39話「ソラとオウカの物語」

 僕は六道天! 男の子だよ、気軽にソラって呼んで!

 こっちの女の子は、幼馴染の海鳴桜華。オウカって呼び捨てにしてるよ。

 僕と桜華は、シークルースクールと呼ばれる場所で産まれて、シークルースクールで育った。

 一応旅行で世界中を旅して回ったこともあったけど、いつだってここの海底ダンジョンに勝るモノなんてなかった。

「何してるの? 早く行こうよ、ソラ!」

 桜華の呼び声に答えて青の鍵を回す。この先は十一階層。息のできる海の中に潜り、教えられた抜け道を通って十二階層に行く。

 桜華は泳ぐのが得意で、スイスイ進んでしまう。僕は手を引っ張られながら進む。

 なんだか不思議な気分だ。お父さんとお母さん、そして桜華のパパとママもこの冒険をしたと聞く。僕らは答えのわかった道だが、きっと両親の冒険はとても厳しく、とても手強く、そしてきっとワクワクが止まらなかったんだろう。

 十二階層で海から上がり宝珠のある部屋に行く。

「よく来ましたね」

 宝珠が話しかける。特別なことなんて何もしていない。教えられた通り来ただけだ。十階層の黒いケルベロスは厄介だったけど。

 そこから隠し階段で十三階層に降りた。

 僕らも大きくなった。五階層までの修行は八歳頃に終えた。それは最年少だったらしい。凄く褒められたし、一人前の証は貰えなかったけど、それでも僕らは胸を誇ったんだ。

 十三階層で眠っているドラゴンに話しかける。

「ねぇ、起きて!」

 桜華の揺さぶりにドラゴンは欠伸をする。

「まぁ、待て。小さな子らよ」

 僕らは十五歳になった。研究員証を貰ってここまできた。

「オウカ、乗ろう!」

「うん! ソラ!」

 僕は無理矢理ドラゴンの背に乗り、桜華の掴んで乗せる。

「おやおや、そう焦らずとも……」

 ドラゴンは眠そうにしている。僕と桜華はそれを揺するんだ!

「早く早く!」

「急いで!」

 ドラゴンはやれやれと言った風に翼を広げて飛び立つ。

「ねぇ、ドラゴンさん、下はどうなってるの?」

 桜華が、興味深そうに真っ暗な下を見る。

「僕は興味無いなぁ。早く虹の鍵と灰の鍵を貰って帰ろうよ」

「まったく、ロマンチックの欠片もないんだから!」

 桜華は王騎オジサンの影響を受けすぎな気がするんだ。それを言うと逆に喜ぶから言わないけど。

 でも実を言うと、僕は興味のない振りをしているだけで、実際どうなってるかは気になってたりする。

 だから、ドラゴンの返答を待った。

「底は昔に繋がっている」

「え?!」

 僕と桜華は顔を見合せた。昔? もしかして過去にタイムスリップしたりできるんだろうか?

 桜華が僕の裾を引っ張った。降りてみようということだろうか?

 だが危険すぎる。お父さんたちの言う通りにしないのは……。

「ああ、もう! 大丈夫。危険はないと思うよ! 行くわよ! ソラ!」

「ああ!!! オウカ!」

 僕は飛び降りるオウカを追い、飛んだ。

「こらこら……。まったく、好奇心の強い子らだ」

 ドラゴンの呆れた声が聞こえる。僕らは下へ下へ落ちていった。

 着地の心配があったが、杞憂だった。落ちるスピードは徐々にゆっくりになり、底に落ちた。

 僕と桜華はその真っ暗な底を歩いた。

 やがて光が輝いてきて、真っ白な世界になった。どこまでも広く、どこまで続きそうな世界。

 歩いていると急に景色が変わった。

「な、なに?! ここはどこ?」

 桜華は驚いているが、僕はどこか見覚えがある気がした。それはあの国の未来の姿に見えた。だが様子が違う。

 火の手があがり、人々が逃げ惑い、叫んでいる。

「逃げろ! 逃げろーー!」

 僕はその声に桜華の手を掴んだ。

「大丈夫! 私たちならなんとかなるよ!」

「とにかく情報収集をしよう!」

 僕達はとにかく人に声をかけた。だが聞こえてないのか、早く逃げてとばかり言う。やがて、戦車らしき乗り物がやってきて、砲弾を撃つ。

 そうか、これが戦争か。僕らは戦争の真っ只中に送り込まれたんだ!

