑みながら、俺を待ち望むように腕を広げてジッと動かない――俺はまるで吸い込まれるように、彼女の背中に腕を回すようにして抱きしめるのだった。


「……ふふっ、本当に私はこれが好きなんです♪」

「恥ずかしくない?」

「恥ずかしく……はありますよもちろん。ですがそれよりも嬉しさが勝るのでどれだけされても飽きないですし、もっとしたいって考えちゃいますから」


 抱きしめられたまま、絶妙な角度で俺を見上げて彼女はそう言う。

 輪廻の微笑みにドキッとしたのも束の間、何かが脳裏を駆け巡った。


『あっくん大好き!』

『へへっ! いつだってこうするって!』

『じゃあねぇ。あっくんと結婚したい!』


 ……これは過去の記憶かな。

 輪廻を抱きしめたままピンポイントに思い出せたのはあまりにも甘酸っぱく、少年時代だからこその約束事みたいなものだ。


(ったく……思い出すにも時と場合があるだろうが)


 なんてことを思いつつ、俺はそれからしばらく輪廻を抱きしめ……そして輪廻もまた俺から離れることはなかった。

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