第4話プロポーズ失敗と暗殺者の襲来
ルイ十六世の処刑まで一週間を切ったある日のこと。
「選挙で選ばれた議員が男同士で
昼間からヤリまくってるなんて
先が思いやられるな」
籠の中の小鳥があきれ顔で見つめる先には
寝室のベッドの上で側近のサン・ジュストと
くんずほぐれつしているマクシミリアン・
ロベスピエールの姿があった。もちろん二人とも裸である。
革命そっちのけでヤリまくる二人だったが、
新しい憲法の草案を一緒に作るという
本来の目的をようやく思い出して、もぞもぞと
起き上がった
ある重大な事実に気が付いて愕然とした。
「ない! ない……! 大変だ! さっきその辺に
脱ぎ捨てたわしのパンツが盗まれた。
あの女の仕業に違いない」
「落ち着いて、先生。僕が取り返してきます」
サン・ジュストは服を着ると何食わぬ顔で
家の前をほうきで掃いているエレオノールに声をかけた。
「デュプレ嬢、寝室からなくなったパンツ、
僕のだから返して」
「噓つき! M・Rってイニシャルの
刺繡がしてあるじゃないの」
盗んだことをついうっかり認めてしまった
エレオノールはあわてて
「ああ、後で洗濯してあげようと思って
持ってきちゃったのよ」
と言って誤魔化そうとした。性悪な天使は
笑い出したくなるのをこらえながら
「実はあのパンツ、マクシム先生が
おれにくれたお下がりなんだ」
と言った。
「うっそー! 下着共用するなんて変態じゃん! 最低!」
妹二人に先を越され、結婚を焦りまくっているせいで
だいぶ頭がおかしくなっているデュプレ家の長女は恋敵の顔に
パンツを投げつけると泣きながらどこかに走り去った。
「懐に隠して持ち歩いていたのかよ。変態はそっちだろ。
ウフフ、マクシム先生の臭いがする。ほんとうに
もらっちゃおうかな」
古びて変色したパンツを帽子のようにかぶったまま
淫乱な天使は再び愛の巣に戻っていった。
ロベスピエールは頬を赤らめて、こう言った。
「おお、その帽子、よく似合っているぞ」
「僕、先生のにおいで興奮してきちゃった」
再び全身に愛の衝動が駆け巡る感覚に
負け、ベッドでもつれ合う二人の頭には
もはや国の未来のことなどなかった。
「ああ、おまえはほんとうにかわいいな。
天使のようだ」
「愛してます、先生! 僕が天使なら先生は神様です!」
「二人きりの時はわしをマクシムって呼んでくれ」
全裸でイチャつく二人を前に
「パンツを盗んで隠し持つのと
頭に被るのどっちがより変態だろうか」
と考え込む鳥なのだった。
ルイ十六世の処刑が間近に迫るある晩、いつもの習慣で
ロベスピエールの家を尋ねてきたサン・ジュストは
アンリエット・ル・バと鉢合わせした。滅多に
女性にもてない天使はこの機会を逃すまいとして、
咳払いしながら元婚約者の前に立ちはだかり、
「僕がここにいると思ってわざわざ追いかけてきたんだね?
君がどうしても復縁して欲しいというなら、
してやってもいいぞ」
と思わせぶりな調子で提案したが、アンリエットは
その言葉を鼻で笑った。
「はあ? バッカじゃないの!
別にあんたに会いに来たんじゃないけど!
