やっと
それはまた、夢の光景だとすぐに理解した。
白黒混じりの目の前の景色……それはまるで、白黒に映るテレビの中に入り込んだような感覚だった。
(ここは……)
その場所には見覚えがあった。
今となっては改築されたようで面影はなくなってしまったが、今から十数年前に母さんと共に訪れたデパートだ。
(……………)
黙ってその建物を見上げながら、俺はゆっくりと近づいていく。
俺以外の通行人たちはみんなこちらに気付くことなく通り過ぎて行き、中には俺の体をすり抜ける人だって居る。
ぶつかる感覚も、通り抜ける感覚もない――正真正銘、俺だけがこの世界から切り離されていた。
(懐かしい……のかな? そんな気持ちはもちろんあるんだけど、同時にただの思い込みのような気がしないでもない――不思議な感覚だな)
一人でブツブツ呟いていたら危ない奴判定待ったなし……だが今の俺はさっきも言ったが一人だけ隔絶されているようなものなので問題はない。
(行ってみるか)
俺は意を決して建物の中に入った。
商品を手に取ることは出来ないが、ジッと見てみると商品表記が十数年前ということで中々面白い体験だと思う。
こうして夢を夢だと実感出来ている時点で珍しいのだが、結構悪くない気分だ。
辺りを見回しながら歩き続け、俺は見つけてしまった。
「俺は明人! ふんぬ! ふんぬ! ふんぬ!」
「……………」
馬鹿が居た……頭がおかしいような馬鹿が居た。
泣きじゃくる二人の前で、どうかにして笑わせようと必死の形相で屈伸をする馬鹿が居たのだ。
(何してんだよ……)
アホだ、馬鹿だ……でも恥ずかしい。
どうして恥ずかしいかって? 決まっているだろう――アレは間違いなく過去の俺であり、泣き止ませようとしている二人が写真の子たちだと分かったからだ。
(……あぁ、そうだった)
ゆっくりと……紐解かれるように思い出していく。
俺はこうしてあの二人と出会った――あの子たちにとって、俺は通う幼稚園も違うので初対面なのは確かだ。
だからこそ、あの子たちからすれば俺は馬鹿な怪しい奴に違いはない。
そのはずなのに……あれだもんなぁ。
「……ふふっ」
「あははっ!」
笑ってんだもんこれが。
突然の屈伸という奇行も本気さを窺い知ることが出来れば警戒心を解くには十分だったらしい。まあ今の年齢でそれをやると完全にダメな奴だが、でもこのおかげであの子たちは笑ってくれたんだ。
(それで……ここから時々会うようになったんだよな。週に一度、買い物の度に会うようになって……それからは公園なんかでも遊ぶようになって……)
何度も言うが合っているとは限らない……何となくそう記憶が脳裏に流れた。
デパートでのやり取りは終わり、公園で俺を含めあの子たちが三人で遊んでいる光景に切り替わった。
(……ここは)
この公園は俺が木に登ってランドセルを取った場所だ。
その木とはまた違うのだが、大きな木に三人で背中を預けるようにして座っているのを見ると何とも微笑ましい。
子供ということで背中が汚れることを全く気にしていないようだ。
「あきくんはどうして私たちのことが分かるの?」
「うんうん。オレも気になってた!」
「え? う~ん、なんでだろうなぁ」
あき君、そして私たち……か。
子供の頃だとみんな声が基本的に高いのもあって、男の子とも女の子とも思えるけれど……この声は間違いなく女の子のものだ。
写真の子たち、今も見るからに見た目は男の子とそう変わらないのに……一応夢の中では女の子だと確定したな。
(あぁ……どうして忘れていたんだろう)
本当に、どうして忘れていたんだろうなぁ。
幼稚園は違ってもこうして俺には仲の良かった二人が居た――さっきも見たが俺たちが出会ったのは本当に偶然の産物で、そこから徐々に仲良くなり……互いの家に行き来するようなことはなかったが、よく会うことが増えたんだ。
「どうして分かるか……マジで分かんない! でも分かるんだ! りーちゃんよーちゃん! 俺は絶対に間違えねえし!」
「……えへへ♪」
「あっくん最高!」
昔の俺……中々口が達者やんけ、なんてことを思いつつ目の前のやり取りがとても懐かしく微笑ましかった。
俺だけでなく周りの大人たちも微笑ましく見つめており、こう言っては烏滸がましいかもしれないが、俺たちのやり取りは周りを笑顔にさせる力があったようだ。
「あ、そういえば俺さ。近いうちに引っ越すらしくて……だからしばらくは会えなくなるかもなぁ」
「……え?」
「……会えないの?」
そうしてまた景色が切り替わった。
あまり深く考えていないような俺に比べ、二人は悲しそうに俯いて口数も少なくなっているようだ。
(……それだけ身近に感じてくれたんだろう。もちろん全てを思い出せたわけじゃないけれど、あの二人が俺のことを本当に大事な友人……それこそ、気の置けない親友として接してくれていたことはよく分かる。そして俺も、同じようにあの子たちのことを純粋に考えていた)
当時の俺はこの子たちのことを女の子だと認識してたのかな?
