第25話「決闘と覚醒」
朝が来て僕はベッドから起き上がった。朝五時。着替えて部屋を出て屋外に出るとまだ外は薄暗い。風が涼しく気持ちがいい。ふと後ろから声をかけられた。
「早いな、ミツル」
「うん、オウキ君もね」
昨日はぐっすり眠れた。今日は五階層に向かう。何が待ち受けているのか。だが四階層のゴーレム四体の試練で、一年間に挑戦する行事は全て終えたと先生は言っていた。
五階層に何があるのかは分からないが、恐らく最後の試練が待っているのかもしれない。時間になり二人で教室に向かうと途中で鴎ちゃんと瞳ちゃんがロープ移動してるのが見えた。
合流して教室に着く。先生は中で待っていた。
「珍しいですね、先生が先に待ってるなんて」
僕がそう言うと、先生は苦笑した。
「早く起きてしまって」
全員が笑った。鴎ちゃんと瞳ちゃんも早くに目が覚めたらしかった。
笑ってはいたが緊張していた。先生の緊張だけは何か、別の緊張に感じたが。僕ら四人は五階層に何があるのか知らない。王騎君は言った。
「俺はワクワクしてるぞ! 何が起きても乗り越えてやる!」
そうして午前の授業を受け、昼ご飯の配布された弁当を食べる。少し休み時間をとって、海底ダンジョンに向かった。
一階層のスカルを蹴散らしつつ、青の鍵で二階層へ、黄色の鍵で三階層へ、白の鍵で四階層へ。そして、先生の持つ赤の鍵で五階層へ向かった。
毎回思うが、迷路や、大蛇、ゴーレムの部屋に向かうまでの通路に次の階層への扉があるのは助かる。毎回行ったり帰ったりする度にそれらを通過せずに済むからだ。そういう仕組みになってるのは便利だなと思う。
五階層に着いて、僕らは広いドーム型の部屋にたどり着いた。
そして奥の扉の前に徳河さんが立っていた。僕はペコりと頭を下げる。徳河さんはスクール長でもある。一体なにがあるんだろうと構えた。
徳河さんは僕らにパチパチと拍手をして言った。
「来ましたね。君達は本当に素晴らしい」
徳河さんはそう言うとにっこり笑って拍手を止めた。
「この扉の奥にとても貴重な物があります。手に入れたいですか?」
徳河さんの台詞に王騎君は、当然だ! と言った。可能先生は眉を顰める。
「待ってください、ここにあるのは……」
「可能先生。私の言ってることは間違っていますか? とても貴重なものがあるのは確かでしょう?」
徳河さんは、口を噤むよう言う。
「なんでもいい! どうすれば手に入る?」
王騎君の問いに徳河さんはこう説明した。
「この私に一騎打ちで勝てたらこの扉の鍵を渡しましょう」
徳河さんは更に、スクール長に一騎打ち勝負を仕掛ける場合のみ、殺し合いをしても構わないという例外措置を説明した。
王騎君は上等だ! と叫ぶ。
「そんな馬鹿なことはやめてください! スクール長!」
可能先生は、本当の殺し合いになりますよ? と悲しそうな目で言った。
「死んでも文句は言わん」
良い心がけだと徳河さんが褒めた。
「海鳴君……!」
先生が止めようとする。だが、王騎君は止まらなかった。
「殺す気はありませんが、殺してもいいつもりで本気でいきますよ」
当然だという彼に、瞳ちゃんが言った。
「絶対死んじゃダメだよ? やだよ?」
王騎君は瞳ちゃんの頭を撫でる。
そして、両者前に出た。可能先生の合図で試合を開始する二人。王騎君は攻め込むが、徳河さんは柔軟な回避でカスリもしない。
僕らは今まで基本的に一人で活路を開いてきたわけじゃない。四人で切り抜けてきた。だが決闘となると話は別だ。
王騎君は苦戦していた。スクール長には余裕がある。悠々と王騎君のハープーンを弾いたスクール長は構えて思いっきり刺した。
「ぐっ……!」
膝をつく王騎君。僕らは駆け寄った。
「大丈夫?!」
「大丈夫だ、急所は外れてると思う」
だが血が流れてる。ハープーンを抜くわけにもいかない。僕は手当を要求した。
「それならば手っ取り早い方法がありますよ」
徳河さんが言う。この扉の先には薬があると。
「で、でも二十歳になってない僕らは飲めないんじゃ?」
そう言う僕に徳河さんは言う。
「外での保存には改良が必要なんです。改良したものは大人しか飲めません。ですが、原液は成人前でも飲んで毒にはなりません」
