感触と鼓動
輪廻と過ごす時間はあまりにも居心地が良い。
男女の間を感じさせないほどの距離感だからこそ、俺の緊張はすぐになくなってしまったほどだ。
(こういうことがあるんだな……何度も思ったけど)
一瞬だけ……本当に一瞬だ。
輪廻が女の子だということを忘れて普通に接してしまいそうになる時がある。もちろん忘れるというのは彼女を男だと思うのではなく、性別の違いを一切感じさせなくなる何かがあるせいだ。
(……ま、それもそのはずか)
何故なら輪廻の在り方がそもそもそう思わせるからだった。
彼女と街中を歩く中、服や小物を見たり……それこそ昼食を済ませたがその全てにおいてとにかく輪廻の距離は近く、片時も俺から離れなかった。
せいぜい離れるとしたらトイレに行く時くらいだ。
「なあ輪廻」
「なんですか?」
同じベンチに座っている彼女に俺は声を掛けた。
朝に落ち合ってから既に数時間が経過し、既に昼の3時に差し掛かっている。俺たちは揃ってソフトクリームを手に持っており、美味しそうにペロペロと舐める輪廻はとても可愛かった。
「今日は誘ってくれてありがとな? 本当に楽しかったよ」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。ですがその言い方だと、もうお別れということですか?」
「あぁいや……もう少し一緒に居ようか」
「もちろんです♪ でも、お時間とか本当に大丈夫ですか?」
大丈夫だと頷いた。
今日は休日だしある程度なら遅くなったところで問題はないだろうし、むしろ母さんと父さんが面白おかしく話を聞いてきそうではある。
むしろ俺のことよりも、女の子なのだから輪廻の方が遅くなった場合は心配が募ってしまう。
「それでも5時前には解散しよう。俺はともかく、輪廻は女の子だしそれくらいには帰った方が親御さんも心配しないで済む」
「昔はそういうことを気にしなかったじゃないですか……」
ぷくっと頬を膨らませて輪廻はそう言った。
俺は別に間違ったことは言ってないし、むしろ正しいことを言っている自信があったのだが……いやいや、何を言われたところで揺れることは断じてない。
「昔は昔だろ? 昔は……まあともかく、今の輪廻はその辺の男が放っておかないほどの子なんだ。今日朝にもあっただろ? ああいうのがあるかもしれないってなると不安になるんだよ」
「不安に思ってくれるんですね?」
「当たり前だろ。大切な友人なんだし」
そう伝えると輪廻ははにかみ頷いてくれた。
というか、もしも何かあったら俺が輪廻のご家族にもそうだけど、何より黄泉に顔向け出来ない。
偶然に出会ったのではなく、お互いに会う約束をした時点で俺には彼女を守る義務があるわけだ。
(いや、義務なんてものでもないな。俺がただそうしたいだけだ)
そんなことを考えながら互いにアイスクリームを食べ終えた。
途中でお互いに味が違うこともあり、そのまま口付けた部分を一切気にすることなく交換する場面もあった。
それからも彼女の要望に沿うように一緒の時間を過ごし、別れが近づいてきた段階で輪廻を家の近くまで送ることに。
「ここで構いませんよ」
「そうか。じゃあここでさよならだな」
「はい。あ、そうでした明人君。最後に一つ、お願いをしても良いですか?」
「いいよ?」
いいよとは言ったけど彼女は何をお願いしてくるのだろうか。
首を傾げた俺の目の前で彼女は背中を向け、そのまま後ろに下がるようにして俺の方へと身を寄せた。
彼女の背中と俺のお腹がピッタリくっ付き、後ろを向いて満面の笑みを浮かべてこう言ったのだ。
「私、こうやって明人君に体をくっ付けて後ろから抱きしめられるのが好きだったんですよ。思い出せませんか?」
「……あ」
その言葉を聞いて瞬時に思い浮かんだ光景があった。
こうして体をくっ付けて抱き着いてくることもそうだが、背後から抱きしめられることが彼女がそういえば好きだったことも……。
