35話「ルゥ・ピスト」
「おはよう、トリジア」
俺はトリジア・カートに話しかける。彼女は義理の姉だ。家庭の関係で、彼女と二人暮らしをしていた俺は常に鍛えていた。そして、ある日港町のこの町に海賊がやってきた。最初は気分が悪かったが、気のいい奴らですぐ好きになった。だが、そういう奴らだけじゃなく、悪気を持ってからかってくるヤツらもいる。
「チッ! 何しやがんだ?」
俺は頭をしばかれた拍子に舌打ちしてしまった。それがキッカケで海賊と喧嘩する。
「ルゥ! やめなさい!」
ルゥ・ピスト、それが俺の名。俺は相手をボコボコにした後、トリジアの声に気づいて、ハッとした。
「クソッタレ! お前、ただすまねぇぞ?」
俺はそんな負け犬の台詞に、唾を吐いて手を振った。
「いくらでもかかってこい! 俺一人でいいならいくらでも相手してやる!」
そして、海賊達と争った。といっても、全員下っ端共だ。俺は木の棒を持って、襲ってくる奴を片っ端から片付けた。
トリジアが人質される。だが、トリジアは肘で相手を踞せた後、強引に投げ飛ばした。俺は木の棒を拾い、トリジアに渡す。
「トリジア、いつもお前言ってたよな。自分の身は自分で守れって」
トリジアはニヤリと笑って海賊達と戦う。そんな俺達を見た船長が言ったんだ。
「随分血の気の多い姉弟がいたもんだ」
そう言うと、木の棒を持って俺に語りかける。
「俺と勝負しな、小僧。お前さんが勝ったら財宝をくれてやる。俺が勝ったらお前、うちの船に乗れ」
ふんと、笑った俺はいつまでたってもかかってこない船長に痺れを切らし、こちらから行く。だが船長は後出しでこちらの攻撃を躱しながら攻撃してくる。こちらも負けてはいない。俺はとにかく力任せに棒切れを振った。
やがて、疲れて腕を下ろした俺にトンと頭を棒で叩いて言った。
「どうだ? 俺の船に乗らねぇか?」
「俺にはトリジアがいる。トリジアと共に生きるんだ」
「なら、私も乗らないといけないわね?」
トリジアの言葉に俺は驚きを隠せなかった。
「いいのか? 海賊だぞ?」
「あら? でもそこまで悪い人たちには見えなかったわ。あなたは喧嘩っ早いから気付かなかったんでしょうけど」
トリジアは笑って言う。トリジアが乗るなら話は別だ。俺達は船長の船に乗り込むことにした。荷物をまとめ、生まれ育った町を後にする。何も寂しいことなんかなかった。
何故なら、俺とトリジアは虐げられてきたから。安い給料でこき使われる俺達は、決して恵まれてるとは思えなかった。それでも何かを成し遂げたくて、生きてきた。
海に出てから何もかもが新鮮だった。俺達は幾度も喧嘩したし、酒が足りなくなっただけで殴りあった。つまらない小競り合い、だがそんなものおふざけとしか思えない程充実していた。
俺は一番歳が下だったが、腕っ節の強さを認められていた。と言っても尖兵でしかないのだが。トリジアは大切にされていたが、俺が前に出る度に進んで前に出た。
「死ぬ時は一緒よ」
それが彼女の口癖だった。何よりお互いがお互い、先に死ぬのも後に死ぬのも恐れた。
船長はいつも俺の活躍を見てくれていた。船番を任された時、船長は語ってくれた。
「お前はきっと何かの運命を背負ってる。そんな感じがする。死ぬなよ?」
俺は、誰が死ぬかよ、そう言って船長の肩を叩いた。そうして砕けて話していいのは二人きりの時だけだった。俺は船長を尊敬していた。船長は会った人間全員の名前を覚えていたし、戦いで誰も死なせないほど前線で戦っていたからだ。そしてそれを誰も咎めない。それが船長命令だからだ。
船長は誰よりも強かった。どんな海賊船と戦った時も、毅然として立ち向かっていた。時に財宝の奪い合いで傷ついた仲間の手を握りこう言うのだ。
「俺より先に死ぬんじゃねぇぞ!」
その言葉に誰もが励まされていた。だっておかしいだろ? 船長が一番自重するべきなのに、前に出て、自分より先に死ぬのを許さないなんて。そしてそれがこの船のルール。死んだものがいたら、丁重に弔ってやる。船長のやり方にそぐわない者は離れていって良かったし、船長のやり方が合う者はいつまでも残っていいのだ。
そして、俺は二十歳になった。大人になってから女の誘惑は沢山あった。だが、俺はトリジアしか抱かなかった。それが俺が決めたルール。例えトリジアが他の男に惚れてもいい。トリジアだけは死なせない。
「いつまでも私には甘えん坊さんなんだから……」
トリジアは抱きしめる俺の腕の中で俺の頭を撫でる。そうやって月日が流れる。冒険は続き、いつまでもこのまま行くと思っていた。だが、俺達はわかっていなかった。
「お前さんらが子作りに励んでいるのはわかっている。だが、一向に子が産まれんのは何故だ?」
