終わりの章1章
29話「六階層」
「うわああああああ!!!」
僕は牛に追われていた。血気盛んな牛にだ。
時を少し戻す。
ここはシークルースクールと呼ばれる海の真ん中にある建造物の中の海底ダンジョン。五階層の扉を開け、扉を閉めた後ダンジョンは動き移動した。六階層に着いたのかと思ったが、後から聞いた話では、横に移動しただけでまだここは五階層らしい。
とにかく、その先へ進むと何と町が出来ていた! 広い空間の天井にライトが吊るされているが今は光っていない。海底ダンジョンのエネルギーだけで明るいのだろう。ならばあのライトは一体何のためにあるんだろうと考えてしまう。
僕らは研究員証を見せ、町の中に通された。建物は近代的。ある建物の中に通されるとまるで陸上の友達の家にでも招かれたような気分になる内装だった。ダイニングテーブルの椅子に座るように指示され、座って待つ。
「なんか内陸に戻ったみたいだね」
空色鴎ちゃんが言う。確かにその通りだと僕らは頷いた。赤居瞳ちゃんはキョロキョロと辺りを見渡し、こう言った。
「趣味は悪くなさそう」
海鳴王騎君は、ふぅと溜息をつき右手を開いたり閉じたりした。
「俺は拍子抜けしたが、な」
緊張は解けた、それが油断だった。
「随分腑抜けた子達が入ったのねぇ」
入口に一番近かった僕は、ふぅーっと耳元に息を吹きかけられた。鳥肌が立って後ろを振り返ると、タンクトップにムキムキで頭ツルピカなのに、ご丁寧に私はオカマですと言わんばかりの口紅が塗ってあった。
「誰だ? あんたは?」
王騎君が尋ねるとその人は、人に名を聞くときはまず自分から! と言った。なので、僕らは自己紹介をした。彼は(彼女ではないよな?)、大積雷亜(おおつみらいあ)と言うらしい。本名ではなさそうだが、黙っておく。
「大積か! よろしくな!」
王騎君はどうやら、名字で呼ぶらしい。相変わらずだ。
「ノンノン、名前で呼んで頂戴! ここではワタシがルールよ」
随分偉い立場にいるようで、研究所長らしい。スクール長のようなものか。実力でも敵わなさそうだし、僕らは従う。
「わかりました、ライアさん」
「まぁいいか。ライア、よろしくな」
王騎君は相変わらず「さん」付けしない。それにときめいたのか、雷亜さんは王騎君に抱きついた。
「もぅー! 呼び捨てしてくれるなんて素敵! あなた、ワタシの好みよ!」
すっかり意気投合した二人は、今後について話を進めていく。まずは僕らはここの場所について何も知らない、ということで色々体験をさせてもらうことにした。
さてここで冒頭に戻ろう。僕は牛に追いかけ回されている。肉にする牛らしいのだが、海底ダンジョンのエネルギーを吸収した牛は血の気が多い。まるで闘牛。
ここは陸から連れてきた家畜を育てる場所で、牛、豚、鶏などの家畜を育てている。屠畜場と呼ばれる、家畜を締める場所に連れていこうとして暴れた牛に追われた僕はそのまま広い牧場のような場所を走り逃げていた。
「ミツル! こっちに来い!」
王騎君は僕を誘導する。王騎君が立ち向かうなら、僕も! 僕は王騎君の横まで来て振り返り、牛についている角を片方掴んだ。もう片方を王騎君が掴む。押されるが何とか抑え込んだ。暴れ回る牛を無理やり抑えるが上手くいかない。やがて係の人がやってきて縄で締め、持ち上げて持っていった。
「全く……、情けないわねぇ。まぁ来たばかりじゃ仕方ないわね。あれ一頭で三トンはあるもの」
丸々と肥えた牛は相当重いようだ。おまけに暴れるパワーがある。それを軽々持っていった係の人も相当凄い。
僕らはまだまだここでは初心者のようだ。海底ダンジョンのエネルギーを吸った家畜達はパワフルでそれを絞める屠殺場で働く人達は毎日その肉を食べて鍛えているため、半端ない筋肉で溢れているらしい。といっても見た目は普通、内なるパワーに溢れた細マッチョだ。人々の理想と言ってもいい。僕らも鍛えてるが、内なるパワーはまだまだだ。
「色々案内したいところだけど、そろそろいい時間だから住居に案内するわね」
雷亜さんに案内され、僕らの新しい住まいに着いた。そこは一軒家で、リビングやキッチンの他に、四部屋の個室がある広い家だった。
「ここに四人で住んでもらうわ」
雷亜さんはそう言う。え? ひとつ屋根の下に四人で住むの?
