32話「徐々に慣れてくる」
僕らは次第に月詠さんの補助なしにノルマを達成できるようになっていった。
そうしてようやく研究員としての仕事になれて行ったのだった。
僕らはやがて、九階層にも向かう。そして月詠さんに案内され、とあるものを見た。それは壁側まで走った先にあった。壁に描かれた壁画だった。
丸い円が上に描かれており、雷の絵がいくつもあり、渦巻きのような絵もある。下にはヤドカリが描かれていた。そこから右に目を向けると大きなヤドカリが光っているような描写で描かれていて、左側の絵に波のような線が引かれている。
一体どういう意味を持ってるのか分からない。
更に別の場所に行くと、二人の剣を持った兵士の絵が描かれていて、その兵士の絵は傷のような描写がたくさん描かれていた。
「これらは古代人が描いたものよ」
「一体どういう意味があるんですか?」
月詠さんの説明に僕は疑問を投げかける。月詠さんは首を横に振り、わからないと言った。
「何かを伝えたいのは確かなんだろうけどね」
この絵から古代人は何を伝えたいのか、それを研究する事も僕らの役目だと言う。
「絶対に解き明かしてみせるよ!」
瞳ちゃんは意気揚々として言う。僕らは頷いて、再び走る。動く砂の暑い九階層で、水分補給をしっかりしながら壁画を見て回った。
特殊な道具で描かれたであろう、その壁画を見た僕らは、改めて古代人の凄さを知る。そして、この文明がどうして今に引き継がれなかったのか、その謎を追いたいと思った。
僕らは八階層に戻り今日のノルマをこなす。鮎などの川魚もいて、その日その日の調査する魚が違う。勿論食べるのもあるが、海底ダンジョンのエネルギーをより濃く得た魚たちの鑑定などが主だ。
僕らの動体視力も上がってきて、順調に捕れるようになってきた。
七階層に戻り、トラップも難なく躱していく。
六階層の大蛇は未だに苦手だが、流石に慣れてきた。
「遅れをとるなよ! ミツル!」
「わかってるよ! オウキ君!」
月詠さんを先頭に、王騎君、僕、虎太郎、鴎ちゃん、瞳ちゃんの順で走り抜ける。
「毎回ご苦労な事だな!!!」
王騎君は大蛇にハープーンを投げ吹き飛ばす。
「お願い、虎太郎!」
虎太郎が噛み付くと大蛇は苦しそうにもがき、逃げていく。
虎太郎はすっかり瞳ちゃんに馴染んだ。
「やったわね!」
鴎ちゃんがガッツポーズをする。 可愛い……!!
「な、何よ? ミツル君」
「いや、なんでもないよ」
ニヤニヤしながら見てたら訝しげに見られた。僕はニヤけた顔を真顔に戻そうと必死になった。
「顔が気持ち悪いぞ、ミツル」
どうやらひどい顔をしていたらしい。参ったな。顔が戻らない。
「ほら、行くわよ」
月詠さんは何事もなかったかのように、研究町へ戻ろうとする。途中のクマ型モンスターも退け、僕らは戻った。
やがて、十階層に降りる許可が降りた。十階層の黒毛のケルベロスと再び対峙する時が来たのだ。
僕らはとにかく鍛えた。筋肉をつけること。見た目ではわからない程の内なるパワーを付けた僕らは、まず雷亜さんと腕相撲をした。
腕相撲で勝てはしなかったが、僕と王騎君は善戦した。
「いいわ、行ってみなさい。ただし、一気に落ちるトラップを通っては駄目よ? 正規のルートで行って帰ってくること。後はツクヨちゃんに任せるわ」
六階層でいつも邪魔してくるクマと大蛇は、最初会った時と同じように、僕らを七階層へと追い込む。
「正直ここまで奥に行かせようとする行為はしないはずなの。むしろ、奥に行かせないようにするのがこの蛇の特徴なんだけどね」