ぶっちゃけ……本当にぶっちゃけ、黄泉と記憶が混在してしまうこともあるけど本人から言われるとそうだったなと明確に思い出せてしまうんだな。
「……その、良いのか?」
「はい。ギュッとしてください」
夕焼けだからか、輪廻の顔が赤く見えた。
それは少しばかりの照れはあっただろうが、それ以上に俺を心から信頼しそれを望んでいる純粋な願いが見て取れたのだ。
俺たちの周りを歩く人は居ない――故にこの空間は静寂だ。
俺は期待を瞳に滲ませる輪廻に応えるように……ゆっくりと、背中から彼女を抱きしめるように腕を回した。
「あきくん♪」
「りーちゃん」
こういう時、昔の呼び方に瞬時に戻るのはエモいってやつなのかな。
しかし……こうしていると思うのは、本当に緊張しているのが馬鹿らしくなるってことだ。
輪廻は間違いなく俺のことを友人として考えており、そこに男女の差というものは間違いなく存在しない……だからこそ、あわよくばを期待しても無駄だと思わせてくれる安心感があった。
まあこれを安心感と言っていいのかは分からないが、それもまた彼女たちの間だとありだなと思えるから不思議だ。
「ふふっ、帰ったらどんな話を黄泉にしましょうか」
「あぁするんだ?」
「もちろんですよ。でも、そうなると多分夜にあの子から電話があるでしょうから付き合ってあげてくださいね」
「……やっぱそうなるんだ」
「はい♪」
なんでもかんでも楽しそうに頷かれると、俺としても良し任せろという気持ちになってくる。
「それにしても……」
「どうしたんだ?」
「いえ、こういう風にしていると少しやっぱりドキドキはするものですね」
「……そりゃな」
「はい。背中越しに明人君の鼓動が聞こえますから」
そりゃそうでしょうね……なんて思っていると、輪廻は更に予期していなかった行動に出た。
俺の利き手である右手を取り、ゆっくりと持ち上げたのだ。
そのまま俺の手の平の向かう先は柔らかな感触……グッと押し付けられたことで指が沈み込み、そうして伝わってくるのはドクンドクンと跳ねる心臓の鼓動だ。
(……あいえええええええええっ!?!?)
もちろん、いくら彼女の正面を見ていないとはいえこの感触が何であるか気付かないほど馬鹿なつもりはなかった。
しかし、突然のことに呆気に取られたのも事実だったわけだ。
結局、すぐに輪廻は俺の手を離してクスッと笑った。
「どうですか? 私も凄く、ドキドキしていましたよね?」
「……うん。でも……でも……ぐおおおおおおっ!!」
「明人君大丈夫ですか!?」
頭を抱えた俺を本気で心配する輪廻。
これをもしも狙ってやっていたのだとしたら魔性の女だけど、この様子だと本当に輪廻はただそうしたくてしただけに過ぎない。
彼女からすれば自分の胸に触れても俺は構わない男だという認識なのか、そもそも男として見られていないのか分からないが……とにもかくにも! こういうことをされると俺自身どうすれば良いのか分からなくなるんだって!!
「……あ、そうですよね。流石に今のはちょっとアレでしたか。うぅ……明人君のことになると本当に私ったらなんでも大丈夫になっちゃうんですよ」
「なんでも?」
「はい。なんでも……です」
取り敢えず……今日は普通に疲れてしまったよ俺は。
その後、輪廻と手を振り合ってから別れ……俺は小さくため息を吐いた後に帰路に着いた。
そして寝る前になって輪廻に言われた通り黄泉から電話があり、10時くらいから日を跨ぐくらいまで長電話が続くことになった。
『今度は私ともお出掛けしてよ明人君!』
分かったと、俺はその約束を必ず守ることを決めた。
スマホを置いて部屋を暗くした後、暗闇に慣れた目で俺は手の平を見つめ……一体何をしているんだと頭を振った後、目を閉じて眠りに就くのだった。
【あとがき】
同時並行で“淫魔になったから夢に潜って好き勝手に人生相談する!”という作品も書いています。
良かったら見てください。
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