「僕とカモメちゃんはいいけど……」
「なんで私もいいのよ!」
僕ら結婚してるじゃんか! と言いたげな目で鴎ちゃんを見つめる。
さて、荷物を置いて買い物へ。必要なものを買い揃える。お金は当然免除。本来研究員になるためにも学費などのように前払いなのだが、僕らは以前レッドダイヤモンドを献上している。だから、ここでもほぼお金の面では苦労しない。
少し食事をした後、雷亜さんが再びやってきた。明日の予定の話。
「明日六階層に降りてみましょう。いいわね?」
とうとうきたか! 僕らは互いを見て頷き合い、返事をした。
その日は眠れるか不安だったが、何か妙な音楽が流れてきてすんなり寝れた。起きた時には音楽は消えていて、誰かが眠る時にかけたのか聞いたが誰もかけていないという。
「ここの習慣なのかもね」
そういう鴎ちゃん。深くは特に考えなかった。とにかく、今日は更なる奥へ行くことになる。
雷亜さんが来て、案内をしてくれる。町の入口とは反対方向に進むと少しずつ暗くなる。やがて大きな通路のようになり、扉が見えた。
「ここも青の鍵よ」
僕らは扉の中に入り鍵を閉める。下へと移動しているように感じる。やがて音が止み着いた。
扉から出て大きな通路のような場所を歩くと広大な草原が広がる。
広い広い草原が広がる六階層。だが何もいない。しばらく走っていたが、何もいなかった。雷亜さんは違和感があると言う。と、そこで、前から走ってくる柴犬の頭の三頭犬(ケルベロス)と出会った。
普通の犬のサイズのケルベロスに驚いた雷亜さん。更にケルベロスは十階層にいるものなのだという。
そして何故か柴犬のケルベロスは瞳ちゃんの方に走っていき、頭を擦り付ける。瞳ちゃんに懐いたことは、ますます雷亜さんを驚かせた。瞳ちゃんはそのケルベロスを虎太郎と名付けた。
「驚いたわ。一体なんなのこの子」
「なぁ、ライア。敵が全く現れないことはこのワンちゃんに関係あると思うか?」
「わからないわ。異常なのは確かよ」
ここで虎太郎が何かに向かって走り出した。だが、一定距離走ると止まる。まるで付いてこいと言わんばかりに進む虎太郎についていく僕ら。
雷亜さんは、なんとか虎太郎を連れて帰れないかと考えを言う。瞳ちゃんもその考えに同調した。
実験台にはしたくないが、可愛いというのが瞳ちゃんの意見。DNA鑑定だけでもしたいという雷亜さんに頷き、虎太郎を抱きかかえる瞳ちゃん。
「一緒にこない?」
瞳ちゃんの問いに、ワンワンワンと、三つの頭が応える。一旦帰ろうと踵を返した僕らに大きな蛇が立ち塞がった。
「うわああああああ!!! また蛇かよ!!!」
未だに蛇は苦手な僕は震える。王騎君が前に出る。
「ライア! こいつの弱点はなんだ?!」
雷亜さんは首を横に振る。
「弱点はないわ。遭遇したら退けながら逃げるしかない。それがここからの大型モンスターの特徴よ!」
長いゴムの着いたこの場所特有のハープーンを構えた雷亜さんは大蛇にハープーンを投げ、吹き飛ばす。
だがどうやら蛇の狙いは瞳ちゃんだった。
雷亜さんの攻撃をいくらかかいくぐった蛇は瞳ちゃんを丸呑みにしようと口を開けた。それをギリギリでかわす瞳ちゃん。
「な、なんでヒトミちゃんに!」
「どうやらあのワンちゃんが狙いのようね」
