第3話質素なソーセージ

「ああ、どうして来ないんだ!

 おい鳥、おれはあの魔性の天使に捨てられた!

 しかもどこかでポケットの中の

 恋文を落としてしまった! 世界の終わりだ!」


「一晩すっぽかされたくらいでガタガタいうんじゃねえよ!

 鳥に愚痴をこぼすなんて情けない男だな!

 しかも恋文を持ち歩くなんて頭おかしくないか!?」

 相手の耳にはピーピーとさえずる音にしか聞こえないのを

いいことに毒づく鳥なのだった。

 

「あれが誰かに拾われて読まれたら

 大変だからもう一度探してくる!」

 未来の独裁者はメガネが顔からずり落ちたまま

アタフタと出ていった。暇になった鳥は派遣元との通信を試みた。


「リリー、聞こえてるかい? 独裁者はまだ

 ただの気が小さい色ボケメガネだよ。今のうちに

 始末しておけば大勢の人命が……」


 すると目の前にいきなりシャルロットが現れて

「あんた、勝手な判断で監視対象を処分したら

 絶対ダメだからね!」

と説教してきたので鳥は驚いて

止まり木から転落した。


「どうしてロベスピエールの妹がここに!?

 もしかして中身はリリー?」


「そうよ! あんたがあんまり無能だから、

 ちょっとこっちに来ちゃった」


「独裁者の身内に乗り移るなんて正気か!?

 あとが大変だぞ!」


「だってえ、例の天使君との恋物語をじかに見たいじゃん。

 では妹として兄が恋路をスイスイ進めるように

 道案内してくるわ。天使君は今、女と同棲中だから

 どんな修羅場が待ってるか楽しみね、ウフフフ」

 怖気を奮う鳥を残し、シャルロット(リリー)は

鼻歌を歌いながら出ていった。



 ロベスピエールが恋人(男)を待ち焦がれてじりじりしていた頃、

サンジュストは自宅があるアパルトマンの玄関で

かわいらしい若い娘と抱き合っていた。

「ただ今、アンリエット!」


 友人の妹で婚約者でもあるアンリエット・ル・バ(十八歳)は

サン・ジュストの連日の外泊をとがめて

「毎晩、一体どこに泊まっているのよ?

 首にキスマークなんてつけて! 

 浮気するなんて許せない! 相手は例の人妻かしら!?」

とまくしたてた。サン・ジュストは故郷にいた頃、

幼馴染であるジュレ家の娘、ルイーズと

恋仲だったが彼女はすでに別の男の妻におさまっていた。


「誤解だってば。マクシム先生(ロベスピエール)

 のところで憲法の草案を作ってて、

 気がついたら夜が明けてたんだよ」


「噓つき! あのクソ真面目なメガネ先生のとこにいて

 どうしてそんなあとがつくのさ?」

 問い詰められ答えに窮した魔性の天使は


「先生が飼ってる小鳥につつかれたんだよ」

と言ってごまかした。

 

 寝物語に

「ねえ、わたしのことどのくらい好きなの?」

と甘ったれた声で尋ねたアンリエットだったが、


「うーん、マクシム先生の次に好きかな」

という馬鹿正直な答えが返ってきたので憤慨した。


「何よ! そんならいっそ、先生と

 結婚すれば!」

 ちょうどその直後、玄関をノックする音と


「おーい、開けてくれ」

というロベスピエールの声が外から聞こえたので

サン・ジュストは飛び上がった。

「早くこの中に隠れてくれ」


「どうしてよ? いずれ結婚したら会うことになるんだし、

 ちゃんとあいさつした方がいいんじゃないの?」


「いいから、いいから!」

 訳が分からないままアンリエットはクローゼットに

押し込められ、一秒差でロベスピエールが部屋にずかずかと入ってきた。

どこかに女性の痕跡が残されていないか確かめようと

あたりをキョロキョロ見回している。


「おはようございます、マクシム先生。こんな朝早くに

 どうされました?」

 サン・ジュストは作り笑いを浮かべていたが

口元がひきつっていた。ロベスピエールはそれを見逃さず、


「夕べは一晩中ドアを開けて待っていたのに

 どうして来なかったんだ!」

と詰め寄った。


「色々とわけがありまして……。

 ちょっとおなかがすいたので失礼します」

 朝食のソーセージを頬張る天使の姿を見て

一人赤面するロベスピエール。


「そんなに真っ赤になってどうしたんですか?」


「よかったら、こっちの質素なソーセージも味わってみては

 いかがかね?」

 ほんの数年前、「オルガン」と題した下ネタ満載の

卑猥な叙事詩を出版したサンジュストだったが、

普段真面目なロベスピエールが放った一言に

衝撃を受け絶句してしまった。男二人のただならぬ関係に

気付いて腹を立てたアンリエットはクローゼットの中で


「質素とか以前に汚らわしいわ!」

と毒づいた。


「今、女の声がしなかったか?」

キョロキョロとあたりを見回すロベスピエール。

オルガンの作者は冷や汗を流しながら


「とんでもない! むしろごちそうですよ!」

と心にもないことを言った。


「どうしたんだ? いつも毎晩、うちでしてくれるみたいに

 舌で味わって気持ちよくしてくれないのかね?」


「な、何のことでしょうねえ、ハハハ……」

 その後、アンリエットに婚約破棄されたサン・ジュストは


「腐った社会に粛清を! キェーッ!」

と議会で一段と激しい演説をしたのだった。




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