第2話殺戮の天使様、ノリノリで断罪する

 明け方近く、夢も見ずにぐっすり眠っていた

ロベスピエールだったが、耳元で

「先生、起きて起きて!」

とささやく声がして揺り起こされた。


「うーん、まだ日も昇っていないぞ。

 もう少し寝かせてくれよ。それに寒いじゃないか」

 七月末(革命暦では熱月テルミドール)の処刑の瞬間の

記憶がまだ生々しいせいで冬の寒さに

体が慣れていないロベスピエールから

サン・ジュストは容赦なく掛け布団を取り上げると、


「ゆっくり寝ている場合ですか!? 今日は国を裏切った大デブを

 断罪する、運命の日なんですよ! 国民公会議員として

 共和国の歴史を自分の手で作るんだって

 あんなに張り切っていたのに、何を寝ぼけて……」

と成人男性にしては高い、よく通る声でまくしたてた。

寝起きでまだ頭の中が混乱しているロベスピエールは


「今日は何日だっけか?」

と尋ねた。


「一月十四日です。今日は国王裁判で

 ルイ六世を死刑にするかどうか

 投票で決める日です。どうです、

 思い出しましたか?」


 その言葉で眠気が一気に吹き飛んだロベスピエールは

引き出しから紙の束を取り出して愛人(男)に手渡した。


「あっ! そうだった、君に渡すものがあったんだ!

 これを読んでみてくれ」

 国民公会の議員らは国王の死刑に賛成か反対を

投票する際に民衆の前で一人一人演説をすることになっていた。


「おお、さすがですね! せっかくの素晴らしい演説なんですから、

 すでに有名な先生が自分でお読みになった方がよろしいのでは?」


「いや、若く美しい君が演説した方が

 居並ぶ聴衆に強い印象を与えることができる!

 だからこれは君に捧げよう」


「先生、ありがとう、チュッ!」

 魔性の愛人(男)はメガネのさえない小男にキスした。

籠の中の鳥は驚愕のあまり、目を白黒させていた。


「ええええ! あの有名な処女演説はロベスピエールの

 代作だったのかよ!? しかもジュストって

 そんなに美しいかね? おれにはとてもそう思えない」

 首をかしげる鳥の頭の中でリリーのクスクス笑う声が

聞こえた。


「無名の新人議員である愛人(男)君を売り出すには

 絶好のチャンスだから手段は選ばないでしょう。

 脱走スキルを一時的に上げておくから、裁判で

 何が起きるかしっかり見てくるのよ」


 籠から逃げ出した小鳥は

裁判の様子を眺めながらリリーとの通信を続けていた。


「はーい、こちら小鳥視点から

 革命の大天使様の華々しい政界デビューを実況中継しまーす。

 おや、髪色がいつもの平凡なこげ茶じゃない。

 ずいぶんド派手なのを用意したんだなあ。

 天使といえば金髪だもんな。

 いっそ背中に白い羽でもつけたらいいのに」


「……王政という制度そのものが罪であり、

 ルイ・カペー個人を裁くのではなく……」

 壇上で演説しているサン・ジュストは毛先に近づくにつれて

白みがかった金髪のかつらをかぶっていた。

それは日差しを浴びてまぶしいくらいに輝いており、

目まで金色の光を放っていた。


「人は罪なくして王となることはできないのだ!

 ……裁くことなど無意味、死刑以外の選択肢などありえない!」

 やんやの喝采を浴びながら演説を続ける

サン・ジュストは意地悪い笑みを浮かべてニヤリと

笑った。この残虐で傲慢な天使を熱愛している

ロベスピエールは頬を赤らめ、うっとりと

見つめていた。聴衆の中でも

一部の男たちが目をハートマークにしながら


「あれは裁きの天使の化身だ」

などとささやく声が聞こえた。


「うわあ。ノリノリで人を陥れてるじゃん。

 これのどこが天使なんだか。ただのドSで

 性格悪いあんちゃんだろ」

 小鳥がドン引きする中、賛成387票、反対334票

で元国王の死刑が決定された。

(すでに王制の停止と共和制の開始が宣言されていた)


「ルイ十六世が処刑されたのはちょっと気の毒だけど、オーストラリアと

 内通していた証拠文書がチュイルリー宮殿の

 隠し戸棚から発見されているのは事実なのよ」

とリリー。


「うう、でも何だか後味が悪い……」

 小鳥は瞬間移動で鳥かごに戻り、

その晩も複雑な気分で男たちの

濡れ場をじっと見つめていた。


「はあ。このさえないオッサンと女顔の

 手下が恐怖政治の立役者になるのか……」

 

 朝になって帰り支度を始めたサン・ジュストの腕を

ロベスピエールはがっしりとつかんで引き留めた。

「僕、もう下宿に帰らないと」


「ええっ、もっといてくれよ。

 何ならここを出て君の家に一緒に……」 


 ロベスピエールがこう言いかけたとき

急にドアが全開になってエレオノーラが

バタバタとなだれ込んできた。


「先生、お願いですからジュストさんと別れて

 私と結婚してください!」


「いや、私の身は祖国のために捧げるつもりなので、

 君の想いにはこたえられない!」

 ロベスピエールの素っ気ない返事を聞いても

物好きな娘はめげずに


「そんな! なぜ私じゃダメなんですか!?」

と叫んだ。ロベスピエールは手を振って追い払う仕草をしたが

エレオノーラは出て行かない。押し問答になっている二人を黙って

横目で見ていたサン・ジュストは

勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「彼女、なかなかあきらめてくれないねえ。

 この美しい僕が恋敵であるということが

 どれほど不運な事かわかっていないようだ」

 ロベスピエールは愛人(男)の手を

砕けんばかりに握りしめて、


「なあ、そろそろ君の家にも行ってみたいんだが。

 一体、いつになったら連れていってくれるんだね?」

と迫ったが


「片付けが済んでないのでもう少し待ってください。

 急ぎの用を思い出したのでこれで失礼します」

とはぐらかされたのだった。


「絶対、何か隠している! だが、あまり

 問い詰めて嫌われたら困る」

 清廉の士は苦悶の表情を浮かべながら

去って行く愛人(男)を追いかけようとしたが、

エレオノーラが戸口に立ちはだかった。


「そこをどきなさい、デュプレ嬢!」


「いやです、先生! 納得いく答えを聞かせてくれるまで

 行かせませんよ!」


 イライラしたロベスピエールが相手を突き飛ばしたいと

考え始めた頃、天井の板が突如外れてロベスピエールの

妹のシャルロットが飛び降りた。

彼女はデュプレ嬢と兄の間に割って入ると、


「デュプレ嬢、出しゃばるのはやめなさい!

 あなたは兄さんの妻としてふさわしくない!」

と決めつけた。


「なによ、失礼な! 人の家の天井裏に

 勝手に入り込むんじゃないわよ!」

 顔を真っ赤にして怒っているエレオノーラを

シャルロットは羽交い締めにしながら


「私だって好きでこんなことしてるんじゃない!

 あんたの母親が私とオーギュスタンを兄さんから

 引き離そうとするから! さあ、兄さん、

 ジュスト君を追いかけて!」

と叫んだ。

 どういうわけかデュプレ家はシャルロットら妹弟の部屋と

ロベスピエールの部屋を建物の両端に割り当てて

真ん中の部屋を自分たち家族で使っていたので

ブラコンなシャルロットは我慢できなくなり

隠し通路を開発してしまったのだ。


「シャルロット! おまえの振る舞いについては

 色々言いたいことはあるが、

 とりあえず小言は後にして行ってくるぞ!」

 

 ロベスピエールは死に物狂いでサン・ジュストを尾行したが

結局、途中で見失ってしまったのだった。



「あの子は美しい! まるで天使のようだ」

 真夜中の誰もいない部屋でロベスピエールは

サン・ジュストの容姿を讃える熱弁を

振るっていた。鳥は首を傾げながらこう考えていた。


「美しい……かね……? たしかに中性的な姿は

 天使といえなくもないけど。それにしてもこのオッサン、

 独り言が多いなあ」


「私は恋をしてしまったようだ。もう誰も愛さないと決めたのに!

 しかもあの子のすべてを独占できないもどかしさで

 頭がおかしくなりそうだ! 一体、どうしたらいい!? 」

 目の前に眼鏡をかけた丸顔が

近づいてきたので鳥はぎょっとした。


「ええっ、鳥に恋愛相談してるの!? マジで!?」



 その頃、パリの街を一人の若い女性が

うろうろしていた。


「マラー! どこにいるんだ、殺人鬼め、今度は

 ジロンド派の追放が起こる前に息の根を止めてやる!」


 彼女は見知らぬ男にいきなり肩をつかまれ

死ぬほど驚いた。


「もしもし、お嬢さん。マラーよりもはるかに有害な

 人物を知ってるのですが、誰だか知りたくは

 ありませんか? そいつを殺さなければ、

 皆の前世の無念は晴らせませんよ」


「誰なの!? 教えて!」


「彼の名はマクシミリアン・ロベスピエールです。

 君はシャルロット・コルデーで間違いないね?

 優れた暗殺者である君を我々の根城に案内しよう」


「はい、喜んで」

 共に前世の記憶をもつ二人は肩を並べて

夜の闇に消えていった。

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