早くそこをどいて!」
「意地を張ってないで、もっと素直になったらどうだ?」
「あーあ、やんなっちゃう! あんたみたいに
ズレた人と話してると、ストレスたまるわ!」
アンリエットがハンドバッグからキセルを取り出して
いきなりたばこをスパスパ吸い始めたので
モテない天使はぎょっとした。
「おまえ、いつからそんな習慣が……。
体に悪いからやめろって」
「うるさい、このボケが! テメエは
清廉の士(ロベスピエールの有名な異名)のところで
干からびたソーセージでも食ってろ!」
たばこの煙を顔に吹きかけられた
サン・ジュストがむせているうちに
アンリエットはデュプレ家の玄関から
さっさと中に入っていった。彼女は兄嫁エリザベート・ル・バの姉、
エレオノール・デュプレと親しかったのである。
「ちくしょう、あの女! 親友のル・バの妹じゃければ
革命の敵としてしょっ引いてやるのに」
その様子を二階の窓から見ていたロベスピエールは
ニヤリと笑みを浮かべた。
「うわーん、先生、悪い女が僕をいじめるんですぅ!」
部屋に入って背後でドアが閉まるのと同時に
サン・ジュストはロベスピエールの胸に飛び込んだ。
年上の愛人(男)に膝枕され、頭をなでられているうちに
革命の大天使は目を閉じて幼い頃死んだ父親のことを
思い出していた。
「よしよし、女と関わるとロクな事に
ならないね。わしと結婚してくれたら
絶対に悲しい思いはさせないよ」
この衝撃発言に驚いたモテない天使は小男の手をはらいのけ、
飛び起きた。
「はあ? 今、何て言いました?
おれたち、男同士ですよ?」
「革命が落ち着いたら同性同士でも
結婚できるよう法律を作るつもりだ」
メガネからなぞの光線を発しながら、
新しい法律への情熱を熱く語るロベスピエールをさえぎって、
サンジュストはもじもじしながらこう言った。
「あのう、できれば結婚は女性としたいんですけど……」
「何だと!? 前に君はわしと一緒に死ぬ夢を見て
喜んでいたくせに、裏切るのか!?
わしのソーセージを食え!」
「ギャアアアア!」
独裁者は血相を変えて愛人(男)を押し倒した。
かごの中で一連のやりとりを聞いていた鳥は驚きのあまり、
全身の羽毛が逆立った。
「おい、リリー! 一体、独裁者の頭に何を吹き込んだんだ!?
同性婚の導入を二百年以上早めたりしたら、
歴史改変禁止法に引っかかって刑務所行きだぞ!」
シャルロット・ロベスピエールの体に憑依した
リリーは念話で
「大丈夫だって! そういう概念が遠い国に
あるって抽象的にほのめかしただけだし、
そんな急に実現できないって! ガハハハッ!」
ととぼけてみせた。
「もう先生にはついていけません! さようなら!」
と言い捨てて魔性の天使は逃げ出した。
髪が乱れて胸がはだけた姿の男が
飛び出してきたので近所の腐女子なおかみさん連中が
興奮で目を輝かせながらひそひそと噂話を始めた。
「おいおい、仲違いさせちゃダメだろ。
ラブラブにして腹上死に追い込む方が得策なのに」
「勝手に死期を早めようとしている、あんたの計画の方が
よっぽど違法だわ!」
ルイ十六世の処刑の前夜のことである。
「おれの愛する天使、戻ってきてくれよぅ、うう……」
不用心にも真夜中にドアを全開にして
男の訪れを待つロベスピエールの部屋に
暗殺者が侵入した。
「ロベスピエール! おまえをフランスの未来のために
今、この手で消し去ることを宣言する!」
格闘の末、シャルロット・コルデーがロベスピエールを
押し倒し、床に組み伏せた瞬間、サン・ジュストが戸口から
顔を出してこう言った。
「先生、そんな美人の彼女ができたなら、
おれはもう用済みですね!」
泣きながら走り去る魔性の天使の耳に
「待ってくれ! 誤解だぁー! グエーッ!」
というロベスピエールの声は届かなかった。
「えーん、先生が女性を連れ込んでて、僕に
これ見よがしに見せつけてくるなんて!
くやしい、先生を誰にも渡すものか!」
負けず嫌いな天使はある決心を胸に大急ぎで
自宅に戻ったのだった。
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