 だから、このままここにいたら死んでしまうかもしれない……。僕は桜華を見た。

「オウカ……、なんで震えてないの? 怖くないの?」

「ソラ! ここで私たちが出来ることをしないと皆死んでしまう! 私たちの訓練はなんのため? 誰かを守るためだわ!!」

 そうか……、その通りだった。誰かを救けるために強くなったのに、逃げてばかりはいられない!

「でも僕たちどちらかが死ぬなんて事はナシだからね!」

「当然だわ!」

 僕らは早速ハープーンを構えた。でもきっとこんな武器ではどうにもならないんじゃないかと不安になってくる。そして、それは的中した。

「あ! 危ない!!!」

 それを見て叫んだ僕は走り出していた。そして、戦車に乗っているおじさんをなんとか助けようとしたんだ。

「ソラーーー!」

 桜華の叫び虚しく、戦車のおじさんは助けられなかった。というか、

「な、なんだ???」

 すり抜けた。戦車からは煙があがり、おじさんは血を吹き出して死んでいた。

 次々と飛んでくる砲弾。建物が崩れてくる。避ける間もなかったが、避ける必要もなかった。

 煙の中脱出すると、イヴさんが笑って待っていた。

「まったく……、ソラ、オウカ。ここに来てしまうなんてね」

「ここはなんなんですか? ドラゴンは、昔に繋がっていると言っていましたけど」

「その通り。ここは私にとっての昔の世界を写した場所なんだ」

 イヴさんはにっこりしたまま、僕と桜華の手を握る。三人で歩いていると、景色が変わり戦闘機が爆撃する。基地からミサイルが放たれ戦闘機を撃墜していく。地上はめちゃくちゃで、そこら中に人の死体があった。緑豊かな土地が映ったかと思うと、空から爆弾が飛んできて、一瞬にして辺り一帯が焼け野原になる。

「こういうことを繰り返し繰り返ししていくんだ。人は戦争を辞めない。勿論、ほとんどの人は平和を望んでいる。でも、世界から見ればたった少しの土地を奪い合うだけで、戦争は起きるんだよ」

 平和を望んでいるのに戦争をするなんておかしい。そう思うけど、きっと世界中の人が頭を悩ませている問題なんだろう。

「やがて土地は枯れ、生き物が生きていけなくなる。そうしてこの星は死を迎えるんだ」

 イヴさんは悲しそうに言う。人が終わらせる星の命。どうして……、どうして!!!

「ソラ、泣いてるの?」

「オウカだって……!」

「ふふふ、きっと世界中の人も同じ気持ちなんだよ。だから君たちの両親が、説得を続けてる。戦争はしちゃいけない。環境は破壊しちゃいけないんだ」

 やがて悲しいことの連続の後、白い世界に戻った。階段があり、階段を上っていくとドラゴンが待っていた。

 三人でドラゴンに乗り、扉の前まで送ってもらう。

「ありがとう、ドラゴンさん」

「もう落ちるなよ、お嬢さん」

 桜華は頷く。僕らはイヴさんに連れられ扉を開く。

「さぁ、あとは手にしなさい」

 僕らが宝箱を開けると、虹の鍵と灰の鍵が入っていた。

 僕がそれを拾い、鍵束に付ける。

 灰の鍵で一階層に戻り、僕らは両親に報告した。一階層の扉の前でイヴさんとは別れた。海底ダンジョンから外には出られないらしい。

 両親は僕らの帰りを海上で待っていて、話を聞いてくれた。

「戦争を終わらせる鍵は、必ず過ちの王にある」

 桜華のパパ、王騎オジサンはこう言う。過ちの王、つまり戦争の発端者。そこさえ防ぎ続ければ戦争は起きないが、それを防ぐこと自体がまず難解だからこそ、外交に意味がある。

