呼び捨てで

「一体、どういうことなんだよ明人!」

「洗いざらい話してもらおうか!!」

「……………」


 昼休みになり、早速俺は芳樹と正志に屋上へと連れ出されていた。

 事の発端は朝の光景に間違いはないようで、どうしてあんなにも輪廻さんと黄泉さんの二人と仲が良いのか、それが気になって仕方ないんだろう。


(仲が良い……か。そう思われるのは別に嫌な気はしないけど、俺だってまだちょっと手探りな部分はあるんだけどな)


 かつての記憶を取り戻したとはいえ、やはり考えることはあるわけだ。

 あの時はお互いに幼稚園児だったけれど、今はもう高校生……十分に大人に近づきつつあるので、彼女たちとのやり取りに緊張は幾分か付き纏うものだ。

 しかしながら、それでもやっぱり大きいのは蘇った友情だろうか。

 昨日の今日でまだ一日しか経っていないものの、時間が許してくれるなら彼女たちと思う存分に語り明かしたい気分だもんな。


(って、まずは目の前の脅威をどうにかしなければ……)


 脅威でもなんでもないんだが……取り敢えず簡単に説明をしても良いか。

 別に詳しいことをそこまで説明するわけではないし、昔馴染みだったことだけを伝えるだけだ。


「まあ色々あったんだよ。具体的には昔に俺は彼女たちと会ってたらしい」

「昔?」

「……あれ、明人って小学校と中学校はこっちじゃないよな?」


 俺は頷き、更に言葉を続ける。


「あぁ。小学校と中学校は他所だったんだけど、幼稚園はこっちに居たんだ。どうもその時に彼女たちと会っててさ……それで昨日、完全に思い出して本当の意味で再会したんだ」

「……ほへぇ」

「そんな漫画みたいなことがあるんだなぁ」


 漫画みたい、そう正志が言った時に芳樹の表情が変わった。

 流石アニメや漫画が大好きなだけあってこういうことには敏感だ。まあ俺もあまりに出来過ぎだよなとは思っている。


「あったんだよ。それでまあ……ああいう感じに仲良くなったわけだ」

「羨ましいぞこの野郎!」

「そうだぞあの美人姉妹となんて!」


 バシバシと背中を叩かれてしまうが、今は潔く言葉を受け止めることにしよう。

 輪廻さんも黄泉さんもクラスだけでなく、学校の中でも有名なアイドル的存在でもあるので、そんな二人と隠されていた過去があったこと……そのことを羨ましいと思われても仕方ない。


「分かってると思うけど、根掘り葉掘り二人に聞こうとか考えるなよ?」

「お前、俺たちを誰だと思ってんだよ」

「そんな度胸があると思ってるのか?」


 あ……。

 コホン! まあ仮に彼らが彼女たちと仲が良かったとしても、しつこく聞いたりはしないはず……それくらいは友人として分かっている。


「俺にとっても彼女たちと久しぶりの再会だったんだ。まあ今までに会ってたじゃないかって言われるとロマンがないけど、やっぱりしばらくはこの余韻を彼女たちと接しながら楽しみたいっていうかさ」


 それは偽りのない気持ちだった。

 正直な話、朝に輪廻さんと黄泉さんが声を掛けてきたこともそうだし……みんなの前で輪廻さんが俺の手を握ったのもそうだけど、流石にあんな光景を見られたら今までと比べて何かが変わるのは確かだ……いや、意外とそうでもないかもだけど。

 なんてことを考えながら話していると、背後で扉が開いた。

 屋上の入口に目を向けている俺と違い、直に見ている二人が固まった。


(何だろうこの感覚……後ろに誰が来たのか分かってしまうんだけど)


 その俺の感覚は何も間違ってはいなかったようだ。

 ゆっくりと振り向くと扉から覗いていたのは輪廻さんと黄泉さんで、彼女たちは俺と目が合うとすぐに傍に駆け寄ってきた。


「屋上に居たんですね明人君」

「ちょっと探しちゃったわ。まあ、屋上かしらってすぐに思ったけれど」


 ニコニコと微笑む彼女たちを見ていると、どこか昔の笑顔を思い出すかのような感慨深さがある。


『あきくん!』

『あっくん!』


 おいおいどうしたことだ?

