31話「鍛えつつ」

 それはある研究員の話。頭脳はとても優秀なのだが、最近海上へ帰りたいと言っているそうなのだ。

 この場所はどうしても女性との出会いが少ない。月詠さん等、女性がいるにはいるが、相手にされないらしい。

 そこで、鴎ちゃんと瞳ちゃんの出番だと言う。だが、その研究員は酒癖が悪いそうなので、僕と王騎君もいるべきなのだが、どうしたものかと雷亜さんは悩んでいた。

「ならやるべき事は一つだ」

 嫌な予感がした。そして見事にあたった。

「やるわよ、ルル」

 キキアンドルル。再始動である。

 その研究員の相手をする僕ら。僕はスケッチブックで対応する。

 僕は正体が、後になってバレるんじゃないかと思ったが、その心配はないらしい。

 その人は、奥の研究室からほぼ出ない。そこで生活してるらしい。シャワーなども後からつけたようで、問題ないらしいのだ。

 そして、彼は外の情報をほぼ聞かない。基本自分の研究に没頭してるというのだ。その癖、定期的に出会いを求めるのだから厄介だという。

 僕のようなスケッチブックで話す女性(いや女性ではないんだけどさ)が珍しいらしく、僕の方を見ている。やめてくれ、本当に正体バレたら困る。恥だけでは済まない気がする。

 やがてお酒が回ったのか、僕に抱きついてくる。胸がないのがバレそうになったのを、王騎君が胸に何か詰めて研究員さんを抱きしめた。

「ワタクシ、嫉妬してしまいますわ」

「うおお! ごめんよぉ! キキちゅわぁん……」

 そこで彼は寝入ってしまった。

 寝入る前に、一年間の契約書に拇印を押させたので、所長は満足してくれた。

 さて、じゃあ終わりだね、そう言うと所長はこう言った。

「あら? 折角ならもっと楽しみましょう?」

 夜は長い。僕と王騎君は女装したまま、食事を楽しんだ。

 次の日から六階層以降へ行くための訓練が行われる。今まで以上のトレーニングと、食事。そして実際に行っての訓練。虎太郎は預けようかと僕は言ったが、瞳ちゃんが首を横に振った。

 どの道どうやっても付いてこようとする。ならば自分達できちんと世話するべきだと。

 僕はまた、十階層まで落ちていかないか心配になったが、そこは躾をきちんとすると瞳ちゃんは約束した。

 瞳ちゃんが虎太郎に躾してる間、少しずつ集まってくる熊型の敵の相手の仕方を月詠さんから教わる。

 ハープーンを右手に持つならば、構えて左手肘辺りから溜めて放つ。このやり方をしっかり教わり、威力の高い攻撃を出せるよう訓練する。

「こうして教えていると、研究員の資格を取ったのに、教員資格をとったような気分になるわ」

 月詠さんが笑う。

「マサヒロ君もこんな感覚で教え子に教えていたのかしら?」

 月詠さんは可能先生の話を聞きたがる。僕らは五階層までの冒険と可能先生とのやり取りを簡単に話した。

 月詠さんは、頷きながら僕らの話を聞き、笑った。

「相変わらず、厳しいようで甘いのね。そこが彼のいい所なんだけど」

 そう言った彼女は、とても嬉しそうだった。

 訓練自体も大変だったが、熊型のモンスターが少し増えてきている気がしていた。

 どうやら、日を追う事に数が増えてるらしい。だが、それは異常ではないらしいのだ。

「今は閑散期。徐々に繁忙期へと向かっていくの」

 あれでダンジョンは大人しい方だったらしい。だが、異常もある。

「黒毛のケルベロスは異様に強かったわ」

 月詠さんも、僕らを探しに行った時に遭遇したらしい。月詠さんは六階層の大蛇も簡単に退ける程強いらしいのだが、十階層の赤毛のケルベロスとは丸一日戦い続けてサンプルを採れないか挑んだらしいのだ。

「赤毛の子もサンプル採れないほど相当強かったけど、黒毛の子はそれ以上ね」

 ちなみに、赤毛のケルベロスの死体はもう食われてしまったらしい。大型のモンスターは捕食者。恐らく赤毛のケルベロスの死体は黒毛のケルベロスに食われてしまったというのが研究員達の答えのようだった。

「この異常事態の答えももうすぐ出るわ」

 あれから約一週間が経っていた。所長が持ち帰った赤毛のケルベロスの血液や毛皮と、虎太郎の血液の検査結果が出るのは明日。僕らは、八階層で採れたという栄養たっぷりの魚料理を食べ終え、食後の筋トレをしながら談話していた。

「それにしても、ツクヨさんは本当に凄いね!」

「ふふふ、そうかしら? ミツル君もなかなかやると思うわ」

 僕が月詠さんを褒めていると、鴎ちゃんがムスッとしている。なになに? ヤキモチかな?

「カモメちゃん可愛いなぁ」

「な、なによ……? 急に」

 僕がニマニマ笑っているのがおかしかったのか、王騎君が吹き出す。

「ノロケなら筋トレ終わってからやれ!」

 吹き出したせいで力が抜けたのか、床に転がる王騎君。ちなみに喋りながら筋トレするという提案をしたのは月詠さんだ。

「はい、オウキ君ペナルティね。追加十セット」

 月詠さんは淡々と言う。月詠さんも筋トレしながら喋っているのだ。

 この場合筋トレを止めてしまうとペナルティとなる。瞳ちゃんは流石に震えながら喋る。

「ウチのこと笑わせたら怒るからね? ミツル君」

 そう言う瞳ちゃんの目は笑っている。どうやら僕らのノロケにやられたらしい。

「まったくもう!」

 鴎ちゃんは、プリプリ怒りながら、筋トレを続ける。

「それにしても……」

 月詠さんは虎太郎を見て言った。

「あんな個体見たことないわ。一体どこでどうやって生まれたのか。そして、どういう経緯で六階層にいたのか……」

「ツクヨさんにもわからないんですか?」

 僕が聞くと月詠さんはふっと笑った。

「実は私の中には仮説があるの」

「ウチ、それ聞きたいです」

 瞳ちゃんが興味を示した。月詠さんはコクリと頷き話す。

「ムギという柴犬君の話と、赤毛のケルベロス。そして黒毛のケルベロスの存在から仮説できるの。恐らくだけど、十階層まで落とされたムギ君は赤毛のケルベロスに食べられた。そして、今進化して産み落とされた。その反動で赤毛のケルベロスは死んだ。赤毛のケルベロスが死んだことにより番犬として黒毛のケルベロスが生まれた。私はそう想像してる」

 確かにそれなら筋が通るような気もする。問題は何故今になって、ということだが。それはわからないだろう。

 それに六階層にいた理由。これは恐らく上にやってくるトラップもあるから、それに乗ってやってきたんだろうとのこと。これもまるで運命のような偶然だ。

 海底ダンジョンの謎はまだまだ解き明かされていない。

 とにかく、明日鑑定結果が出たらわかるだろう。僕らはお喋りを続ける。

「ツクヨさんは可能先生の恋人なんですよね?」

 ふと、鴎ちゃんが尋ねた。

「そうよ」

 月詠さんは恥じらいもなく頷く。

「マサヒロ君は大切な人。でもね、実は私達キスもしたことないの」

「ええええええええええ?!」

 僕と鴎ちゃんは驚いて筋トレを止めてしまった。

「はい、ミツル君、カモメちゃん十セット追加ね」

 僕らは筋トレを再開しつつ、話を聞く。

「それって恋人なんですか?」

「そうね、わからない。でも、私達は恋人だとお互いに想ってる。だから恋人なの」

 これには王騎君が頷いた。

「そういうものだ。体の関係だけが恋人とかではない」

 瞳ちゃんはふぅと息をついた。

「終わりました」

「ヒトミちゃんお疲れ様。あと三人はペナルティ分をやるように。勿論喋りながらね」

 月詠さんも筋トレを終え、座る。瞳ちゃんは尋ねた。

「寂しくありませんか?」

 月詠さんはふふっと笑い、逆に聞き返す。

「まるであなたが寂しいみたいよ?」

「うっ!」

 瞳ちゃんは顔を俯ける。王騎君がペナルティ分をやりながら言う。

「悪いな、ヒトミ。お前も女だもんな」

 瞳ちゃんは首を横に振る。僕は月詠さんに尋ねた。

「可能先生を信じてるんですか?」

「ちょっと違うわ」

 月詠さんは、少し遠くを見るように顔を上げ、呟く。

「ただ愛してる。どこにいてもどんな風でも」

 ふぅーっと息を吐き、僕らを見る。

「あなた達のような恋愛ができたらいいんだけどね」

「私、ツクヨさんが羨ましいです」

「どうして?」

 鴎ちゃんの台詞に疑問を持つ月詠さん。普通なら、月詠さんの恋愛観の方が異常だ。だが鴎ちゃんは筋トレしながら言う。

「離れたらどうしても不安になる。私ならそんな関係続けられない。でも、可能先生もツクヨさんも遠距離恋愛をして……、それでも愛し合っている。それはとても羨ましいことですよ」

 僕も頷く。可能先生と月詠さんの関係はとても素晴らしいものだと。だが、月詠さんは笑って言う。

「あなた達もあなた達でとても素晴らしい愛があるのだからそれは誇っていいわよ?」

 僕らは筋トレを終え、シャワーを交代で浴びる。二交代だ。その方が効率的だから。

 僕と鴎ちゃんは、一応既にお互いの体を海上にいた時見あっている。だから、興奮しない……わけないだろ? 今にも抱きつきたい、抱きしめたい。

「ダメだよ?」

 たっている僕のソレを見ながら笑う鴎ちゃん。

「わかってるよ」

 今はまだ子供を作らない。それが鴎ちゃんと僕が交わした約束。ゴムを付けてするのでも100パーセント防げるわけではない。でも僕だって男だ。抑えられない感情というものはある。

 それが二交代にした理由だが、王騎君と瞳ちゃんはまた違うだろう。僕と鴎ちゃんが風呂から上がると、王騎君と瞳ちゃんは風呂に行く。

 別に聞き耳をたてたって、喘ぎ声なんて聞こえてきやしない。当たり前だ。きっと背中を流して語り合いをしてるくらいだろうしな。

 暫くして、二人も風呂から上がる。月詠さんは既に月詠さんに与えられた家に帰っている。

 僕らはそれぞれ自分の部屋に向かう。鴎ちゃんが部屋に入る前に僕は鴎ちゃんの手を引き顔をこちらに向けさせキスをした。

「おやすみ」

 ふふっと、笑った鴎ちゃんは僕を抱きしめた。

「おやすみ、ミツル君」

 僕らの関係がこの程度で済んでる理由がある。本来なら若い精力のある僕らはもっと営んでいてもおかしくない。だが、シークルースクールでの生活で、思いっきり発散してるのだ。筋力を存分に使うことで精力を発散している。

 腰を振るだけが人間の真髄ではない。もっともっと他のことに熱中することで、性欲だけでなく生きられるのだ。とはいえ、いつかしっかり子作りはしたい。それはそれとして、大切なのは今、何に目を向けるか。

 課題は山積み、僕らはもっともっと強くならなきゃいけない。そして……、決して愛を見失ってはいけない。愛する人を失わないために鍛えるのでもあるのだから。

 次の日、虎太郎の検査結果が出る。やはり、というか月詠さんの想像が当たっていた。虎太郎のDNAと赤毛のケルベロスのDNAが一致した。どうやらムギとして食べられた後、消化をされ産み落とされたのが虎太郎のようだというのが研究室の結論。そしてここが重要なのだが、虎太郎の血や唾液は、海底ダンジョンの色んなものを破壊する作用があるということだった。もしかすると、倒せない六階層以降の大型モンスターを倒せるかもしれないらしいのだ。とはいえ少量ではやはり効果は薄い。研究を重ね、虎太郎の血を使った武器を作れないかと模索しているようだ。

 虎太郎の血を抜くのは、瞳ちゃんはあまり気が乗らないようだったが、渋々同意した。

「大丈夫じゃよ、虎太郎君の血を少しずつ分けてもらうだけじゃから」

 源三会長はそう言うが、瞳ちゃんは少し悲しそうだった。

「ヒトミ、嫌なら嫌と言っていいんだぞ?」

「大丈夫、ただし絶対虎太郎を苦しめないでください」

 王騎君が心配したが、瞳ちゃんは虎太郎を撫でながら言う。

「ヒトミ、もう完全にあなたに懐いてるわね、虎太郎君」

「うん、ウチ嬉しいよ」

 虎太郎はもう僕らの家族も同然だ。僕も撫でてやると、尻尾を振りながらワンワンワンと、三つの頭が鳴く。

 さて、今日は七階層に潜ってから八階層で訓練する。六階層の蛇を退けながら、七階層へと降りる。罠だらけの七階層は、体験した通りクラゲの毒や、貝の閉じ込めトラップなど色々ある。特にクラゲの毒は様々で、危険なものも多い。

「足元に気をつけなさい」

 月詠さんがそう言う。雷亜さんから僕が前に足を刺されたことを聞いているんだろう。注意を促す月詠さんは、言った。

「目で見るんじゃないの、気配を感じるのよ。クラゲは透明で見にくい。歩いていても気づかない、ましてや走ってると気づかず踏んでしまうものよ」

 集中し、気配を辿ると触手がある場所がわかってくる。気づけば走っても踏まないで済んでいた。そして貝のトラップ。これも今の僕らなら難なく弾き返せる。

 かなり鍛え直したからだ。最初の頃よりパワーも桁違い。今なら最初の牛も軽々持てるかもしれない。それ程の栄養価のある食事と筋トレをさせて貰えたのだ。特に筋トレよりも食事が活きた。明らかに筋肉に良い素材を取り扱っていて、筋力は既に常人の何十倍もある。

 そしてこれから向かう八階層で、動体視力を鍛えるのだ。

 八階層に着くと僕が尋ねた。

「それで……、何を捕まえるんですか?」

「サンマ三十匹、タイ十匹、カツオ十五匹よ」

 僕らは中心部まで行く。それまでにも魚の群れに突撃された。

 中心部に着くと僕らは構える。投擲ではなく、ゴムの力を利用した銛突きだ。専用のハープーンを構え、魚の群れに突いた。目を開けていられず、何が刺さったか見れない。群れが過ぎてから確認すると何かが刺さっている。

「イワシね」

 月詠さんの言う通り、僕のハープーンにはイワシが刺さっていた。王騎君はアジ、鴎ちゃんはメジナ、そして……。

「やった! ウチのとこにタイが刺さってる」

 瞳ちゃんはタイをゲットしていた。

「これを狙ってやらなきゃダメよ」

 僕らは最初はなかなか目を開けられなかった。だが、月詠さんにコツを教えてもらい何とか時々当たりを突けるようになってきた。

 だがここでタイムアップ。残りは月詠さんが手に入れてくれて帰ることになった。

 魚の体当たりにヘトヘトになって、帰る時、七階層で集中が途切れてしまい、クラゲのトラップを僕と鴎ちゃんと瞳ちゃんは踏んでしまった。

「しっかりしろ、お前ら」

 王騎君は並外れた胆力でいたのか、危機察知能力が発揮したのかはわからないが、上手く難を逃れていた。

「虎太郎、お願い」

 ずっと付いてきていた虎太郎に腫れた部分を噛ませ、治す。虎太郎は八階層の魚の群れにも興味を示さず、ずっと眠っていたのだが、僕らが毒に侵されると喜びながら噛みに来た。

「もしかすると毒が餌なのかも?」

 瞳ちゃんがそう言うと、月詠さんは何かを考え、提案した。

「明日準備をして、毒クラゲを一匹持ち帰りましょう」

 そうして六階層に戻り、研究町へと戻った。

 次の日特殊な網でクラゲを持ち帰り、虎太郎に差し出す。虎太郎は嬉しそうに毒だけを食した。

「七階層で食べさせるのがいいかもしれないわね」

 月詠さんはそう言う。だが僕は疑問に思った。

「それならなんで行く時食べなかったんだろ?」

「俺たちに遠慮してたのかもな」

 王騎君はそう言う。ならばと僕は言う。

「いつも帰りに取って帰ってあげようよ」

「そうだね」

 こうして日課が出来た。僕らは八階層で魚を手に入れるのと、七階層でクラゲを手に入れるのを繰り返した。

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