変わらなくてもいいんだ

 基本的に俺の放課後の過ごし方は芳樹や正志たち友人と過ごすか、或いは適当に一人で買い物をするか、また或いは家に帰ってゴロゴロする程度……なんか、以前に似たようなことを話した気がするな。

 まあそんなわけで、特に何の変哲もない日々だったわけだ。

 しかし……まさかこうなるとは思っていなかった。


(……花があるなぁ)


 俺はジッと目の前を見つめた。

 終礼が終わってすぐに席に近付いてきたとある二人に誘われる形で、こうして俺は放課後に出掛けている。


「あの喫茶店に行きましょうか」

「良いわね。ねえ明人君、これから喫茶店に行きましょう?」

「お、おう!」


 そう、俺の前を歩いているのは輪廻さんと黄泉さん……じゃなくて、輪廻と黄泉の二人だった。

 こうして彼女たちの後ろを歩くのはなんかこう……別に悪いことではないのだが、ちょっと緊張してしまうのは今までと違うからだろうか。


(なんつうか……本当に色々と思い出すなぁ)


 歩きながら目を閉じて俺は過去を思い返す。

 思えば彼女たちと出会った時、俺と黄泉が基本的に前を走ってその後ろを輪廻が追いかけていたような記憶もある。


『あきくん捕まえた!』

『おっと捕まっちまったなぁ!』

『あははっ! オレも捕まえちゃおっと!』


 なんてこともあったような……うん、やっぱり思い出せるな。

 あの頃の俺は幼稚園児なので二人のことを女の子と認識はしていたとしても、意識まではしていなかった。

 だからこそ、抱き着かれても何も感じないしむしろ仲の良さが嬉しかった。


(本当に再会できたんだよな)


 何回同じことを呟くんだよと笑っていた俺だけど、こうやって道を歩いているのに目を閉じて歩いているのがいけなかったようだ。

 ドンと、目の前に立っていた誰かにぶつかってしまう。

 俺は意識を目の前に戻し、どうしてかは分からないが咄嗟に腕が動いてぶつかった相手を支えた。


「明人君? 考え事はダメよ?」

「……悪い黄泉」


 俺がぶつかったのは黄泉だった。

 ただ目の前を歩いていた彼女の背中にぶつかったのではなく、どうやら俺を待ち構えるようにして正面を向いていたようだ。

 黄泉の腰に手を添えるようにして支えたので、必然的に距離は近くなり至近距離で彼女を見つめることに。


「ふふっ。歩いている時に考え事はめっ、ですよ?」

「……ごめん」

「良いのよ。ほら、私が受け止めてあげたから」


 黄泉はそう言ってニコッと笑い、俺の背中に腕を回すようにして身を寄せてきた。

 正面から感じる甘い香りととてつもない柔らかさにグッと来てしまうものの、それ以上に落ち着いてくるのは心から信頼出来るから……なのかな?

 あまりに距離が近すぎて、昔を思い出すようで……あぁ本当に、こうしていると落ち着いてくる。


「なんか……凄く落ち着くよ」

「ほんと? いつだってしてあげるわ♪」


 ……まあでも、やっぱりドキドキはしてしまう。

 こういうことをされるとドキドキするのは確かとして、何度も思うが彼女たちのことを気の置けない友人だと脳が考えている。

 だからドキドキするというよりは安心するという感覚が強いんだろうか。


「二人の仲が良くて見ていて微笑ましいですよ」

「再会した私たちだから当然でしょ? 将来がどうなるかはともかく、私たちの繋がりは途切れたりしないわよ♪」

「……そうだな。もう途切れたりはしないさ」


 そんなやり取りをしながら、俺は完全に離れることを止めた黄泉に手を引かれるように喫茶店まで向かう。

 輪廻はそんな俺たちを楽しそうに見つめながら傍に控え歩いていく。

 話をしながらの道中は時間の流れが早く、すぐに喫茶店に辿り着いた。


「そういえば以前に姉貴と来たんだってね? 全くもうズルいわ!」

「良いじゃないですか。あなたがベッドの上で寝ていた時に外へ出ていた私が幸運だったんですよ」

「ぐぬぬっ……それを言われると返す言葉がないわ」


 二人のやり取りに俺は苦笑する。

 それから店員さんに紅茶とケーキを頼み、道中と同じように雑談を交えながらゆっくりと時間を潰していく。

 しばらくして頼んだものが運ばれてきたので、ケーキを食べ始めるのだが……正面に座る二人がジッと見てくるので妙にくすぐったくなる。


「えっと……どうした?」

「何でもないですよ」

「何でもないわ」


 何でもないならジッと他人を見つめるようなことはしないと思うんです。

 パクっとショートケーキを一口……まだ見つめてくる。

 更に一口……まだ見つめてくる。


「良いですね黄泉」

「そうね姉貴」


 俺のことをジッと見ないで君たちも食べてくれっての!

