終わりの章最後に

42話「イヴの、過去という名の未来」

 私たちは、何度も抗議した。あの子のやる事はこの世界を滅ぼしかねない。

 人々の気持ちを昂らせ、互いに対立した勢力を消そうとする姿勢。相手への敬意をなくし、ただ攻撃する。自分が正しいと論じ、徹底的に攻める。

 そんなことして何になる? 人はそれぞれが自由な意思でいるはずだ。誰かを陥れるより、誰かを愛する方が大切なはずだ。

 私は、夫であるアダムスと共に、あの子を止めようとする。だが、止めようとすればするほど、あの子は反抗して過激になる。

 あの子と、それに準ずる政治家たちは、世界に喧嘩を売った。世界中が二つに分かれ、戦争が始まる。

 やがて世界の対立は細分化され、それら全てが今度は大きなうねりとなって戦火を広げた。世界は焼けただれ、人々だけじゃなく星の命が消えていく。

 あれが悪い、これがダメ、そうしてはいけない、誰が悪。

 誰もが全ての悪いところを見出して止まらない。一部の人は、悪い風に考えるのを止めるよう言うが止まらない。

 世界が闇に包まれた気がした。これではいけない。私は有志を募って、研究所を作った。

 それは誰にも邪魔されない所、海の中に作った。未公表の開発だったが、なんとか法をクリアして、海の中に研究所を建て、何とか戦争を止める方法を考えた。

 ああしてはどうだ? こうしてはどうだ? そうやって議論したが、私たちの中でも対立してしまって、本末転倒だった。

 私は、もう私とアダムスの子を殺すしかないと泣いた。するとアダムスはこう言ったの。

「そんなことはない。殺すなんて非人道的な事を考えてはいけない。俺たちの子は、君がお腹を痛めて産んだんだろう? イヴリア」

 私はこの論をずっと抱えたまま、その場は頷いた。私はもう、間違いを犯す者は殺すしかないと考えてしまったのだ。

 この考え自体が、また争いを生むのは分かっている。きっと、あの子は私の血を継いでいるのだろうなとまた涙した。

 研究所は極秘の場所のため攻撃の的にならなかったが、食糧問題が来る。何度も船を介していてはいけない。

 そこで海の生き物を捕れるように、研究所を改良した。研究所自体も大きくしていき、やがて大きな施設として海に佇む。

 私たちの最新技術で海底から塔のように海上近くまで作られたその施設に乗り込む私たちを称して、シークルーと呼んだ。

 塔のようにと言い表したが、実際は底が大きく徐々に小さくなるヤドカリの殻のような形になっている。

 私たちは独自の言語を作り出して、研究所内の共通語にした。様々な国の有志が集まっていたので、言語の共有も大切な事だった。

 そして、世界は終わりに近づいた。私たちの研究で、もう十年もつかわからない、そんな状態だった。

 緑豊かな星はもう跡形も見ない。私は世界中の戦場カメラマンが撮った映像を編集しながら泣いた。

「やり直したい」

 ふと呟いた私の声にアダムスが反応した。

「……やり直そう!」

 アダムスは急に何かに囚われたように研究し始めた。

「時間が足りない! 手伝ってくれ!」

 私はその図案を見て驚いたの!

「……タイムマシン?!」

 いくらなんでも幼稚すぎる……。そう思った私だったが、彼があまりにも真剣で、もうそれしか手がないとわかっていたから……。

 私が手伝うと、また一人、また一人と協力者が増えた。やがて一大プロジェクトになったの!