今も王騎君は血を流している。熱を帯びたハープーンが刺さっているため血が止まらない。帰って治療しても失血で死んでしまう可能性だってある。
狼狽え泣く瞳ちゃん。鴎ちゃんは少しでも止血を試みる。可能先生が言った。
「いくらなんでもやりすぎです! 通してあげてください!」
ならば可能先生がきてもいいんですよ? と徳河さんは言った。
「スクール長の座をかけての決闘であれば受けますよ? そしてあなたがスクール長になり、ここを通せばいいでしょう」
可能先生は震える拳を握り前に立つ。先生は決闘を申し込んだ。
だが先生でも勝てなかった。徳河さんにかすりもしない。先生が振り抜いたところを徳河さんは下からハープーンを投げる。先生の腕に刺さったハープーンはそのまま先生を天井まで飛ばす。天井に左腕が刺さってぶら下がる先生は、無理矢理ハープーンを引き抜き降り立った。
「ハァハァ……、くそっ!」
左手を抑える先生に、駆け寄る僕。
「もうやめてください! こんなのあんまりだ!」
徳河さんは、笑ったまま言う。
「次は君が来ますか? それとも空色さん? 赤居さん? もしくは海鳴くんを見捨てますか? もしかしたら今から帰れば間に合うかもしれませんが。上まで帰る時に力尽きるでしょうね」
可能先生は薬を取りだし、私がもう一度! と言う。
「何度やっても同じだと思いますがね。諦めてもいいんですよ」
笑う徳河さんを見て、頭の中で何かがブチッと切れる音がした気がした。僕は歯を食いしばり目から涙を流した。擦るとそれは血の色をしていた。
視界が真っ赤になる。怒りのままに僕は立ち上がった。
「徳河さん、僕とも一騎打ちをしてください」
「ミツル! やめろ! もしお前までやられたら!!」
王騎君が叫ぶ。正直自信はなかった。でもこのまま放置していたら王騎君は死んでしまうかもしれない。
そして、これしか手がないとやけっぱちになっているわけでもない。
「大丈夫」
僕はハープーンを握りしめた。僕は今まで王騎君が前に出るから一歩下がっていた。どこかで力をセーブしていたんだと思う。
無理に前に出なくていいと……、死んだら終いだ。だがもう引くわけにはいかない。僕は今までの王騎君と可能先生と、先程の徳河さんの動きを思い出していた。
そしてその全てを頭に叩き込み。全てを爆発させ勢いよく飛び出した。ひらりと躱す徳河さんだが、徐々にかすりだす。コツを掴んできた。やがて徳河さんに防がせた。
「やりますね」
今度は徳河さんが反撃をしてきた。僕はギリギリかわし、防ぎ凌ぐ。そしてそれだけじゃなく反撃し返して行く。
僕は血の涙を流し続けていた。それが関係あるのかは知らないが、どうすれば攻撃があたるか、どうすれば相手の攻撃を躱し防げるか、それがよくわかってよく見えていた。先生が戦ってた時より善戦している。
ちゃんとした戦いになってきたところで僕は仕掛けた。
可能先生の動き。相手の手足を切りつけ隙をうみ、構えて突き刺す。だが致命傷に至らない。横腹に少し刺さっただけだ。
「素晴らしい。では私も見せましょう」
徳河さんは居合斬りの構えをし、ハープーンで刀で斬りつけるように振った。僕は予備のハープーンを構えて防いだ。だが、体がスパッと切れていた。血が吹き出す。
「な、なんで……」
だが瞬時に理解した。そういうものなのだと。ハープーンはエネルギーを放出しているため熱い。グローブをつけてるのはそのためだ。要はエネルギーの鎌鼬を飛ばしたのだ。
「ミツル君!」
カモメちゃんが心配そうに叫んだ。
「大丈夫、まだやれる」
僕は頭で反芻した。どうすればできるか。一発勝負だ。
もっとだ、もっと速く。イメージを固める。
僕は構えた。そして走り、居合斬りのように一瞬で振り抜いた。徳河さんは防ごうとした。だが左胸から右脇腹にかけて大きな切り傷ができて血が吹き出した。
まだだ。僕の怒りはこんなものではない。
僕は再び構え、溜めた。僕の居合切りを防ごうとする徳河さん。だが防御を貫通し全く同じ場所を斬りつける僕。
「まだだ、まだ終わらんよ!」
その時、僕はバタリと倒れた。急にガクリと足にキタのだ。
「あ……」