 そんな願いが二人に届いたのか、彼女たちもケーキを食べ始めた。


「あれだよな。昔はやっぱり、駆け回るばっかりだったけど……高校生にでもなったならこういう風に過ごせるもんだな」

「そうですね。流石に毎日というのは難しいですけど、こうやって明人君と同じ時間を共有出来るのは嬉しいことです」

「そうねぇ。姉貴と二人で来ていたこの場所も、いつも以上に輝いて見えてしまうほどだもの」


 昔はまだしも、今となったら高校生だしお小遣いももらえる時期だ。

 なのでこうして喫茶店に来たりなんていうことも出来るわけだし……というか、俺の感覚がおかしかったら申し訳ないんだけど、喫茶店に来るのって結構お洒落な感じがするんだけど違うかな?


「あ、そうでした」

「うん?」


 コトンと音を立てて輪廻がカップを置いた。

 パクパクと美味しそうにケーキを食べる黄泉も視線だけをこちらに向けており、俺はどうしたんだろうと彼女の言葉を待つ。

 輪廻は一泊置いた後、こう続けた。


「その……一つ懸念と言いますか、不安に思っていることがありまして」

「ど、どうした?」


 いきなり表情を暗くさせた輪廻に俺は困惑する。

 彼女は一体何を言おうとしている? 一体何をそんな風に怖がっているというか、恐れているんだろうか。


「私たち……昔を思い出すようにしてあなたと今日は接していました。嬉しさを感じているからこそ少しリミッターが外れているのもあって……それで、人前で手を握ったりしました」

「……あ~」

「あ、私もそうだわ……」


 そう言われて輪廻が何を言いたいのか理解した。

 つまり、昔のことを思い出すあまりに距離の近い触れ合い方が多く、そのことに対して彼女は……いや、彼女たちは考えるものがあったらしい。


「予めもっともっと仲良くなるために、今までの時間を取り戻すようにって伝えてはいましたけど……どうですか? ちょっと迷惑でしょうか?」

「そ、そうね……どうかしら明人君。迷惑なら少し……控えるけど」


 いや、この空気感の中でじゃあお願いするよとは言えないっての。

 でも……あれなんだな。こうして二人を見ていると分かるのは、二人は純粋に俺のことを友人として見ており、その上で接しようとしてくれているのがよく分かる。

 前にも言ったが男女間の友情なんてあまり見ることはないけれど、やっぱり俺たちの間にはその繋がりがあるのは明白だ。


「いや、別にこのままで良いんじゃないか? 実は俺も、少し昔を思い出して接しようとした節はあるからさ」


 実を言うとこれはなくはなかった。

 教室でもそうだが屋上でも二人が声を掛けてくれた時、普通に過去の記憶のままに二人に接しようとした瞬間は少なからずあったのだ。

 距離の近さも考え物だとは思いつつも……あれだ。

 二人が純粋に友人としての気持ちを前面に押し出してくれるからこそ、万が一に間違いは起きないという安心感もある。


「やっと再会できたんだから、それくらいは良いんじゃないか? 俺もそこに文句を付けることはないし、何より二人と一緒に居られるのは凄く嬉しいから」

「……明人君♪」

「ふふっ♪」


 だから大丈夫だと、俺は二人に伝え……二人も嬉しそうに頷くのだった。

 ただまあ、それでもドキッとさせられる仕草というのは当然あって……それは今回も同様にその機会は訪れた。


「明人君のショートケーキも美味しそうですね。少しもらえますか?」

「全然良いよ」

「あ~ん」

「あ、姉貴ズルい! 私も少し欲しいわ」


 本当に賑やかだなと、俺は周りにうるさく思われていないか不安に思いつつ、二人にケーキを食べさせるのだった。

 もちろんその反対もあって、味が分からないほどに顔が熱くなったのは言うまでもないことだ。

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