 もうすぐ星が死ぬ。その瞬間の爆発的エネルギーを利用してタイムワープするというもの。

 チャンスは一度きり。失敗したって星と共に死ぬだけだ。やるだけの価値はある。施設を膜で覆い、エネルギーを吸収した瞬間、時間遡行するようにする。

 そして私たちは、成功したの。星の終わりから星の始まりへとやってきた。

 最初は、違う星へとやってきたのかと思ったくらいだった。でも地質調査の結果、私たちの星だとわかり安心する。

 ここで大きな問題が。時間を飛びすぎて、まだ人類が産まれていない。これでは意味がないよ。

 私たちは念の為に作っておいたコールドスリープに乗り込む。そして、人類が産まれるまで眠った私たちは、ある程度の文明ができた時起きた。

 どうやってもクリア出来ない問題。それは私たちの寿命。これをクリアする薬を、アダムスが作っていた。

 不老不死薬。元々星の死ぬエネルギーを利用して作った薬だそう。出来たのは一つだけ。

 私は、アダムスに飲むように言った。彼が飲む方が絶対に良い。私は何も出来ない。研究者として色々なものを作れても、私は何も……。

 それでもアダムスは、私に飲むように言った。私の研究は必ず誰かの役に立つと。

 飲まぬなら捨てると言う彼。私は仕方なく飲む。身体中にエネルギーが溢れた気がした。

 アダムスはもう一つ作っていたのを飲むと言った。それは魂をこの星に定着させて、転生を繰り返す方法。記憶はどこまで残るかわからないが、この方法なら自分の意思を残せると。

 彼は飲んで亡くなった。私にだけは見えた。彼の魂が旅に立つのが。

 そうして、私はいつの間にか一人、また一人減っていくのを看取りながら、技術を研いだ。

 それぞれの技術を受け継ぎながら、日記を書いた。そして、あの頃の想いを小説にしたためた。

 勿論書く言葉は研究所共通語。いつしかそれが普通になっていたから。喋り言葉は世界共通語だったが、書く言葉だけは研究所共通語だった。

 そして、最後に一人になった時。私は、この魂が見えるようになった身体を動かし、アダムスの魂を待つ要塞に研究所を変えた。主にロボットによって作り替えていく。

 何百年かして、私は外の様子を見ようと外に出ようとした。

 だが、身体がシークルー研究所から離れられない。どうやら魂がここにくっついているらしい。

 私は外に出るのは諦めて、偵察用ドローンを飛ばし、外の様子を見た。今はどのくらいの年代だろうか?

 やはり人は争っているようだった。陣地の取り合い、国と国、奪い合い。

 それでもいい、いつか成長して愛を優先できるようになるはずだから。

 間違いに気づいて正せたら、良い方向に進むはず。私はここから出れないから、ここを見つけて、挑戦する者のために、日々試練の広間を作っていく。

 なんで挑戦する広間にするかって? だって、ダラケた思考で助けを求めたって何にもならないじゃない。

 挑戦した勝者に褒美が与えられるものだ。そうだろう?

 私はこの場所の大きな大きなエネルギーを使って自由に創作した。勿論限界はある。だが、小さなものから始めて大きなものを作り出した。

 やがて、大きな生物は存在することを繰り返したり、様々な形態を見せるようになった。私はそれを階層毎に整理した。

 まるでダンジョンを作るように作成していく楽しみもまた、私に生き続ける気力を与えた。

 ドローンでアダムス、いやアダムと呼ぼう。私はイヴ。アダムとイヴからとってそう名乗る。とにかくアダムの魂を探したが見つけられなかった。ドローンでは魂を区別できない。見つけられなくて当然だ。

 ちなみにこのドローンはシークルーの無限のエネルギーを積んでる超小型ドローンなので、誰にも見つからず飛び回り世界の様子を見ることが出来る。

 このシークルー研究所の存在が、海を大きくうねらせる。ある夜、船が巻き込まれたのか、二人の男女が海中に落ちてきた。

 私は、男の方がアダムである事を確信した。そして、女の方にアダムの魂が染み付いてるのを見た。

 もしかしたら……。私は作りかけの巨大な人魚に、シークルーに落ちてくる彼女の魂を容れた。

 魂の扱いは慣れたものだ。彼女をシークルーに連れて研究する。

 それからも世界の争いを見ながら、やはり殺すべきと頭に浮かぶ。

 人がいるから争いが生まれるのだとまで思ってしまうほど。

 そんなことない。人は愛せる。わかっている。わかっているんだ! 私だって!