離れようとする虎太郎をギュッと抱きしめた瞳ちゃんは走った。
「皆! お願い!」
僕らのいる方へぐるりと回る瞳ちゃん。僕らは瞳ちゃんを援護する。だが蛇は狡猾で、吹き飛ばされてもすぐ回り込む。やがてどんどん奥地に追いやられる僕ら。
「くそ! どうすりゃいいんだ!」
王騎君が叫ぶ。雷亜さんは言った。
「何なのこれ? 本当に異常事態だわ」
一体何がどう異常なのか、とにかく逃げなければいけない。
「奥に行くか?!」
「ダメよ! 一刻も早く虎太郎君を研究所に連れていくべきだわ」
王騎君の問いに首を横に振る雷亜さん。
「だけどこのままじゃ追い込まれる一方だわ!」
鴎ちゃんにも焦りが見える。
その時、大蛇が思いっきり吹き飛んでいった。
「さぁ、行って」
緑色の長い髪をした彼女には見覚えがあった。確か以前、シークルースクール海上の零番甲板で会った人。
「ツクヨちゃん! 戻ってたのね!」
雷亜さんが叫ぶ。やっぱりあの人が、月見月詠さんか。
「所長、新人さんを連れてきたみたいだけど、今は潜らない方がいいわ。少し異常よ」
「そうみたいね」
雷亜さんは少しお喋りをした後、すぐさま僕らに入口まで走るように言った。
「でもツクヨさんが!」
「私なら大丈夫。また会いましょう。あの人に似ている君もね」
ウインクした月詠さんは大蛇と戦闘する。
「見てなさい。ハープーンは、ああやって使うの」
雷亜さんに言われ見ると、月詠さんは腕とハープーンをまるで弓のように構え、グググッと力を込める。そして勢いよく放った。突き刺さったハープーンはとてつもない力で大蛇を押し込んでいく。ゴムで戻ったハープーンを手に更に構え、奥へ奥へと押し込む。
「さぁ、何してるの? 行きなさい」
凄いと思った。あんな戦い方ができるんだ。僕らにもできるだろうか? いや、きっと出来なくてはいけない。最初雷亜さんが大蛇と戦っていた時、あんな風には投げてなかった。だからきっと月詠さん独自のやり方なのかもしれない。それでも学ばなければならない。
とにかく今は走った。走っていくと入口付近にたどり着いた、と思った。だが、何かが違う。
「六階層より下はね、ダンジョンが動くの」
元の場所に戻ったつもりが、帰れないということか。
「大丈夫よ、帰る方法はあるから」
雷亜さんは壁伝いに走り出した。僕らはついて行く。ある程度走ったあたりで、唐突に床が下がりだした。
「あ! これはダメよ! 避けなさい!!」
雷亜さんが叫ぶ。だが、虎太郎が瞳ちゃんの手から抜けて下がる床の所に走り出した。
「ダメ! 戻って! 虎太郎!!」
瞳ちゃんが虎太郎を追う。王騎君と鴎ちゃんと僕も追う。
「ああ! もう! 仕方ないわね……!!」
雷亜さんも降り立つ。ドンドン下へ下がってしまう。
「登るか?」
王騎君が尋ねる。雷亜さんは首を横に振った。このまま降りてくと七階層にいくんだろうか?
「やばいわね。どんどん下へ降りてるわ」
どこまで降りてるのかわからないが、かなり不味い状況のようで、雷亜さんが顔をしかめた。
「それはなんだ?」
雷亜さんが見ていたレーダーのようなものには八の数字があり、今、九に変わった。
「これは今どの辺の階層にいるのか、大まかに海上からの距離から調べるレーダーよ」
つまり今九階層にいるってこと?!
