第7話「三階層」

 扉を開くと暗い通路に草木が生い茂っていた。

「海藻、でもなさそうだな。当然か」

 王騎君は草を抜き調べる。陸にある草木とは違うようだ。

「この海底ダンジョン特有の植物ね。持って帰って調べてもいいのかしら」

 大丈夫だろうと思ったのか、鴎ちゃんは興味深そうに草を抜きリュックに詰める。

「前に進もう」

 瞳ちゃんが言う。王騎君は頷いた。調査しながら進んでいく。暫くすると左手に扉が見えた。鍵穴があって、青の鍵でも黄色の鍵でも開かない。今の僕らでは進めないのだろう。

 その扉を無視して草木の生える通路を進む。草木は通路の端に生えていて、雑草の中掻き分けて進むわけではなかったが、ある程度進むと大きなクワガタのような敵に出くわした。

 大きなアゴを開いたり閉じたりして襲ってくる。狙いは当然、

「オウキ君!」

「抑えるのは任せろ! お前らは倒しにかかってくれ!」

 僕と鴎ちゃんは左右に、瞳ちゃんは後ろまで回り込んでハープーンで攻撃する。アゴに挟まれまいと、必死で両手に持ったハープーンで防ぎつつ頭を攻撃する王騎君。

「頭は硬い! 腹あたりが弱点じゃないか?!」

 瞳ちゃんは腹部を刺し続けてる。僕と鴎ちゃんは胸部と腹部の隙間を狙う。刺しているとボキッと音を立てて胸部と頭が取れ落ちた。

 そしてサラサラと砂のように解けていく。僕らはフーっと息を吐いた。

「止まってる暇はない。どんどん進もう」

 クワガタやカブトムシのデカいバージョンに出くわして対処していると、鴎ちゃんが浮かない顔をしていた。

「出なきゃいいけどね……。大丈夫よね」

 そして、それは現れた。

「い、い、いやああああああ!!!」

 デカい蜘蛛だ。どうやら鴎ちゃんは、蜘蛛が苦手らしい。苦手な上にでかいんだ。この反応も無理はない。

「無理無理無理無理無理無理無理無理!!!」

「カモメ! 下がってろ! 三人でやるぞ!」

 次の瞬間、蜘蛛が糸を吐いた。王騎君は避けようとしたが左手に巻き付く。蜘蛛に引っ張られていく。瞳ちゃんがハープーンを投げた。糸を突き破りハープーンが地面に転がる。

「助かった、ヒトミ! 行くぞミツル!」

 僕は顔が真っ青な鴎ちゃんが心配だったが、とにかく倒すしかない。恐らくこいつも腹部ではない。

「顔を狙おう!」

 王騎君は僕のその台詞に大きく頷いた。投げても後で拾えばいいが、数には限りがある。頭胸部を狙う僕らは投擲した。

 僕の投擲は目に刺さる。だが変化はない。瞳ちゃんの投擲したハープーンが口に入り巨大な蜘蛛はバタバタと暴れ回りやがてひっくり返ってサラサラと砂になった。

 鴎ちゃんが、息を吐いた。

「ねぇ」

 鴎ちゃんが言おうとしたことは分かった。

「帰ろ?」

「ダメだ、まだ行けるだろ」

 王騎君は言う。僕は苦笑した。

「誰にでも苦手なものなものはあるよ。仕方ない。でも僕もまだ帰らなくていいと思うな」

「また出たらどうするのよ!!!」

 相当嫌らしい。まぁわかるよ、僕もあれが出たらどうしようと思ってるから。

「苦手なものは仕方ないし、それは僕らで対応しよう」

「胸部と腹部の隙間、口。そういう弱点を見分けていけばすぐにやれる! 心配するな」

 投げたハープーンを回収して、先へ進む。多くの巨大な虫たちと戦い、蜘蛛が出る度に後ろに下がりまくる鴎ちゃんも、なんとか前へ進む勇気を持ってくれた。

 やがて通路より広い大きな部屋に出た。通路自体も大きな空間なのだが、更に円形のように広がる部屋。

 真ん中にはオアシスのような泉が湧いていた。立て札があり古代文字が書かれている。

「休みたきゃ勝手に休め、だって」

 瞳ちゃんが読んだあと、腰を下ろした。

「ウチ、ちょっと疲れた」

 確かに戦闘が続いていて、休まる暇もあまりなかった。

「ここで休もう。お昼にしようよ」