 戦争の悲惨さを訴え続け、正しい情報を流し、正しい人が人々を導く。理想の形だが、なかなか難航してるらしい。僕らは、それなら満お父さん達がなればいいのにと言う。

「そうもいかないんだ。お父さん達も外ではなかなか人望はないからね。それに、ここの運営で忙しいしね」

 人員不足もある。世界中と約束を結ばねばならないんだ。約束を破る国も出てくる。絶対なんてこの世にはない。いつか、僕らが死んだ後、裏切る人も出てくるかもしれない。

「大丈夫。皆で力を合わせて、約束の力を強めてるから」

 桜華のママ、瞳オバサンはそう言う。

「ソラも……、ソラ達の時代がきたら、頑張らないとダメなんだよ? 今は子供だから甘えていいけどね」

 鴎お母さんがそう言うから、僕は頬を膨らませた。

「僕だって頑張ってるよ! 子供扱いしないで!」

「そういうとこが子供なんだよ、ソラ」

 桜華がそう言う。桜華だって子供じゃないか!

「やれやれ、血筋ですねぇ」

 未だに衰えない可能先生が呆れた顔で見ている。先生はもう結構なお歳だと思うのだけれど、それでも教員としての日々を送っている。僕らも教わった側だからわかる。この人底なしだ。

「早く、夏月もソラちゃんオウカちゃんくらいになって欲しいわね」

 可能先生の妻月詠さんは小さな女の子をあやしている。

 二人の子供、夏月ちゃんだ。

 可能先生と月詠さんは晩年婚だそうで、月詠さんは高齢出産だったらしいが、難なく産んだそうだ。

「おい、トシゾーもなんか言えよ」

 王騎オジサンが笑いながら言う。

「だ、れ、が、トシゾーよ! 本当におしりパンパンするわよ?」

 ……雷亜さんは、一時的にこちらに来ているが、もう研究町に帰るらしい。あちらで研究している無害で優しい緑園作りの続きをするそうだ。

 海底ダンジョンのエネルギーを利用した木々の研究は大分進んでいるらしい。

「さて、じゃあ行くか」

「そうだね」

 皆が席を立ち、ある場所へ向かう。

 どこかって? 勿論お風呂に決まってるじゃん! 男女は分かれてるよ? 雷亜さんもちゃんと男湯に入るしね。

 いいお湯だ。ここはきっと平和の中にいる。海底ダンジョンはイヴさんが長い年月をかけて作った場所。挑戦こそあれども、争いなんて似合わない。

 誰もが挑戦できる場所で、誰もが勇気を背負い難関に挑戦する場所。

 こんな場所が世界中にできたらいいのに! 難易度は抑え目でね。そしたらきっと、戦争なんて馬鹿みたいに思えるだろう。

 土地を奪い合うなんて……、でもわかるんだ。きっと皆の大切な物だから奪い合うんだと。僕もオウカが他の男に目移りしたら……、ちょっと嫌だ。

 でも、奪い合い殺し合うなんて、絶対ダメだよね! 意地を張らず平和的に話し合うのが肝心なんだ。

 どこかで戦争してる人に伝えたい。平和なことは幸せなんだよ? 戦争して手にした物なんてちっぽけだと思えるほどにね!

 もっとも、平和を手にするために戦ってる人もいるかもしれない。どうして誰かを殺すのか。他人ならそれでいいのかい?

 ……考えてたら茹でダコになりそうだ。皆風呂から上がってサウナに向かった。僕はサウナが苦手だから、そのまま更衣所に向かおうとした。

「待て、ソラ」

 王騎オジサンに引き止められる。何だろう?

