第21話「可能先生が倒れる」

 海底ダンジョン一階層。英雄スカルの部屋を通り、影を作り出す部屋へ着いた。先生が機械に入る。先生の影が現れて言った。

「最初に海鳴君と赤居さんがきてください。その後六道君と空色さんです」

 二対一の戦い。王騎君が前に出て、瞳ちゃんが後衛に立つ。先生はいつでも掛かってくるように言う。王騎君が仕掛けた。瞳ちゃんは狙いを定める。王騎君は瞳ちゃんが狙われないように立ち回りながら先生の相手をする。

 王騎君と先生は互角の戦いをしたように見えたが、やはり先生の方が上手だ。押そうとしても押される。だが王騎君も負けていない。先生の攻撃を弾いた隙に瞳ちゃんが狙いを定めて心臓狙った。先生の心臓に刺さったハープーンは影が消えると同時に落ちた。

 王騎君はやっぱり凄い。瞳ちゃんも針に糸を通すような投擲だ。先生が機械から出てくる。先生は薬を飲んで言った。

「やりますね。海鳴君、赤居さん。さて次はどうですかね?」

 僕は緊張していた。鴎ちゃんも険しい顔をしている。

「そんなに緊張しなくても、死にはしないんですから。それにこれまでの訓練を思い出してください。あなた達ならできますよ」

 そう言って先生は再び機械の中に入った。

 僕と鴎ちゃんは前衛と中衛について戦闘を開始する。

 先生を挟む形に持っていき、鴎ちゃんがヒットアンドアウェイで距離をとりつつ仕掛ける。僕は鴎ちゃんの方に先生の意識が行き過ぎないように立ち回った。

 くそっ! かすった! 影のハープーンとは言え電気が走ったような感覚がくる。まだだ、まだいける。僕は必死で先生の攻撃を凌いだ。鴎ちゃんが思いきって先生の背後をとり突き刺す。躱した先生。隙はここしかない! 僕は構え心臓を突き刺した。

 影が消えていく。やった! やったんだ! 僕は思わず鴎ちゃんとハグをした。機械から先生が出てきて言った。

「ここまで力をつけたなら四階層の試験も大丈夫でしょう。ですが油断はいけませんよ。試験までには日があります。鍛えるのを怠らないように」

 先生は薬を飲んで回復した後、僕らと共にダンジョンを後にした。

 翌日、教室で中々先生が来ない。心配になっていると、代理の先生がやって来た。

「今日は休みにします」

「可能はどうした?!」

 王騎君が代理の先生に尋ねる。聞けば可能先生は寝込んでいるとのこと。

 もしかして昨日の負担がかかっていたのだろうか? 薬を飲んでても回復しきらないのかもしれない。何故なら直接的なダメージではないから。僕らは代理の先生に可能先生の部屋番号を聞いて訪ねた。ノックをする。返事があった。僕らは部屋に入ってみる。

 僕らの部屋より少し広いその部屋は、ベッドの他に机にパソコンとタブレットが置いてあり、物で溢れていた。ベッドに横たわる先生は、苦しそうだった。

「可能……、無茶しやがって」

 王騎君はそう言うと洗面所でタオルを濡らし先生の額に当てる。

「私、お粥作ってくるわ」

「ウチもいく」

 宿舎の簡易キッチンへ向かう鴎ちゃんと瞳ちゃん。

「すいませんね。まさか、私が床に伏すとは。日頃の無理がたたったのかもしれません」

 いつも無理して助けてくれる先生。相当疲労が溜まってるはずだ。僕は先生に礼を言った。

「先生がいてくれるから僕らがあるんです。いつもありがとうございます。今日は僕らが先生を看病します。ゆっくり休んでください」

 僕の言葉に頷いて目を瞑る先生。そして語り出す。

「こうしていても暇でしょうし、少し私の昔話に付き合って貰いましょうかね?」


 私は語り出す。私が十九歳の頃の話。ここシークルースクールにきた私と仲間の他の三人は、共に研鑽し合っていた。教員にも恵まれ、鍛錬の日々を送る。そして仲間の女子の三葉叶(みつばかなえ)が私に恋をした。

 だが白宇景道(しろうかげみち)という、後の影狼と呼ばれたあの男が、その女子に惚れていた。白宇は私に決闘を申し込む。私は決闘を拒んだ。何故ならもう一人の女子、月見月詠(つきみつくよ)のことが好きだったから。

 そのことを隠していたため話がこじれた。白宇は私が三葉のことを好きで両思いなんだと思っていたらしい。決闘で強さを示して三葉を奪おうとした。だが、私は決して決闘を受けなかった。三葉の事も好きだったが、そんな事のために決闘するのは間違っていると思っていたし、勝って三葉と付き合えたとして月見への想いはどうなる?