 そうだな、と言った王騎君は、ドカッと座り込んだ。四人でお弁当を食べる。多少の警戒はしつつもゆっくり休んだ。

「それにしても、カモメちゃんは蜘蛛が苦手なんだね」

 僕がそう言うと鴎ちゃんは手で顔を覆い隠して恥ずかしがった。

「蜘蛛だけは無理なの。昔、毒蜘蛛に噛まれて死にかけた事があって、それ以来あの恐怖を思い出すから無理なの」

 死にかけたなら無理もないかもしれない。死とは恐怖の最たるもの。

「オウキ君は苦手なものなさそうだよね」

「そんな事は無いぞ。俺はピーマンが苦手だ」

 そう言って自分の分のピーマンを箸で掴んで僕の弁当箱に入れた。いや、子供か!

「好き嫌いはよくないよ」

「人参は好きなんだがな」

 そういう問題なのか? 僕は笑ってしまった。

「じゃああげる」

 瞳ちゃんが、そう言って王騎君に人参をあげた。

「ヒトミちゃん、好き嫌いは……」

「人参なんてこの世からなくなれ」

 そう言って、三つ入っていた人参を、僕と鴎ちゃんにも渡した。

「農家の人に謝った方がいいよ」

 外部障壁が解除される時、外から運ばれた食料なども送られてくる。陸の恵みはこの海のど真ん中のシークルースクールにも届くのだ。

 海の真ん中なので海産品には困らない。様々な海の幸が採れる。そして……。

「ピーマン食べてあげたんだから食べてよ」

 僕は王騎君に鯖を渡した。

「なんだ? お前も好き嫌い言ってるじゃないか」

「アレルギーなんだよ。食堂のおばちゃんに言うの忘れてた。入れられてるとは思わなかったよ」

 それを見て、ふふふと笑った鴎ちゃんは言った。

「さぁ、帰りましょ」

「いやピクニックじゃないぞ!!! 先に進むぞ」

 相当蜘蛛が嫌なんだな。もう帰りたいらしい。わからなくもない。お弁当を食べ終えて、空箱をリュックにしまい先へ進む。また通路のような一本道になり、道中巨大な虫たちと戦い、前へ進んでいく。すると目の前に扉があった。

 鍵穴はない。僕達は頷き合い、扉を開いた。奥もまた通路の一本道。僕らは前に進んだ。端に草木もなく何の変哲もない通路が続く。

 とにかく進んだがほんとに何も起きなかった。どういうことだ?

「おかしいな」

 王騎君が言った。確かにおかしいと僕も思った。もしかしたら迷路のようになっているのか。でも一本道だ。

 何も起きない状態が続き瞳ちゃんが言った。

「一旦戻ってみない?」

 僕は頷いた。鴎ちゃんも王騎君もそれには賛成した。戻っていくと、そこまでに要した時間で扉まで戻ってこれた。

「なんなんだこれは?」

 王騎君が悩むのは無理がない。先には何もないのが続くのだ。

「とにかく奥まで行ってみる?」

 鴎ちゃんが提案した。瞳ちゃんは逆だった。

「ここで帰るべきなのかも」

 僕も瞳ちゃんと同じ気持ちだった。ここで引き返すのもありだろう。

 だが王騎君は前に行くことを望んだ。

「ここで帰る気にはなれないな。いつか奥に進まなければならないなら、それが今でも変わらない」

 確かに言う通りだと思った。僕は気持ちを切り替え言った。

「前に進んでみよう」

 とにかく前に進む。水分補給をしっかりしながら進んでいく。ふと、さっきの五倍くらい進んだところで、王騎君が立ち止まった。

「待て」

 僕は首を傾げた。まだ何もない。何も起きていない。音も聞こえない。だが王騎君は何かを感じているようだった。

「まずい……」

 見れば王騎君は冷や汗をダラダラ流していた。

「ど、どうしたの?!」

「お前ら! 全力で扉まで走って逃げろ!」

「わかった! 皆! 走ろう!」

 走ろうとすると、王騎君は前を向いたまま止まっていた。

「ちょっ! 逃げるんじゃないの? 何してるのさ!」

 僕は慌てて手を引こうとした。その手を払いのける王騎君。

「お前らだけで行け! 俺はここで食い止める」

 何を……、何を!