船長は俺達に言った。子供が産まれるならそれはめでたいことだ。だがその気配がない。俺は気にしてなかったが、トリジアはそうもいかなかった。
「私のせいかも……」
「いや、そうとは限らん。俺のせいかもしれないし」
落ち込むトリジア。俺は励ました。
そもそも、俺達は孤児。お互いが分かりあって、一緒に暮らしていたが、どんな病気を持っているのかもわからない。特にトリジアは、幼い頃性暴力にあったことがある。本人が震えながら話してくれたことだ。そのせいかもしれないと本人が悩むのも無理はない。
「ごめんね……」
「トリジア、謝るのはやめてくれ。前を向いて生きようって言ったのもお前だ。子供が産まれないからなんだ? 俺はお前を愛している」
例え天のせいだとしても子供が産まれなくても誰も恨むことはない。ただここに自分の人生があるのみだ。そう思っていた。
彼女から求められることが多くなる。やはり俺の子が欲しいらしい。そんなこと気にしなくてもいいのにと思うが、やはり俺としてもトリジアに俺の子を産んで欲しいという想い自体はあった。
それでも運命は俺達の子を許さなかった。俺達は諦めなかったが、最期まで子供はできなかった。
船長は頑として副船長を選ばない男だったらしい。だが、俺が三十歳の時、船長は俺を副船長にと言った。俺は最初悩んだ。だが、誰もが皆俺を認めてくれる人ばかりだったから、俺は副船長の座を受けた。その時は知らなかったんだ。船長が病を患っていた事を。世界中を旅する中、船医が難しい顔をしているのを見て声をかけた。
「どうしたんだ?」
「いや……、なんでもない……」
船医はあたふたしながら慌てて立ち去る。俺はそれを追求しなかった。だが、船長の部屋から出てきたのだけが気になっていた。
船長の部屋に入ると、船長はベッドから起き上がり笑った。
「どうした? ルゥ。何か用か?」
「いや……、船医のカルセドが何か用かな? と思ってな」
「ああ、いや、なんでもないんだ。ちょいと飲みすぎちまったみたいでなぁ!」
「なんだ、そんなことか! 船長も歳だな。気をつけろよ? もう若くないんだから」
「言ってくれる。お前こそ、若いヤツらに追い抜かれるような鍛え方をしてるんじゃないだろうな?」
俺はその言葉に不敵に笑って、二の腕の力こぶを見せた。
「まだまだ俺を超えるやつなんて現れないだろうよ! あんたを除いてな!」
それを聞いて優しそうに笑う船長。俺はこの時嫌な予感を見知らぬふりでいてしまった。それが俺の後悔。
やがて、船長が病に倒れ伏す。ベッドから動けなくなった船長を見て、俺は泣いた。
「この大海原をここまで制覇した者はあんた以外にいない! そのあんたが病なんかに負けるなんて! 運命は俺達を見捨てるのか!!!」
「ルゥ、俺はお前がガキの頃から見てきた。お前は俺の理想を継げる。お前が船長になれ」
俺は、びっくりして目を見開いた。
「何言ってんだ! あんた以外に船長が務まるやつなんて……」
「ルゥ……、俺は以前言ったな? 俺は海賊なんてやってるが、本当は争いごとなんて止めたいんだと。皆が手を取り笑い合うことを、俺は悪の側から作りたいんだと。それを実現できるのはお前だけだ」
その言葉に俺は更に狼狽える。
「頼むよ、船長。もうすぐ死ぬみたいな事を言うのは止めてくれ! たとえ戦えなくても俺達が守るから!」
トリジアや他の皆は涙を流している。こんなの嘘だと言ってくれ! 俺がどんな相手でもあんたを守るから! ……そう言ってもいつものように笑うだけの船長。
俺はとうとう涙を流した。
「なぁ、あんたの望み、絶対叶えるからさ。天から見守っててくれるか?」
答えはもう返ってこない。俺達は水葬を行い、船長を天に見送った。
俺は船長の座につき、時に敵の海賊船と戦い、時に財宝を手に入れ、時にその財宝で町を潤した。皆の笑顔を見るのが嬉しかった。調子に乗ったあらくれはことごとく、粉砕して回った。
俺は皆に慕われる船長となった。それは奇しくも亡くなったトッズ船長と同じ形だった。
世界中を巡り、再び出会った人達と挨拶を交わした時、トッズ船長がもうこの世にいない事を知った人達は涙を流した。だが、俺が継いだ事を喜ぶ声が多かった。
どんな名声も受け取った。それは抑止力になるから。発言に力が篭もるから。
そしていつしか海賊王と呼ばれる俺は、仲間達と共にまだ未開の地を歩む。そこで敵に襲われた。
嵐の夜、その海は特に荒れやすい魔の海域と呼ばれる場所だった。何者かわからないその海賊達との交戦中、海に放り出されたトリジアを救おうと俺も海に放り出された。
トリジアを胸に抱きかかえ、俺達は海の奥底に沈む。そして俺は新たな人間に生まれ変わった。その時には何百年も経った後だった。
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