更に床は下がり続け、十階層まで降りてしまったらしい。そこでパッと床に穴が開き僕らは転がり落ちた。
十階層にはケルベロスがいるというのだから、もしかすると虎太郎の親がいるかもしれない。
とにかく広いダンジョン内を探索する僕ら。冷たい風が吹き、鴎ちゃんがコートを羽織って震えた。
「ちょっと寒すぎない?」
確かに寒い。走り回る想定をしていたから薄着だったため、僕らも上着を羽織る。雷亜さんはタンクトップのままだった。
「寒くないの? ライアさん」
「あなた達とは鍛え方が違うのよ」
めちゃくちゃな理論だが、僕は気にしないことにした。しばらくダンジョンを走っていると、狭い通路のような道になる。と言っても大型モンスター一体くらいなら楽々通りそうな通路だが。
「この先に上に上がる扉があるはずよ」
確か十階層へは金の鍵で降りるんだったな。つまり登るのも金の鍵か。瞳ちゃんは虎太郎を離さないようにギュッと抱きしめている。鴎ちゃんが、走りながら虎太郎の頭を撫でてみる。三つの頭を平等に撫でると、嬉しそうに鳴く。
「止まって!」
雷亜さんが停止を促した。王騎君は首を傾げる。
「どうした?」
「ケルベロスが寝ているわ」
前を見ても僕には何も見えない。慎重に進むように言われ、そーっと歩いていく。やがて赤毛のデカい三頭犬が眠っている場所までたどり着いた。
「起こしたら面倒だわ。静かに行くわよ」
雷亜さんは、声を潜めて言った。
「……? なにか違和感があるぞ」
王騎君は、訝しげにケルベロスを見ている。すると、虎太郎がまたもや瞳ちゃんの手から抜け出し駆け出した。
「あ! 虎太郎!」
「し、静かに……、ヒトミちゃん」
虎太郎は大きなケルベロスに寄っていき、頬擦りをした。
「ゆっくり虎太郎君を離して」
小声で雷亜さんが言う。
「必要ないぞ」
王騎君も近づいていき、ケルベロスを撫でた。
「こいつは死んでるんだ」
「そんな馬鹿な!!!」
大声を上げた所長は慌てて口を噤んだ。だが、ケルベロスは起きない。本当に死んでいるようだ。
「信じられない……」
海底ダンジョンの生き物も死んだりするはず。現に三階層のモンスター達や大蛇、四階層のゴーレムも死んでいる。
「六階層以降の大型タイプの生き物が死んでいるのは初めて見たわ。それに記録にも残ってないくらいなのよ」
そうなのか。それだけレアなケースらしい。これは本当に異常事態なのだろう。
「虎太郎君の件と同じく異常事態ね。一刻も早く調べる必要があるわ」
そう言うと、雷亜さんは合掌をし冥福を祈った後、サンプルを採取し始める。それを雷亜さんが鞄に納めていた時だった。王騎君が冷や汗をダラダラ流して震えていた。
「やばい……! お前ら走れ!」
「何?! どうしたの?」
雷亜さんが慌てて鞄を背負う。僕は雷亜さんに、王騎君の危機察知能力について説明する。虎太郎も後ろの方に唸り吠える。
「急ぎましょう!」
鴎ちゃんが先頭を走り、瞳ちゃんが虎太郎を抱えて走る。雷亜さんが僕と王騎君の前を走った。僕と王騎君は念の為ハープーンを固定していたリュックから外し手に持って走る。
そして、それは襲ってきた。凄い轟音だった。先程眠るように死んでいた赤毛のケルベロスとは別、真っ黒な毛のケルベロスが駆けてきて飛びかかってきたのだ。
僕と王騎君が黒いケルベロスの両手の攻撃を防ぐ。思いっきりのしかかってくるケルベロスに僕らは押さえつけられる。
「コオオオオオオ! せいっ!」
雷亜さんが思いっきり溜めて放ったハープーンが黒毛のケルベロスに当たり吹き飛ばす。
「さぁ立って! 走るのよ!」
雷亜さんが叫ぶ。僕と王騎君は立ち上がり、黒毛のケルベロスに背を向け走った。
追いかけてこないのに疑問を持ったが、雷亜さんが答えてくれた。
「速効性の毒を塗って当てたから多少は時間は稼げるわ」
通路を走っていると行き止まりに着いた。前みたいに登るのだろうか?
