第9話清廉の士は極太ソーセージを手に入れる

 能力は高いが吃音きつおんのある弁護士カミーユ・デムーランは

司法大臣であるジョルジュ・ダントンと枕を並べて

マクシミリアン・ロベスピエール一味を倒す相談をしていた。

もちろん二人とも裸である。


「か、閣下、ぜ、前世で我々をこ、殺した悪魔どもを

 お、追い詰める……け、計画ですが……」


「何かいい案でもあるのか? おれに聞かせてみろ」


「こ、公安委員会をぜ、前回よりもは、早めに設立して

 け、権力を掌握し、き、恐怖政治が始まらないうちに

 童貞眼鏡ロベスピエールたちを早めに排除して

 た、叩きのめしてやるのです。そ、そして今回はか、

 革命裁判所のような恐ろしい組織の設立をゆ、

 許してはなりません。ひ、一つの組織に

 あ、あまりに強い権限を与えるとふ、再び

 ぼ、暴走するお、恐れが……」

 今日は一段とカミーユのどもりがひどくなっていると思いながら

ダントンは力強い美声で相手の言葉を遮った。


「いや、それを言うなら公安委員会も作らない方が

 いいことになるじゃないか。革命裁判所の設置は

 必要悪だ。避けては通れん。あのギロチン大好き鬼瓦の

 フーキエ・タンヴィルではなくおまえを

 検事に任命すればあんな大虐殺は決して繰り返されない

 だろう! そして我々が血に飢えた殺人鬼どもを裁くのだ!

 られる前にってやろうじゃないか!

 ……おおおお! そんなに強く吸い付くなーっ!

 大事な部分がちぎれたらどうしてくれる!」

 デムーランは自らの知っているあらゆる性技を駆使して

ダントンの気を変えさせようと試みたがうまくいかなかった。

一晩中ギッコンバッタンしたあげくに果てた大男の

胸毛に顔をうずめながらデムーランはあることを思い出した。


「と、ところで閣下の支持者が例の童貞眼鏡あての

 ラブレターを極秘に入手しましたが、

 誰の手によるものだと思われますか?」

 正確には道に落ちているのを拾っただけなのであるが……。


「……愛するマクシム、あなたを思うと

 体が熱くなり、夜ごと繰り返される激しい愛撫を……

 毎朝ソーセージをかじる度になぜかあなたの武器を

 思い出してしまい、一人欲望にもだえる日々を過ごしています……

 おお、なんと気色悪い文面。比喩表現が幼稚すぎるし。

 あんなブサイクにこれほど熱を上げるとは

 よっぽど悪趣味な女に違いない。

 だがこの字にはどこか見覚えがある気がする」

 

「お、女とは限りませんよ?」

 カミーユは内心では手紙の差出人が誰だか見当がついていたが

確証がないため何も言わずにダントンの太い首に両腕を

まわして分厚い唇に自らの唇を重ねた。



「そもそもこんな真っ暗な迷宮の中を

 どうやって探せばいいんだ。クソ寒いし

 ひどい死臭がたちこめて最悪だ。早く帰りたい」

 ロベスピエールの鳥を探しに地下墓地カタコンブに一人きりで入り込み、

途方に暮れる殺戮の天使ことルイ・アントワーヌ・

サン・ジュストの耳に聞き覚えのある声が響いてきた。


「バーカ! 捕まえてごらん!」

 カッとなりやすい天使は地下墓地カタコンブ

迷ったら命取りになるということも

忘れて声のする方向目指して

駆け出したが、足元に落ちている

骨につまずいて盛大に転んでしまった。

 相手を興奮させてさらに奥に誘導し、

迷子にさせようと企む鳥は挑発する気満々で


「アホ! マヌケ! ケラケラ!」

と叫んだ。


「このバカ鳥! それ以上侮辱したら

 焼き鳥にしてやるからな!」


「ギャアア! イテーッ!」

 いかれた天使が投げつけた頭蓋骨が命中し鳥は

ぴたりと口を閉ざした。


「しまった! これじゃ奴がどこにいるのか

 わからない。それにあいつは鳥のくせして

 どうして暗闇の中で目が見えるんだ?

 もしかして化け物? 早く戻って先生に

 忠告しないと……」

 間抜けな天使は自分がどの道を通ってきたか覚えていない

ことに気付いて愕然とした。


「ウッソ! この中でそこに山積みになった

 骸骨どもの仲間になれってか!?

 冗談じゃないよ、おれは死人ごっこは好きだけど

 生きたままジメジメした墓に

 閉じ込められてもうれしくないってば!」

 実家で暮らしていた少年時代の

サン・ジュストには自分がローマ時代に死んで墓の中にいるという

設定で真っ黒なカーテンをひいた暗い部屋にこもって瞑想する

という奇癖があった。このいかれた天使は

妙なお遊びに夢中になって満足していた頃の

自分を呪いたくなった。


「いたたたっ! ネズミがかみついた!?」

 みじめな天使は足に激痛が走り悲鳴をあげたが

ネズミどころか、しゃれこうべにかみつかれた

ことに気付くとさらに大声をあげた。

そこに何者かの足音が近づいてきた。


「おや、どこの馬鹿がこんな地下に迷い込んできたかと

 思えば独裁者の愛人もちもの(男)として

 有名なサン・ジュストじゃないか。

 さあお前たち、こいつを捕まえろ!