「何を言ってるの!!!」

 瞳ちゃんがキレた。顔を真っ赤にして怒っている。

「オウキ君も逃げなきゃダメ!!!」

 そう言うと瞳ちゃんは王騎君にギュッと抱きついた。

「鉄砲水ってわかるか? 急激に流れてくる。そんな感覚を感じるんだ。このままだと全滅する。俺では対処できない、そんな感じがするんだ。お前らを……、死なせたくない。狙いが俺なら俺が食い止めればお前らは何とかなる」

 そんなの、そんなのダメだ。僕は口をパクパクして言葉にならない。くそっ! 情けない。

 でも王騎君を一人残すわけにはいかない。そんなことをすれば、王騎君は……。

「ダメ!!! 絶対ダメ!!!」

 瞳ちゃんは必死に抵抗した。

「ウチだけでも残る!!!」

「ヒトミ……」

 瞳ちゃんの意思を見て、僕も意思を固めた。鴎ちゃんも唇をきゅっと噛んで言った。

「私も残るわ」

「僕もだよ」

「お前ら……」

 僕らは意志を自分達で確認し言った。

「君が何言っても、ここで残るなら僕らも残る。君だけを残すなんて絶対できない」

「大丈夫よ、私達ならきっと何とかなる!」

 鴎ちゃんの台詞に、僕は手を出した。

「僕らの力を合わせよう」

 僕の手に鴎ちゃんが合わせ、瞳ちゃんも合わせた。頭をかいた王騎君はやれやれといった様子で言った。

「死ぬ時は一緒……、か。わかった。やれるだけやろう! 頼むぜお前ら!」

 最後に王騎君がパーンと手を叩き合わせて、僕らは前を向いた。少しした後、恐るべき事態が発生した。

「へ?」

 僕は思わず阿呆みたいな声を上げた。それらはやってきた。

「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!」

 僕は悲鳴をあげた。

「うわああああああ!!! へ、へ、蛇!!!???」

 蛇の大群が、やってきたのだ。僕はパニックになった。蛇だけは駄目なのだ。

「ミツル! 落ち着け!」

 王騎君の声は聞こえたが、僕はもう何もかもわからないあああ。

 やばいやばいやばいやばいやばい!

「無理無理無理無理無理無理!!!」

「落ち着いて、ミツル君!」

 その蛇は通り過ぎるだけだったが、僕には関係ない。無理なものは無理だ。ふと柔らかい感触に触れる。鴎ちゃんが抱きしめてくれていた。

「大丈夫。大丈夫だから」

「うううううううううう」

 僕は震えながら蛇が通り過ぎるのを待った。やがて全ての蛇が通り過ぎる。

「ハァハァ……、ありがとうカモメちゃん」

 鴎ちゃんはニコリと笑って離れた。

「お前ら、いちゃつくのはそこまでだ。くるぞ!」

 いや待って、いちゃついてはないよ? いやほんとに、やばかったのを鴎ちゃんが抱きしめてくれていただけで。

 言い訳しようとしたら顔が真っ赤だったかもしれない。とにかく、全員ハープーンを構える。

「お前ら、もう少しさがれ!」

 僕らは王騎君から少しずつ距離を取っていく。そしてそれは来た。

 ドドドドという音が聞こえてくる。まるで新幹線のようなものが王騎君に突っ込んだ。王騎君はハープーンを床に刺し堪える。とてつもない音がした。ガガガと音を立てて後ろに押される王騎君。僕と鴎ちゃんと瞳ちゃんの前まで来て止まった。

 王騎君の持つハープーンは折れていた。それだけの衝撃だったのだ。

「大丈夫?! オウキ君!」

「大丈夫だ。何とかな」

 王騎君への心配も束の間、僕は震え上がった。それが目を開く。めちゃくちゃ巨大な蛇だった。広い通路にこするようにウネる様子に僕はもう限界だった。

 むーーーーーりーーーーー!!!

「に、に、に、逃げよう!」

「お前だけでも逃げてくれるなら……」

 その王騎君の台詞に、僕はもう頭を抱えた。

 くそくそくそくそくそ!! ちくしょう!!!

