第10話武器を取れ!

 地下墓地カタコンブ内でル・バと火遊びしたサン・ジュストが

マクシミリアン・ロベスピエールにお仕置きされている間中、

魔道具で盗聴していたジャック・エベールと

ジョルジュ・ダントンは肩をつつきあって大爆笑した。

一周目の人生で同じ山岳派ながらロベスピエール

ににらまれてギロチン送りにされた二人は

復讐のために協力し合うと約束し、

夜ごと密会を重ねていた。


「いい気味だ。あの生意気な若造がひどい目に

 あわされてスカッとしたぜ」

 エベールは笑い転げるあまり、かつらがずり落ちて

禿げ頭がむき出しになっていることにも気付かなかった。


「いやあん、先生、もっとやさしくしてぇ!

 痛いよお!」

 しばらくの間、痛みに苦しむ天使の声が延々と

響いていたが、しだいに最強絶倫と化した童貞マクシミリアンの濃厚な

魔力がしみ込んだエキスが麻酔効果を発揮し始めた。


「ああん、気持ちいい! マクシム先生、僕の中で

 もっと激しく暴れ回ってぇ!」

 先ほどまでとは打って変わって

魔性の天使は甘えたような声を出してもっともっとと

ねだり始めた。意外な成り行きに驚いた男たちは興味津々で

耳を傾けていた。二人が痴態を繰り広げ

続けている様子を嫌と言うほど見せつけられ、

すすり泣くル・バの声が時折、雑音のように混じって

聞こえてくるのもまた愉快であった。

 

「聞いたか、ダントン? あんなに痛がって叫んでいたのが

 悦びの声にかわってきたぞ」


「ああそうだな、ロベスピエールはただ単にあのガキんちょを

 苦しめるつもりではなく巨根を

 体内にぶち込むという恐怖を

 用いて性の快楽という美徳を

 施しているつもりなのだろう。

 ついでに恋敵を牽制けんせいできるし一石二鳥だな!」

 ダントンはもっともらしくつぶやいたが、

色っぽい喘ぎ声とゼエハア息を吐く音を聞いているうちに

すっかり興奮してしまい自慰行為をしたいのを

必死でこらえていた。


「なにかこちらに有利な情報を手に入れたいと

 思ったのに延々とアンアン言ってるだけじゃないか。

 なんだかムラムラしてきたぜ。なあ、男同士で

 ヤるのってそんなに気持ちいいものなのか?」

 首を傾げて問いかけたエベールにダントンが抱き着いた。


「気になるならおれたち二人で確かめてみよう」

 ロベスピエールの妹が助けにきてエッチが中断されたのをしおに

男たちは魔力消費型盗聴器を放り出すと、早速ベッドインした。

互いの裏切りを警戒していた二人は肉体関係を

結ぶことで結束を強めようとしたのだ。ところが

裸になってもつれ合ううちに、自分たちがお互いに何をするつもりで

会っているのかすっかり忘れてしまったのだった。



 激しすぎるプレイで足腰が立たなくなった

天使サン・ジュストを寝かしつけた後、ロベスピエールは

客間で待っているデムーランのもとに向かった。


「カミーユ、どうしたんだ?

 そんなに深刻な顔をして。しかもすっぽんぽんで

 寒くないのか?」


「ああ、マクシム! おれを抱いてくれ!」

 前世で最高権力者の座に君臨し、恐怖政治という名の虐殺を行った

男にカミーユ・デムーランは抱き着いた。


「ダントン先生ごめんなさい。でもこれは決して

 ただの浮気や裏切りなどではなく、おれの肉体を

 この男に差し出すことで恐怖政治を止め、

 多くの命を救うためだと理解していただけたらきっと……」

 罪悪感に苛まれながらも、デムーランは


「マクシム、愛してる」

と心にもないことをささやいた。


「やっと振り向いてくれたのか!?

