33話「不安との戦い」

 私は未だに震えが止まらない。それがわかっているのか、満君は私の手を握って大丈夫と語ってくれる。

 最初満君は私の事、気の強い女の子だと思っていたみたい。でもそれは間違い。私は、あの大人しげな瞳にすら敵わないほど弱虫だ。

 私は失うのが怖い。今、満君がいなくなるのが怖い。誰よりも繋がりを繋げていたい。

 離したくない。私メンヘラ思考かも? 私、いつか満君に別れを切り出されるかも……。

 朝早く月詠さんと二人でいた時、そんな私の思考を読んでるかのように、月詠さんが語りかけてきた。

「大丈夫よ、あなたは一人にはならない」

 そう言う月詠さんに、私は少しだけ悲しみを向けてしまった。

「未来はわからないじゃないですか!」

「わかるわ、診てあげる」

 月詠さんは私の目を見つめた。暫く見つめた月詠さんはすっと目を閉じて、言った。

「あなたは強気なようで優しい人。あなたの愛する人は成功をおさめる。不慮の事故があったとしても、あなたは必ず幸せになる星の元にいる」

「……本当ですか?」

 その言葉を聞いた月詠さんは優しそうに笑った。

「信じるか否かは、あなた次第よ。運命を決めるのもあなた」

 私は信じたいと思った。だから信じることにする。私の目を見た月詠さんは笑った。

「目に光がこもったわね。いい兆候よ」

 私は月詠さんに力を貰った気がした。やがて満君と王騎君、瞳がやってきた。

 私は笑って言った。

「おはよう、皆!」

「早いね、カモメちゃん」

 満君の笑顔に思わず顔が綻ぶ。それを見た満君はニヤニヤしていた。

「カモメちゃんは可愛いなぁ」

「な、何よ! 気持ち悪いわね」

「本当はどう思ってる? 僕のこと嫌い?」

 満君が急に真剣な顔になり、尋ねてくる。

「そ、その……。いや、好きだけど……」

 もうーーー! 何言わせるのよ!

 満君はニヤニヤしている。自分では気づいていないらしい。もう、本当に……。

「おいミツル、カモメ、ノロケは他所でやってくれ」

 王騎君に注意される。

 もう! 違うのに! そんなのじゃないし、そんな風にいたいわけじゃないのに!

「カモメちゃん、顔が真っ赤だよ。そんなに興奮しなくてもいいじゃん」

「そういうところは本当に直した方がいいわ、ミツル君」

 やれやれ、息を吐いて今日の目標に向かう。今日は研究施設の勉強。化学式や、色んな記号が並んでる机を見ると、昔を思い出す。

「ここではどんな研究をしてるか気になるわよね?」

 月詠さんが案内してくれる。実際私たちも研究員だから、学ばなければならない。様々なサンプルとその数値を見せてもらい、これはどうなのかなど質問する。

 私たちも私たちの知識で語り、意見を言い合う。それを見て月詠さんはこう言った。

「どうせなら、あの謎を見ていく?」

 私たちが通されたのはある実験室。そこにも沢山のサンプルがあって、更に奥の実験台に青の鍵が置かれていた。

「この液を青の鍵に垂らしてみて」

 月詠さんから受け取った液を垂らすと青の鍵はみるみるうちに、黄色の鍵に変化した。

「こうやって、他の色の鍵にならないか、色んなものを試したりしたのよ。あらかた試された後だから、もうこれ以上色は変わらないと思うわ。だけど、こうやって先人たちが築いてきた成果の上に私たちはいるのよ」

 私は純粋にすごいと思った。こんなの普通思いつかない。

「古代人の文献から解析した結果なんだけどね」

 古代人の文献を、古代語を解析してこのシークルースクールの謎を解き明かしてきた歴史に私は感動した。同時に、私には何か出来ることはないのかと思ってしまう。

「ウチらにできることってないかな?」

 瞳も同じ思いだったらしい。私は瞳と目を合わせ頷いた。

「まずは色んなサンプルを採ってきましょう。それが役に立つのよ、例えば壁の素材とかでもね」

 私たちは少し小振りの採掘ナイフを渡された。

「一人一人が集められる採掘素材は限られてる。例えば同じ階層の壁でも素材が変わっていたりするらしいの」

 ほとんどの場合同じなんだけどね、と笑う月詠さんは、私たちの協力も必要だと言う。

「俺はこういう細々したこと苦手なんだけどな」

 王騎君がそう言うのについ笑ってしまった。

「そんなこと言って……、料理も家事もしっかりこなす癖に」

 満君が私と一緒に笑う。その様子に瞳も笑った。

 王騎君は頭をかきながら、こう言う。

「俺たちは、きっともう立派なシークルースクール研究員だよな?」

 私もそう思う。これまで沢山の試練を越え、沢山のことを学んできた。月詠さんは頷いて笑った。

「あなたたちも、もうここの一員として馴染んだわ。だから次の段階に行ってもいいわよね」

 次の段階? 私は首を傾げた。もう十分過ぎるくらいやってきた。

「今はチームとして研究してるけど、いつか誰かが黒毛のケルベロスに怪我をさせられて、背負って行かなければいけない事態が起きるかもしれない。そういう時のための個々の訓練よ」

 私たちはいつもチームで行動してきた。そうでなければ乗り越えられないと思っていたからだ。

 だが、それは違う。私たちは九階層までは一人でも行けるはずと言われた。そのために、それぞれレーダーを渡されて、別れて出発する。私は皆が心配になった。私の顔を見た満君は出発前に私を抱きしめた。

「大丈夫。僕らならきっと大丈夫」

 私たちはそれぞれの道を出発した。六階層に降りた私は、次に降りる瞳を敢えて待とうかと思ったが、それはズルだ。信じて進もう。

 九階層に行き、壁画付近の壁を採取してくるのが条件。皆きっとこなす。私も自分の心配をしよう。

 六階層ではクマ型のモンスターが襲ってくる。私は溜めてハープーンを放ち、吹き飛ばす。熊は余裕、問題は……。私は大蛇がいる場所までやってきた。

 その蛇は、聞いた通り通路への道を通せんぼしている。虎太郎がいた時とは大違いだ。

 もう満君や王騎君は行ってしまったんだろう。私も負けていられない!