あくまでこの接し方だと女の子のように扱っているとは思えないが……それにしてもこれは大きなヒントだと言えるだろう。
りーちゃんとよーちゃん、それは俺の脳内に響いた呼び名だった。
別れが辛いと言わんばかりの二人に、過去の俺が更に言葉を続ける。
「だから何処に居たって見つけてみせるさ! まあその……いつまた会えるかは分からないけどさ。でも必ず、また二人に会いに来る!」
そうだ……そう言って俺はあの子たちの元から離れたんだ。
それは俺たちの中での約束みたいなものだったはず……けど、どうも小学校から中学校と環境の変化が著しかったのもあって、深い記憶の海へと沈んでいたようだ。
「あきくん……」
「あっくん……」
正直、あの二人が彼女たちだと断定出来たわけではない。
けどこの記憶と夢の光景から感じた懐かしいという部分は共通しているし、高い確率でその可能性は十二分にある。
(俺は仮に……これがもしも彼女たちとの隠された真実だったとして、俺は何を望んでいるんだろうか)
何を望んでいるか……いや、考えるまでもなかった。
約束をしたのであれば、その約束を果たす――必ずまた会いに来る……その約束は絶対に違えるわけにはいかない。
もちろんこれはただの夢で、起きたら覚えていない可能性もある。
何なら俺の夢が見せたあまりにも都合の良い景色なのかもしれない――けどさ。
「また会えるよね?」
「会えないと嫌だよ?」
「へへっ! 約束だ!」
所詮は小さな子供の口約束だ。
俺自身、過去の幼い記憶に一喜一憂しているのもどうなんだと思う人が居れば馬鹿にすることでもある――でも、こうして体が覚えている以上は大切なモノだと思いたいだろ?
目の前で小さな俺の姿が消え、二人が残された。
「あきくん……」
「あっくん……」
仕方のないことではあるが、あんな風に悲しそうに名前を囁く二人を置いていくんじゃねえよと夢の俺には言いたかった。
まだまだここに来てあの子たちの名前は判明していないが、それでも予感染みたものはある。
「……あれ?」
っと、そこで俺は気付いた。
いつの間にか口から声が出せること、そして俺自身の体が幼くなっていた。
なんだこれはと思いつつも、俺はゆっくりと彼女たちの元に歩いていく――居なくなった俺の場所を見つめ続ける彼女たちの元に。
「二人とも」
「……え?」
「……っ?」
二人が振り向いた瞬間、全てに色が付いた。
白黒だった世界に光が差し込み、全ての存在に色が付いていく……そこで俺は目を覚ました。
▽▼
「……ったく、色々と覚えてんのは奇跡かな?」
目が覚めた後、俺はボソッと呟いた。
夢の内容はもちろんのこと、ある程度は思い出せたことも覚えている……そうだったなと、俺は改めて部屋に持ってきていた写真を手に取った。
「りーちゃん……よーちゃんか」
この子たちが誰なのか、最後のピースがまだ欠けている。
りーちゃんとよーちゃん……頭文字だけ見れば輪廻さんとも、黄泉さんとも繋がる呼び名なのは間違いない。
仮にそうだとしても俺たちの間にあった空白の時間は十年以上……以前にこんな運命的な出会いがあってたまるものかよと思ったけど、今はとにかく期待よりも再会したいという気持ちが強くなった。
『えっと、何の話ですか?』
『人違いじゃない?』
なんてことを言われたらどうしようかと思うものの、確認くらいは良いよな?
「……ちと、行ってみるか」
俺という人間はどうも単純らしく、それからすぐに着替え始めた。
今日は日曜日なので自由に過ごせるわけだが、俺は母さんと父さんに簡単に声を掛けた後に家を出た。
向かう先はもちろん――あのデパートがあった場所だ。
「……変わってるよなそりゃ」
建物自体は変わらずとも、その装いは十年も経てば変化する。
そんな当たり前のことに苦笑しつつ、俺はまるで導かれるようにその後ろ姿を見つけてしまった。
「あ……」
見覚えのある二つの背中が目の前にあった。
彼女たちは建物を見上げてその場から動かない――そう思われたが、二人は同時にこちらを振り向いて目を丸くした。
俺はそんな二人を見て、古い記憶のあの子たちと繋がるのを明確に感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます