第19話「少しの無茶と」

 新年が始まり最初の授業。僕は先に来ていた王騎君と鴎ちゃんに挨拶した。

「おはよう!」

「おう、ミツル! 今日も気張っていこうぜ!」

「お、おはよう、ミツル君」

 ん? と僕は首を傾げる。まさか僕何かやらかしたか? ぎこちない挨拶の鴎ちゃんを見ると顔が赤い。熱があるのか? 僕は手を伸ばし鴎ちゃんのおでこに手のひらを当てた。

「大丈夫? 熱いよ?」

「ち、違うのよ! 違うの! 普通にしようと思ってたんだけど……、その……、昨日のこと思い出しちゃって」

 ああ、濃厚な……。僕も顔が赤くなっていく気がした。後ろで最後に来た瞳ちゃんがニヤニヤ笑っていた。

「お熱いことで」

 瞳ちゃんはそう言うと席に着いた。王騎君は笑っていた。

「結婚式には呼べよ」

 からかうのはやめてくれよ! 余計恥ずかしくなるだろ!

 先生が入ってきて、立ちっぱなしの僕と鴎ちゃんを見て言った。

「どうしたんですか? 席に着いてください」

 王騎は爆笑した。瞳ちゃんも笑っている。鴎ちゃんが吹き出した。僕もつられて笑う。

「な、なんですか? どうかしましたか?」

 戸惑う先生。幸せな日常。さて、ここからだ。

 席に着くと授業が始まる。午後には戦闘訓練をした。先生は訓練の中で皆の弛みを感じていたようだ。ビシバシ鍛えられた。

 そして午後三時。海底ダンジョンに潜る。今日は二階層の迷路に向かった。休みの間も鍛錬は怠っていないつもりだったが、やはり弛んでいたのは事実だった。いつもより時間がかかった。先生は厳しく叱る。

「そんなことでは、ゴーレム四体を相手に出来ませんよ!」

 三月末に四階層のゴーレム試験をすると言った先生は、明日の三階層では王騎君一人で戦ってもらうと言う。

「望むところだ!」

 王騎君は投擲も様になってきていたので、多分大丈夫だろう。問題は、僕と鴎ちゃんと瞳ちゃんだった。

 明日は三人で二階層に潜り、先生と王騎君だけで三階層に潜るという。

 ふんどしを締めなおして、挑まなければならない。

 翌日になって僕は二階層にて一番にゴールに着いた後、休憩がてら鴎ちゃんと瞳ちゃんを待った。

 鴎ちゃんはいつもこの迷路で走る時コートを着ていない。瞳ちゃんも当然ローブを脱いでTシャツで走っている。それでも汗だくだ。二人が到着し、水分補給をした後僕は提案した。

「ここからスタートまで走らない?」

 鴎ちゃんは驚いて反対した。

「無理無理、結構しんどいよ? スタートまで戻ってまたここまで来るんでしょ?」

「でも持久力はつくよ。ウチは賛成」

 鴎ちゃんは、はぁーっとため息をついた。わかったわと言ってくれた鴎ちゃんの頬に頑張れのキスをした。瞳ちゃんがクスクス笑っている。鴎ちゃんは照れて言う。

「ヒトミの前で……、やめてよ」

「嫌だった?」

「嫌じゃないけど……」

 まったくもう! と先に走りだす鴎ちゃん。僕と瞳ちゃんは鴎ちゃんの後を追いかけた。

 なんとかスタートまで辿り着く。道順は分かれ道でY字路になっているのでどう行けばいいかは分かりやすかった。

 さぁあともうひと踏ん張りだ。鴎ちゃんの息が整うのを待って僕らはスタートした。そして僕は完走した。はぁー、よし! 行けたぞ! 瞳ちゃんも到着した。そこで僕は、ん? となった。少し待ってみたが鴎ちゃんがなかなかこない。まさか……。

「僕ちょっと様子を見てくるよ。ヒトミちゃんはここにいて」

 瞳ちゃんは頷いた。僕は水を飲んで走る。何度か間違った道を行くと鴎ちゃんが、息を切らして項垂れて膝に手を置いているのが見えた。流石に先生のように背負って走るだけの力量が僕にはない。

 情けなかった。自分が鍛えたいだけなら自分だけ走ればよかったんだ。無理をさせたのは良くなかった。

 僕は手を差し出して述べた。

「ごめんね、まだ走れる?」

「うん、いけるわ」

 僕らは手を繋いで走った。何かに押されても手を離さなかった。そして僕が引っ張りながら走り抜いた。ゴールに着いた時、二人して息絶え絶えだった。頑張ったね鴎ちゃん。

「ごめん、浅はかな考えしてた。ちょっと休憩しよう」

 三人で大の字になって床に寝転ぶ。息が整ってきた頃、先生と王騎君が走ってきた。

「あまりにも遅いので様子を見に来ました。大丈夫ですか?」

 すいませんと僕が謝り経緯を説明する。先生は笑って頷いてくれた。

「素晴らしい精神です。その向上心は認めます。ですが、私のいる時にして欲しいですね。登れそうですか?」

 休憩したので、壁を登ってその先の青の鍵のスペアの入った宝箱を開ける。ダンジョン外へ出たあと、王騎君が言った。

「お前らも頑張ってたんだろうが、こっちも大変だったぜ」

 先生が見守っていたとはいえ、大蛇を一人で抑え込み一人で投擲で倒す。言葉にすると簡単だが、きっと一筋縄ではいかなかったんだろう。

「でもクリアできたじゃないですか。上出来ですよ。次は六道君の番ですね」

 へ? と変な声が出た。僕もやるの?

「当然、六道君にもやってもらいます。きちんと鍛えておいてくださいね」

 これは生半可な覚悟ではいられないな。僕は気合を入れた。

 その夜、僕はただボーッと海を眺めている。ここは零番甲板。潮風が気持ちいい。晴天の夜、ふと風に当たりたくて外に出た。何も無い、ただ時間が過ぎるだけ。ここまで目まぐるしくバタバタして流れてきた時間とは、全く違う。ゆらゆら揺れる波を見てると気分的にもゆっくりな感情を覚える。

「おや、六道君ですか?」

 ふと、後ろから可能先生の声が聞こえた。どうやら先生も風に当たりに来たらしい。

「今日の風は心地よい。物思いに耽けるにはピッタリですね」

 僕と先生は、ただただ風に吹かれ時が流れるのを眺めてる。

「そろそろ寝た方がいいですよ」

「それなら先生だって」

「私はあなた達とは違って強靭ですから」

 そう言われ、部屋に戻ろうとする僕は振り返り先生を見た。その背中は誰かを待ってるかのように、寂しげな背中だった。

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