 リーダーであった私は決闘を受けない代わりに三葉と距離を置くことにした。だが三葉の方からアプローチをしてくる。

「あたし、可能君の事が……」

「皆まで言わないでください。あなたの想いは受け取れません」

 私は三葉にあくまで拒絶を示した。そして私は月見に告白する。

「いつかあなたがくれた言葉をいつも思い出します。誰かのために戦う私がカッコイイと。月見さん、いえ……、ツクヨさん。私と付き合って貰えませんか?」

「いいけど……、三葉のことはいいの?」

「いいんです。彼女よりもあなたが好きです!」

 こうして私は月見と付き合うことになった。だがここで問題が発生した。

 三葉が、私との決闘で白宇が勝てたら白宇と付き合ってもいいと言ったのだ。

「影でも良ければいいですよ。本当の生き死にをする訳にはいきませんから」

 海底ダンジョンにて本来教員が入る影を作る機械に入り、私は影を作った。決闘が始まる。結果は見えていた。白宇に手加減せず勝利した私は、白宇に諦めて欲しかった。

 三葉には白宇の良さもわかって欲しかった。だが三葉はやはり私のことが好きと、直接言ってきた。断る私は、月見の手を握る。月見と私の様子を見た彼女は諦めてくれた。だが止まらなかったのは白宇だ。無理矢理もう一度決闘の形に持ち込もうと私の方にハープーンを投げた。私は当然受けて立とうとしたが、私を庇って三葉の胸にハープーンが刺さる。

「な、なんで……?」

「可能君に好きになってもらいたいから……」

 胸から血を流す彼女は、吐血し私に願う。

「最期にキスしてほしい……」

 私は涙を流し首を横に振った。何故こうなるのだ。私達は仲間じゃなかったのか?

 恋をした相手が違うだけでここまで変わるものか。白宇は教員に抑えられ強制送還された。

 その後のことは知らない。私と月見は三葉の墓を九十三番甲板の霊園に作り、海底ダンジョンに三葉を埋葬した。三葉もスカルとなり、このシークルースクールを見守ってくれる。

 私と月見は鍛錬を数年し、一人でも四階層まで下りられるようになった。

 私は教員免許を取ったが月見は取らなかった。教員は五階層までしか下りてはいけない。それより下に下りるには、研究員になって冒険家として挑まなければならない。月見は研究員になった。

 危険な仕事だ、出来ればさせたくなかった。だが彼女の夢は全ての階層を制覇すること。彼女を止めることはできなかった。

 私は教員となり、彼女の帰りをささやかに楽しみながら色んな生徒に会ってきた。誰も彼もがついて来れない生徒ばかりだった。いつしか厳しく当たる私は厄介者扱いされた。

 そんな時だったのだ。海鳴君や六道君、空色さんに赤居さんに出会ったのは。


「君たちに出会えたことは私にとって神様からの最高の贈り物です」

 先生はそう言った。僕らが死ぬことだって十分有り得た。それでも僕らは乗り越えた。先生はそれを称えてくれた。

 鴎ちゃんと瞳ちゃんがお粥を作って持ってきた。先生を起き上がらせ食べさせる鴎ちゃん。

 瞳ちゃんは、ペットボトルに入った飲み物をコップに淹れ、先生に渡した。

「ふむ、苦い。青汁ですね」

 先生は一気に飲み干すと、コップを返し再び横になる。僕は先生の額に濡れたタオルを当て、聞いた。

「研究員の月見月詠さんって、今どうしてるんですか?」

「六階層からは別次元になっていて、新しい生活圏が築かれています。時々彼女は上に戻ってきますが、今頃どうしてることやら。まだ君達には早い話です」

 先生は遠い目で語る。そして目を瞑り言った。

「さぁ今日はもう鍛錬に戻りなさい。怠けると体が鈍りますよ。貴方達の目標は四階層のゴーレム四体撃破ですからね」

 私はもう大丈夫ですからと言う先生。先生の部屋を後にした僕らは教員宿舎を出た。

「僕はジムに行こうと思うけど、皆はどうする?」

 僕の問いに、王騎君が答えた。

「俺も行こう。個人での筋トレに限界を感じていたところだ」

 鴎ちゃんと瞳ちゃんも同意する。五十八番甲板に行き、ジムの中に入った。

 僕は最初からハードな部屋に行った。鴎ちゃんと瞳ちゃんは普通の部屋から。王騎君が僕に付いてきた。

「ぬるいトレーニングなら意味がない」

 一トンのベンチプレスなどを気合いでこなして行く王騎君。僕も通っていくうちに完全に持ち上がるようになるだろうか。少しだけ上がってそれを維持するのも難しい。

 それでも食らいつく。負けるもんか! 僕だってやるんだ。

 次の日、先生はケロッとして授業に来ていた。午後からの模擬戦闘訓練も行われた。先生が無理してないか心配で手を抜いていたら沢山しばかれた。

「全く……、私相手に手を抜くとは。百年早い!」

 ビシッと手を叩かれ思わず木の棒を落としてしまう。気持ちを切り替えて先生に挑む。そうして二階層の迷路の訓練も繰り返し翌週、大蛇を僕が一人で倒す日が来る。大丈夫、ジムでもあんなに鍛えてきた。

