第5話「影狼襲来」

『警告!! 外部障壁消失!! 生徒及び教師含む乗組員はトビザメ等の侵入に対応してください!!』

 そのサイレンは唐突に鳴り響いた。日の昇っている間にしか鳴らないその警告音に起こされる。

 無線で先生から教室に来るように言われ、慌てて着替えた僕は真夜中に外に飛び出した。

「なんだ?! 何が起こってる!?」

 僕は急いで教室に向かった。途中トビザメを払い除けながら。僕と王騎君が同着、その後に鴎ちゃん、最後にかなり遅れて瞳ちゃんが着いた。

 僕と王騎君が着いた時、既に先生はいて、僕らを待っていた。全員が揃ったところで王騎君が言った。

「どういうことだ? これも訓練か?」

 先生は首を横に振る。

「異常事態です。何者かに外部障壁を破られた可能性があります」

 先生も険しい顔をしていた。だが僕らを見ると安心させるように言った。

「大丈夫です。皆さんは通常通り、トビザメに対処してください。私は動力室に向かい問題を解決してきます」

 そう言うと先生は踵を返して、行こうとした。それを王騎君が制止した。

「待て、可能!!」

「なんですか?」

 先生は怪訝な顔をした。僕も疑問に思った。先生なら大丈夫だろうと。だが王騎君は言った。

「俺の勘が言っている。可能を一人で行かせては駄目だと」

 僕は少し考えたが、確かにここでトビザメの処理をするより先生について行って援護をした方が効率的だ。

「先生、僕らもついて行きます」

「ですが……、急ぐのと、危険なため中央をロープ移動で飛ばしますよ? 六道君や海鳴君、空色さんはともかく赤居さんは……」

 あ! と僕は思わず声に出してしまった。そう、瞳ちゃんはロープ移動が苦手なのだ。出来ないわけじゃない。だがどうしても遅れてしまう。完全な高所恐怖症ではないが、少し怖気付いてしまう感じだ。

「私がフォローします! だから付いて行かせてください!」

 鴎ちゃんが、ギュッと瞳ちゃんを抱いて言った。だが先生も引き下がらない。

「それに……、この状況だと最悪の場合……」

「だからだ! 俺達もいく!」

 先生は少しの思案の後、頷いた。

「わかりました。急ぎますので、何とかついてきてください!」

 先生はそう言い走った。僕らもついていく。一つの甲板の端から上に浮かぶ針の付いた石にロープを投げて鉤爪を掛ける。そして渡っていく。後ろを見ると、鴎ちゃんが瞳ちゃんのロープも投げ一緒に抱えて渡ろうとする。

「行くよ! ヒトミ!」

「う、うん!」

 そうして鉤爪を外す作業も二倍で、鴎ちゃんがフォローして駆け抜けた。緊急事態で且つ外部障壁の解けた今、外は嵐だった。雨もだが風も強い。船のように甲板が揺れる事は、このシークルースクールの構造上ないらしい。だがこの風はロープ移動に影響する。

 甲板はゼロ番甲板から百番甲板まで、全部で百一ある。ゼロ番と一番甲板が船で言う船首。九十九番と百番が船尾。円状に振り分けられた甲板は、それぞれが離れて浮いている。円の外側は中くらいの高さで保たれている。

 僕らの教室がある三十三番甲板はそれなりに中心地にある。そこから最短距離で向かう僕らは、道中トビザメにも襲われ薙ぎ払いながら船尾の百番甲板にある動力室に着いた。先生がまず中の様子を伺う。