 わしはルイ大王学校時代からずっと

 おまえに恋焦がれていたのだぞ」

 ソファの上で幼なじみの二人が舌を絡ませてキスし、

激しいプレイを繰り広げている間中、隣の部屋で蛇と一緒に

聞き耳を立てていたシャルロット・ロベスピエールを

エレオノール・デュプレが


「ちょっと、人の家で蛇を飼うなんて、

 何考えてんのよ! ママに言いつけてやる!」

と怒鳴りつけた。


「あら、お兄ちゃんと結婚したいなら、

 妹の私に親切にする方が有利だとは思わないの?

 あなたの今後の態度によってはお兄ちゃんとの仲を

 取り持ってあげてもかまわなくてよ?

 忙しい政治家にはよく世話をしてくれるお嫁さんが

 必要だと思ってたところだし」

 単純なエレオノールは海千山千のリリーが憑依した

シャルロットの一言に舞い上がった。


「先生もペットを飼ってることだし、

 大目にみてあげる。あっ、ママが

 隠してるおいしいお菓子をもってくるね」

 浮き浮きと出ていった大家の娘を

シャルロットはちょろい女だとあざ笑ったのだった。 



 一晩中ギッコンバッタンを繰り返した後で

ようやく一息ついている時にロベスピエールは

デムーランにこう言った。

「カミーユ、これからも時々、こうやって愛し合おう」

 少しの間、黙って考え込んでから、

デムーランは意を決して


「聞いてくれ、マクシム。この関係を続けるには条件がある。

 お願いだ、あの生意気な若造と別れて

 おれと付き合ってくれ! そして絶対に

 恐怖政治を行わないと今ここで誓ってくれ!」

と叫んだが、旧知の友の必死の願いをロベスピエールはあっさり退けた。


「何だと、貴様はそんな目的でわしを

 誘惑したのか!? おまえなど、あの美しい天使の

 足元にも及ばないのに図々しい奴め!

 革命の敵として処刑されたくなければ、

 さっさと消え失せろ!」

  

「おれよりあのガキの方がいいってのかよ!?

 おれへの愛はもう覚めたってか!?

