第27話「その後の僕達」

 毎日忙しない日々を送っていた僕らは、急激な成長を遂げていく。いつしか可能先生とも一対一で渡り合えるようになった。僕の覚醒は一旦落ち着いている。僕は徳河さんにもいい勝負が出来るようになってきた。勿論王騎君も負けていない。

 動きがもう素人にはついてこれない程だった。

「そろそろこのシークルースクールの資格試験を受けてもいい頃合いでしょう」

 可能先生は言う。教員免許か、研究員免許。僕らは迷いなく研究員免許を選んだ。筆記試験のための勉強を続ける。王騎君は頭を悩ませた。

「実技だけならなんとかなるんだけどな」

 そうもいかないのが試験だ。僕らは勉強をしっかりして試験に臨んだ。そして全員筆記試験には合格した。

 影の部屋で実技試験が行われる。相手は徳河さんと、可能先生。影は二人分まで出せるらしい。四対二の戦い。可能先生を王騎君が抑えて、徳河さんを僕が抑える。成長した鴎ちゃんと瞳ちゃんとの連携で見事打ち勝った。

「貴方達に教えられることはもうありませんね。研究員免許を授与します」

 徳河さんは僕らに写真入りの研究員免許証をくれた。

「すぐにでも下りられますが、どうしますか?」

 王騎君ならすぐに行こうと言うだろうと思った。だが彼は首を横に振り言った。

「十八歳になるまで下りないでおこう」

 彼は僕と鴎ちゃんを見ていた。なるほどね。

 それから半年、ずっと修行の日々だった。どんどん常識の枠の範囲から外れていく僕らの身体能力。だが体が異常にムキムキになるとかはなかった。それもこのシークルースクールの特徴だ。食べ物が特殊で、体が膨らまなくてもエネルギーを内に秘める。そのエネルギーを爆発的に起こせば普通では考えられないようなこともできる。

 半年に一回のゴーレム退治では一人一体を相手にし、ハープーンを軸に高飛び跳躍してゴーレムの頭上に飛ぶ。ハープーンを刺して簡単に倒すということをやってのけた。そして次の年度では新しい人が四人やってくるという。

 どんな人達がやってくるのかわからないし、担当の先生は可能先生ではないから噂でしか聞けないが、中々優秀な人達らしい。高校を卒業してやってくるらしいから僕らより年上だという。

 彼らが試練を乗り越えるまで僕らは各自トレーニングジムで鍛えながら過ごしていく。

 僕は鴎ちゃんと毎週休みの日にデートした。デートコースは様々だったが、五十番甲板が一番多かったと思う。

 零番甲板で風に吹かれていた時もあった。僕は鴎ちゃんの十七歳の誕生日にダイヤのついた指輪をプレゼントした。婚約指輪だ。

「まだ結婚はできないけど、僕らが十八歳になったら結婚して欲しい。一生君を大切にする」

 鴎ちゃんはゆっくり受け取って頬を染めた。

「ありがとう。私もあなたと共に生き続けたい」

 鴎ちゃんは婚約指輪を左手薬指につけた。僕らは結婚の約束をしてキスをした。

 それからもトレーニングを続けながら生活していく。僕と王騎君は身長が百八十センチを超えた。鴎ちゃんと瞳ちゃんも身長が少し伸びた。

 僕は王騎君と二人きりの時に尋ねた。

「ヒトミちゃんとのことは本当に何も無いの?」

 王騎君はふっと笑った。手すりに手を乗せて体重をかけ語る。特別扱いをするというのは王騎君にとって嫌な選択肢だという。女だからとか、可愛いからとか、そういうものは王騎君にとって邪魔な価値観でしかないというのだ。僕はそんなことはないと言ったが、王騎君は首を横に振り言う。

「男がいて女がいて、子供ができる。生殖の話ならそれでいいかもしれない。だが俺には生まれつき生殖機能がない」

 は? と僕は聞き返した。

「俺には精子がないんだ。少ないとかじゃなくて精巣の異常で、精子が全く作られない」

 僕は唖然とした。こんなにも精力のありそうな王騎君が……、そんなことってあるか?

