第20話「徳河さん」

 僕一人で三階層に行くのは一週間後。僕は遅い時間だったが五十八番甲板のトレーニングジムにきた。色んな生徒が利用している。ウエイトトレーニングで腕力をつける。マシントレーニングなども使ってみる。なんかイマイチだ。普通すぎるんだ。するとトレーナーの人がやってきて言った。

「あなたみたいな人にはこちらのハードコースがオススメかも」

 そう言われついて行くと、様々なマシンがありムキムキの人が息を荒らげに筋力トレーニングをしていた。僕もまずはウエイトトレーニングからしてみる。ふむふむ……、百キロ?! 片手で百キロか。なかなか刺激がある。

 僕はその後、ベンチプレスをした。い……、一トンね。でもこれを持ち上げられないと、あの大蛇の突進に耐えられるはずもない。僕は持ち上げようとした。ふんぎぎぎぎ! 少し持ち上がった。トレーナーの人はそれを維持するよう言う。くそっ! 簡単に言ってくれるよな!

 ぐぎぎぎと踏ん張り何秒経過したかわからない。もう大丈夫ですよ、ゆっくり下ろしてくださいと言われ、少しずつ下ろし息を吐いた。

「凄いですね! これ上げることのできる人中々いませんよ!」

 そりゃそうだ、一トンだもん。千キロだぞ? 少し上がっただけでも凄いと思う。その後も様々な部位の筋肉をつける。どれもこれもめちゃくちゃしんどかった。いつもハードなメニューをこなしてるが、ここのは常識を超えるメニューだ。キツすぎて今もう既に筋肉痛になっている。

「お疲れ様です。最後にこちらをどうぞ。是非毎日通ってムキムキになりましょう!」

 ムキムキになりたいとは思わないが、力は付けなくてはならない。渡されたドリンクを飲んだ。なんだろう、筋肉痛が少しマシになったような……。

「そのドリンクは、ここシークルースクールで採れた筋肉にいい栄養素がとれる特殊なドリンクです」

 なるほど、食生活は管理されてるからと思っていたが、自分からそういうものを摂っていかなくてはいけないな。僕は礼を言ってジムを後にした。そのまま浴場へ向かい汗を洗い流して、風呂に浸かった。今日は誰もいない。

 随分前からずっと遅くに来ていたためほぼ王騎君と二人だったり、可能先生も入れて三人だったが、今日は一人だ。そして、風呂から上がろうとした時だった。一人の老人が入ってきた。老人と言っても、髪が真っ白だったのとシワが多かっただけで、すごい筋肉だった。姿勢正しく歩く様子は二十代だと言われてもおかしくない。

 その老人は桶で体を洗い流すとサウナ室に入っていった。気になったので追いかける。今日はサウナに入るつもりなかったんだけどな。

 サウナで汗を流す老人は姿勢を正して座っていた。隣に座ってみる。すると声をかけられた。

「かなり鍛えてるようだね」

 褒められて頭をかく僕は、老人に名を聞いた。

「私かい? 私はね、徳河家靖(とくがわいえやす)だよ。昔の将軍の名を取って付けられた名で恥ずかしいけどね」

 その名に恥じることない肉体を持つ徳河さんは、優しそうな雰囲気も纏っていた。僕が名乗ろうとする。だが徳河さんは急に鋭い目付きになり僕の肩を叩く。

「いいかい? 決して自分に負けてはいけない。皆に負けてはいけない。誰が相手でもだ。それが仲間でも敵でも恩師でも。いつか、誰もを超える努力をしなければならない。才能がないなんて言ううちは三流だ。皆見えない努力をして一流へと向かっていく。そのために頑張れるのは自分だけ。頑張った分の報いがこなくとも、そこで自分に負けては終わりなんだ。辛い時は休めばいい、苦しい時は泣けばいい。それは敗北ではない。そこから立ち上がれるかどうかが問題なんだ」

 徳河さんは、僕の肩を強く握り言う。

「いつか誰かに負ける日が来ても、そこで蹲っていては本当の敗北がくる。立ち上がれ! 立たなければ何も始まらない!!」

 僕は真剣な目で徳河さんを見ていた。

「頑張れよ、六道満君」

「え?! 僕まだ名乗ってないですよね?」

「ふふふ、では水風呂へ行ってくるよ」

 そう言うと徳河さんはポンポンと僕の肩を叩き、サウナ室を出ていった。何者なんだろう? もしかして教師の一人だろうか。僕はサウナ室で座って息を吐き、言われた事を反芻した。

 自分に負けてはいけないという言葉。皆に負けてはいけないという言葉。誰かに負ける日が来てもそこで蹲ってはいけないという言葉。僕は拳を握りしめた。僕はどこかで、王騎君に勝てないと思っていた。

 先生にも勝てないと思っている。でもそれじゃダメなんだ。超えなくてはいけない。超えていって、共に研鑽して、そして最期を迎えたい。いつかではダメだ。今超えなくてはいけないんだ!

 僕は立ち上がって水風呂に向かった。徳河さんが待っていた。え? さ、寒くないの? 結構長く考え込んでいたと思うけど。

「目が変わったね」

 徳河さんが言った。そんなにすぐわかるものなんだろうか?

 徳河さんは、僕の目を見て言った。

「君なら超えられる。君は気づいてないかもしれないが、君には……」

「家靖さーん! いつまで入ってるんですかー! 早く上がってください!」

 女性の声が響き渡る。

「話はここまでだね。精進したまえよ。横を見てもいい、後ろを振り返ってもいい。それでも前を向かなくてはならない。進めよ少年」

 水風呂から上がった徳河さん。僕もあがり、体を拭き着替えた。

 宿舎の部屋に戻った後、ぐっすり眠って朝を迎えた。筋肉痛も残っていない。特製ドリンクのおかげかもしれない。

 次の日、教室に向かうといつもの面々が迎えてくれる。先生が入ってきたので尋ねた。

「昨日徳河さんという老人の方にお会いしたんですけど」

「なんですって?! そ、それで……、何か言われましたか?」

 先生の慌てっぷりから、どうやら大物のようだった。一体何者なんだろう。

「色々考えさせられる事を教わりました。僕のことを知ってるようだったので、先生ならあの人が誰かを知ってるかな? と思いまして」

 先生は、ふむ、と考え込んで手を顎に当てた。そして言った。

「スクール長は普段人と会わない時間に色々してますからね。まさか君が遭遇するとは」

 スクール長!? あの人ここの最高責任者だったの?!

 や、やばい……、失礼なことしてなかっただろうか?

 とにかく、と先生は言う。

「今は自身を鍛えることに集中しましょう。当然体だけじゃなく頭脳もね」

 そうして授業に入る。今日はクリスタルハープーンを砕いた欠片を顕微鏡で見る。特殊な材質で、粉々に砕いてもエネルギーを発し続ける。

 午後からは模擬戦闘訓練。僕と王騎君は先生を挟む形で戦闘訓練を始め、二対一で先生と戦う。先生は軽々捌きつつ僕らに反撃する。棒術の達人だ。

 僕と王騎君は力技で押そうとする。それを先生は制した。

「私の動きをよく見てください。力で勝とうとしてはいけません。技は教えてきたはずですよ」

 頭を働かせ体を動かし、王騎君と交互に動きを合わせることで、技を繰り出し先生の棒術を破った。鴎ちゃんと瞳ちゃんも訓練を受ける。二対一ならなんとか勝ちの目が見えてきた。

「そろそろいいでしょう。あの部屋に行きますよ」

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