 大蛇を相手取り一人で戦う。何度もハープーンをぶつけ吹き飛ばし、押しのける。不意に大蛇が口を開けて襲ってきた。

「っ!」

 私は冷静に躱し、更にハープーンを当てる。なんとか、通り越えて走り抜けた。

 ふぅっ。なんとかなったけど、これ瞳大丈夫かしら。そんな風に瞳の心配をしてしまう。瞳だって一人の研究員だ、そんな風に思うのは失礼だ。

 私は首を横に振り、自分が油断しないことを考える。

 七階層も油断ならない。特にクラゲの罠はかかるとまずい。私はまだエリクシルを飲めない。ここが難関だろうと、月詠さんも言っていた。

 七階層に降りた私は注意深く地面を見ながら走った。海底のような雰囲気の七階層を目を凝らしながら走り抜け貝のトラップも一人で突破した。七階層の罠を走り抜け、八階層に降りる。

 八階層での作業も慣れたもの。依頼の品を捕えて、走り抜ける。ここで違和感があった。

 そろそろ満君や、王騎君が戻って来てもいい頃だ。私は不安に押しつぶされそうになりながら九階層に降りる。

 九階層で動く砂の地面を走り、壁までたどり着いた。私は辺りを見渡す。

 満君も王騎君もいない。すれ違いになったか? ダンジョンは動く。すれ違ってもおかしくない。

 特にこの九階層は道がぐちゃぐちゃだ。ここですれ違ってしまったのかもしれない。きっとそうだ! そうに違いない!

 私は壁を採掘ナイフで削る。このナイフもハープーン同様、このシークルースクールで採れる素材を加工したものらしく、壁が削れて粉となる。

 専用の袋に入れてリュックに入れると、私は来た道を帰った。

 七階層で特に神経を使ったが、六階層にまで戻って、大蛇を退けた後、クマ型モンスターを追い払い、私は帰った。

 ちなみに瞳とは九階層から八階層に戻る扉の前でバッタリ会った。瞳は最初に戻ってる私に不安そうにしていた。

 私は……、きっと大丈夫どこかですれ違っただけ、そう話した。まるで自分に言い聞かせてるようだったわ。

 瞳も頷いて、走っていったから、きっと大丈夫。

 私は研究町に帰ると、待っていた研究員さんに月詠さんはどこかを尋ねた。

「ツクヨさんなら潜っているよ。おかえり、一番乗りだね」

「一番乗り?!」

 最初に出発したのは王騎君だ。その後に満君。私は三番目に出ている。

「壁は削ってきたかい?」

「あ、はい……」

 私が袋を渡すと確認して、合格と言ってくれる研究員さんに尋ねた。

「あの、オウキ君とミツル君は……」

「そういえば遅いねぇ。まぁ大丈夫だろう」

 そうしてる内に瞳が帰ってきた。確認してる間、瞳も二人を心配している。

「それじゃあ、二人は家に帰って待ってていいよ」

 研究員さんがそう言うから私と瞳は、研究室に走った。

「ライアさん!!!」

「あら? なによ、ノックくらいしなさい。慌ててどうしたの?」

「オウキ君とミツル君が戻ってないんです!」

 雷亜さんはため息をついて、机に肘をつきながら言う。

「まったく……、そんなことで狼狽えてたら駄目よ。彼らには極秘に試練を課してるから遅いのよ」

 私と瞳はそれを聞いて顔を見合せた。まさか……。

「十階層行かせてるなんて言わないですよね?」

「あら、勘がいいわね」

 私は机をバンと叩いた。

「ふざけないでください!」

「心配はいらないわよ。念の為ツクヨちゃんに付いてもらってるから」

 それを聞いて少し安心したが、それならそうと言ってほしい。

「あなたたちの役目は、疲れて帰る旦那のために料理を振る舞うことではないかしら?」

 私と瞳は頷き合い、雷亜さんにお辞儀をし、家に帰った。飛びっきりの料理を準備して王騎君と満君の帰りを待つ。

 やがて、二人が帰ってきた。

「ただいまー!」

 満君はよっぽど疲れていたらしい。ヤケクソな大声で帰ってきたあと、ソファに倒れ込んだ。

「やれやれ、流石に疲れたぜ」

 王騎君がそう言いながら、テーブルにつく。

「食っていいんだよな?」

「いいよ、ウチらもまだだから、一緒に食べよう」

 その瞳の台詞に、満君がガバッと起きた。

「待っててくれたの?」

「当たり前よ。遅くなるとは思ってなかったしね」

 私はそう言う。一緒に待とうと瞳に言ったのは私だしね。

「カモメちゃーーーん!」

 満君は私に抱きついてきて頬にキスをした。

「も、もう!! そんなに元気なら早く食べましょう」

 私たちは食事を楽しみ、満君と二人で広い風呂に入ってお互いの背中を流し合い、部屋に戻った。今日は私の提案で同じ部屋で寝る。

 寝る時再びキスをして、お互いを抱き枕にして眠る。

 私は満君の寝顔を見て……。抱きしめる腕に力を込めた。

「絶対に失くさないから」

 失いたくなんてない。あなたが守ってくれるように私もあなたを守ってみせる。

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