第6話「可能先生の苦悩」
五十番甲板の中央審議会の会議室に犯人達を連れてきた私は、既に集まっていた教師と遅れてやってきた教師全員が揃うのを待った。
やがて全員が揃い、スクール長が口を開いた。
「皆さん、今回の件、対応して下さりありがとうございます。特に可能先生に至っては犯人逮捕、及びシステムの回復に尽力くださったようですね。お手柄です」
私は頭を下げた。そして会議室の真ん中に縛られている影狼に目をやった。他の三人は既に牢屋に入れられている。問題は影狼がどうやってシステムを奪い、外部障壁を外から消失させて中へ侵入し、暗号で妨害したか。
「この中に共犯者がいますねぇ」
スクール長がニヤリと笑った。先生達がざわめき始める。
「影狼! 誰にこの端末を渡された?」
私は影狼との戦闘時、予め先に壊した端末を掲げ聞いた。影狼の所持品だ。
「知るか! 相手も顔を隠していた。当然だろ?」
「目的は聞いてるか?」
それを聞いた影狼は、クックックと笑い言った。
「俺の目的は、可能、お前を殺すこと。優秀なお前なら教師の中で一番に動力室に着くだろうからな。端末を渡してきたやつの目的は知らん。俺が影狼として有名になるために海域を荒らすことを条件に受け取ったからな」
そうか、と私は俯いた。影狼は未だに仮面をつけていた。外さないのはスクール長がそう言ったからだ。だが、私は彼が誰だか知っていた。
昔、私は彼と一人の女性を巡って決闘した。結果、彼女の命を失うことになり、彼は失踪した。私を恨むのは仕方ない。だが……。
「私以外の教師や生徒達を巻き込んだ罪は償ってもらうよ」
私はそう言い、牢屋に連れていかれる彼を見つめていた。やがて教師達もそれぞれ休むため教師宿舎へ戻る。
私は最後まで残った。スクール長が残るよう言ったからだ。
「あなたの班員に、黄色の鍵を渡してください」
「!!!???」
スクール長の言葉に私は驚いて口をポカンと開けた。その判断はいくらなんでも、早すぎる。彼らに黄色の鍵の先は早いと私は思っていたのだ。
「何故ですか? スクール長」
「ふふふ、わかりませんか? 可能先生」
私はコクリと頷いた。スクール長が何を考えてるか分からない。あの場所は危険すぎる。今の彼らでは……、全滅する恐れもある。
「私がついていっていいのであれば……」
「それはいけません」
私は首を横に振った。
「いくらなんでも早すぎます。何故そこまでして」
「器を確かめるためですよ」
器? と、私は尋ねた。誰のかはわかったが、それでは……。
「いずれわかります。死んだらそこまでの器だったのでしょう」
それではあんまりだ。私たちはある程度危険を承知で生徒を送り出している。試練を与えてる。だが無謀すぎる要求をするのは間違っている。
「渡すだけでいいのです。使うかどうかは彼らに委ねなさい」
彼ら、いや、彼なら必ず使うだろう。
「一ヶ月待ってください」
「一週間以内に渡してください」
私は拳を握り、歯を食いしばった。スクール長に従うしかない自分が歯がゆい。
「……。わかりました。一週間以内に黄色の鍵を班員に渡します」
ニコリと笑ったスクール長は、もうお休みになられて良いですよと私に言った。
私は会議室を後にする。
教師宿舎の自室に戻った私はため息をついて机の椅子に座る。
きっと彼は嬉しそうに受け取るだろうな、この黄色の鍵を。何が待ち受けているかを楽しみにして。
「大丈夫だろうか」
私は独り言を呟いた後、眠りについた。
僕らは寝ぼけ眼で教室の机の椅子に座っていた。真面目な鴎ちゃんと瞳ちゃんも流石に眠そうだった。瞳ちゃんに聞いた話では、昨日の鴎ちゃんは凄かったらしい。瞳ちゃんの些細なミスを指摘してフォローしてくれたという。それがなければもっと遅れていたと。
鴎ちゃんは褒められて少し照れていた。王騎君は昨日の話はあまりするなと言っている。どうやら最終的に全部先生が持って行ったのが悔しかったようだ。もっと活躍したかったのかもしれない。
暫くして先生が入ってきた。授業が始まる。そこでふと、先生の様子に気づいた。最初は気づかなかったが、先生が浮き足立っていることに。どこか浮かないというか、ソワソワしてるのかよくわからないが様子がおかしい。