月詠さんが言う。恐らく虎太郎が関係しているだろうと、研究員の皆は言っていた。何故虎太郎を奥に行かせようとするのか、それはわからないが今は好都合。
襲われるのを退けながら、奥へ進む。
七階層へ降りた時、異変に気づいた。
「そろそろ繁忙期だからね。トラップの数も異常に多いわ」
僕らは神経を尖らせ、慎重に進む。クラゲを踏まないように、巨大貝に挟まれても叩き開けて、タコの拘束なんかもあったけど、ハープーンを刺し、無理矢理引き剥がす。七階層から八階層に降りる扉に着いた。
「だいぶ慣れてきたわね」
鴎ちゃんがそう言う。
「ウチは虎太郎がいるから安心だよ」
瞳ちゃんは虎太郎を撫でながら言う。
「今日は八階層で魚を捕らなくていいのか?」
「帰りの道で当然捕るわよ?」
王騎君の問いに答える月詠さん。
「帰りの体力も残しておかないとね」
僕の言葉に全員が頷いた。八階層へ降りる。
魚の群れのタックルに耐えながら、前へ進む。
八階層の魚は海底ダンジョンのエネルギーを吸ってるため強靭だ。勿論焼いたら美味しくいただけるのだが、勢いよく突っ込んでくる魚たちには、鍛えていても痛い。
とはいえ相当の耐久力が付いているので大丈夫。服も普段の服と同じ色形で耐久性の高いものを特注してもらったので、とても助かっている。
暑さにも寒さにも強いその衣服は、研究町で育てた羊の毛で出来ている。すごい素材だそうで、それならもっと早い段階でくれよ! と叫んでしまったくらいだ。
八階層から九階層に降りると、動く砂の試練。
「最短距離で行くぞ!」
王騎君の号令に、僕らは拳を上げて応えた。九階層の砂を難なく走り抜ける。山砂も谷砂も関係ない。汗を拭いながら走り抜け、九階層から十階層へ降りる扉の前に来た。
一度ここで水分補給をする。汗も下着の吸水速乾性のおかげで気にならない。高性能な衣服はこういう時便利なのである。
休憩を終えて、とうとう十階層へ降りた。二度目の十階層だ。僕らは壁まで来て、回す場所に立った。以前は雷亜さんがいた。今は月詠さんがいる。
「あら……、何?」
え? と僕は月詠さんの方を見て首を傾げた。月詠さんは押してなかった。
「一応言っておくけど、あなた達の力だけで行かなきゃ意味ないわよ」
「ふっ、最初からそのつもりだぜ? 俺はな。なぁ、ミツル!」
「あ、うん!」
鴎ちゃんがジト目で見ていた。これはバレてるな。瞳ちゃんがクスクス笑う。
四人で端から壁を押す。ゴゴゴと、少しずつ斜め前に進み、カチリと壁を回し終え奥へと進む。
虎太郎と月詠さんは僕らを見守りながら付いてくる。
「さて、ここからが本番よ」
六階層の大蛇もそうだったのだが、大型モンスターは倒せない。六階層のクマは一応倒せるらしいのだが、無限に一匹ずつ湧いて、数匹から十数匹で固定されるらしい。
黒毛のケルベロスも倒せない。ではここに来た意味は? それは、先の扉に進むこと。先の扉の前にも壁がある。そこを回して進めばゴールというわけだ。
つまり黒毛のケルベロスを圧倒しなければならない。月詠さんと虎太郎の力なしに。
僕らは前に進む。王騎君がゴクリと唾を飲んだ。
「来るぞ!!!」
ガアア!!! そういう鳴き声が聞こえた。姿が見えた瞬間にはもう黒毛のケルベロスは至近距離まで近づいていた。
「くっ!」
僕と王騎君が襲い来る二本の前足を食い止める。大丈夫、僕らは鍛えてきたんだ!
やはり筋肉、筋肉は全てを解決する!!!
振りほどいた僕らは一気に攻勢に出る。黒毛のケルベロスの体目がけてハープーンを投げる。投げられたハープーンは三本。瞳ちゃんだけが投げてなかった。
「ヒトミ! 何してる!」
「ウチ、出来ないよ!! あの子だって本当はきっと生きてる動物なんだよ?」
瞳ちゃんは黒毛のケルベロスの心配をしている。
「だから俺たちが負けてやれっていうのか? 自然は弱肉強食だ! それに奴にはハープーンは刺さらない。見ろ」
少し後退した黒毛のケルベロスにはハープーンが刺さっていない。六階層の大蛇と同じく弱点もないこいつは吹き飛ばす以外方法がない。
投げたハープーンはゴムが付いているので戻ってくる。予備もあるが本数を気にしなくても良い分、五階層までと違い気持ちが軽い。
その分飛距離は限られている。ある程度近づかなければならない。
「……そうだね。わかった、ウチも戦う!」
まるで戯れるように攻撃の手を出してくる黒毛のケルベロス。暴れ回る敵に、正確に当てるのはやはり瞳ちゃんだ。そして、いつの間に特訓したのか鴎ちゃんも上手く当てている。
八階層での魚を捕える動体視力と獲物を仕留める能力をつける訓練が、確実に身についていた。
僕と王騎君は二人に攻撃がいかないように誘導する。だが、黒毛のケルベロス相手にはそう簡単にはいかなかった。
狙いが鴎ちゃんや瞳ちゃんにもいく。
「……!!!」
だが二人だって鍛えてきたのだ。早々やられはしない。
「大丈夫?! カモメちゃん、ヒトミちゃん!」
「平気! 私たちのことも気にしなくていいから、頑張りましょう!」
鴎ちゃんがそう叫ぶ。僕は頷いて王騎君にアイコンタクトした。
僕と目を合わせた王騎君は頷く。
二人で力を溜めてハープーンを同時に放った。当たった黒毛のケルベロスは吹き飛んだ。
「今だ! 走れ!!」
僕らは立ち上がろうとしている黒毛のケルベロスの様子を見ながら走る。
壁に辿り着いた僕ら。壁を回す前に後ろを振り返る。
黒毛のケルベロスが駆けてきた。僕と王騎君は構えて溜める。鴎ちゃんと瞳ちゃんも力を溜めた。四人で一斉に飛ばした。黒毛のケルベロスの足を止めることに成功する。
「まだだ!」
王騎君は叫んだ。僕も構え直す。もう一発!!!
「息を合わせなさい!」
月詠さんが叫ぶ。僕らは互いを見て互いに合わせた。
ハープーンが再び飛ぶ。黒毛のケルベロスを吹き飛ばした。
「今のうちに押そう!」
月詠さんは虎太郎を抱えている。虎太郎は三つの頭の口を閉じて見守っていた。
僕らは端から壁を押す。斜め前に回っていき、向こう側について、そのままカチリとなるまで回し終えた。
十階層から先、十一階層は青の鍵で降りる。
「行ってみる?」
月詠さんがそう言う。
「俺たちで行けるものなのか?」
珍しく王騎君が慎重だ。僕は笑った。
「なんだ? ミツル、何が可笑しい?」
「だってさ、いつものオウキ君なら、よし行くぞ!!! とか言いそうなのにさ?」
僕がそれを言うと鴎ちゃんと瞳ちゃんも笑いだした。
「むぅ……、俺だって慎重になる時くらいある」
頭を掻きながらムッとする王騎君。
「降りるだけなら何ともないわ。ちなみにその先の十二階層にはまだ誰も行ったことがないんだけどね」
それを聞いた王騎君は急に真剣な顔になり月詠さんに詰めて近づく。
「本当か?!」
「もし行けたら歴史的快挙ね。つまり一番乗りよ」
「よし行くぞ!!!」
僕らは青の鍵を扉に差し、十一階層に降りる。
「ここに敵はいないわ。ただあるのは息のできる海だけ」
少し歩くと洞窟の中のように水辺が広がっている。僕らは水の中に顔をつけるように言われた。
「どう? 息もできて喋れる水の中というのは」
「喋れるのか!」
水に顔をつけたまま僕らは喋っている。
「どういう仕組みなのかは分からない。でも泳ぎ潜りながら探索するのが十一階層なの」
月詠さんは顔を水から出す。
「この海は特殊でね。何も敵はいない、罠もない、生き物がいない。そして、どこに扉があるのかわからない。だからこの先の行き方がわからないの」
王騎君は顔を水から出し、言った。
「この先に行くのはまだ無理なようだな。帰りもある。今日は帰った方が良さそうだ」
「賢明な判断ね」
僕らは青の鍵で十階層に戻る。壁を回していると黒毛のケルベロスと目が合った。
「ちっ! 待っていやがったな!」
「一応聞いておくけど、まだ手助けは必要ないわよね?」
月詠さんが僕らに聞く。僕と王騎君は頷いて言った。
「カモメちゃん、ヒトミちゃん! 相手をお願い!」
「わかった!」
鴎ちゃんと瞳ちゃんに黒毛のケルベロスの相手をしてもらい、僕と王騎君は壁を回した。
カチリとなる所まで回し、加勢する。
「よし! 帰るぞ!」
「ウチお腹空いた」
王騎君と瞳ちゃんが力を溜める。
「帰ったらいっぱいご飯が食べれそう」
「カモメちゃん、太るよ?」
軽くビンタされた僕は、少し赤いであろう頬を擦りながら、鴎ちゃんと共に黒毛のケルベロスの攻撃を防ぐ。巨大な手を防ぎつつ、王騎君と瞳ちゃんの溜め終わるのを待つ。
二人が放ったハープーンは黒毛のケルベロスを吹き飛ばし、僕らは走った。反対側の壁まで来て、振り返り僕らは再び黒毛のケルベロスを相手する。
大きな体をしているケルベロス。凶暴なこの子はどうやって創られるのだろうか? 謎は深まるばかりだが、今はそんなことも考えてられない。
四人で力を合わせ退けた後、壁を回し扉の前まで来た。
「お疲れ様。休憩はいるかしら?」
「いや、大丈夫です。だよね? オウキ君」
「ああ、むしろ九階層から八階層に戻ってから水を飲もう」
僕と王騎の会話に、そうだねと頷いた月詠さんは、僕らに言った。
「水分補給したかったらいつでもいいなさい」
九階層に戻り、八階層へ行く扉まで砂地獄を走り抜ける。
僕ら本当に体力がついた。ここまで走ったり戦ったりしてるのに息が乱れない。
普通なら無理だろう。やはり特殊な海底ダンジョンの食事と高負荷の筋トレが効いている。
そうして短時間で九階層を走り抜け、八階層に戻った。
「さて、ここは私も手伝うわよ?」
月詠さんは依頼の魚をどんどん捕っていく。僕らも負けてられない!
僕らはいつも通り背中に背負ったリュック兼カゴの中に捕った魚を入れ、八階層を後にする。
七階層も難なく走り抜けた僕らは、六階層に戻り、大蛇と対峙する。
道を塞ぐようにうねる大蛇をハープーンで吹き飛ばす。大蛇は黒毛のケルベロスより軽い。今の僕らなら簡単に吹き飛ばせる。
「うおおおおおお!」
王騎君は溜めたハープーンを放ち、大蛇を大きく吹き飛ばし道を作った。
「行くぞ!」
僕は未だに蛇がダメだが、もう大分慣れてはきた。そしてクマも倒して、研究町へと戻った。
「おかえりなさい」
青の鍵で帰ると、扉の前に雷亜所長がいた。
「ツクヨちゃん、手助けはした?」
「私は魚を捕っただけよ」
月詠さんの言葉に雷亜さんは笑った。
「やるわね、あなたたち」
「当然だろ? トシゾウ」
……雷亜さんは笑ったまま固まり、ピクピクしている。
「ほんっっっっとに、あなた、おしりパンパンするわよ?」
まったく……、王騎君は怖いもの知らずだ。
僕らは昼ごはんを食べずに夕飯の時間になっていたので、夕飯をめいっぱい食べた。
今日のご飯は鴎ちゃん作。ヘルシーだが量が多く、おなかいっぱいになった。
僕は食後、三人に話しかけた。虎太郎はクラゲの毒でできた特殊な餌を食べている。
「僕ら、強くなったね」
王騎君が頷く。
「今なら可能にも徳河にも負ける気はしない。当然トシゾウにも負ける気はないけどな」
「でも私はまだツクヨさんやライアさんには勝てる気がしないわ」
鴎ちゃんの言ってることは僕にもわかる。
「ウチはまだ可能先生にも勝てない気がするけどなぁ」
「それはない。自信を持て、ヒトミ」
瞳ちゃんを励ます王騎君は、確かに言った。
「このまま鍛えていき、十一階層に行ければ、きっと俺たちはその先へ行ける。そう思うんだ」
王騎君の言葉はいつも夢を見てるかのように輝いている。でも、決して届かぬ夢ではない。叶わぬ夢ではないと思えるんだ。
「きっとまだ見ぬ先へ行こう」
僕らは手を合わせ誓った。
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