輪廻と

「最近、楽しそうじゃない?」

「え? 何だよいきなり……」


 休日の朝、顔を洗っている時に母さんにそう言われた。

 最近楽しそうじゃないかと突然言われても困るんだが、それを聞かずとも母さんは理由を知っているはずなので俺は特に何も答えることはない。

 まあ、無視をするとそれはそれで拗ねるので頷くだけはしておいた。


「顔を洗ってるってことは出掛けるの?」

「あぁ。遊びの約束をしてる」

「ふ~ん……」

「……なんだよ」

「何でもないわ~♪」


 まるで自分にとっての嬉しいことがあると言わんばかりに、母さんはノリノリな様子でリビングに引っ込んで行った。

 俺は小さくため息を吐きつつ、部屋に戻って支度を始めた。


(……あ~、別に普通で良いか?)


 実は今日の用事は女の子との待ち合わせだ。

 ただそこで気になったのが着ていく服など格好について……まあ、こういう経験はないし適当ではないにしても悪くない姿なら問題はないだろう。

 まあもうすぐ7月やってくるので熱くなってきたし、学校も衣替えという時期なので無難に涼しい恰好で行くぞ俺は。


「……?」


 着替え終えたが一応、髪型とか意味のない確認をしていた時だった。

 スマホが震えたので手に取ってみるとメッセージが一つ届いており、送り主のところには輪廻の名前が合った。

 実は彼女たち姉妹と喫茶店に行った際、しっかりと連絡先は交換しておいた。

 一応俺の連絡先には女子の名前はいくつかあるものの、流石に校内で美人姉妹と言われている二人の名前は当然なく、こうして彼女たちの連絡先が並んでいるのは本当に奇跡に近いだろう。


「よし、それじゃあ行くとするか」


 まだ待ち合わせの時間には遠いけど、10分前行動は大切だ。

 輪廻と待ち合わせをした場所に向かう中、こうして実際に連絡を取り合ってから落ち合うというのは初めてのことで、少し緊張はするがやはり嬉しいものがある。

 さっきも言ったが時間は余裕がある……のだが、待ち合わせ場所にしていた駅前に着くと見覚えのある姿を見て俺はおやっと首を傾げた。


「……ふむ」


 時間を確認するとまだ20分は余裕があった。

 だというのに俺の目の前には彼女が――輪廻が既に到着しており、スマホを覗き込みながら何かを確認しているようだった。


(……うん。やっぱりいつ見ても可愛いし綺麗だよな)


 本人には決して……言えないこともないが、流石に少し恥ずかしいか。

 彼女の装いは以前に見たカジュアル風コーデではあるものの、少し気温も高くなってきたので肌色は多い。

 美少女ってのは何を着ても似合うんだなと思ったのも束の間、一人のチャラい男性が彼女に近付くのを俺は見た。


『駅前とかで待ち合わせをするの少し憧れていたんです。どうですか?』


 憧れかどうかはともかくとして、実を言うと女の子とのそんな待ち合わせには確かに俺もしてみたいと思ったのは確かだ。

 俺と輪廻の間にデートという言葉が成立するのかは分からないのだが、男女が一緒に出掛ければそれはデートなのか……そっかデートか。


「って、それよりも早く行くとするか」


 今日は彼女がせっかく誘ってくれたんだ。

 その始まりの瞬間を気持ち悪い始まり方にはしたくない――まあ、あの男性が輪廻に用があるかどうかは分からないにしても、俺はすぐに彼女の元に駆け寄った。


「輪廻! おはよう」

「あ、おはようございます明人君……?」


 挨拶を交わしてすぐ、俺は輪廻の手を取って歩き出す。

 チラッと後ろを見ると機嫌悪そうに俺を見てくる男性と目が合ったので、やはり彼の目的は輪廻だったようだ。

 彼が輪廻に接触する前に連れて行くことが出来たことにホッとしていると、クスッと笑った輪廻が隣に並んだ。


「ありがとうございます明人君」

「いや……いきなりだったけどよく何も聞かずに付いてきてくれたな?」

「当たり前です。むしろこうやって昔はあなたに手を引かれていたなって思い出したほどなんですよ?」

「……そっか」

「はい。そうなんです♪」


 何かをすればするほど思い出していくじゃないかと俺は笑った。


(って、隣に立ったのに手は握ったままなんだな)


