第7話大四角関係(全員男)ならびに天使の葛藤
「まあ! あの方、人前で堂々と魔法を使ったりして、
勇気あるわね! あの噂は本当だったのね」
「文字通りの『
群衆がどよめく中でロベスピエールの電撃を浴びてぐったりした
ルイ十六世ことルイ・カペー(中身は別人)はうつ伏せに
寝かされ処刑台の跳ね板に体を固定された。
「しまった! このオッサン、肥満体型で
首に肉が付きすぎているせいで
即死できなかったんだった!
早く鳥の体に戻らないと! ギャンッ!
刃が首に食い込んだ!」
過度の恐怖と苦痛で心臓発作を起こして
途中でこと切れたまま、国王だった男の首に刃が落とされた。
サンソンが切り落とされた首を高々と掲げて
皆に見せつけた瞬間、誰もが目をそらして
重苦しい沈黙が漂った。
「どうしたんだ? カミーユ、大丈夫か?
ひどく動揺しているな」
ロベスピエールと同じ
大物政治家であるダントンは傍らで震えている秘書の
カミーユ・デムーランの手を握りしめた。
サン・ジュストは怯えるデムーランをあざ笑った。
「フン、弱虫め! おれは
それが革命家としての覚悟ってものだ!」
「先生、これで一区切りがつきましたね。
どこかの愚か者の頭の中がひどく
大混乱をきたしているようですが」
サン・ジュストに話しかけられたことにも気づかず、
ロベスピエールは無言のまま、物思いにふけっていた。
「一国の王としてふんぞり返っていたおまえさんが
玉座から引きずり降ろされて処刑台に
昇るなんて誰が想像できただろう。
あの日、地面に片膝ついて、みじめに
震えていたわしにこの未来を教えてやれたら
どんなに喜ぶことだろう! 死刑って最高!」
ロベスピエールは少年時代、ルイ大王学校を
訪問した戴冠式を終えたばかりの若き国王に生徒代表として
ラテン語の祝辞を読み上げたことがあった。途中から
目を閉じてウトウトし始めた国王の前で
「こんなつまらない奴のためにぬれねずみのように
寒さに震えながら長い事待ち続けた苦労のバカバカしさよ!」
と怒りを覚えたことを思い出すロベスピエールの体を
あの日と同じように雨が濡らしていた。
「おや。二度目ともなると、天が奴を哀れんで
涙雨を降らせているのか? 隠れ王党派どもに
代わって泣いているかのようだ」
「先生、風邪をひくといけないからもう帰りましょう」
サン・ジュストにやさしく促され、
我に返ったロベスピエールはようやく処刑場を後にした。
ダントンは震えが止まらないカミーユ・デムーランを
帰りの馬車までお姫様抱っこして連れていき、
一緒に乗り込んだ。ロベスピエールは
憎々し気にダントンをにらみつけながらこうつぶやいた。
「カミーユ、おまえはわしの告白を拒絶したくせに
あの大男のことは受け入れるのか!」
「先生、僕がいるじゃないですか」
天使のあだ名の通り中性的な青年がメガネの小男を愛おしそうに
抱きしめたのでパリの腐女子たちの目が釘付けになった。
馬車の中でデムーランは青ざめ、混乱した面持ちで
「ダントン先生、さっき処刑場でおれが動揺したのは……」
と言いかけたがダントンはこう言った。
「言わなくてもわかるよ。実はあの瞬間、
おれにも過去の記憶が戻ってきたんだ。
二月の寒空の下でおれたちが首をはねられた日のことを。
それにしてもサン・ジュスト、生まれ変わった今でも
あの変人だけは好きになれないぜ。
ロベスピエールは元死刑廃止論者だったのに
どうしてあんなに変わってしまったのだろうか?
きっとあの女顔の生意気なガキに
そそのかされて恐怖政治などという過ちを
犯したに違いない」
「同感です。あの二人が記憶もちか
どうか定かではありませんが、また我々を
殺す前に手を打たないとなりませんね」
「今世では必ずおまえを守ってやるから安心しろ」
共に妻のいる身である男同士は唇を重ね、
抱き合った。蘇る記憶と前世の後悔、そして覚悟が
二人の恋心を熱く激しく燃え上がらせた。馬車が激しく揺れ、
ハートマークが盛んに飛んでくるので道行く人々は
怪訝な顔をして振り返ったのだった。
翌朝、エベール発行の新聞「デュシェーヌ親父」の
紙面にこんな見出しが踊った。
「清廉の士、ルイ・カペー処刑前夜に
美女三人と熱い夜 実はそのうち一人は男の娘で
正体は側近ナンバーワンのL・S(25歳)!
二人目は下宿の大家の娘で三人目の
ブロンド美女の素性は現在調査中」
あの運命の日の前日、テルミドール8日(1794年7月26日)、
マクシミリアンの寝室にて。ひどく病み衰え、
椅子の背もたれに寄り掛かっている
ロベスピエールを見下ろしながらサン・ジュストは
「マクシム先生、粛清されなければならない議員とは、
一体、誰のことなのですか!? 誰にも言いませんから
僕にだけ教えてください」
と問い詰めた。
その日、半月ぶりに公の場に姿を現し
国民公会の議場で演説したロベスピエールは
「粛清されなければならない議員がいる! その者の
名は今はまだ言えない!」
という脅し文句でその場にいた議員たちを震え上がらせたが
第一の側近で愛人(男)でもあるルイ・アントワーヌ・
サン・ジュストともう一人の側近で
「ロベスピエールの第二の心臓」と呼ばれる
クートンですらその発言に仰天して混乱していた。
見るからに不健康で顔色が土気色に
なっている清廉の士は苦しそうに
肩で息をしながら壁にかかった鏡を指さした。
「あれを見ろ! あの中にそいつの顔が見えるだろう」
ムッとしたサン・ジュストが顔をひどくしかめると、
鏡の向こうにいる面長の青年も同じ表情になった。
「あんまりですよ! 冗談にしてもひどすぎます!
