第11話「事故」

 僕らは食堂のある四十一番甲板に着くと中に入り好きなものを注文した。食堂へ来る前は途中のロープ移動が心配になったが、王騎君も本当に寝坊しただけらしく、前をどんどん進んでいたので安心した。

 僕らは食事を終え今日も休みとして各々自由に過ごす。風に当たる王騎君の横についた僕は尋ねた。

「大丈夫?」

 ああ、と言った彼は遠くを見つめ話す。

「少し……、昔を思い出していた」

「それって、幼少期とかじゃなくて……。前世?」

 ふっと彼は笑い、まだ信じてない僕にただただ彼は語った。前世の彼は十二歳の時、海賊に襲われ逆に返り討ちにしていく。ある船に認められた彼は海賊となり、船長達と旅を続ける。

 ある時は無人島の宝を探し冒険して宝を守る魔物と戦い、ある時は敵対する海賊船と命を懸けた戦いを繰り広げた。

 たくさんの敵と戦う中、仲間は沢山減っていく。命の奪い合いだ、当然だ。

 仲間を失いながらもまた仲間を得て、時にはライバルと協力して魔の洞窟に挑む時もあった。そして彼は腕を見込まれ副船長となる。

 彼は彼を慕う仲間達と共に、船長の指揮の元大海原を旅していく。果てしない旅。幾多もの出会いと別れ。

 そして、船長が病に倒れる。船長は彼を次期船長に指名した。それを不満に思う者はいなかった。

 そして船長になった彼は、更に多くの敵と戦い、それだけでなく和解の道を示した。それは彼なりのやり方だった。生かされた敵は納得いかなかったし、幾度も戦いを続けた。やがてその人達は彼の力を認め仲間となっていった。全ての海を制覇した彼を誰もが海賊王と呼んだ。

