第6話国王処刑

 暗殺の天使による襲撃が失敗に終わったものの、

一難去ってまた一難ということわざ通り、

サン・ジュストがどんなに技巧を尽くしても

大事な部分が眠ったままなので、内心焦りを感じ始めた

ロベスピエールの頭の中で再びギヨッチーヌ嬢の声がした。


「そうそう魔法使いさん、言い忘れていたけど、

 例の呪文を唱えた後しばらくは不能インポになるから

 気をつけてね! ま、清らかな禁欲主義者さんには

 大した問題じゃないでしょうけど」」


「そんな無責任な! 解除する方法はないのか!?」

 ギヨッチーヌ嬢を呼び出そうとうわの空になっている

ロベスピエールの顔を淫乱な天使は上目遣いで覗き込みながら


「ねえ、先生、僕の舌じゃ気持ちよくなれないの?」

と尋ねた。


「いや、違うんだ! 心は熱く燃えているのに

 体が置いてけぼりなだけで……」


「わかりました。もう僕では満足できないんですね。

 本当はさっきの女とヤリたかったんでしょう。

 やっぱり元カノだからわざと逃がしたんだ!」

 嫉妬深い天使はすっかりつむじを曲げてしまった。


「ええっ!? ほんとだ、いつの間にかいなくなってる!

 信じてくれ、わしはシャルロット・コルデーなんざに

 惹かれたことなど一度もない!」


「ふうん、それならどうして名前まで知ってるんですか?

 ますます怪しいですね」


 こんな痴話げんかを籠の中から目にした鳥は


「ネチネチと面倒くさい男だな。ただ単にあんたが

 下手くそなだけじゃねえの?」

とあきれていた。

 やけになったロベスピエールは


「いや、あきらめるのはまだ早い!

 わしにもっとおまえの体を味わわせてくれ!」

と絶叫すると、帰り支度を始めようと腰を浮かせた

恋人(男)の武器ソーセージにむしゃぶりつき、

口いっぱいにほおばった。


「イヤアア! 気持ち良すぎる!

 先生は演説も上手いけど、こんな才能もあるのですね!」


 若い恋人(男)を繋ぎ止めようと必死の

中年男は顔を真っ赤にして頭を上下させ、

床上手ぶりをアピールした。


「ちょっともう離してください。先生のような方に

 飲んでいただくわけには……ああ!」

 淫乱な天使のエキスを散々吸い取った後で、

清廉の士は嬉々として脚を広げて

今度は下の口からも注ぎ込まれた。


「トップ当選の国民公会議員が最年少当選の

 新人議員にメス墜ちさせられるなんて前代未聞だな」

 飽きもせず乳繰り合う二人を目の前にして

あきれる鳥なのだった。



 結局一睡もできなかったマクシミリアン・ロベスピエールは

カーテンのすきまから朝日が昇る様子を眺めていた。


「見ろ! 夜が明けた! ブルボン王朝

 最後の朝が来た! アンシャンレジームを殺す

 今日という日は革命にとって記念すべき一日になるだろう」

 

 鼻歌でも歌いそうな様子のロベスピエールを

見ていたサン・ジュストはふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

「ところでずっと疑問に思っていたのですが、

 先生は以前、死刑制度を廃止する法案を

 何度も提出なさっていたのに、

 どうして今では賛成の立場を

 取られておられるのですか?」


「それは悪しき旧習であった絶対王政がまだ存在していた時代の

 話だろう? 崇高な革命が現在進行形で新しい体制を

 作る中で次から次へと現れる敵を処刑することが

 間違っているはずがない。革命こそが我々の正義なのだ!」


「はい、おっしゃる通りです。あの素晴らしい発明、

 ギロチンが我々の助けになるはずです。できることなら、

 裁判なんてまどろこしいことを

 やらずに邪魔者をどんどん消してしまいましょう!」

 サン・ジュストが前世と変わらぬサイコパスぶりをあらわにしたので

ロベスピエールは自分たちの最期を思い出してぎくりとした。

愚かな天使はお祭りにでも行くようにはしゃぎながら

身支度を済ませると、ロベスピエールをせかした。

「先生、もう出かける時間ですよ」


「待ってくれ。具合が悪い妹が心配だ」


 ロベスピエールはシャルロット・コルデーに蹴られて

腹部に重症を負った妹、シャルロット・ロベスピエールの

居室に行き、声をかけた。


「すまない。わしのせいでひどい目にあったな。一日中付き添って

 やりたいところだがが今日はコンコルド広場でルイ・カペーの処刑が

 行われるのでこの目で見届けなければ」


「ええ、私のことは気にしないで行ってきてちょうだい。

 ところでサン・ジュスト君は兄さんの彼氏なの?」

 この直球の問いに照れた清廉の士は

真っ赤になってくねくねするばかりであった。


「うう……気づいていたのか……。男同士では

 道ならぬ恋だと後ろ指さされないか気掛かりだ」


「フフッ。まるで恋する乙女ね。

 鳥が大好きな兄さんに教えてあげるけど、

 渡り鳥にはオス同士で番になって

 一緒に南に飛んでいくものが多いそうよ」


「そうか。鳥もオス同士で恋をするのか!

 自然界でも存在するならそれほど気に病む

 必要もないのか!」

 上機嫌で出ていく兄を寝たまま見送った

シャルロット(未来人リリーが憑依中)は


「小鳥さん、私の目になって処刑を見てきてちょうだい」

と念話で指示した。


「いやだね! 人の首が切られる所なんて見たくない!」

 鳥は反抗したが途端に電気ショックに見舞われた。


「あら、恩知らずね。カタコンベで迷子になった

 あんたを拾って組織の一員として迎えてやった

 この私にたてつく気?」


「ちくしょう! おまえがギロチンにかけられろ!」

 悪態を残して鳥は処刑場の方向に飛び去った。



 むき出しの荷車に載せられ護送される

元国王を鳥は上空から追いかけた。

執行直前、野次馬が投げた石つぶてが鳥の体に直撃した。

そのまま鳥の体は真っ逆さまに落下し、

あわれな死刑囚の頭に激突ごっつんこした。

自分が肥満体型の中年男性になってギロチンの

真ん前にいることに気付いた鳥は発狂寸前であった。


「うそッ! どうしておれがルイ十六世になってるんだ!?

 まさか入れ替わっちまったのか!? おいリリー、

 何とかしてくれ!」


「ホホホ、臨場感あふれるレポートを期待しているわ」

 頭の中でリリーの非情な言葉がこだました。


「大人しくギロチン処刑なんてされてたまるか!

 どすこい! おれは横綱だぞ!」

 さっきまで冷静に演説までしていた死刑囚が巨漢の首切り役人

アンリ・サンソンまで投げ飛ばし、突如大暴れし始めたので

群衆はパニック状態であった。


「まずい、このままでは王党派が奪還しにくるかもしれない。

 何としても今日執行しなければ!

 ええい、おれは最強の童貞だーっ!」

 覚悟を決めたロベスピエールは暴れる元国王めがけて

電撃を放った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る