力が入らない。まだ試合終了とは言われていない。立たなきゃ、勝たなきゃいけないのに。
足掻く僕に手を差し伸べ体を起こしてくれたのは可能先生だった。
「大丈夫です、あなたの勝ちですよ。よくやりました。いいですね? スクール長」
口から吹いた血を拭きながら、徳河さんは笑って言った。
「構いません。この鍵で空色さんか赤居さんが、宝箱から薬を取りに行きなさい」
そう言って徳河さんが金の鍵を渡す。瞳ちゃんが急いで宝箱に向かう。僕は先生に肩を借り王騎君と鴎ちゃんの傍によった。
「よくやったな、ミツル。凄いぜ」
僕は笑った。自分でもここまで出来るとは。
鴎ちゃんが、僕にも一応止血をする。
大丈夫と言ったが実際血が足りないような感覚には陥っていた。結構ギリギリだ。顔も拭いてくれた。タオルは僕の血の涙で真っ赤になっていた。
戻ってきた瞳ちゃんが狼狽えていた。
「どうしよう!」
瞳ちゃんの手には瓶が一つしか無かった。
「ミツル、お前が飲め。お前が勝ち取ったものだ」
「バ、バカ言うな! 君を助けるために戦ったんだ! それに君の方が重症だ。君が飲め。僕は大丈夫」
だが、という王騎君から刺さったハープーンを抜いた先生。うぐあっという王騎君に、こう言った。
「海鳴君に半分飲ませた後で六道君にもう半分を飲ませます。調整は私がします。いいですね?」
僕らは頷いた。先生は王騎君の口に瓶を当て飲ませる。すぐに王騎君の口から離し、僕の口に瓶を当て飲ませた。
間接キスじゃねぇか!
とにかく傷が塞がった。僕らは徳河さんと可能先生に連れられて海底ダンジョンから脱出していった。
海底ダンジョンを出た後、徳河さんは土下座をした。
「不安にさせましたね。すいませんでした。君達の器を測るために一芝居打ちました。君達が諦めたら、それはそれで薬を飲ませるつもりでしたよ」
可能先生の方を見ると、先生も怒っていた。
「スクール長! ここまでする必要がありますか?」
徳河さんは起き上がり、言った。
「ここまでしてでも確かめておきたかったのです。海鳴君と六道君の実力を」
特に君のね、と僕の方を向く徳河さん。
「徳河さん……、なんで僕なんですか?」
「最初は海鳴君の実力のみに注目し報告を聞いていました。ですがあの日から変わったのです」
それは影の部屋で可能先生が投げたハープーンの影が僕の頭に刺さった時。その報告を聞いた時に覚醒を確信したという。
「今まであの部屋で脳にハープーンの影が刺さった事例はありません。そしてそのショックから立ち直ったあなたが、どれだけの可能性を秘めているか。それを確かめたかったんです」
人は死に直面し、そこから立ち直った時急激に成長するという。特に脳が死を体験した僕はそれまで以上に思考が回るようになったのかもしれないとのことだった。
目から血の涙を流したのは怒りのスイッチから覚醒したのだろうと。そこまで話を聞き、僕は尋ねた。
「それが今回の件の理由ですか?」
僕は怒っていた。それじゃあ僕が巻き込んだみたいじゃないか。徳河さんはお詫びにと、全員の願いを一つずつ叶えるという。勿論叶えられる範囲で。
「それじゃあ俺は影の部屋で、徳河、お前と対戦して強くなりたい」
「ウチもそれがいい。特訓してください」
王騎君と瞳ちゃんは徳河さんとの特訓を願った。僕は……。
「僕はレッドダイヤモンドが欲しい」
「え?!」
鴎ちゃんが驚いた。
「それ私が願おうと思ってたんだけど……」
「この前は僕とオウキ君のわがままでレッドダイヤモンド寄付したけど、付き合ってから後悔してたんだ。だから、僕がプレゼントしたい。それくらい構わないでしょう? 徳河さん」
僕の問いに、徳河さんは笑った。
「いいでしょう。私の所持しているレッドダイヤモンドで良ければ差し上げましょう」
鴎ちゃんは跳んで喜んだ。
「後はカモメちゃんの願いだね」
だが鴎ちゃんは首を横に振る。
「これ以上望んだらバチが当たるわ。スクール長さん、レッドダイヤモンドはどういう形ですか?」
「小さいもので二つのイヤリングにして飾ってあります」
「じゃあ私の願いは、ミツル君と片方ずつで分けることです」
わかりましたと徳河さんは言った。では、と言いかけた徳河さんを可能先生が止めた。