そこで王騎君が授業中に先生に尋ねた。
「おい、可能。俺達に何か隠してるな?」
ドキーーーっと言う音が聞こえてきそうな程、ビクリと跳ねた先生は頭をかいた。
「いやはや、隠し事はできませんね」
だが先生は話さなかった。明日にしましょうと。
「ふざけるな。今日話せ。今話せ」
「海底ダンジョンに関することなんですよ」
王騎君はそれを聞いてガタリと音を立てて机から身を乗り出した。
「だったら尚のこと!」
「昨日の件がありますから。そう慌てずとも……、海底ダンジョンは逃げません。今日は骨休めすると思ってください。あ、ちゃんと授業は聞いてくださいよ? 悪い子には一生言いません」
王騎君は、クソっと言いながらも姿勢を正して授業を聞く。
僕と鴎ちゃんと瞳ちゃんはその様子に思わず笑った。今日は一般課程の授業をしていた。とはいえ僕らには中学の時既に履修し終えた、一般大学の内容だ。これならまだ古代文字に関する授業の方が退屈じゃない。
まぁ復習だと思って聞いていた。昼ご飯を食べ終えた後、午後から体育の授業をした。ハープーンではなく、木の棒を使っての模擬訓練。僕と鴎ちゃん対王騎君と瞳ちゃん。
王騎君は先生と対戦したがったが、先生は笑いながら、まだ早いと言った。納得いかなかった王騎君はその鬱憤を僕らとの対決にぶつける。軽い木の棒とはいえ当たると痛い。
王騎君はほぼ一人で僕と鴎ちゃんの相手をした。瞳ちゃんも援護するが、投擲できない分不利だった。
瞳ちゃんは棒術より投擲の方が得意だ。鴎ちゃんと僕は棒術の方が得意で、王騎君は万能といったところか。
体育を終えた後、先生は宿題を出した。僕が渡された紙には王騎君と鴎ちゃんと瞳ちゃんの名前があり、それぞれの長所と短所を書くようになっている。僕は部屋に帰った後、風呂に入る時間まで考えて書く。
王騎君は積極性と何事も恐れず立ち向かう勇気があると思う。短所は、猪突猛進なところかな?
鴎ちゃんは冷静な判断と大事な局面での決断力がある。だが体力などに特筆できる箇所がない気がする。
瞳ちゃんは頭脳というか古代文字などの知識が半端ない。逆に内気なところと、身体能力は一般の人より高くても、少し僕らの中で劣る。
そこまで考えて僕は僕の長所と欠点を考えようとした。だがやめた。人に聞いた方がしっくりくる。後で聞こうと思った。
男子生徒宿舎は四番甲板にある。七番甲板に男子浴場。
女子生徒宿舎は六番甲板。十番甲板に女子浴場。
教師宿舎が五番甲板で、男子と女子の間にある。浴場は生徒と同じものを使う。
「おや? 珍しいですね、こんな遅い時間に」
僕と王騎君は人の少なくなる夜遅くに男子浴場で待ち合わせしていた。そこへ丁度先生が来たのだ。
「先生はいつもこの時間なんですか?」
「教員によりますが、私は遅くまで色々やるタイプなので」
僕は疲れないのか聞いた。休みの日はしっかり休んでいると言っていたが、ストイックな人だと思った。
「それよりミツル、俺に用があるんだろ?」
王騎君が脱衣場で服を脱ぎながら言った。
「うん。先生が出した宿題のことで」
それを聞いて先生は笑った。
「私はここにいない方がいいですかね?」
「いえ、先生にも聞いて欲しいです」
僕は丁度いい機会だと思った。僕らはまず体を洗い、湯船に浸かった。温度が湯船ごとに分かれていて、僕らは少しぬるま湯に入る。長話になると思ったからだ。僕は話し始める。
「オウキ君、宿題どう思った?」
王騎君は首を傾げる。
「俺は思ったことをそのまま書いたぞ」
僕が王騎君は僕のことをどう書いたか聞くと、僕の長所は頭の回転が速いこと、短所は崩れるとパニックになりやすいと思うという内容を書いたらしかった。
「先生はどうしてあの宿題を出したんですか?」
僕はそこが疑問だった。自分の長所と短所を書くのはよくあること。それはわかる。だが……。
「あなた達が自分以外のメンバーをそれぞれどう考えてるか、見直して欲しかったからですよ」
やっぱりそうか。人は自分のことは見えてるようで見えていないと言われている。だが僕らはそこをクリアしてここにいるんだ。そしてその先の課題、それは自分以外への理解を深めること。そういう意図だと予想していた。
だからこそ余計疑問に思ってしまった。