 頼む、もう一度おれを抱いてから考え直してくれ!」

 デムーランは必死でロベスピエールの腰にしがみついた。

実のところ、魔法使いとの巨根プレイにすっかり病みつきに

なってしまったのである。


「ええい、さわるな! しつこいぞ! ルイが

 寝ているんだから静かにしろ!」

 最強の童貞は目から魔法の光線を発して

デムーランを振り払うと、書類仕事をするため

書斎に入っていった。感電し、床に崩れ落ちてけいれんしながら

デムーランはサン・ジュストへの憎しみを募らせていた。


「ちくしょう、あいつさえいなければ! あの男が

 現れたせいで、正義感の強い人権派弁護士で

 死刑制度にも反対していたマクシムは

 血も涙もない虐殺魔に変わってしまったのだ!」

 ようやく回復して起き上がれるようになるとすぐに

デムーランはサン・ジュストのいる寝室に向かい、

熟睡している天使の若々しい寝顔を

じっとにらみつけていた。


「特に美男子ではないが崩れた色気があるんだよなあ。

 しかも若いのに同じ県選出の二十人中

 五位の得票で国民公会の選挙で初当選、対するこのおれは

 落選してダントン先生に拾ってもらった身。

 おれは今度の人生でもこの男に負けてしまうのか?」

 嫉妬に悶々としているデムーランだったが、いきなり

部屋の中に漂う静寂を破って


「武器を取れ!」

という声が響いたので驚いて飛び上がった。


「びっくりした、誰かいるのか?」

 バスチーユ監獄襲撃事件の際に民衆を鼓舞した自身の決め台詞

を発した者を探して恐る恐るあたりを見まわした

デムーランの目と籠の鳥の目が合った。


「何だ、マクシムが飼ってる鳥か。何だか

 おれを励ましてくれてるみたいだな。

 よし、決めた! 革命のために、こいつを消す!」

 デムーランは懐からペンナイフを取り出すと、


「マクシム、愛してるよ」

とのんきに寝言をつぶやいている

サン・ジュストめがけて高々と振りかざした。



 その瞬間、風もないのにカーテンがふわりと揺れて

柔らかな月の光が部屋の中をこうこうと照らした。

窓辺のベッドで眠るルイ・アントワーヌ・サン・ジュストが寝返りを打ち、

襟元が緩んで首に赤いリボンをまいたような傷跡が

あらわになったのでカミーユ・デムーランはぎくりとして後ずさりした。

窓に映る自分の姿を見れば、同じように首をぐるりと

一周する傷跡がくっきりと浮かび上がっているではないか。


「も、もしかしてこれは前世で首チョンパされた

 しるしか? それにしても意外だな。まさかこの傲慢な若造が

 断頭台送りにされていたなんて。もしやおれとダントン先生の死後、

 用済みになってマクシムに使い捨てにされたのか?

 おれもこいつも結局は同じようにギロチンの生贄に……。

 本当に今、ここで殺してしまうのが正解なのか?」

 いい気味だと笑う気にはなれず、デムーランは

自分の死後の出来事を知ることができない

もどかしさでイライラした。


「……い、いや、同じじゃない! こ、こいつは前世で

 おれたちを陥れた悪党だぞ! さ、さあ、迷いは捨てるんだ!

 この殺人はフランスの未来のためだ!」

 迷える男は一度はしまいかけた刃物を再び振りかざした。

だがいきなり天井裏から大蛇が飛び出してきて、

恐怖のあまり硬直しているデムーランから

刃物を素早く奪い取って丸吞みにしてしまった。

例の小鳥はシャルロットからの電気ショックを食らって

籠の中で泡を吹いてけいれんしていた。


「うわああ、化け物だ!」

 蛇が去った後、デムーランは震えながらベッドに背を向けて

床に座り込んでいた。やがて月は雲に隠れて暗闇が戻ってくると

首に浮かんだ不気味なあとも消えてしまった。



 気がつくとデムーランは真っ暗闇の中で

処刑直後の時と同じく、首だけになって浮かんでいた。


「ここはどこだ? 早く戻ってあいつを

 消さないとならないのに!」

 わめいていると女の声が語りかけてきた。


「ダメよ。冷静になってよく考えてみなさい。

 今、あなたがサン・ジュストを暗殺したら、どうなると思う?