「あー!! もう! やってやるよ!!!」

 恐怖を必死で抑えて、僕は気持ちを奮い立たせた。

「くるわよ!」

 鴎ちゃんが言った瞬間、口を開いた大蛇は噛み付いてきた。僕らは飛び退いた。すかさず瞳ちゃんが投擲する。目に刺さったと思った。くい込んだハープーンは、そのままはじき出された。まるでゴムかなにかのよう。

「俺が相手する! お前らは何とか弱点を探れ!」

「ヒトミちゃんは、オウキ君の援護をしながら正面から! 僕とカモメちゃんは両サイドを探ろう」

 僕の声に頷いた皆。僕は走った。切りつけながら蛇の横を走り抜ける。だがどこにも弱点らしきものがない。

「口の中も舌もダメ……!」

 瞳ちゃんが叫ぶ。どこに弱点があるんだ? そうこうしてると、ある部屋にたどり着いた。部屋の壁から蛇の体が出ている。

「ミツル君! どこにも弱点がないわ!」

 反対側から鴎ちゃんの声が聞こえる。僕は思考する。一体どこに弱点があるんだ。見落としてることはないか?

「オウキ君! 頑張って!」

「ヒトミ、離れてろ!」

 王騎君は奮闘している。いつか疲労がピークに達してホントにやられてしまう。そうなったら全滅だ。何とかしないと。考えろ僕!

「見えてる部分色々切ったけど、どこも傷つかない! どうしたらいいの?」

 見えてる部分……。僕はそこでハッとした。

「オウキ君! さがってほしい!」

「さがる? ならお前らも……」

「いや! 君だけだ!」

「お前らを置いていけるわけないだろ!!!」

「いいから! 僕に考えがある!」

 僕らは叫んで会話していた。迷路では映像の時、もし迷路の何か自体に意識があった場合、鴎ちゃん達に知らせることで鴎ちゃんと瞳ちゃんが狙われる可能性も考えて、自分の考えを伝えなかった。今回は違う。蛇に思考する頭はないと前提に考えた。最低でも鴎ちゃんには言わないと。