 王殺しに裁きを下すのだ!」

 突然現れた仮面をかぶった男が一声発した途端、

今まであちこちに転がっていた

死人たちが一斉に起き上がり、

襲い掛かってきたではないか。腐乱死体や骸骨の群れから

死に物狂いで逃げ回るうちに肥満体型の首なし死体に背後から

飛び蹴りされた天使は痛みのあまりうずくまった。


「こいつを生きたままバラバラにして

 パリ市内のあちこちにつるしてやったら、

 さすがに処刑大好き眼鏡野郎も意気消沈して大人しくなるだろう。

 さぞかし人助けになるだろうなあ、ハハハハハ!」

 なぞの男が天使の首を絞めようとした瞬間、

一発の銃声がとどろいた。肩を撃たれた男は獲物の

首から手を離すと骸骨の群れに抱えられ

迷宮の奥深くに消え去った。その後を中型の犬が

追いかけていった。


「大丈夫か、おれの愛しい人!」

 魔性の天使は元婚約者アンリエットの兄であり親友でもある

ジョセフ・ル・バの胸に飛び込んで頭をすりつけた。


「助かったよ、ジョセフ! どうして

 おれの居場所がわかったの?」


「ある人から借りた魔力探知犬を連れて来たのさ。

 君の耳にぶら下がっているでっかいイヤリングから

 かすかに漏れている魔力の痕跡をたどって

 ここまでたどり着いたというわけ。ねえ、

 そのアクセサリー、誰からもらったんだ?」

 イヤリングはロベスピエールからの贈り物だったが

なぜかそれを言いたくなかった天使は話をそらした。


「ねえ、ところでさっき、おれのことを

 愛しい人って言わなかった?」

 ル・バは妹と破局したばかりの親友をひしと抱きしめて


「お前のことをずっと好きだった! おれたちは

 義理の兄弟になれなかったけど、

 かえって良かったかもしれない」

と絶叫した。表向きは仲の良い同僚であるが互いに意識しあっていた

男二人は息もできないほど濃厚な口づけをかわした。


「それ以上はダメ。君には新婚の奥さんが……」

 口先だけで拒みながら淫乱な天使は

自分の脚を相手の脚にからめて耳に熱い息を吹きかけた。


「言ってることとやってることが違う子には

 おれの棍棒でお仕置きしてあげよう」


「ああん、先生とするより気持ちいい」

 無数の死者たちの目に見つめられながら

スケベな天使は体の奥を何度も突かれて絶頂に達した。


「うわー、浮気だ、いーけないんだー、いけないんだー!」

 暗闇に鳥の声がこだました。意外な事の成り行きに

未来に帰るのも忘れて興奮した鳥はこの世とあの世の境にある

迷宮内をバタバタと飛び回った。



 その頃、恋人(男)に厳しい態度を

とったことを後悔していたロベスピエールの耳に

ギロチーヌの声が聞こえてきた。


「あなたの大好きな天使さんはとんでもないビッチね。

 仮面かぶった怪人に殺されかけたあげく、

 さっそうと現れて助けてくれた男にあっさり股を

 開いたりしてさ。早くしないと取られちゃうわよ」


「大変だ、早く行かなきゃ!」

 眼鏡から発する光線で骸骨の群れを蹴散らしながら迷宮の奥深くに

救出に向かったロベスピエールは愛する天使が他の男に抱かれて

よがり声をあげている光景を目の当たりにする羽目になった。


「わしを裏切って他の男に体を許すとはけしからん!」

 怒ったロベスピエールは謎の男が落としていった仮面を拾ってつけ、

二人の前に飛び出した。


「この野郎! 性懲りもなくまた来やがったな! 撃ってやる!」


「弾がもったいないからこれを使うよ」

 覆面をかぶった清廉の士は愛する天使に名も知らない誰かの骨で

思い切り頭を殴られ泡を吹いて気絶した。倒れた男から仮面を

はがして顔を見た天使はびっくりして三白眼を見開いた。


「ええっ、先生!?」



 迷宮のような地下墓地カタコンブの奥深くで

サン・ジュストは傷を負って血まみれの

清廉の士ことマクシミリアン・ロベスピエールを抱きしめて泣いていた。

一度目の人生で二人の破滅が決定的となった

熱月テルミドールの政変が起きた運命の日、顔中血みどろになって

苦しんでいた時と同じく、ほおや額に雨のように

降り注ぐ恋人(男)の熱い涙で意識を取り戻した

ロベスピエールはそこら中にゴロゴロ転がっている

死体の仲間に加わったかのごとく身動き一つしなかった。


「ああ、あの時と同じだ。コンシェルジュリーの牢獄で

 愛する天使と二人きりで過ごした最後の夜を思い出すなあ。