 歩幅を合わせて歩く彼女に俺はそう思った。

 それとなく手を離そうとすると輪廻がすぐにこちらに視線を向け、どうして離そうとするのか視線で訴えかけてくるかのようで、そんな表情を見てしまうととてもじゃないが手を離すことは出来ない。


「あ、そういえば……」

「どうした?」

「こうやって手を引いてくれたのはもちろんですけど、まだやってたことがあるじゃないですか!」

「……うん?」

「やってみて良いです?」

「え? おう」


 俺はこの時ほど、安請け合いをするべきではないと肝に銘じた。

 頷いてすぐに輪廻は俺の腕を抱くようにして身を寄せてきたのだ――そうなると必然的に腕に伝わる柔らかさがこれでもかと伝わってくる。


「り、輪廻……?」

「こうしていましたよねよく……懐かしいです♪」


 完全に昔の記憶に浸る輪廻だった。


(……これだもんな。これがただの純粋な輪廻たちの行動なんだから何も言えないんだ全くよう!)


 ここに男女のあれこれが存在しているのなら輪廻も黄泉も考えることはあるだろうが、あくまで彼女たちが俺に抱いているのは間違いなく友情に寄っている。

 だからこそ俺と同じで照れるようなことはあるのだが、基本的に輪廻も黄泉もこうやって接してくることがかなり多い。


「ところで! やっぱり黄泉はまだ?」

「えぇ。いつも通りベッドの上の住人です。もしかしたら、今日これから明人君と会うって伝えたら起きたかもしれないですね」

「……あ、そうか。連絡をしてきたのは輪廻だし、黄泉はこの事を知らないのか」

「はい。今日は私と二人ですよ」


 まあ何となくそんな気はしていた。

 とはいえ……別に彼女と二人で過ごすのは良いんだけど、本当にこうして目的を持って休日に女の子と出掛けるのは初めてだ。

 高校生はまだまだ子供、だからお互いに気を遣う必要はないと思いつつも輪廻は双子の姉ということで、雰囲気も落ち着いていて年上っぽく感じることもある。


「なあ輪廻」

「はい?」

「俺、女の子とこうして出掛けたことが皆無なんだ」

「ふふっ、そうなんですか?」

「あぁ。だからまあ、エスコートとかは可能な限り頑張るけど期待はしないでくれ」

「そこまで気負わないでください。私もこうして男の子と出掛けるのは初めてですから同じですよ」


 お、そう言ってくれると非常にありがたい!


「昔みたいにただ走り回るだけなら楽だけど、もう俺たちは大きいしな」

「そうですね。どうですか明人君」

「うん? 何が?」


 俺から体を離した輪廻さんが正面に立った。

 彼女は上目遣いで俺を見つめながら、あざといポーズをするかのようにしてこう言葉を続ける。


「私も黄泉も昔に比べて大きくなったのは確かです。男の子みたいな見た目からかなり変わりましたよね。色々と女性っぽくなったでしょう?」


 それは……俺はマジマジと見つめてしまう。

 彼女たちが美しい顔立ちを持っているのはもちろん、その体付きもグラビアアイドル顔負けのスタイルといっても過言ではない。

 確かにどことは言わないが色んな部分が大きくなったと思うよ。


「ふふっ、やっぱり男女の違いは明白ですよね。私と黄泉は昔のように接することは変わらないですけど、明人君も遠慮は要りませんよ?」

「え?」

「昔のようにいつだってギュッとしてくれても構いません。それこそ不意打ちのように後ろから抱き着かれても嫌だって言いませんから」

「……………」


 彼女の言葉に俺は言葉を失った。

 黄泉も似たようなものかもしれないけれど、輪廻はとにかく昔の思い出に流されているような気がしないでもない。

 もちろん大切にしてくれているのは確かだけど、昔の記憶が俺に対してのパーソナルスペースを極端なほどに小さくしているみたいだ。

 これで少しでも輪廻に俺を揶揄う意図があっての発言ならまだしも、ただただ純粋なまでの言葉だからこそ余計に質が悪い……ふぅ、彼女のペースに呑み込まれるのも悪くはないけど、やっぱり自分自身を強く持たなければ!


「よし、行くぞ輪廻! 今日は思いっきり楽しむぞ!」

「はい♪ 遊びましょう!」


 というわけで、輪廻と過ごす休日の始まりだ。



【あとがき】


どう考えてもラブラブだけど本人たちはあくまで友人。

そんな中に恋愛に発展する変化のある瞬間が最高に好きなんです。

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