「カモメちゃん! 壁の中に弱点がある可能性がある」

「壁の中? でも壁を切りつけたって……。あ! そうか!」

 ズルズルと壁から出てくるように見える。そして、それは出てきた。尾だ。尾には光る何かが付いていた。僕と鴎ちゃんは斬る。

 尾の部分は切れた。だが、大蛇は消滅しない。今までの法則なら消えるはずだった。

「くそ! なんで!?」

 その光る尾はふよふよ逃げていく。そうか! 僕らは光る部分を必死に狙うが当たらない。その時、ハープーンが飛んできた。

 瞳ちゃんが、王騎君から離れてこっちへ来ていたのだ。光る部分に刺さると大蛇は砂のようにサラサラと消えていった。

 や、やった! 僕は鴎ちゃんと瞳ちゃんと一緒にガッツポーズをした。そしてスグに王騎君の所へ走る。

 王騎君は汗だくで肩で息をしていた。どうやらかなり限界だったらしい。

「やったな、ミツル」

「ああ! やったな、キャプテン!」

 僕らは互いの顔の傍で手をがっしり組んだ。

「ん? お前、今……」

「何? オウキ君」

 僕はわざと誤魔化し笑った。その様子に鴎ちゃんが笑って言う。

「ホント、男の子って」

「羨ましいな」

 瞳ちゃんがクスクス笑いながら言った。

「さぁ、帰ろうよ」

 僕らは帰ろうとした。

「待て」

 ん? と、立ち止まった。まだ何かあるのか? と思うと、王騎君は何かを指さしていた。

「戦利品を持ち帰るぞ」

 それは舌のようだった。僕は首を横に振る。

「三人に任せるよ」

 僕は無理。勘弁してくれ。結局王騎君が持ち帰る。

 帰り道が大変だった。僕らは王騎君が回復するのを扉を開けて出た先で待ち、来た道を戻る。オアシスのような場所まで来てからまた少し休み、水を飲んだ。

 なんとか帰りつき、黄色の鍵で扉を開け上へ登る。音が鳴り終わり、二階層につく。

「……! みなさん、おかえりなさい」

 先生が出迎えてくれた。ずっと待っていてくれたのだろう。

「全員……、全員揃ってますね! よく頑張りました。生きて帰った、それだけでも十分です」

「ハハハ! 余裕余裕……、ではなかったけどな」

「全員いるということは、まさか、戦利品を手に入れたりしましたか?」

 先生の台詞に、王騎君はニヤリと笑った。僕も釣られて笑う。先生以外が笑っていた。

「ほらよ」

 王騎君は大蛇の舌をリュックから取りだし、渡した。

「まさか、本当に? 信じられない。私はあの長い通路に不信感を抱き、全員で引き返すのを望んでました。そうでなければ、海鳴君は欠けてしまうと思っていたんです」

 実際そうなりそうだった。本当にギリギリだった。王騎君だけ残して逃げる選択肢をとる、もしくは誰かが逃げる、そのどれもが有り得た。だが僕らは意志を強く立ち向かった。だから……、最悪全滅も可能性にあった。

 でも僕らは勝ち抜いた。全ては王騎君のおかげ……。

「ミツルのおかげだ」

 へ? と僕は変な声を出した。なんでさ? 君が堪えてくれたからこそ。

「ミツルが突破口を開かなければ俺はやられていた」

 そうね、と鴎ちゃんが言う。瞳ちゃんもコクコク頷いた。僕は急に恥ずかしくなった。

「そうでしたか。とにかく今は帰りましょう。帰りもスカルは私に任せてください」

「歩いて頼む。すまんが」

「それはダメです」

 先生はピシッと言った。王騎君はチッと舌打ちすると、盛大に笑った。

「全く……、生きて欲しいのか死んで欲しいのかわからん!」

 青の鍵の扉まで行き一階層まで戻ると、走ってスカルの部屋を駆け抜けた。王騎君はなんだかんだ、先生のすぐ後ろを走っていた。元気なのか疲れすぎではっちゃけてる状態になってるのかわからないが。

 海底ダンジョンから脱出した僕らは、真っ暗の空模様に今何時かを確認した。海底ダンジョン内では僕らの腕時計は役に立たない。グルグル時間が回り時間を示さないのだ。だから出てからでないと正確な時間は分からない。もう夜の九時だった。

「飯食って風呂入って寝るぞ!!!」

 うおおお! と走っていく王騎君はやっぱり疲れすぎておかしくなってるようだ。僕らも先生と共に甲板まで登り、まずは部屋に戻る。

 海底ダンジョンの入り口は五十番甲板の真下にある。四十二番甲板からグルグルと螺旋階段を降りていくのだ。ちなみに五十番甲板には中央審議会の会議室があるらしい。

 僕らは生徒宿舎に戻った。僕はすぐに運ばれてきた夕食に手をつける。そして風呂に向かった。

 浴場に向かうと王騎君と先生がいた。何やら口論している。どうやら大蛇の舌について話しているようだ。

「ですから、あれは大切な具材なんです。このシークルースクールを運用するための資金として大陸に届けるのは仕方ないんですよ」

「だが、絶品なんだろ? 俺たちが取ってきたんだ! 俺たちに食わせろ!!」

「少量しか取れない素材で貴重品なんです。気持ちはわかりますが我慢してください」

「一つで一千万取れるなら多少切り抜いても問題はないだろ? 少しくらい分けろよ!」

「ダメです。多少でも百万は価値が下がります。あなたが払うなら別ですが」

「ケチんぼめ!」

 まぁまぁ、と僕は王騎君をなだめて体を洗いにいった。王騎君はまだぶつくさ言っている。

「よし、これならどうだ? 可能、俺とサウナで耐久勝負をしろ! 長くいられた方が勝ちだ。俺が勝ったらタダで戦利品を俺たちに食べさせろ」

「それは私に有利すぎませんか? あなた今すごく疲れてるでしょう」

「だからこそだ。俺の命かけるなら、一千万なんて訳ないだろ」

 全く、といって体を洗った先生は先にサウナ室に入っていく。

「ハンデです。あなたの気の済むタイミングで来てください」

「そんな物は必要ない」

 そう言いついて行く王騎君にやれやれといって、先生はサウナ室で腰掛けた。僕も体を洗い終えてついて行く。

「倒れても知りませんよ」

「その時はその時だ」

 王騎君が座り、隣に僕が座った。

「私も流石に譲るわけにはいきません。ですから海鳴君の気の済むようにしてください」

「俺が負ける前提で話を進めるな」

 僕は無理だと思った。全快時ならもしかしたらとも思う。だがいくらなんでも今は無理だ。それでも王騎君は耐えた。事前にかなり水分補給してるとはいえ、疲労も相まって俯く。