「たまには俺とサウナで勝負しないか?」

 そう言うオジサンの口角は上がっていて笑っている。

「えー? 僕がサウナ苦手なの知ってるでしょ?」

「いいから、来てみろ」

 渋々サウナに向かい、皆と座る。

「ソラ、お前悩んでるだろ」

 王騎オジサンはそう言う。悩み、なのかな? 世界のために僕ができることなんてきっとちっぽけで、でもやれることがあるならやりたいと思うんだ。

 何をすればいいのかわからないだけで。

「今日見たんだもんな。世界の悲惨さを。いつか起こりうる、最悪の戦争。それを止めるために自分も何かできることがないか考えてるんだろ?」

「うん。でも何をしたらいいか……」

「伝えるんだ」

 王騎オジサンは言った。

「伝える?」

「自分が戦争に対し、どう思うか。それを伝えるんだ。そして、皆に届ける。これはとても簡単で、しかしとても難しいことでもある」

 僕は訳がわからなくてキョトンとする。

「簡単なのに難しいの?」

「ああ、最近では情報発信はより簡単に身近に出来るようになった。同時に、様々な発信のやり方があり、それら全てを見てる人は一部だ」

 オジサンの言いたい事がわかってきた。

「つまり、見る見ないが自由なのも含めて、伝わらない場合もあるってことだね」

「そうだ。もしかしたら情報を何も見ないという人もいるかもしれないし、間違った情報を追い続ける人も出るだろう」

 だからこそ、情報戦は苦労するのだそうだ。それならどうしたらいいんだろう?

「だからこそ、伝えるために有名になる必要が出てくるんだ」

 伝えたい人全員に伝えるために有名になる。名を轟かせるのだという。

「そして、知名度があがったら、今度は信用を得続ける。これが大切だ」

 信用は一度落ちると中々戻らない。だから、慎重に言葉を選ぶ必要がある。

「中には人を傷つけて有名になる奴もいるが、こんな奴になっちゃいけない」

 オジサンは僕の頭を撫でて言った。

「ソラ、まずは一度伝えてみろ。俺たちにな。練習だと思って」

 僕は思いのたけを言った。

「戦争は人が死ぬ! 皆が平和を求めてるのに、自分たちのためだけに戦争を起こすなら、戦争で死んだ人が浮かばれない! 戦争を止めて欲しい!!!」

 それを聞いた王騎オジサンや満お父さん、雷亜さんや可能先生は拍手をしてくれた。

「拙いながらも思いが伝わる。その調子で、誰かに伝える練習をしておけ」

 オジサンはそう言うと、水風呂に向かった。

「お前の勝ちだ。よく頑張ったな」

 オジサンは笑ってそう言った。

「オウキ君が勝ちを譲るなんてね。凄いよ、ソラ」

 お父さんにそう言われ僕は照れた。僕らも水風呂に向かう。

 風邪をひかないように上がってからしっかり体を拭き、六十四番甲板の旅館の外に出る。

 僕らはもう、シークルースクールの研究員証を持ってるから、研究町にも行ける。その代わり、宿は旅館を使うのだ。

 外で風に当たっていると、桜華がやってきた。

「ねぇ、ソラ」

 風呂上がりの桜華はとても色っぽかった。

「きっと、私たちも世界を正しい道に導こうね!」

「うん」

 僕は一言そう言うと、桜華の目を見て言った。

「僕はオウカが好きだよ」

 桜華は突然の僕の告白に顔を赤らめる。

「私もソラのこと好きだよ」

 それを聞いて安心して答えられる。

「僕らはきっと二人とも長生きして、世界に伝え続けるんだ。平和を謳い続けるんだ!」

 シークルースクールの最深部で学んだこと。それは戦争の惨さ、醜さ。そして、平和への渇望。それはきっとこの世の誰もが望んでいるのになかなか手に出来ないモノ。

 いつの日か、武器や兵器を全て捨て去る日が来ると信じて。え? 絶対に有り得ない? そんなことないよ! この世に絶対なんてないんだからね!!!

 僕と桜華は手を繋ぎ笑い合う。ここにはきっと幸せがあるから。

 シークルースクールの困難を乗り越え、明るい未来へ紡ぐための僕らの物語は、きっと子孫にも受け継がれていく。

 今僕らは、色んな人と手を取り合っている。王騎オジサンが足の悪い子の手を引き言った。

「大丈夫だ。お前にはお前の冒険がある。諦めないでついてこい! 誰もが笑える世界のために!」

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