第13話 童貞は変態に変身し、愛の力で覚醒する

 その後ルイーズ・トランは父親であるジュレ氏によって

強制的に故郷に連れ戻され、サン・ジュストと引き離された。

「ジュレの親父め、余計なことしやがって。大体、

 あいつが邪魔しなければルイーズは今頃おれと

 夫婦になっていたはずなのに」

 めそめそしている恋人(男)を抱きしめて慰めるふりをしながら

マクシミリアン・ロベスピエールは妹のシャルロットに

ガッツポーズしてみせた。小鳥のピーちゃんは

籠の中で白けた顔をしていた。


「バッカじゃないの。おれなんて彼女できたことないんだぞ」



 そして春が来て一周目より少し早くジロンド派の議員たちが

国民公会から追放された。


「早く権力を掌握しないとわしは天使サン・ジュストに捨てられる。

 恋敵の脅威がひとまず去ったとはいえ、油断はできない」

 最高権力者の座を再び手にしようとあせったロベスピエールは


「恐怖なき徳は無力であり、徳なくして恐怖は罪である」

というあの有名な演説を議会で行ったのでその場にいた

議員たちは皆、度肝を抜かれた。サン・ジュストは

ロベスピエールとの前夜のやりとりを思い出して

複雑な気持ちになっていた。


「マクシム! まだ公安委員会にも入っていないのに、

 徳と恐怖の理念について語るのは時期尚早なのでは!?

 うちの派閥の権力基盤が固まるまで待ちましょう」

 

「いいや、善行を行うのに早すぎるということはない!」


 前世でロベスピエールらの恐怖政治に苦しめられた記憶が

うっすらよみがえった議員たちが動揺して

議場が騒然となる中、ダントンが立ち上がると、演壇にのぼった。


「諸君、今の演説を聞いていたなら理解できるだろう!?

 マクシミリアン・ロベスピエールの本性は

 品行方正な清廉せいれんの士などではなく

 性根が腐りきった独裁者でしかないのだ! 

 こんな危険人物をこのままのさばらせていたら、

 我々の崇高な革命が後退してしまい、取り返しのつかない

 ことになるだろう!」

 人気者の巨漢ダントンの美声は聴衆の心を震わせた。

たちまち拍手喝采が起こり、会場には熱気があふれた。


「そうだ、そうだ!」


「いいぞ、ダントン、ガリ勉メガネ野郎を叩きのめせ!]


 同じ派閥の議員たちの声援に勇気づけられた

ダントンが前世で自分を殺した男をこき下ろす演説を

延々と続ける間中、ロベスピエールは暗い顔で

うつむいていた。サン・ジュストは怒りで体をわなわなと震わせながら


「黙って聞いていたら調子に乗りやがって!

 今からおれがあなたを擁護する演説を……」

と言いかけたが、ロベスピエールは途中で遮って、


「ルイ、今この場でダントン派を告発してくれ」

と命じた。


「ええっ!? いきなり何ですか? 前回より一年も早……

 あれ、おれは一体何言って……」

 前世の記憶が一瞬、脳裏によみがえった

ことに気づかず混乱している天使サン・ジュスト

清廉の士は抱擁しながら耳元でささやいた。


「頼む、君にしかできない仕事だ」

 恋人(男)に頼られるのがうれしい天使は

さっそうと演壇に登っていった。


「静粛に! 同志ロベスピエールは国家のために

 昼夜を問わず身を粉にして働き、私生活も品行方正そのもの、

 パンツの色が変わっても買い替えない清貧ぶりを知れば、

 彼を尊敬せざるをえないでしょう。要するに彼は決して

 独裁者にはなりえない立派な人物で……

 それに比べてダントンは暴徒をそそのかして

 あの忌まわしい九月虐殺を引き起こした上、巨額の

 公金を私的に流用して贅沢な生活を送っている!