「オウキ君、もうやめよう。ホントに倒れるよ」

「ミツル達は頑張ったんだ。ミツル達に、褒美が必要なんだ」

 僕はそれを聞いて、涙を流した。

「違うよ! 君が頑張ったんだ!!」

「それでも俺たちは勝ち取ったんだ。当然の権利だろ?」

王騎君は項垂れていた。

「俺は……、俺は勝つ!」

そう言って王騎君は倒れた。先生は彼を担いで連れていき、水を飲ませ休ませた。

「くそ! 俺は……」

「君はまだ若い。まだまだこれから出来ることが増えるんですよ」

 そう言ってコーヒー牛乳を飲んだ先生は少し休憩して湯船に向かった。僕は、先生を追いかけた。

 少しぬるま湯の湯船に入った先生と僕。先生は僕に話してくれた。

「こんなことなら、あの舌の用途を話すんじゃありませんでした」

 あれはとても高級品として出回る具材で、特殊な調理をして食べると昇天しそうになるほどの絶品だそうだ。

 一つで最低一千万。少し大きめではあったが、重くはないと王騎君は言っていた。

 このシークルースクールの運営のための資金源の一つで、一定の期間で先生達が取りに行くのだという。勿論クリアした生徒が持ち帰ることもあるが、そこまで行ける生徒は少ないという。大抵は忠告を聞き引き返し、次の段階に進んでしまう。だから怖かったと先生は話した。

「海鳴君なら最奥まで進んでしまう気がしていたんです。そして幾らかの生徒がそうだったように、あの大蛇の突進で命を落とす」

 だが、僕はここでふと疑問に思った。

「先生。オウキ君は、一番奥まで行ってません」

「なんですって?」

 先生は僕の顔に先生自身の顔を近づけた。

「それは本当ですか?」

「ある程度まで奥には行きました。でもオウキ君は何故か立ち止まって危機を察したんです。それで僕らに逃げろって」

 ふむ、と顎に手を当てた先生は考え込んでいた。

「それでスクール長は言ったんだろうか」

 ボソッと呟いた先生に、え? と尋ねたが先生は首を横に振った。

「なんでもありません。ですが少しわかりました。どうして君達が生き残れたか」

 先生達は毎回最奥まで行ってるんだろうか。それを尋ねると先生は頷いた。

「最奥で構えた盾役が突進を防ぎ尾まで引き出し仕留めます。大抵盾役は私がしますけどね」

 それはどれだけの衝撃なのだろうか。先生は普通なら吹き飛ばされますよ、と笑っていたが正直目の前の人間が僕と同じ人間なのかを疑うレベルだった。

「とにかく、まだ早いと思っていましたが。海鳴君と六道君の才覚には驚かされます」

 え? 僕? とキョトンとしてしまった。先生は笑いながら言った。

「ホントは最初に答えまで言おうかと思っていたんです。ですがそれでは意味がない。ですから賭けた。引き返す可能性に。その予想を超えてきたのはあなた達二人です」

 皆がいたから……、皆のおかげです、と僕は答えた。先生は頷いた。

 実際蛇に襲われた時僕は限界だった。苦手な蛇に対して落ち着かせてくれたのは鴎ちゃんだ。目と口等を正確な投擲で狙う瞳ちゃんがいなければ、弱点が見えてる部分にはない事に気づけなかったかもしれないし、最後に弱点に当てたのも瞳ちゃんだ。当然耐えた王騎君は一番の功労者だし。僕は考えただけだ。だが先生は言う。

「突破口を開いたのは確実にあなたですよ」

 僕は照れて鼻を擦った。先生は王騎君の様子を見てくると言って風呂からあがった。僕も遅れて脱衣場で体を拭き服を着た。

 その後部屋に戻ると部屋着に着替えベッドに転がってぐっすり寝た。

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