 ああ、何を一人で語っているんだろう。

 日記をつけながら、ロボットに指示を出す。そろそろ文明的にはこのシークルー研究所の力に合うところ。

 ロボットがシークルー研究所の海上に浮かぶ石を組み立てていく。大きな大きな甲板を作り張り、一つの街のような仕組みを作り、膜を張る。膜はオンオフできるようにしておいた。

 そして私は極小カメラから様子を見る。最初に来た人たちは驚きを隠さなかった。

 何故ならこんなところに、こんな場所があるなんて知られてなかったから。当然だ、ロボットたちの最新技術(今では未来の)で急ピッチで作られた場所だ。

 海底のダンジョンの入口に、シークルーと世界共通語で書いたから、ここがシークルーと呼ばれるはずだ。何人もの人々がやってきては、このシークルーに挑戦し命を落とした。

 これではここが人殺し施設みたいだが、彼らの目的がここの探索になることで、人々の争いは減っていく。

 良かった……、役に立てたんだ、そう思った矢先だった。ここの宝の奪い合いでまた人が争うのを見たのは。協力しては争い、争っては奪い合う。全く、人間というやつは……。

 それでも徐々にこの場所にキャンプを張り、やがて建物を建てていきながら挑戦する人々を見て、私は人の成長を感じたのだ。

 だから、少々難しくし過ぎたことを後悔した。私はまるで御伽噺のようなものを作り出してきた。

 それ自体は良かったのだが、難易度が高かったようだ。少しずつ、人の目につかない間に、透明ロボットを入れて改造し、謎解きのようにしていく。

 人々は、ダンジョンが変わったことに驚いていたが、解明されていく謎に興味を示してくれた。

 そして、自分たちの技術を加えて、改良していってくれた。

 そして彼らは、ここを教育機関とした学校、シークルースクールと名付けたのだ。

 まず大人が挑戦し、訓練内容を決めていた。より深く潜れる人材を育成するためだ。

 多くの可能性ある子供たちがここに挑戦しにきた。そして、多くの学びを得て大人になっていった。彼らはきっと世界に幸運をもたらすはず。

 中には欲にまみれた人々も来たが、そういう人ほど試練に負けて逃げ帰る。ここはそういう場所。

 私は最奥の場所をアダムしか入れないようにした。案内人の翼の生えたトカゲであるドラゴンには意思がある。

また、人魚の体に入れたあの子から聞いた話だが、このシークルーで生まれた生物には、魂の色が見えるらしい。

 私はアダムの魂の色を詳しく教えているから、アダムが来たらわかる。

 いつか、いつかまた彼に出会えたら。

 二階層の青の鍵と共に毎回、私の日記のコピーをそっと添えて、この研究所共通語を、謎解きのヒントにしたりして。

 きっと私は楽しみたかったんだと思う。長い年月を一人で過ごしてきたから。

 また会いたかった、あの人に。もう会えないのは分かっていても、あの人の生まれ変わりに会いたかった。

 ならなんでこんな回りくどいことをしたのかはわからない。

 ただ単純に、この場所の研究成果を悪用はされないようにしたかったのか……、まぁよくわからない。

 いつか彼がやってくる、そんな気がしていた。それが叶った時は、心臓が踊った。

 だが、私は彼に試練を与える。それはしなくてはいけないことだった。

 私がアダムが来たのを知ったのは人魚の彼女を観察していたから。そして、彼女の話からアダムの魂は、この星に縛られてるため、子供を成せないのではないかと推測する。

 それではダメだ。アダムの薬を打ち消さなければ、誰も幸せになれない。そう思った私は、選択を与える。勿論どちらも選ばない、選べない選択を。

 彼の友が、打ち消してくれたが、やはり彼は悩んだようだ。そして、創っていた海神ネプチューンを投入して、彼は見事に打ち勝った。

 まるでダンジョンが彼らを導いたかのように彼らは勝った。

 彼らから聞いた話で、私はこのダンジョンが、彼らを導くべきと考えたのではないかと思う。

 やっと、会えた。それだけでいい。なのに、彼らは世界のために立ち上がってくれた。

 ようやくだ。私はこの世界に希望を見た。例えどんな形になっても、この星の未来が明るくなるためにやった事が形になるなら。

 少しでも平和な世界になるならば、過去へ戻った意味がある。少し遊びすぎた気がするが、まぁいいじゃあないか。

 この世界に生きる全ての人が、戦争という名の悲劇に遭わないでいられるように。もう生まれてこない我が子の未来の世界は壊されたんだ。

 きっと明るい未来になると信じて、私はこの星の最期まで、見届けようと思ったの。

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