 同士ロベスピエールに代わってこの私が

 私利私欲にまみれた悪人に電撃を投げつけてやるのだ!」

 

 パンツ云々の失言のくだりで聴衆からすさまじいざわめきが巻き起こり、

肝心のダントンを断罪する部分はかき消されてしまった。


「いやーん、やっぱり二人はそういう仲だったんだわ!」


「お似合いです! お幸せに!」

 天使サン・ジュストがうっかり漏らしたきわどい失言に

興奮した腐女子たちが色めき立って黄色い声をあげた。


「そこまでだ、サン・ジュスト! おまえたちに

 恐怖政治などさせてたまるか!」

 演壇につかつかと歩み寄ったカミーユ・デムーランは

サン・ジュストの喉笛に刃を突きつけ、演説を遮った。

一周目でテルミドールの政変を引き起こした時の

タリアン議員の行動にならったのであるが、今回の人質作戦は

腐女子たちからのブーイングを巻き起こした。


「わしの愛する嫁に何をする! ええい、わしは最強の童貞だーっ!」

 ロベスピエールがいきなり服を脱ぎ捨て

頭にうさ耳を生やし、ショッキングピンクのビキニとミニスカという

とんでもない姿に変身したので、あまりの醜悪さに驚いた

デムーランは手にした刃を取り落としてしまった。

動揺のあまり呆然としていたデムーランはロベスピエールの目から

放たれた魔法光線に打たれて感電し、床に崩れ落ちた。


「今、嫁って言ったよな? おれの聞き間違いか?」


「いや、たしかに聞こえた。っていうか、

 あのへそ出しで変色したパンツまる見えの

 すごい格好には驚かないのかよ? 堅物で有名な

 清廉の士が男好きの変態露出狂だったなんて……」

 議員たちがさっきとは別の意味で動揺し、例の新聞記事を信じて

傍聴席に詰めかけた腐女子たちが大胆な方法で恋人(男)を

救った清廉の士の勇敢さ(?)に感動して拍手喝采を送る中、

サン・ジュストは演壇から飛び降りた。


「マクシム! おれなんかのために居並ぶ議員たちの前で

 すさまじく恥ずかしい恰好をして! おれは

 あなたのためなら命を捨てても惜しくはないのに!」


 涙を流しながらロベスピエールのもとに駆け寄ろうとした天使サン・ジュストの前に

エロー・ド・セシェルが立ちはだかった。

憲法を起草したこの元貴族は前世で恐怖政治の最中に処刑されたことを覚えており、

ロベスピエールたちに復讐する機会をうかがっていたのだ。


「待ちやがれ! 気色悪い変態メガネ野郎の男妾おもちゃめ、

 今度こそ、おれと決闘しろ! 前世の恨みを晴らしてやる!」

 

「いやなこった! 腐った貴族め、そこをどけ! 邪魔だ!」

 

「あいつも記憶持ちか……。ルイ、わしが守ってやるからな!」

 ロベスピエールはスカートをひらめかせながら新たな敵

めがけて突進した。


「攻撃魔法返送! キェーッ!」

 エロー・ド・セシェルは童貞ロベスピエールから浴びせられた魔法光線を

鏡で反射させながら高々と飛び上がり、天使に金的蹴りを食らわせた。

自分の出した光線でひどいダメージを受け倒れながらもロベスピエールは


「あの野郎、何てことするんだ! わしとあんなことやこんなことが

 できなくなったらどうしてくれる!?」

と大声で罵った。この露骨な発言に反応して


「キャーッ、大変! 私たちの妄想の材料がなくなる!」

と腐女子たちが悲鳴をあげた。


「誰かあの変質者をつまみ出せ!」

 ダントンの一声でロベスピエールは拘束され、

あわれな天使は股間の激痛でのたうち回っていた。

悲鳴と怒号が飛び交い議場が大混乱に陥る中、

大急ぎで傍聴席をあとにした妹は兄を大の男を

次々となぎ倒して牢屋への連行を阻止した。


独裁者ロベスピエールに復讐するには今しかない!

