第22話「可能先生の誕生日」

 三月十日、ゴーレム試練の二週間前。僕らは教室で先生を待っていた。先生が教室に入ってきたところで、僕らはクラッカーを鳴らした。

「ハッピーバースデー! 可能先生!!」

 先生は驚いていた。そして喜んでくれた。

「どうして知っているんですか? 日付を教えていないのに」

「ヒトミにできないことなどない」

 先生は苦笑して、僕らが用意した誕生日ケーキを一口食べた。

「んーーーーーー!! からい!!」

 先生は唇を真っ赤にして、火でも噴きそうな勢いで食べていく。

「先生は辛党だと聞いていたので、思いっきり辛口にしてみました」

 瞳ちゃんの提案で唐辛子をふんだんに使ったケーキ。甘くないケーキって意味あるのかな? そう思ったが、先生は喜んでくれていたので良しとしよう。

 プレゼントをそれぞれが渡す。僕からは万年筆、王騎君が財布、鴎ちゃんが時計、瞳ちゃんがネクタイをプレゼントした。

 先生はそれぞれのプレゼントを嬉しそうに受け取り、鞄にしまい込んだ。

 そしていつも通り授業を行う。だが先生は終始ニコニコしていた。あまりに嬉しかったんだろう。普段そんなに笑顔で教鞭を執らないのに今日は一日中ニヤついていた。

 全く……、そんなに喜ばれたらこちらまで嬉しいじゃないか。

「おい、可能。気持ち悪いからニヤけるのをやめろ」

 王騎君がそう言うくらいだ。先生はニヤけるのをやめようとしたが、どうしても顔が弛んでしまっている。

「もしかしてプレゼント貰うの初めてだったんですか?」

 僕の質問にドキーッと驚く先生。いやー、はははは、と笑う先生に僕は聞いた。

「彼女いるんじゃなかったでしたっけ?」

「あの人はそういう事に疎いですからね」

 先生は仕切り直して、姿勢を正し授業を続ける。午後の授業でもニヤけてるので、流石にシバいた。僕ら全員でシバいた。

 痛い痛いと笑う先生に僕が叱った。

「僕ら相手に手を抜くなんて、百年早いですよ?」

 それを言われた先生は、痛いところをつきますね、と言って構え直した。

 訓練くらいは真面目にして欲しい。僕らの未来のために。

 そのあと、海底ダンジョンの二階層に潜り修行する僕らを見送る時、先生はギュッと僕らを抱きしめた。

「貴方達は私の宝です」

 僕らも嬉しくなって抱き返す。良い誕生日にしてもらえたようだった。皆が皆、絆を確かめあった。その絆が失われないように努力するのみだ。

 ジムの帰り、男子浴場に向かう。体を洗い湯船に浸かる。今日は誰もいない日だった。

 風呂から上がり、ふと風に当たりたくなる。零番甲板に向かうと、一人の女性が涼んでいた。僕は邪魔しないようにと離れた場所で風に当たる。すると女性が声をかけてきた。

「君はあの人に似てるね」

「え?」

 唐突な声に思わずそちらの方を向いてしまう。彼女の方を見るとこちらを見ずに海を見つめたまま語りかけてきた。

「ふふふ、ごめんね。迷惑だったかな?」

「あ、いえ。ただ……、誰に似てるのかな? と」

 僕の問いに彼女は笑った。はにかんだ横顔は鴎ちゃんに似ている。

「私の恋人にさ。彼もよくここで風に吹かれていた」

 彼女は僕が話を聞く体勢になったのに気づいたのか話を続ける。

 荒波を乗り越える人、と彼女は恋人を喩えた。幾多の波を越え、新天地に到達し、宝箱を手にできるような人。

 そして安住の地に着き誰かの世話をする人。そう言って笑った。

「彼はいつも誰も彼もを大切にした。その結果色んな人を失ったけど、立ち上がり誰かを導く人になった。きっと私も彼に導かれていたんだと思う。だからこそ、私は彼を好きになった」

 女性はふっと笑い、僕の方を見た。彼女は端正な顔立ちをしていた。見つめられて僕はドキドキした。

「いつか君のような人が誰かを導く人間になるのかもしれない。導かれた誰かは様々な冒険譚を紡ぐだろうね。それを見守る人に君はなるのかな?」

 それを聞いて、僕はひとつの答えを出した。

「多分僕らは、教員にならずに研究員になると思います。まだそこまで行ってないから、先のことはわからないし、仲間と相談すると思うけど……。僕らは道を切り開く人になりたい」

 そう、と揺れる髪を押さえ踵を返すその女性。僕は追いかける事もなく見つめていた。

「なら待ってるよ。君たちが歩みを止めないならそれもまた良い。何処までも登ろうと思うのなら羽を広げ飛びなさい」

 僕は彼女の名を聞こうかと思ったが止めた。なんとなく、想像した名が合ってればいいなと思った。

 彼女はそっと歩み去る。月夜が良く似合う女性だった。

 そうして月日が流れ、三月末。ゴーレムの試練が始まる。

「今回スクール長から、この試練の際一時間は助けに入ってはいけないという指令を受けています。駄目だと思ったら一時間逃げ回ってください。無理はしないこと、良いですね?」

 先生がそう言うと、王騎君はふんと鼻を鳴らし言う。

「心配するな、可能。俺たちはやり遂げてみせる!」

 その台詞に先生は笑い、僕らは白の鍵で三階層から四階層に降りた。

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