「スクール長に聞いておきたいことがあります」
可能先生は、徳河さんに詰寄る。
「影狼をシークルースクールに招き入れたのはあなたですね?」
徳河さんは少し答えを渋った後、頷いた。
「それも試練のうちの一つでした。可能先生ならすぐさま行動に移すでしょうし、それについていくか? また、ついて行ってどうするか? それを見定めたかったのです」
可能先生は徳河さんの胸ぐらを掴む。その手は震えていた。
「あなたの過去を利用した。それは申し訳ないです、可能先生」
その言葉に、可能先生は手を離し息を吐いた。
「もう済んだことですからいいです。ですがこれ以上は、なしですよ?」
可能先生の言葉に徳河さんは頷いた。
「それにしても、何故今まで尋ねなかったのですか? これは私の勘なんですが、可能先生は影狼を尋問した時には気づいていたんじゃないかと思うんですが……」
徳河さんのその台詞に可能先生は、ふふふと笑ってこう言った。
「恐らくその時言ってもはぐらかしたでしょう? 決定的な証拠も、確信もありませんでしたから。それに気づいていてもその上で泳がせたんでしょう?」
可能先生は腰に手を当て、まったくもう! と呆れる。徳河さんは嘘がバレた子供のような顔をして両手を広げた。それで可能先生も納得いったようだった。
僕らは部屋に戻り休む。薬の効き目か、傷はほぼ完全に塞がっていた。
次の日、教室で徳河さんからレッドダイヤモンドのイヤリングを受け取った僕は鴎ちゃんに一つを渡した。
僕は左耳に、鴎ちゃんは右耳に付ける。
「どうかな?」
鴎ちゃんが聞いてくる。僕は似合ってるよと言った。
「ミツル君も似合ってるよ」
僕らは笑いあった。
「おい! 俺達の願いも叶えろよ?」
「わかっていますが、今やっても結果は一緒でしょう? それならまず可能先生を超えることですね」
王騎君はそれもそうだな、と頷いた。
「僕はもう徳河さんや可能先生を超えてるんですか?」
当然の疑問をぶつける。徳河さんに勝ったということは、そういうことになるんだろうか?
「恐らく怒りを感じている時は私をも超えているでしょう。ですが普段から怒り慣れてなければ、その才能はまだ完全に開ききっていないと言えます。日々の訓練の中で研ぎ澄まされて初めてモノにしたと言えるでしょうね」
徳河さんはそれではまた、と言って教室を後にした。そう言えばと瞳ちゃんが言う。
「可能先生はお願いを何にしたんですか?」
「貴方達の行く末を見守らせてもらうことですよ」
それって今まで通りじゃないのか? と思ったが、教員は五階層までしか降りられない。つまり先生も研究員となり降りるということだろうか?
「違いますよ。ただ、貴方達が私の教え子だと言うことは変わらないということです」
公認相談員として、僕らが研究員になってからも相談に乗ってくれるという。
研究員になるのはまだ先の話だが、先生との縁が切れるわけじゃないのが安心した。僕らはまた高め合う。日々の鍛錬を重ね自分に磨きをかける。
ある日両親から手紙が届いた。僕が両親の元を離れて一年。元気でやっているか、体を壊してないか、栄養はちゃんと摂ってているか? 恋人はできたか? などが書かれていた。海のど真ん中にあるため電話で連絡もできないのだ。
そう言えば、両親には近況報告をしてなかった。僕は一年間あったことをツラツラと書き、配達員さんに渡した。
恋人が出来たこと、両親が見たら驚くだろうな。死にかけた事は書かないでおいた。元気でやってる事を報告できたらそれでいい。
僕は零番甲板で鴎ちゃんと待ち合わせしている。先に鴎ちゃんが着いていた。風に吹かれながら二人で海を見つめる。
「これからもずっと誰も欠けることなく冒険の日々が続くといいな」
僕がそう言うと、鴎ちゃんは笑った。
「続くわよ、きっと。あなたならきっとできるわ」
手を繋ぎ海を見ていた。
『警告!! 外部障壁消失!! 生徒及び教師含む乗組員はトビザメ等の侵入に対応してください!!』
今日もいつも通りの日々、トビザメと戦う僕らは毎日を強く生きていく。
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