「外を見張っててください」

 先生は僕らにそう言うと中へと入る。



 私は中にはいるとまずタッチパネルの位置を確認した。電力が落ちているため薄暗い。注意して進み、タッチパネルの所まで着くと操作する。

 パスワードを打つが案の定更なる暗号でロックされている。離れた場所からタブレットで操作できなかったのはこのためだ。これを解かなければ、外部障壁は設定できない。

「っ!!」

 咄嗟にハープーンで闇討ちの攻撃を防いだ。やはり誰かいた。

「流石だな、可能正大」

「あなたは?」

 薄暗くともマントを羽織り当然顔はマスクで隠している。マントの胸元の狼の柄が、彼の正体を物語っていた。

「影狼……。最近この辺りの海域の船を襲っていた方ですね?」

「そうだ。可能正大、俺はお前を殺しに来た」

 私はハープーンを構え臨戦態勢に入った。そして戦闘が始まる。影狼もまたハープーンを持っていた。攻撃を防ぎながら下がっていく。

「この程度ですか?」

「そう思うか?」

 思い切りの突きがきて飛び退いた。と、その時だった。背後に二人いた。

「しまっっっ!!」

 仲間がいる可能性は考えていたが、咄嗟の動きに合わされ間に合わなかった。

「させるかよ! おらぁ!」

 海鳴君の声とともにハープーンの弾く音が聞こえた。

「大丈夫ですか? 先生!」

 六道君もいる。どうやら中へ入ってきたらしい。

「助かりました!」

 私は素直に礼を言った。影狼は舌打ちをする。

「空色さん、赤居さんもいますね?」

 二人の女の子も確認した私は、赤居さんにタッチパネルにかけられた暗号解除を頼んだ。そして、空色さんに赤居さんを守るよう指示した。

「ハッハッハ! あの背の高いやつは俺がやるぞ! 可能!」

 私は海鳴君の意見を即却下した。

「大きい人……、影狼は私がやります」

 他の二人も仮面で顔を隠している。その二人の相手は彼らに任せることにした。

「頼みましたよ!」

 赤居さんの暗号解除にもかかっている。だがそれ以上に海鳴君と六道君の負担は大きい。生徒による人間への命の危機に陥る暴力の禁止。そしてそれは教師も同じだった。

 私は影狼の攻撃を防ぎつつ、タッチパネルへと近付けさせないようにする。

「どうした可能? その程度か?」

 影狼が挑発してくる。乗るわけにはいかないが、焦りはあった。

 こっちは相手を殺せないのに相手はこちらを殺せる。それは海鳴君と六道君もそうで、苦戦していた。

「くそ! 可能! こいつらも傷けちゃ駄目なのか?!」

 海鳴君が叫んでいる。気持ちは分かる。

「ある程度は仕方ありませんが、殺してしまうと駄目です」

 あちらからすれば、殺せるものなら殺してみろと無防備に攻勢に出れる。こちらは極力防ぐしかないのだ。

「ヒトミ! まだか!?」

 海鳴君が焦らすような言い方をする程、苛立っているのはわかる。

 赤居さんは黙ってひたすら打ち込んでいた。外からつけた暗号なら彼女ならいずれ解けるだろう。彼女の過去の成績を資料で知っているからそこは信頼できる。

 赤居さんは過去にプログラミングにおいて優秀な成績を残している。そして、ハッキング及びクラッキングの技術も高いと評されていた。それがいいのか悪いのかはともかく、技術的な意味で暗号の解読を任せて大丈夫だろう。