「ここに、ここから押せって書いてある!」
右端に古代文字があり、それを見つけた瞳ちゃんが読み上げた。
「つまりそういうことよ」
まるでカラクリ忍者屋敷のように回転するらしいのだ。だが忍者屋敷と違う点、それは必要な筋力。
「いくわよ! 力いっぱい押しなさい!」
僕らは声を合わせ、右端の壁を押した。ゴゴゴ、と動いていく。
「まずいぞ! 急げ!」
王騎君が叫ぶ。僕らは必死に壁を押す。回りきったところで、ズドンという音ともに衝撃がきた。恐らく黒毛のケルベロスが突進したのだ。
「あんな獰猛なケルベロスは初めてだわ。それにあんな毛色のケルベロスも報告されたことがないと思う。何が起こってるのかしら……」
とにかく十階層を後にすることになる。先に扉があり、金の鍵で扉を開き、鍵を閉じるとエレベーターのように上にあがる。
ちなみに当然だが、十階層にこの扉の中の昇降機で来る場合、あの壁の右端を押して回してから進むらしい。
一度回し始めたらカチッとなるまでしないと元に戻り弾かれるらしい。かなり重かったが、凄い研究員の人なんかは一人でも回してしまうらしい。
多分あの人の気がする。とにかく、これで九階層にきた。
「ここには危険な生物はいないわ。ただ、かなり体力を奪われるわよ」
「今度は暑い……」
鴎ちゃんがコートを脱ぎリュックに入れる。瞳ちゃんはローブを脱がなかった。
「ヒトミ、暑くないのか?」
上着を脱ぎながら尋ねる王騎君。
「虎太郎ね、すっごく冷たいの。だから脱ぐと寒いかも」
それは鴎ちゃんも感じていたらしい。
「毛もすごく冷たかったわ。モコモコしてるのに冷たいっておかしいわよね」
「多分海底ダンジョンの生物が全て体温が低いのと関係あるかもしれないわね」
雷亜さんが言う。とにかく調べてみないとわからない。貴重なサンプルでもある虎太郎と共に、五階層の研究町まで帰らなくてはいけない。
「さぁ、走るわよ」
それは二階層の迷宮のような耐久レースだった。違うのは熱気と砂。とにかく暑い。そして、真っ直ぐではなく、グネグネうねるように流れているということ。今は知識のある所長さんの後ろを走っているからいいが、僕らだけで進めば足を取られるようなぐちゃぐちゃな流れだ。
「いずれはあなた達だけで来ないといけないのよ?」
雷亜さんは言う。この体力を奪われる感じ、やばいと感じた。この状態で十階層に行くのは至難の業だろう。
おまけに、もし進むとなるならば、当然今のように帰らなければならないのだ。一階層から五階層までは、試練が連続してなかった。だが、六階層以降は試練が連続しているのだ。すぐ帰ることもできない。
如何にレベルが違うか思い知らされた。
「本当はもっと順を追って説明したかったんだけどね。頑張りなさい! 生きて帰るのだからね!」
僕らは頷き、雷亜さんの後ろを走る。まるで蟻地獄のように傾く場所もあり、山あり谷ありの砂に体力が削られていく。だが、何とか乗りきったのだった。
「水を飲んでおきなさい。しかし、まさか逆走から体験するなんてね。ある意味幸運だわ」
確かに初見でこれを行き帰りしたら、やばかったかもしれない。少し休憩した後、赤の鍵で扉を開き、閉じて上に上がる。やっと八階層だ。
「八階層は、どんな試練があるんですか?」
僕は雷亜さんに聞いてみた。
「色んな生き物がいるわ。体験してみなさい」
所長は僕らに先頭に立つように言った。僕らはハープーンを構えて進む。すると、飛ぶ魚の群れと会った。だが、サイズがデカい。しかも一匹ずつがぶつかってきては重く痛い。
やがて群れの中を進む度、まるで豪雪地帯の吹雪にでもぶつかっているような感覚に陥った。
「い、痛すぎる!」
僕は手を顔の前にして魚の群れを防ぐ。
「虎太郎、大丈夫?」
瞳ちゃんは虎太郎の心配をしている。王騎君が僕らの前に立った。
「お前ら、俺の後ろに立って進め」
「でもそれじゃ王騎君が……」
「気にするな」
雷亜さんは笑顔でこちらを見ていた。
王騎君、瞳ちゃん、僕、鴎ちゃん、雷亜さんの順に縦一列、なるべく密着して走り抜ける。
すると縦に来ていた魚の群れが途切れた。ホッとしたのも束の間、今度は横から来た。
「耐えなさいよ! あなた達、腹に力を込めなさい!」
ドドド、という音で襲い来るその飛ぶ魚の大群はまるで石をぶつけられ続けてるようにぶつかってくる。
当然走る速度が落ちる。雷亜さんは僕たちに合わせて走ってくれた。
飛ぶ魚の群れは小さいものから大きいものまであり、本当に腹に力を込めてないと転び流されていきそうである。
右から来ていたと思ったら流れが止まり左から来たり後ろから来たり斜め前から来たり、とにかくめちゃくちゃな流れに翻弄されそうになる。
だが、やっとの思いで通路まできた。
「頑張ったわね。どう? 飛ぶ海の魚達に歓迎された気分は?」
「正直……、洗礼を受けたが、この程度か? と思ったな」
確かにこの程度なら五階層まででも大変だったから、逆走してるので一番大変だった十階層のケルベロス以外は耐えようと思えば耐えられる。心配はない。だが考えが甘いと、雷亜さんは言う。
「それは走るだけだからよ」
「他にやることがあるのか?」
僕らはキョトンとする。
「あなた達ねぇ……」
呆れた顔で雷亜さんは僕らを見た。
「ワタシ達は研究員。研究するのよ。さっきの魚の群れなんかは、種類別に捕獲したりしながら調査のために持ち帰るの」
あ、あれを捕まえるのか!?