 ロベスピエール派の連中は犠牲者あいつをうんと美化し、

 その死を利用してダントン派を追い詰める大義名分ができたのを

 喜ぶだけで何の解決にもならないわ。マラーの暗殺が

 ジロンド派粛清の口実になったのを忘れたの?」


「そうだった。前世で受けた仕打ちを思い出したら

 つい、カッとなってしまって……。ダントン先生に

 迷惑をかけてしまうところだった。ところであんた誰?」


「いつか教えてあげるけど今はその時ではないわ」


「待ってくれ! おれはこれからどうなるんだ!?」

 いくら呼んでももう返事はなかった。




「ん、そこにいるのはマクシム? あんなに愛し合ったのに

 まだ足りないんだ、うふふ」

 いつの間にかウトウトしていたデムーランは

寝ぼけた天使サン・ジュストにベッドに引きずり込まれた

ことに気付いた時にはもう手遅れだった。


「ギャアア! 離れろ! おれはお前みたいな野郎が

 一番きらいなんだ!」

 あわれな弁護士は前世で自分を粛清した男にばか力で

押さえつけられて悲鳴をあげジタバタと暴れた。タコが吸い付くように

顔中に吸いついてくる淫乱な天使から何とか唇だけは死守していたものの、

体力の限界が近づいていた。

 ようやく異変に気付いて書斎から寝室に駆けつけてきた

マクシミリアン・ロベスピエールは目の前で

繰り広げられる異様な光景にショックを隠せなかった。


「なんてことだ! わしはまたしても愛する天使に

 裏切られてしまった!」

 眠気が吹っ飛んで事の重大さに気付いた天使は


「マクシム、違うんだ! 寝ているところを急に

 こいつの方から襲ってきたんだ!」

と言い訳をした。まあ、あながち噓ではなかったが……。


「貴様! おれの美しい天使を汚すとは許さん!」

 激怒したロベスピエールの全身からどす黒い煙がもうもうと

立ち上った。デムーランは必死で弁明したが逆効果だった。


「違うんだ! おれはこんなキザで生意気な青二才なんて

 全然好みじゃないのに無理やり……」


「黙れ! わしの宝を侮辱するとはけしからん!」

 最凶童貞の目から放たれた光線がバスチーユ襲撃事件の英雄、

デムーランの股間を直撃し、近所の住人がことごとく目を覚ますほどの

凄まじい悲鳴が深夜のパリにとどろいたのだった。



 魔性の天使と体の関係をもった後で振られてしまったが、

あきらめきれないル・バは恋敵である

ロベスピエールの下宿の周りを毎晩のようにうろついていた。

 

「ちくしょう、この家があの二人の愛の巣だなんて許せない。

 おや、この扉、鍵がかかっていないぞ」

 もともと注意力散漫な上、疲れがたまっていた

ロベスピエールはある晩、うっかり戸締りを忘れてしまった。

易々と寝室に忍び込んだ間男ル・バは寝ている天使サン・ジュストの横に身を横たえた。

唇が触れる感触で眠りを妨げられた天使は


「マクシム、くすぐったいよぉ」

と甘ったれた声でつぶやいた。

 嫉妬に駆られたル・バは天使の肩をつかんで揺さぶった。


「あのメガネ野郎じゃなくおれを見ろ!

 よし、もう一度抱いて忘れられなくしてやる!」


「ああん、ダメだったら! ここはマクシムの部屋なのに」


「頼む、もう一度だけ! もう一度だけ

 寝てくれたら完全にあきらめるから!」


 性悪な天使はニヤリと笑うと、最愛の人ではないとはいえど

憎からず思っている男に口づけした。結局、二人は

性懲りもなく裸で激しくもつれ合った。その頃、ロベスピエールは

書斎で書類仕事をしている途中で机に突っ伏して眠り込んでしまっていた。

 夢の中で敬愛する思想家、ルソーの後ろ姿に向かって


「ルソー先生! わしを弟子にしてください!」

と叫んでいるロベスピエールの前にギロチーヌが現れた。


「魔法使いさん、寝てる場合じゃないわ。

 例の男にまた彼氏を寝取られるよ」


「何!?」

 清廉の士は急いで跳ね起きて寝室に直行した。


「ヤバい! 今度こそ、ギロチン送りにされる!」


 あわてて窓から逃げ出そうとしたル・バの股間を

魔法使いの目から発した熱線が命中した。


「ギャアア!」

 間男は悲鳴とともに二階の窓から転落した。


「ジョセフ! 今、助けに行くから……」

 ロベスピエールは出て行こうとする天使の腕をがしっとつかんだ。


「よくもわしのベッドで間男といちゃついてくれたな!

 おまえには誠実さのかけらもないのか!?

 おまえも同じ電撃を……ああん!」

 小賢しい天使はすでに最凶童貞ロベスピエールの背後にまわって

しっかりと抱きしめて、男性自身ソーセージ

手でもみしだいていた。


「そんな手でごまかされはしないぞっ!

 はぁん、やっぱりわしは抱くより抱かれる方が……」

 すっかり欲情した小男ロベスピエールは恋する乙女のように赤くなり、身悶えしていた。

魔性の天使は単純な恋人(男)を愛情のこもった

目で見つめながらお姫様だっこしてベッドに横たえた。


「マクシム! 誰よりも愛してるよ!」


 清廉の士は背後から激しく体内を突かれながら

息も絶え絶えになってこう叫んだ。

「わしを本当に愛してるなら他の男と寝るのはやめてくれ!

 わしだけを見てくれ!」

 狡猾な天使はフッと笑みを浮かべたが

何も言わなかった。

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