噓ですよね?」
実のところ、数日前に金庫の中に
隠された処刑リストに自分の名前を見つけて以来、
悶々としていた殺戮の天使だったが、
愛し崇拝している男の自分に
対する殺意を信じまいとして必死であった。
「いや、冗談ではないぞ。わしは本気で言っているのだ。
ルイ・アントワーヌ、もう別れよう。わしはもう今ではお前に
憎しみしか感じない。明日がおまえの命日になるだろう」
非情な宣告を下した
その直後、足元の地面が崩壊して死の天使長と呼ばれた
青年は深淵に飲み込まれて行った。
「待ってください、先生!」
ロベスピエールに腕枕された状態で
眠っていた天使は汗びっしょりになりながら
夢から醒めたとたん、自分を殺そうとしていた相手の顔が
目の前にあったのでぎょっとした。
「どうしたんだ? ずいぶんうなされていたようだが」
その声の調子で心から心配しているのが伝わってきた。
「何でもありません」
目に浮かぶ涙を見られまいと天使は顔を背けた。
「先生に殺されてもかまわないが憎まれるのは
耐えられない」
「こいつめ! よくもおれに電撃を浴びせやがったな!
人殺しにもらったエサなんて死んでも食べない!」
前回、鳥は不運な事故によって、
処刑直前のルイ十六世の体に憑依してしまい、
ギロチン処刑から何とかして逃れようと
死に物狂いで大暴れした結果、現場に来ていた
マクシミリアン・ロベスピエールの魔法攻撃によって
制圧された。今や飼い主を殺してやりたいほど憎んでいる
鳥は一週間にわたるハンガーストライキを実行中であった。
鳥かごの前でロベスピエールはオロオロしながらこう言った。
「ピーちゃんがエサを全然食べなくて心配だ。
前はわしの手のひらから食べてくれたのに。
こうなったら口移しで食べさせるしかないな」
それを聞いて怖気を振るった鳥はあわてて
目の前に山盛りにされたパンくずやナッツ類を
ガツガツとかきこんだ。
「このバカ鳥が! 先生を困らせるんじゃないよ!
頭にトサカなんか立てやがって生意気な!
人間様にエサをもらわなければ生きていけないくせに
ワガママなんだよ! 何だ、その目つきは?」
ロベスピエールがおかわりをもってこようと席を
外したすきに例の悪夢を見て以来、不機嫌な
サン・ジュストは拳を振り上げながら鳥にネチネチと
嫌味を言った。カナリアなので多少の
人語を操ることのできる鳥は
「バーカ!」
とくぐもった声で叫んで籠の側面を飛び蹴りした。
「ムカつく! 鳥にバカ呼ばわりされるなんて!
先生の寵愛を笠に着て調子に乗るんじゃねえ!
首をひねってやるからこっちに来い!」
殺戮の
鳥かごの扉を開けた。その途端、鳥は
「バーカ、ウンコ!」
と叫びながら間抜けな天使の頭にべチャッと糞をかけ、
開いていた窓から外の世界にさっそうと飛び去った。
「もう頭にきた! 今すぐ任務放棄してやる!
今すぐ
ある時空間瞬間移動用装置の起動スイッチを
見つけないと」
怒りに我を忘れた鳥はパリ市内の地面に空いた小さな穴から
カタコンブに侵入した。
数時間後、地下の真っ暗闇の中で
虫取り網を手にしたサン・ジュストが
死に物狂いで鳥を探していた。苦虫を嚙み潰したような
表情になっているのは鳥を逃がしたことが
バレてロベスピエールにしかられた時の
やり取りを思い出していたからだ。魔法使いでもある
清廉の士は自身の魔力を流し込んだGPSもどきの
追跡装置を鳥の体に埋め込んでいたので
鳥の居場所をすぐに特定し、性悪な天使に捜索を命じた。
「先生、ひどいよ。何でおれがあんなバカ鳥を
探さなきゃならないわけ? もしかしておれより
あんな目つきの悪いブスな鳥の方が大事なんですか!?」
「黙れ! それ以上かわいいピーちゃんの悪口を言ったら
許さないぞ! ピーちゃんが最近、おじいさんは山へ
野〇ソしに、おばあさんは川へ小便しになんて、
やたら下品な言葉をがなり立てるようになったのも、
君が教えたからに違いない!」
「違いますよ! 僕じゃありません。信じてください」
「わしはこれから演説の予定があるのだ。本当は
議会を欠席してでも探しに行きたいくらいだが、
王の処刑で揺れている今こそジロンド派を叩き潰す
絶好の機会だからな。外国との無益な戦争を防ぐためにも
奴らを前回より早く議会から締め出して
やらなければ。そのためには……」
「前回ですって? 一体、何の話をしているのですか?」
「何でもない。忘れてくれ」
欲深い清廉の士は穏健派であるジロンド派を
一周目より早く追放、処刑するつもりでいたが、
サン・ジュストが前世の記憶を完全に思い出して
しまえば自分を裏切るかもしれないと気づいて
それ以上説明する気になれなかった。
「ルイはわしにとってただの側近ではなく
恋人(男)だが、
再び破滅する危険を冒してまでわしに
ついてきてくれるだろうか?」
「先生はおれを信用してくれないから自分のお考えを
詳しく教えて下さらない。毎日あんなに愛し合っているのに
心を開いてくれないのですね」
思い悩み、悶々としながら天使は地下に
広がる死の帝国へと下っていった。
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