「網なんか構えたら一瞬で一杯になるぞ?」
僕も同じ想像をした。
「勿論ハープーンで捕らえるのよ。捕獲目標を見定めてね」
そんな馬鹿な話ある?!
「動体視力も鍛えなくちゃいけないわよぉ? 帰ったら、しごいてあげるから覚悟しなさい」
そうして白の鍵で八階層から七階層へ。七階層は六階層のように緑一面に見えたが、恐らくこれは藻だ。
「ここは罠だらけよ。気をつけなさい」
僕らが走っているとなにかを踏んだ。すると何かが下から蓋をするように出てきた。大きな貝だ!
「ふんっ!」
一番体の大きな雷亜さんが両手を上げ耐える。そして、少し腕を下げたと思ったら力いっぱい貝殻を叩いた。貝殻はそのまま開ききった。
「さぁ行くわよ」
その後も地面から大きなタコが現れ、足を掴まれ墨を吐かれたり、大きな蟹が現れ、ハサミで挟まれそうになったりした。
それでも切り抜けた、そう思った時だった。油断していた。
「痛っ!」
僕は足に痛みを感じた。何かに刺されたような痛みだ。その透明な何かはすり抜けていく。
「クラゲね。みんな気を付けて」
雷亜さんが僕の足を診る。靴を脱ぐと腫れていた。雷亜さんは鞄から塗り薬を取り出した。
「あなた達、確か二十歳になってなくてエリクシル飲めないのよね?」
エリクシルというのは、この海底ダンジョンの五階層で取れる万能飲み薬の事で、原液は未成年でも飲めるのだが、保存するために加工した物は大人でないと逆に毒になるという物だ。
保存状態のエリクシルが飲めたら、例え致命傷であっても死んでなければ治る。こんな毒も一瞬で治るのだが、僕らは飲めない。
塗り薬で対応したがなかなか腫れが引かない。
「仕方ない。俺がおぶってやろう」
王騎君におんぶしてもらう僕。なんか恥ずかしい。
そうして何とか七階層を切り抜けた。黄色の鍵で六階層にたどり着く。やっとここまで帰ってきた。
「あと少しよ、頑張りなさい!」
恐らくだが、ヤツがくる。
「う、うううううう」
僕は王騎君の体にしがみついた。
「大丈夫だ、ミツル。頼むぜ! ライア!」
「任せなさい!」
最初に出会った大蛇。僕らを待ち構えるようにそこにいた。まるで広い場所のど真ん中にとぐろを巻いていたそいつは、僕らが横に走ると回り込んで進行方向を塞いでくる。そして徐々に追い込まれるが、ここで雷亜さんが攻撃に転じた。
一段二段三段と、多段攻撃で大蛇を押しのける。
「通りなさい!」
走り抜けた後も所長は攻撃を止めない。
「真っ直ぐ行けば通路に着く! そこまで走りなさい!」
所長を置いていく感じで走る僕ら。いや、僕は背負われてるんだけどね。
そこでクマ型のモンスターに会う。
「ここは私が!」
王騎君は僕を背負ってる。瞳ちゃんは虎太郎を抱えている。鴎ちゃんだけが自由に戦えた。ハープーンで迎え撃つ鴎ちゃんは、熊の攻撃を防ぎつつ通り道を作る。その隙に走り抜ける。
「行って!」
だ、ダメだ! それじゃ鴎ちゃんが!
「カモメちゃん、走って!」
僕は王騎君の背から降りて、足の痛みに耐えつつ集中した。目から血が出る。
鴎ちゃんが走ると熊も追いかけてくる。僕の横を走り抜ける鴎ちゃん。僕はハープーンを構え溜めていた。そう、月詠さんの真似。見様見真似だが、試す価値はある。
「ハァァァ!!!」
思いっきり振り抜きハープーンを投げた。熊に当たり吹き飛ぶ。
「走れるか? ミツル」
痛いけど何とか走った。やがて通路のような道までくる。暫く待つと所長が追いついた。
「お待たせ。何とか振り切ってきたわぁ」
そうして青の鍵で戻ったのだった。
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