「先生。なんで宿題にしたんですか?」
これはもっと日にちをかけて話し合ってわかり合わねばならない事だ。
「時間がないからです」
「それはおかしいぞ、可能」
王騎君は言う。僕もそう思った。今日は一般の授業をした。時間がないなら一般の授業をせずやればいい。
「一般の授業も大切ですよ。理解を深めるのにね。体育も大切。長所欠点は宿題にしましたが、明日答え合わせをして、何とか間に合わせようと考えています」
王騎君は怪訝な顔をした。
「可能、何があった?」
先生は首を横に振った。なんでもありませんと。だが、確かに何かあったようだ。
「おい、可能!」
「明日分かります。明日伝えます」
先生はそう言ってサウナに入っていった。後を追う王騎君。僕も中へ入った。
「耐久ですか?」
とことんまで、話を聞こうとする僕らに、話を逸らす先生は語った。
「私にも昔仲間がいました」
僕らはサウナの中でチリチリ耐えながら聞いている。先生は上を向いて言った。
「好きな人もできました。ですが、私はその多くを失った」
先生は、ふぅっと息を吐き続けた。
「君たちにはそうなって欲しくないんです」
「俺達は……!」
王騎君が全部を言う前に先生は割り込む。
「絶対大丈夫と言えますか?」
王騎君は黙り込んだ。この世に絶対なんてない。もしかしたら誰かが、いや全員が欠けるかもしれない。
「何事にも心してかかってください。海底ダンジョンでは特にね」
「わかった」
王騎君は素直に聞き入れた。先生は思いが通じたと思ったのか外へ向かう。
「おい、可能。サウナ勝負は俺の勝ちでいいか?」
王騎君はニヤリと笑った。僕はふふっと、笑って先生を見た。
「勝負は二人でしてください。私は参加する気は端からありません」
ニコリと笑って先生はサウナ室を出た。
「よし、ミツル勝負するぞ」
耐久レースならごめんだ。僕も先生の後を追って出ようとする。
「全く、情けないヤツらだ」
結局王騎君も出た。水風呂に入り、外で休んだ後着替えた。
着替えた後、王騎君は部屋に戻る前に言った。
「俺はなにか悪い点があるか?」
宿題の話か、と思った僕はこう言った。
「前に突っ込みすぎるとは思うよ」
それに対して彼は自分の考えを言う。
「それは俺が前に出なきゃ始まらないからと思うからだが」
「でも、勇気と無謀は違う。そこはわかってるよね?」
当然だ、と彼は言った。
「無謀な賭けはしない。それは俺達全員の命に関わることだ」
「それをわかってるならいいけどね。僕には君が君の命を軽く見てるようにも見えるよ」
そうか? と尋ねる彼に頷く僕に、納得はいかないようだったが僕の考えは理解してくれたようで、
「そうか……」
と、少し考え込んだ。
「だが、それは俺がキャプテンだからだな」
そういう彼に僕は苦笑した。
「ダンジョンでも言ったけど、君が崩れたらほんとにヤバいんだ。頼むよ?」
「善処しよう」
王騎君は笑って部屋に戻っていった。
僕も部屋に戻り、眠りにつく。夢で、ある女の子の夢を見た。病室で笑ってるあの子。僕は久しぶりにその夢を見て起きた後、ボーっとしていた。ああ、そうだ。あの子は……。
着替えて教室に向かう。僕はゆっくり向かった。まだ登校時間にも余裕はある。
四番甲板から、八番、十二番、十八番、二十五番、三十三番へ直進して行くのが近道だ。
だが僕は四番、七番、十一番、十六番、二十二番、二十九番、三十番、三十一番、三十二番、三十三番というふうに、まず外周に回ってから行く遠回りをした。
外部障壁は、特殊な構造で出来ており風を通して心地よい。嵐の時は逆に雨や強風からしっかり守り、トビザメなどの外敵も中に通さない。基本的に晴れてる時にしか外部障壁を解除しないので、雨模様となる事は無い。空の色は変わっても。
今日は眩い朝日が差し掛かる天気のいい日だった。気分を晴らしながら到着すると、教室の前で先生と王騎君と鴎ちゃんと瞳ちゃんが待っていた。
「遅いぞ、ミツル」
いや待ってくれよ。遅刻はしてないぞ? 僕は腕時計を確認して言った。
「みんな早いね」
登校時間ギリギリならともかく、まだ二十分ほど余裕はある。僕はそれほど早く起きたからゆっくりのんびり着たのだ。さらに瞳ちゃんの話では瞳ちゃんは、今より三十分も前に着いていたらしい。その時既に鴎ちゃんと王騎君はいたそうだ。