「先天性の特殊な病気でな。治療法はない」

 だから子孫を残せないと言う。そして前世でもそうだったと彼は言った。どれだけ女性を抱いても子を授かることはなかったという。王騎君はこれは天命なんだと語った。

「俺は子供を作れない。子孫を作れないから生まれ変わりをしたんだと思っている。そして今世でも子供は作れないことは確定している。だからなんだ」

 もう特別扱いする女性を作らない。その人の人生を壊したくないから。その人との子を授けてあげられない自分が嫌になるから、そう言っていた。

 僕は唐突に王騎君の顔を殴った。王騎君は驚いた顔でこちらを見ていた。

「何をするんだ」

「君は馬鹿だ!!!」

 子を産むことだけが女性の喜びではない。瞳ちゃんは王騎君との子供が欲しくて好きになったわけではないんだ。

 勿論子を授かれるならそれに越したことはない。でも、子を産めないからと言って王騎君のことを嫌いになったりなんかしないはずだ。

「わかっている。文通でその事については話したしな」

 そっか。瞳ちゃんは知っているんだな。なら尚のことだろう。僕は言う。

「それで何も変わらないの?」

 王騎君は首を横に振り言った。

「いや……。お前とカモメのようにはいかんが、俺の中でヒトミに対する好意は変わりつつある」

 大切な人だと思う、と言う彼の肩をポンポンと叩いて僕は言った。

「結婚式には呼べよ」

 王騎君は笑った。

「結婚はしないと思うがな」

 なんでだよ。いいじゃないか。子供が出来なくても結婚して夫婦になったっていいだろ。

「形式に囚われるつもりはないということだ。結婚しなくても一緒にいることには変わりない」

 そういうものなのだろうか。契りを交わす儀式である結婚。でも儀式を行わなくてもパートナーにはなれるかもしれない。

 それもひとつの道ではある。僕はそれでも王騎君と瞳ちゃんの関係を応援したいと言った。

「ありがとな、ミツル。俺はお前らに会って希望を持てた。お前らがいて、この場所で冒険できたからこそ生きがいを持てた。お前らとの冒険は宝だ。これからもよろしく頼むぜ!」

 僕らはガシッと手を握りブンブン振った。


 私は瞳と二人で話していた。瞳は王騎君との関係に進展があったことを喜んでいた。瞳は自分の両親の話をする。割と裕福な家庭に生まれた瞳は何不自由なく暮らしていたが、誰かと関わることをあまりしてこなかった。自分を鍛えたり勉強したりすることの方が楽しかったのだという。

 でも今は違う。私達と関わり共に研鑽するのが楽しいのだと言う。

「ウチは皆に出会えて良かったよ。一人でも生きていけると思っていた時があったけど、今は大切な人と大切な時間を過ごすことがとっても嬉しい」

 それは私もそうだった。この大切な時間を切って離すことはできない。満君との幸せな時間を少しでも長く感じていたいと思う。

 ふと瞳が私の左手の薬指に触れた。

「いいなぁ……」

 瞳は、王騎君は結婚してくれないだろうと言う。

「大丈夫。オウキ君ならきっと、ヒトミを幸せにする選択をしてくれると思うわ」

 そうかな? と問う瞳に私は強く頷いた。

「ウチ頑張るよ。オウキ君の一番でありたい。誰よりもウチを見てほしい。オウキくんの道を応援したい」

 それを聞いて私は遠くを見つめて言った。

「私は本当はね。この先に進むのは反対なの」

 え? と瞳が言った。瞳が私の方を見ている。

 私は話す。ここまでくるだけでも大変だったこと、そしてこの先はもっと険しい道のりであろうと想像できること。

 そうやって冒険を続けていたら、いつか誰かは死んじゃうんじゃないかという不安。もし満君が死んでしまったら私は……、きっと生きていけない。

 両親を亡くした私にとってこれ以上大切な人の死を見たくなかった。

 ここまで来れた、それでいいじゃない? 何故その先の危険へ飛び込もうとするの? 私は怖かった。皆が前に進もうとする。私だけが前に行かなかったら取り残される。だから前に進むことを決めたけど、教員となり誰かの成長を見守ることもできるのだから、道は沢山ある。

「それなら、教員になって残っても良かったんじゃ?」

「離れるのはもっと嫌! ミツル君が残ったら残るつもりだった。でも彼は進む道を選んだわ」

 私は進むべきか本当は悩んでいた。彼について行くという形だけで本当にいいのか。可能先生のように恋人の帰りを待つのもいいかもしれない。

 でも私は待つのを選ばなかった。後悔はしてないけど、不安に押しつぶされそうになる。

「誰にも死んで欲しくない」

「ウチも同じだよ」

 瞳は話す。瞳自身の気持ちを。瞳も怖いのだと言う。でももっと怖いのは、ただダラダラ毎日を過ごすだけの平凡な日々に戻ることだという。

 刺激的なのがいいのではない。何もないことを望まないのが王騎君だから、彼の意思を尊重したいと思うからだと言う。そして彼の想いを大切にする自分、それが自分なりの答えなのだと。

 そして共に歩むことで彼の死ぬ確率を少しでも下げられるなら、そのための努力を惜しまない。それが瞳のやり方なんだと言う。

 私は妙に納得いっていた。私もきっと、そうだからこそ共に歩む道を選んだんだと理解できるから。

 私は瞳の手を握り言った。

「二人でオウキ君とミツル君を守ろうね!」

 瞳はコクリと頷き、私の手を握り返す。

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