 今までは全く思い出せないようなものだったのに、彼女たちとの関係性がハッキリしてから色んなことを立て続けに思い出す。

 今思い出したのは公園で偶然に落ち合った際にも、笑顔で駆け寄ってくる幼い彼女たちだ。


「えっと……」

「……俺たち、どうしよっか」


 噂をすればなんとやらと言わんばかりに、ちょうど登場した彼女たちに芳樹と正志はどうしようかと迷っていた。

 そんな彼らの様子を見た輪廻さんと黄泉さんは俺の傍で立ち止まり、輪廻さんが当たり前のように俺の手を取った。


「何を話していたんですか? 差し支えなければお聞きしても?」

「え? あぁまあ」


 別に聞かれて困ることでもないので内容を伝えた。

 彼女たちと同じ空間に居るということが凄く緊張するのか、芳樹たちの表情の固さは少し面白い。

 事情を伝え終えると、俺の言葉を引き継いだのは輪廻さんだ。


「今まであまり明人君と話をする瞬間はありませんでしたけど、これからはきっと増えると思っています」


 輪廻さんの言葉に黄泉さんが頷き、今度は彼女が口を開く。


「そうね。本当に十数年振りの再会だもの――だから本当に大切にしたいの。また会えたこの運命を……明人君と過ごせる日々をまた送れることにね」


 二人の言葉はしっかりと俺の内側に入ってくる。

 とはいえ……こんな風に言われるとやっぱり嬉しいと同時に照れてしまうよな。俺は頬が赤くなったであろうことを隠すように視線を逸らすのだが、もはや当たり前の行動になったかのように黄泉さんが肩ドンしてそれを許さない。

 輪廻さんにも手を繋がれているので彼女にも気付かれてしまい、クスッと優しく微笑まれ更に顔が熱くなった。


「……え? そんなに仲良くなるものなの?」

「お前……ラブコメの主人公かよ」


 俺みたいなのがラブコメの主人公でたまるかよとツッコミは入れておいた。

 この二人と俺が他の誰よりも仲が良いことは彼女たちも知っているので、そんな俺たちのやり取りを楽しそうに見つめている。

 そんな中、輪廻さんがこんなことを言った。


「明人君は私たちのことが分かるんですよ? いつでもどこでも、私たちのことを完全に見分けることが出来るんです♪」

「え!?」

「マジか!?」


 サッと向けられた視線に俺は頷いた。

 物は試しにと目を瞑ってほしいと言われたので、良いと言われるまで目を閉じることに。


「良いわよ明人君」


 目を開けると、輪廻さんと黄泉さんは隣り合うように並んでいた。

 どっちがどっちか当てろという意味合いを込めた視線を感じ取り、同時に芳樹と正志が二人について判別が全く出来ていないことにも気付く。

 だが俺はもちろん、二人のことを分かっていた。


「右が輪廻さんで左が黄泉さんだ」


 そう口にすると、二人は正解と同時に口にした。

 まあ芳樹たちからすれば二人が俺のことを気遣って嘘を吐いていると考えられたらそれまでだけど、流石にそれは俺の考え過ぎだったようだ。


「すげえな明人……全然分かんねえぞ」

「あぁ……なんで分かるんだ?」

「なんか分かる。そうとしか言えないな」


 本当にそうとしか言えないんだよなこれが。

 相変わらず嬉しそうに俺の手を握り続けている輪廻さんが更に言葉を続け、ある意味で俺を含め彼らを驚かせることになった。


「ですのでごめんなさい――これからもしかしたら、明人君を借りることが増えるかもしれません……いいえ、確実に増えます。だからごめんなさい」


 流石にそんな風に言って頭を下げられると俺たちは驚いてしまう。

 芳樹と正志はしばらく呆然としていたが、すぐにへりくだるようにどうぞどうぞとまるで俺を売るかのようだった。


(こいつら……でも、しばらくはそうなりそうだな)


 俺自身も少しだけ、それを望んでいるのは間違いない。

 その後、彼らは先に教室に戻ったが俺たちは屋上に残ったままだ。景色を眺めるだけなのに二人に囲まれるという何とも言えない雰囲気の中、こんな提案を俺は二人からされた。


「そうでした。ねえ明人君、呼び捨てで呼んでくれませんか?」

「昔の呼び方も良いけれど……こうして私たちは大きくなったし。昔より成長したって意味も込めてどうかしら?」


 呼び捨てで名前を呼んでほしい、その提案に俺は素直に頷いた。

 喜んでくれる二人の笑顔に頬が緩むのを感じつつ、俺はそっと呟く。


「……輪廻……黄泉?」

「っ……はい♪」

「良いわね♪」


 取り敢えず……本当に急激に今までの空白を埋めるかの速度に、俺は酔わないか少しだけ不安だ。

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