第5話暗殺の天使とエロ天使

「何ですって!? 誰がこんなアバタ面の

 チビメガネのオッサンなんかと!」


 彼女呼ばわりに立腹したシャルロット・コルデーが

動揺して一瞬、手を緩めたすきに

ロベスピエールは陸にあがった魚のごとく

激しくもがいたが抵抗もむなしく

再び床に押さえつけられ、身動きが

取れなくなってしまった。例の鳥は

かごの中でこの暗殺がどうか成功しますようにと

祈っていた。


「離せ! なんて馬鹿力だ!

 わしは殺されるに値する罪など

 まだ何一つ犯していないというのに!」

などと叫んでいたロベスピエールは

自分を殺そうとしている相手の顔を見た瞬間、驚愕した。


「おまえは前世で入浴中のマラーを殺した女、

 シャルロット・コルデーじゃないか!

 人殺しは生まれ変わっても人殺しか……」

  

「ふん、あんたも記憶もちかい! それならば、独裁者は

 生まれ変わっても独裁者になるとも言えるな。

 未来の殺人鬼め、覚悟しろ! この殺人には

 正当な理由がある、なぜなら私が今ここでおまえを殺せば 

 この先おまえによって奪われる多くの人命を

 救うことができるのだから!」

 暗殺者シャルロット・コルデーがロベスピエールの胸に

ナイフの刃先を突き立てようとした瞬間、

天井裏から飛び降りてきたシャルロット・ロベスピエールが

暗殺者の方のシャルロットに体当たりして

突き飛ばした。鳥とロベスピエールはそれぞれ。


「ピーピー(危ない真似はやめろ!

 悪党に肩入れしてもいいことないぞ)!」


「よせ、シャルロット! お前も殺されてしまうぞ!」

と叫んだ。自分の名前を呼ばれたと勘違いした

シャルロット・コルデーは一瞬、ぎくりとしたが、

急に現れた女が自分を取り押さえようと

突進してきたことに気づくと素早く身を起こした。


「邪魔するな! 殺人鬼の肩をもつならば、

 女であっても容赦はしないぞ!」

 両手を刃物に変えて襲い掛かってきた暗殺者に

独裁者の無鉄砲な妹はフライパンを盾代わりにし、

台所の肉切り包丁を振り回して応戦しながら、


「こんな物騒な戦術が使えるとは想定外だわ!

 兄さん、ここは私に任せて早く逃げて!」

と叫んだ。

 

「やめろ! 相手が女だからと油断するな!

 そいつは前世でも……ワッー!」

 暗殺者は懐からもう一本ナイフを取り出して投げつけた。

それはロベスピエールの頭のすぐ上をかすめて

鳥かごに激突したので鳥は恐怖のあまり失神した。


「こんな時に失恋のショックで家出した

 エレオノールを探しに行ってデュプレ家の

 一家全員が留守だなんてついてない。とにかく早く外に……。

 いや、妹を置いて逃げ出すのはまずいな……」

 迷っているうちに暗殺者は妹の腹に

飛び蹴りして壁に激突させたあげく、

自分の方に向かって突進してくるではないか。


「クソ……。おれだけでなくシャルロットまでも……

 もう我慢できない!」


 怒り狂ったロベスピエールはコルデーめがけて

分厚い本を何冊も投げつけ、椅子を振り回しながら

激しい抵抗を試みた。さすがの暗殺の天使も

たまりかねて一旦退散することに決め、

戸口に向かって駆け出した。

 すると運悪く、戻ってきたサン・ジュストと

鉢合わせしてしまった。しかもどういうわけか

フルメークの女装姿である。コルデーは


「刺されたくなければそこをどけ!」

と刃物で脅した。ロベスピエールは必死で


「お願いだ、ルイ、そいつは危険な人殺しだから

 無理に捕えようとせず逃げてくれ!」 

と懇願したが、恋人(男)にいいところを見せたいサン・ジュストは


「いやだね! 別れ話のもつれで先生を殺そうとする

 とは何事だ! この泥棒猫!」

と叫ぶと両手を広げ、立ちはだかった。

いきり立ったコルデーはサン・ジュストの首に刃物を

突き付けながら、


「変な勘違いするな、私は独裁者あいつの彼女じゃない!

 さあ、この気色悪い女装男を殺されたくなければ、

 おまえがこっちにきて身代わりになるのだ!」

と言って脅した。


「頼むから逃げてってば……」


「いやです! 僕は先生のためなら死ねます!」


「せっかくよみがえったのに唯一無二の存在であるルイを失ったら

 生きている意味がない。一体、どうすればいいのだ……」

 困り果てたロベスピエールの頭の中で突然、

ギロチンの化身であるギロチーヌの声が聞こえた。


「だいぶ困っているみたいね。私としても

 今君に死なれると困るから力を貸してあげる。

 『おれは最強の童貞だ!』って叫んでみて!」


「そんな恥ずかしいセリフ言えるか!

 ……と言いたいところだが状況が状況だ。

 惚れた男のためなら仕方ない」


ロベスピエールは深呼吸すると、

 

「おれは最強の童貞だーっ!」

と絶叫した。その瞬間、強大な魔力が体の中で渦巻く

感覚と共に、メガネから強烈な

電流を帯びた光線が放たれ、その直撃を受けた

コルデーは悲鳴をあげて失神した。

 ロベスピエールは自分より背が高い

愛人(男)に抱き着きながら大泣きした。


「ルイ! おまえって奴は……」


「僕のためにあんな恥ずかしい呪文で

 撃退してくれるなんて! 先生、ありがとう!」

 

「そう言われると余計に恥ずかしくなってきた。

 それにわしをマクシムって呼ぶって

 約束はどうなった? ところでこの胸は一体、どうしたんだ?

 なぜ女装しているんだ?」

 実は性悪な天使が身にまとっている服は

アンリエットが自宅に置いて行ったドレス

であった。


「ウフフ、綿を詰めてふくらましてきたの。

 ねえ先生、おれ、そこに倒れている、

 刃物女よりきれいでしょ?

 そいつとほんとに何もなかったの?」

  

「まさか! わしが女を愛するなど、

 太陽が西から昇って東に沈むよりありえないのに。

 おまえはわしにとって、どんな女よりも

 美しい天使なのだから!」

 顔中に濃厚な口づけを繰り返しているうちに

欲情した二人はベッドに急いだ。


「ほらほら、天使君の大好きなソーセージだよ、

 肉汁タップリだからなめてごらん」


「はーい、いただきまーす」

 淫乱な天使は喉の奥までソーセージを丸ごとくわえこんだので

堅物で知られる元弁護士ロベスピエールは快感のあまり、

獣のような奇声を発した。その後も変態プレイは延々と続いた。


「うわあ、見ちゃおれない。あんなに男同士でガッツリ

 ヤッていても異性と恋愛してなければ童貞認定されて

 魔法使いになれるなんて、どうなってるんだ?

 あっ、コルデーが逃げて行く」

 男たちがイチャコラしているすきに満身創痍の

シャルロット・コルデーはパリの闇の中に姿を消した。

そしてもう一人のシャルロットである

独裁者の哀れな妹は床に転がって七転八倒していた。


「ちょっと……わたしのことを忘れないで。

 痛くて起き上がれないよ……」

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