「その後どうなったの? 君は……、どう亡くなったの?」

「嵐の中の戦闘中、海に放り出されたある女を助けようとして、そのまま海の藻屑だ」

 呆気ないもんだろ? と彼は笑う。僕はその人が好きだったんだろ? と尋ねた。そういうわけじゃないという彼の肩を叩いた。

「何カッコつけてんだよ」

 王騎君は笑った。僕は聞いてみた。

「そんな前世があるなら、今は退屈なくらいなんじゃないの?」

 王騎君は首を横に振った。

「過去よりも今が楽しい。これからの物語も俺の冒険譚のうちの一つさ」

 それに何より、と彼は言う。

「可能のようなやつがいる。そんなこの世界では俺はまだ一番にはなれないかもしれない」

 僕はコクリと頷いた。いくら僕ら、王騎君自身が若いとはいえ、敵わない相手は確かにこの世に存在する。そしてこれから乗り越えていかなくてはならないのだ。

 ふぅーっとため息をついた王騎君は、真面目な顔で言った。

「俺も真面目に授業を受けるか」

 いつも寝てばかりの彼。体育はしっかり受けてるけど。

「それがいいよ。ためになるからね」

 僕らはお互い笑いあった。暫くして皆が集まる。

「可能、頼みがある」

 王騎君は先生に言った。

「俺を今一度、キャプテンとして鍛え上げてくれ」

 それを聞いた先生は、ふふふと笑った。

「最初からそのつもりですよ。私は厳しくしてるつもりです」

 王騎君はそれを聞いて首を横に振った。

「お前は甘い。次からの訓練では、俺に対しては全部本気でこい」

 その言葉には、先生は驚いた。

「……、痛いでは済みませんよ?」

「もう体験した」

 先生は黙りこくった。木の棒の訓練でも、あの影の試合とは違うとはいえ本気でやれば相当痛いはず。王騎君はそうしろと言うのだ。

「休まれても困るんですけどねー?」

「影のやつは当分はやらなくていい。だが木の棒訓練でも本気できてくれ。お前が俺たちにあまり怪我をさせないように手を抜いていたのはわかったんだ」

 それじゃ困るんだと王騎君は言った。本気で戦わねば掴めないコツもある。

「全員にそうしろというわけじゃない。俺に対してだけでいい。頼む」

 王騎君はなんと、土下座した。

「お、おいおい、君は仮に海賊王だったんだろ? そんな風に頭を下げてちゃ……」

「俺は下げるべき時は頭を下げる。敬意は払うぞ」

 先生はやれやれと言って、頭をかいた。

「そこまでされては仕方ありませんね。次から訓練で、海鳴君にのみ本気で行きます」

 僕はその言い方に少し納得がいかなかった。王騎君のみ階段を二段飛ばしでいくようなものだ。

「先生! 僕にもお願いします!」

 先生は僕の言葉に驚いた。だが頷いた。僕の覚悟は伝わったようだ。王騎君に追いつきたい。彼と共に進みたい。彼の見る世界を共に見届けたいと思った。

 鴎ちゃんと瞳ちゃんは今まで通りでお願いしますと言った。

 流石に女子にまだ本気は出せない、痛い目に合わせられないと先生は冗談交じりに言った。先生は様々な体術を時間の限り伝えてくれた。僕らはその動きを真似る。

 体をどう動かせば、相手のどういう行動に対応できるか。

 次の日もその次の日も、体育の時間に組手をしたり様々な動きを学んだ。

 授業ではエネルギーについて復習する。海底奥底から湧き上がるエネルギーは、ダンジョンの様々な場所に影響を与え、クリスタルハープーンの材料発掘等に役立っている。

 また海上の電力も海底からのエネルギーで賄っており、海底ダンジョンがあるからこその海上の甲板生活エリアが築かれているという。海底ダンジョンの奥底のエネルギーは海にも影響を及ぼし、この海域でサメが空を飛ぶのはそのためだ。