 ギロチン任せにせず、この手で始末してやる!」


 貧民に絶大な人気を誇る大衆向け新聞、

親父ペール・デュシェーヌ」を発行し、前世では

ダントンより先に粛清されたジャコバン内最左派の首領、

ジャック・エベールはナイフを振りかざして

マクシミリアン・ロベスピエールに突進した。

ダントンは驚いて


「バカ野郎! 処刑はアンリ・サンソンの仕事だろうが!」

と叫んだがエベールはこう言い返した。


「おれの派閥の処刑を黙認したおまえさんに

 指図されるいわれはないね! 独裁者になり損なった

 変質者をこの手で始末してやる!」


 だが「ロベスピエールの第二の心臓」の異名を

もつ側近、クートンが車椅子でエベールに体当たりして阻止した。


「なかなかやるわね。お礼に病気の特効薬を未来の世界から

 取り寄せてあげよう。クートンはプレリアル法で処刑者数を

 激増させたとんでもない悪党だけど、

 ひどい苦痛がなくなれば正常な判断ができるように

 なるかもしれない」

 シャルロット・ロベスピエールに憑依中のリリーは

転倒した車椅子から落ちて起き上がれないクートンを

抱き起す兄のマクシミリアンの様子を見守った。

シャルロットの肩に止まった小鳥は


「そううまくいくかな? 元気になったら

 ますます悪事を働くのでは?」

と憂鬱になった。



「クソッ! 邪魔しやがって! 前世の恨みを

 晴らさずに終われるか!」

 あきらめきれないエベールは

ロベスピエールのもとによろよろと近づいてきた

ルイ・アントワーヌ・サン・ジュストを羽交い締めにし、

胸に出刃包丁を突きつけた。


「ほらほら、おまえの大事な愛人オモチャ(男)がどうなってもいいのかなあ?」


「やめろ! 殺すならわしを殺せ! ルイ、わしは

 おまえを失いたくない!」

 死に物狂いで恋人(男)のそばに

駆け寄ろうとしたマクシミリアンに向かって

サン・ジュストは絶叫した。


「止まれ、マクシム! おれを見捨てて生き残れ!

 処刑されたはずの我々が思いがけず復活できたのは

 崇高な革命に再び身を捧げるためじゃないのか!?

 愛だとか恋だとか諸々の甘い感傷など捨てて今度こそ、

 徳の共和国を実現させるんだ! アデュー(永遠にさよなら)……」


「うるさい! ロベスピエールの男妾め!」

 エベールに首を絞められ天使サン・ジュストは口をつぐんだ。

すると今まで黙って議席に座っていた

オーギュスタン・ロベスピエールが駆け寄って兄の説得を試みた。


「兄さん! 彼氏に執着してまた同じ失敗を繰り返す気か!?

 彼を失ったとしてもおれやクートンが兄さんを支えるから

 心配しないで!」


「黙れ、カス! おまえごときにルイの代わりなど

 務まるものか! わしは愛も恋も権力もあきらめはしない!

 必ずすべてをこの手に取り戻してみせる!

 ええい、わしは最強の童貞だーっ!」


 マクシミリアンの体が光り始め、全身がトゲに覆われ、

腕は巨大な鎌に変化し、背中には漆黒の翼が出現したので

その場にいた誰もが自分の目を疑った。


「チッ、愛の力で覚醒しやがったか! エベールめ、

 余計なことをしやがって!」

 ダントンは意識を失ったデムーランを腕にしっかりと抱きしめた。

エベールがサン・ジュストの胸を突き刺すのと同時に


「この○ゲーッ!」

と叫んでマクシミリアンがエベールの首を右腕の鎌で跳ね飛ばした。

その直後、ギロチーヌの高笑いする声がマクシミリアンの頭の中で

響いたのだった。


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