 このままルイの腕の中で死ねたら幸せなのに」

 国民公会で突如弾劾を受けて失脚し、側近たちと

立てこもっていた市庁舎でロベスピエールは顎を撃たれ

重傷を負ったのである。自分たちの制定したプレリアル法に従って

翌日の処刑を待つ身であった時のように傷ついて血まみれの

ロベスピエールは殺戮の天使ことサン・ジュストの膝に頭を載せて

目を固く閉じていた。


「お願い先生、目を覚まして。ああ、あの時と同じだ。

 違うのはマクシム先生を傷つけた

 のがこのおれだってこと……」

 現在置かれた状況が処刑前夜の状況に似ているためか

あわれな天使の混乱した頭の中で、かすかに残る

記憶の断片が波間に漂う木葉のように浮かんでは消えた。

一方ロベスピエールは 恋人(男)の

自分への確かな愛情を感じることができたので

うれしくてたまらなかった。 


「愛する天使がわしを思って泣いている。もう少し

 このままでいよう。ムフフ」


「せっかく生き返ったのに先生なしで生きていくなんて

 耐えられない」


「何言っているんだ、ルイ・アントワーヌ、おれがいるじゃないか!」

 嫉妬に駆られたジョゼフ・ル・バはすすり泣きを

続けるサン・ジュストに背後から抱きついた。


「モテモテだな。一体、天使こいつのどこがそんなにいいんだか。

 どうなるのか見ものだぜ」

 骸骨を積み上げた壁のてっぺんにとまった

鳥が息を殺して男たちの様子を見守っている中、

サン・ジュストがル・バを手で押しのけるとこう言い放った。


「ごめん、ジョゼフ。さっきエッチしたのは

 気の迷いだ。忘れてくれ」


「何だって!? おれの気持ちはどうなるんだよ!?」

 激怒したル・バは


「うわあああ! 遊ばれて捨てられた!

 今度の人生でもまたおまえは浮世離れした

 メガネ先生を選ぶのかよ!」

と叫びながら誰かが骸骨を組み合わせて造った

ハート型のオブジェを蹴り飛ばして破壊しまくった。

 

「吊り橋効果が速攻で薄れちゃったのか、なーむなむ」

 鳥は恋に破れて嘆くうちにとうとう失神して

倒れた男を憐れむような目で見ていた。

 

「マクシム先生、もう浮気しないから許して」

と言いながら天使が身をかがめて口づけしようとした瞬間、

清廉の士はカッと目を見開いて鬼神のように恐ろしい声を発した。


「全部思い出したぞ! 浮気な天使め、

 ル・バとは体の相性がよほどよかったようだな?

 そんなにあの男の棍棒が気にいったのか!

 よし、それならこうしてやる! おれは最強の童貞だ!

 おれの男性自身ソーセージよ極太最強になれ!」

 嫉妬深い童貞男は下ばきを脱ぎ捨て、あらわになった貧弱な男性自身ソーセージ

自分の目から発する強烈な光線をこれでもかと浴びせかけた。

みるみるうちに極太化してヤマアラシのように

鋭いトゲで表面が覆われた凶器ソーセージに恐れをなした

天使は顔色を変えて逃げ出そうとしたが最強童貞男はすばやい動きで

相手を押し倒すと一気に根本まで挿入した。迷子のビッチ天使は

あまりの痛みに声も出せずに歯を食いしばって

お仕置きに耐えるしかなかった。

 それから少しして、シャルロット・ロベスピエールが大蛇に乗って

突然姿を現したので男たちは度肝をぬかれた。


「兄さん、ずいぶんと奥まで入り込んでいたのね!

 心配したわよ! あら、今日はいつもより激しいわね」


「いつもって、のぞいていたのか!?

 それにその蛇は何だ!?」


「あら、紹介するのを忘れてたわ。私の旦那様をよろしくね」

 シャルロットの体に憑依しているリリーの夫が

未来から追いかけてきて蛇に乗り移っていたのだが

そんなことを知る由もない男どもは

ニコニコしながら蛇に頬ずりするシャルロットに

怖気を振るうばかりであった。


「リリーの奴、目の色が紫色と灰色のオッドアイになっている、

 完全に憑依しきれていないな。記憶をのぞき見され

 ないように気をつけろよ」

 鳥はこの先の波乱を想像してため息をついたが


「まあ、さっき天使君をいじめて殺そうとした

 あんたに言われたくないわね。また電気ショックを受けたいの?」

と念話でリリーに脅され身震いした。


 その頃、カミーユ・デムーランはある悲壮な決意を胸に

デュプレ家の客間でロベスピエールを待っていたのだった。

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