 もちろん他の魚も空を飛ぶ。様々な海の生き物がエネルギーを得て旨味を増すからこの海域では良質な魚が取れる。

 海上の甲板は、海底からのエネルギーに反発する物質が中にいくつか浮いており、それを基盤に丈夫な板を組んでいる。だから百一枚の甲板が、宙に浮かんでいるのだ。

 海底ダンジョンから横道に入り鉱場についた僕らは改めてハープーン作りの現場を見た。特殊な道具で削りだす鉱務員さん。先生はこの特殊な道具について教えてくれた。

「これはダンジョンの奥底で取れる鉱石から作られていて、クリスタルハープーンの強度よりかなり上位の鉱石で出来ています」

 ならばと海鳴君は言う。

「その鉱石で作った銛は、さぞかし凄いんだろうな」

 先生は首を横に振った。

「あれを見てわかるように歪な形をしていますね? 現状あの鉱石を改良研磨できるモノも技術もありません」

 だからクリスタルハープーンは一階層で採掘していると先生は言う。

 授業はそれだけじゃなくて、古代文字も学ぶ。瞳ちゃんが詳しいが、僕らも学んで少しは読めるようになった。前に見た瞳ちゃんのTシャツは海の男と読むらしい。

 今日はローブの下にどんなTシャツを着てるかわからないが、前に見かけた時は王の中の王と書かれていた。瞳ちゃん、まさかと思うけど……。

 とにかく座学はそんな感じだ。問題は体育。特に試合形式となると、先生は僕と王騎君に手加減しなかった。

 いやまぁ、そう頼んだんだけども。とにかく先生にしごかれ、あちこち体が痛い。流石に頭は狙わないようにしてくれてるらしかったが、ミゾオチに入った時は吐くかと思った。

 それでも死ぬよりはマシだ。先生の影に負けてから海底ダンジョンには、鉱場以外行っていない。

「くそっ、まだだ! まだやれるぞ!」

「今日はこれまでにしましょう。皆さん仕上がってきてます。明日からは連携の訓練も加えます」

 一人で敵わないなら四人で、ということだろう。王騎君は納得いってないようだったが、先生は続ける。

「例え四人ででも、私に敵うようになればこの先のダンジョンへも進めるでしょう」

 その言葉に、ふぅーと息を吐いた王騎君は頷いた。

「確かに、可能に勝つことに拘っても意味がない。次のステップを踏めるなら進むべきだろうな」

 そのためにはまず四人で勝たねばならない。毎日の訓練で自分達の可能性を広げて強くなっていった。

 連携を重ね、王騎君と僕が前衛で鴎ちゃんが中衛になり瞳ちゃんが後衛の形に落ち着いた。

 最初は鴎ちゃんも前に出ると言ったが、僕らがやるうちに瞳ちゃんを守る中衛が必要だと判断した。僕が前衛なのは、僕の提案だ。僕も強くなりたい、そう願ったから。

 そして連携が形となり本気の先生から一本とった時、王騎君が提案した。

「今一度、全員で可能の影に挑みたい。ダメか?」

 みんなは頷いた。先生も了承してくれた。

 一度しっかり休養をとり、次の日英雄スカルの部屋に着いた。今の僕らには英雄スカルは敵ではなかった。簡単に打ち倒し、中へと進む。先生は機械の中に入り影となる。

 リングの上に上がった僕らは先生の影と対峙する。命懸けに近い戦いを始めた。

 僕と王騎君が果敢に挑み、隙あらば鴎ちゃんが攻撃する。瞳ちゃんは的確な投擲で先生を揺さぶる。決着がつく……、その時だった。

 僕と交代に前に出た鴎ちゃんが隙を作り王騎君が先生の胸を突く瞬間に先生が投げたハープーンの影がふらついて転んだ僕の頭に刺さる。強烈な痛みが走った。

 先生の影の胸にハープーンを刺した王騎君が、やったぞ! と言うと同時に瞳ちゃんが僕の元へ走ってきた。

「あ……、がああああああ!」

「大丈夫?! ミツル君!」

 王騎君と鴎ちゃんは何が何だかわからないと言った風にこちらを見ていた。

「どうした? ミツル!」

「何? 何があったの?!」

 先生が機械から出てきて、慌てて僕の所へ来て言った。

「六道君、すみません! 私のミスです」

「う、ぐうううううう。い、いえ、これが命懸けの、た、戦いですから……」

「とにかく一旦帰りましょう。海鳴君、六道君を背負ってください」

「わかった!」

 僕は王騎君に背負われて、海底ダンジョンを出てからスグに医務室に運ばれた。

 医師曰く、影のため脳に損傷自体はないという。だが僕には凄まじい頭痛が走っていた。熱も四十度を超えていた。その日は医務室で点滴を処置されながら様子を見られた。

 僕はその日から二週間、高熱と酷い頭痛と戦い続けた。

 皆が授業後と休みの日に見舞いに来てくれた。王騎君と先生はひたすら謝っていた。

「俺のせいだ……、すまん」

「違います、私のミスです。六道君、大丈夫ですか?」

 鴎ちゃんと瞳ちゃんは僕の手を握ってくれた。

「大丈夫。きっと大丈夫よ」

「そうだよ、ウチはミツル君なら越えられると信じてる」

 僕は必死に笑って言った。

「ありがとう……」

 そして何とか回復したのだった。医務室から朝起きて、医師の許可を得て教室へ行くと皆が待っていた。

 おはようと挨拶をすると、鴎ちゃんが抱きついてきた。

「おはよう! ミツル君!」

 王騎君は、僕の方を向き言った。

「ミツル、次は俺が……」

「守るなんて言わせないぞ! オウキ君!」

 僕は怒った。僕の身を守るのは僕の役割なんだ。僕は守られるためにいるんじゃない。

 もちろん何かあれば助けて欲しい。でもそれとこれとは違う。

 先生が教室に入ってきて、僕の顔を見てホッとしたように見えた。

「六道君は二週間お休みしましたし、今日は復習からやりましょう」

 鴎ちゃんや瞳ちゃんからノートを受け取り、先生の授業についていく。途中で僕は、そういえば、と言葉を発した。

「先生の影との試合は合格だったんですか?」

 それを聞いた先生は、ふふふと笑った。そして拍手する。

「合格です。不慮の事故があったとはいえ、私の影の心臓に海鳴君のハープーンは刺さりました」

 そして先生は、ですがと続けた。

「六道君のことがあったように、油断はできません。これまで以上に気を引き締めてください」

 いつか誰かが不慮の事故で死ぬかもしれない。そんな危険があるのが海底ダンジョンだ。

 今回は影だったから命は助かったが、次はそうはいかないかもしれない。僕らはまた勉強と特訓の日々に身を捧げる。特に王騎君の身の入りようは大きかった。

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