「私は、一応登校時間の一時間前にはいたわ」
気になってしまってね、という彼女。
「俺は二時間前にいて、既にいた可能に問いただしていた。早く言えと」
気になりすぎだろ、とは思ったが確かに気になる。
「可能先生、全員揃いましたしそろそろ話してくれませんか?」
鴎ちゃんが切り出した。昨日の秘密について。
「いやー、正直な話来週初めでもいいかな? と思ってたんですけどね。期日には間に合いますし……」
期日? と僕は首を傾げた。先生はコホンと咳払いをすると続けた。
「海底ダンジョンで、青の鍵までは渡したことがありますね?」
先生は青の鍵をチラつかせた。
「その先への行き方は知ってますか?」
あの流れる床の場所、そこへ入る前に扉があって先輩がそこから黄色の鍵で下に降りていた。
「どうやら知っているようですね。これがその黄色の鍵です」
先生は二つの鍵を僕に渡した。王騎君はワクワクが止まらないようだった。
「今すぐ行っていいのか?」
「いや待ってよオウキ君。授業が……」
「行くならば行っても構いません。攻略には時間を要するでしょうし」
「なら行くぞ! お前ら! すぐに行こう!」
先生は少し残念そうな、そんな顔をした。
「やはり君なら行くと言いますよね」
当然だ、と王騎君は頷いた。僕は少し迷った。瞳ちゃんが不安そうに言う。
「先生は、ウチ達には難しいと思ってますか?」
「じゃなきゃ、昨日あんなに渋らないわよね」
鴎ちゃんも同調した。先生は首を縦に振る。
「私はまだ、君達には早いと思っています」
僕は少し驚いた。もしかすると、流れる床以上に攻略が難しいのかもしれない。だが王騎君は叫んだ。
「冒険に早いも遅いもあるか!!! お前は俺達に大人になるまで待てとでも言うのか? やると決めた日が吉日だ! 早かれ遅かれくるならば、今行って自分目で確かめる。それが冒険だ!!!」
「それが無謀だとわかっていてもですか?」
王騎君はピタリと止まり、先生に尋ねた。
「お前の目には無謀だと見えるのか? 今の俺達に無謀なら、どんな俺達ならできるんだ?」
先生は困った顔をした。顔をしかめる先生は、本当に悩んでるようだった。
「一つ約束してください」
なんだ? と、王騎君は耳を傾ける。僕らもしっかり聞こうとした。
「危なくなったと感じたら、絶対引き返してください。あなた達にできないと思っているわけではありません。それほど……、違うのです」
鍵を無くさなければ、帰れるということなのだろう。そこは流れる床とは違う。
「そんなに心配ならお前がついてこいよ」
先生はまた困った顔をして、首を横に振った。
「それをしてはいけないと釘を刺されました」
それでか、と僕は納得した。恐らく釘を刺した人に、僕らに鍵を渡すように言われたんだと思った。そして先生の昨日の態度に繋がる。
「六道君は勘がいいようですね。嫌いじゃないですよ、そういうのは。とにかく、行くならば海底ダンジョンに入る前にお弁当を貰いに行きましょう」
やや近くの四十一番甲板の食堂に行き、お弁当を作ってもらって僕らは出発した。
海底ダンジョンの扉を開け、真っ直ぐに直進する。流れる床の日の帰りのように、先生がスカルを相手してくれた。ここで疲れてはいけないからと言う先生。せめてこれくらいはさせて欲しいと思っているのかもしれない。青の鍵の扉に着いた。
「念の為私も下に降ります」
そうして、最初の流れる床に着いたあと、あのポーズで向かい扉がある場所に着いた。開けずに真っ直ぐ進むとあの迷路だ。
「ここからは私はついて行けません。いいですか? 約束を覚えていますね?」
「大丈夫だ! 心配するな」
王騎君は偉そうに先生の肩をポンポンと叩いた。
「絶対生きて帰ってきてください」
先生は今にも泣きそうな、そんな顔をしていた。
「僕ら、頑張ってきますから」
僕は決意を固め、絶対に先生の元へ帰ってこようと皆と誓い合った。扉を黄色の鍵で開き、中に入る僕達。
扉を閉じて中から鍵を閉めると音がして降りていく感覚を感じた。音が止み到着する。
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