 僕は三階層の最奥で構えた。先生が見守る中、蛇の大群に気持ちを惑わされつつも耐えた。そしてそれは唐突に突っ込んできた。大蛇の突進を目で追えたものの、あまりの衝撃にぶっ飛ばされそうになる。それをなんとか堪えた。

 足腰も強くなっている。五十メートル程で止められた。落ち着いてハープーンを大蛇の口の中へと思いっきり投擲し、弱点を付いた。大蛇は消えていく。先生は拍手を僕に送った。

「お見事です、六道君。君ならできると信じていましたよ」

「カモメちゃんや、ヒトミちゃんにもこれをさせるんですか?」

 それを聞くと先生は首を横に振った。

「空色さんと赤居さんはまだ筋力が足りません。ですが、四階層にはチャレンジさせようと思います。これは海鳴君にも言ったのですが、二人が上手く立ち回って、女の子二人を助けてあげてください」

 僕と王騎君が鍵なのか、頑張らなきゃいけないな。帰り道の巨大昆虫を倒しながら先生と共に二階層に戻った。扉の前には王騎君達がいて、僕と先生を待っていた。

「上手くいったようだな」

 王騎君が僕の顔色を見て言った。

「何とかなったよ」

 僕は笑って言った。鴎ちゃんが抱きついてくる。

「良かった! ミツル君凄いよ!」

「俺もクリアしてるんだけどなー?」

 鴎ちゃんは王騎君の台詞に、じゃあ抱きついて欲しいの? と尋ねた。笑って首を横に振る王騎君に皆が笑う。先生が手を叩き場を収める。

 そして海底ダンジョンを出ると先生が少し寄り道しようと提案した。

 六十四番甲板にきた僕らはそこで、ある施設に入った。

「うわーーーっ!」

 そこは温泉旅館だった。外周側にあるため、決まった日の決まった時間にしか入れない旅館だ。

 混浴らしく、専用のタオルはオッケーらしい。体を軽く洗い、湯尻から温泉に入る。

 鴎ちゃんは髪をまとめていて、色っぽい。瞳ちゃんは王騎君の方を見ている。王騎君は先生に尋ねた。

「俺たちはゴーレムの試練に勝てそうか?」

 先生は少し考えて言った。

「空色さんと赤居さん次第かと。二人は大蛇の試練を一人でこなせるほど力量があるとは思えませんしね」

 鴎ちゃんと瞳ちゃんは少し俯いた。

「ですが二人も走る体力と、走る速度走力はついてます。捕まらないように立ち回ることが大切です。そして一体ずつ仕留めること。きちんと戦えば勝てない相手ではないはずです」

 先生の言葉を受けて僕らは俄然やる気になった。その日は旅館に泊まる。僕らはしっかり休養をとった。浴衣姿の僕は深夜眠れずに目が覚め、旅館の窓際に座っていた。そこで声をかけられた。

「ミツル君も眠れないの?」

 髪を下ろした鴎ちゃんは、僕と同じく眠れないのか、窓際の椅子に寄り添って座った。茶髪の髪が揺れる。凄く……、うん、凄く色っぽくて良い。

 僕には僕の不安がある。鴎ちゃんには鴎ちゃんの不安がある。

「いつか誰かを失うかもしれない。それが本当に怖い。それがカモメちゃんなら尚更だよ。もし僕が守れなかったら……」

 そう思うと怖いんだ。誰も失いたくない。王騎君も、鴎ちゃんも、瞳ちゃんも、可能先生も。僕と深く関わった人が亡くなるのは悲しい。誰でもそうだ、だから足掻くんだ。

「大丈夫。いつかその日が来ても、ミツル君なら大丈夫」

 鴎ちゃんは僕をギュッと抱きしめ言う。いつかはその日がくる。それが早いか遅いか。早くなるか遅くなるかは、僕ら次第だ。誰かを失う日が来ないように努力し続けなければならない。

 僕は鴎ちゃんを抱きしめ返し、そして離した。

 僕と鴎ちゃんは暫く見つめ合った。そして互いに笑いあった。

「もう眠れそう?」

 鴎ちゃんが聞く。僕は頷いた。もう一度抱きしめ合い、布団に入った。

 次の日から普段通りの生活が始まる。僕らは毎日海底ダンジョン二階層の迷路で足腰を鍛え、帰りにジムで筋力を鍛えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る