 問題は影狼と他二人だった。

「ほら、どうした可能? 反撃しないのか?」

 くっ! 調子に乗っているな。だが、彼の腕前も確かだった。なかなか隙がない。

「そちらから来ないなら……、こちらからやらせてもらうぞ?」

 彼は悠々と急所を狙ってくる。どの攻撃も鋭く油断出来ない。

 赤居さんにかかっている。とにかくこの状況を保たねばならない。

「くっ! ヒトミちゃん! 頑張って!」

 六道君も必死だ。恐らくだが、空色さんもハラハラしながら構えているだろう。

 そこで影狼が笑った。

「クックック、なるほどな。これなら余裕でお前を崩せるよ」

 影狼は何かの合図をした。すると……。

「なっ?!」

 六道君の声が響く。私は思わず振り返った。

 六道君のところに、二人いる。もう一人居たのだ。奇襲をかけられた六道君は必死で抵抗するが、どうしても隙が生まれてしまった。

「さよならだ」

 くるくると影狼が構えた。彼の放ったハープーンが六道君の方へ飛ぶ。


「せ……、先生ぇぇぇぇぇ!!!」

 僕は倒れながら、先生の方を見ていた。影狼の放ったハープーンが僕を庇った先生の背中を貫き、胸に突き刺さっていた。

 立て直しながら、何とか二人の刺客をはらいのける。というより、もう僕は用済みだと言わんばかりに、彼らがさがっていったという方が正しい。

 王騎君も自由になり先生の元へ寄る。

「可能!! しっかりしろ!」

「ごめんなさい先生……!! 僕のせいで……」

 僕は泣き狼狽えていた。狙われたのが王騎君ならこうならなかっただろう。僕だったからこそ、こうなってしまったのだ。まさしく柱を失った家屋のように心が崩れてしまった。

「大丈夫です。六道君、あなたは悪くない。しっかり心を保ってください」

「可能……、大丈夫だって言ったってお前……、それは……」

 確実に先生の心臓を貫いていた。ゴホッと血を吐いた先生は、尋ねた。

「赤居さん。暗号は?」

「うぐっ……、ひっく……、解けましたぁ……」

 瞳ちゃんも、くしゃくしゃに泣きながら涙を拭っていた。

「では外部障壁を設定してください」

「ごめんなさい……、先生ぇぇ! ウチが遅いせいで……!!!」

 先生は首を横に振り言う。

「いいえ、よく頑張りました。外部障壁を設定したら、この部屋の扉をロックしてください」

「え???」

 瞳ちゃんは素っ頓狂な声を上げた。僕にも意味がわからなかった。

「奴らを一人たりとも逃がしては行けません」

 これには影狼は爆笑した。

「ハハハハ!! 墓に体まで突っ込んでいる馬鹿に何が出来る? このままお前が死にゆくのを眺めるのも一興だな。その後お前の教え子は確実に俺に殺されるぞ?」

「ふざけるな! お前なんて俺がぶちのめしてやるよ!」

 王騎君はいきり立つが、影狼はただ嘲笑う。

「赤居さん、お願いします。」

「で、でも!」

 瞳ちゃんは戸惑っていた。外部障壁は設定された。だがここのドアをロックしてしまうと、先生だけじゃなく、僕らの身が危ない。それ程までに影狼は脅威だった。

「大丈夫です。私なら大丈夫」

「ヒトミ! 先生の言う通りに!!」

 鴎ちゃんが叫んだ。瞳ちゃんは泣き腫らした顔で頷きドアをロックした。

「全滅がお望みらしいな」

 影狼はほくそ笑んだようだった。だが先生はゆっくり立ち上がり言った。

「ここからは、本気でいきます」

「まるで本気ではなかったように聞こえるが?」

 影狼は怪訝な口振りで尋ねた。先生は胸のハープーンを思いっきり抜く。血が吹き出す。鴎ちゃんと瞳ちゃんが口元を抑えて震えた。

「教師にのみ、ある規定があります。それは殺されかけた場合のみ犯人及び共犯者を……、殺害しても構わないという規定がね」

 先生はズボンのポケットから何かの瓶を取り出し飲む。先生の出血が止まり、傷が塞がり始めた。

「この薬はこのシークルースクールの海底ダンジョンでとれるもの。一瞬で傷を治してくれます」

 影狼は驚愕していた。他の三人も慌てふためく。

「これで心置き無く戦える。影狼、あなたたちを皆殺しにできますね」

 王騎君は打ち震えた。

「おい! 可能!! 俺も加勢するぞ!!!」

「教師のみです。聞こえていたでしょう? 今のあなたでは足手まといです。私一人で十分です」

 影狼はそれを聞いて笑った。

「お前らさがっていろ。今度こそ可能を殺してやる。それだけだ」

 先生と影狼はハープーンを構えた。一瞬のこと、凄まじい攻防が始まる。今度は先生も攻撃に転じている。殺してもよいのであればリミッターなどない。

 幾度の攻防の末、影狼の腕と足切りつけた可能先生は隙をついて構え、五本のハープーンを一気に投げた。影狼の両手足と、心臓を突き刺したハープーンはそのままの勢いで壁に突き刺さり磔にした。

「ガフッ……、流石だな……」

「さて、残りの三人は投降していただけますか?」

 三人の影狼の部下たちは首を縦に振り、お縄についた。先生は影狼の前に立ち、ハープーンを抜いていく。そして縄で縛った後、薬を無理やり飲ませた。

「おい! 可能! そいつを生かすのか?」

「くっ、殺せ!」

「色々聞きたいこともありますから審議会に引渡しますよ」

 王騎君は納得いかないようだったが、直ぐに切り替えて言った。

「そうだ。おい、可能。俺たちにもその薬をくれよ」

 確かに、と僕も思った。それがあればダンジョン攻略も楽になる。

「ダメです。二十歳に満たない若い体には逆に毒になるんです。そのため教師にのみ配られています」

「ちっ!!!」

 王騎君の盛大な舌打ちに、笑った先生は瞳ちゃんにロックを解除するように言い、犯人達を連行した。扉を開こうとしたところで、他の先生が到着する。

「あら! 可能先生! その人達は?」

「この騒動の犯人達です。連れていくのを手伝ってください」

「わかりました」

 僕達はどうするんだろう? と思っていると先生が一旦部屋に戻るように言った。

「何かあれば無線で連絡します」

 そう言うと先生は影狼達を連れていく。僕らは部屋に戻った。疲れたのでぐっすり寝直せそうだ。寝坊しないようにしないとな。

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