第11話 変態メガネウサギ
「マクシム、用事があるからそろそろ帰るね」
急に不安になったマクシミリアン・ロベスピエールは
「お願いだ、わしを捨てないでくれ」
と言いながら服を着て今にも出て行こうとしている
ルイ・アントワーヌ・サン・ジュストの足元に
ひざまずいて泣き崩れた。邪悪な天使はニコニコしながら
本棚の奥に隠していた包みを取り出してこう言った。
「じゃあ先生、これに着替えてくれる?」
独裁者として知られるマクシミリアン・ロベスピエールだが
贅沢な生活とは生涯無縁で、敏腕弁護士から政治家に転身した後も
持ち家を購入することはせず、飾り職人のモーリス・デュプレの家を
間借りしていた。デュプレ家の長女、エレオノール(25歳)は
メガネをかけ、あばた面で無口な
繰り返しているのだが片思いのまま一向に進展がなかった。
恋が実らないのは仕方ないとしてもマクシミリアンと
側近のサン・ジュストが毎晩イチャつく声や
激しい物音が響いてくるのは拷問に等しかった。
「先生ったらまたあの口紅塗ったお〇ま野郎と乳繰り合っている!
あんな男のどこがいいのかしら!? もしかしたらわたしを
嫉妬させようとしてわざと見せつけているのかも。
お茶を持っていくふりして確かめてやろうじゃないの!」
意を決して現場に突入したエレオノールは
肌もあらわなシュミーズ姿の清廉の士が
恋人(男)の足元にひざまずいてソーセージに
吸い付いている場面を目の当たりにして金切り声をあげた。
「イヤーッ、人でなし! 変態! なにが
あわれな女は負けヒロイン特有の青い髪を振り乱し、
泣きわめきながら部屋を飛び出して行った。
「あははは! 彼女にこの服返したら
洗ってまた着るかな? それとも捨てるかな?
先生、どっちだと思う?」
自分の仕掛けた残酷ないたずらがうまくいったことが
うれしくてたまらないサイコパス天使はニヤニヤしながら
問いかけたがシュミーズはエレオノールではなく母親の
デュプレ夫人のものであった。快楽に溺れて正気を失い
もはや
何も聞こえず、目をとろんとさせながらソーセージを舌でくるんで
一心不乱にあごを動かし続けていた。
事はてて後にロベスピエールは恋人(男)が
肌身離さずもっている小型のノートが
布団の下からはみ出ているのを見つけてドキッとした。
「何が書いてあるのだ? エロい叙事詩の新作かな?
わしに見せてくれないなんてけしからん」
恐る恐るページを開いてみるとそこには18歳の時に別れた
元カノ、ルイーズ・トラン(旧姓ジュレ)との情交が
赤裸々につづられており、清廉の士はひどく動揺した。
「ルイはこの女に遊ばれて捨てられてひどく傷ついたはずなのに
なぜ、わざわざ書き残すのだ? もしかしてまだ好きなのか?」
例の小鳥は籠の中で悩める飼い主をあざ笑った。
「ギャハハハ、彼氏の携帯盗み見て浮気チェックする女みたい」
「うふふ、マクシムったらまたヤキモチやいてる。
うれしいな」
狸寝入りしていた
様子を盗み見てひそかな喜びに胸を躍らせたのだった。
「おれがどんなにあなたを愛しているか決して悟られないように
しないと。完全に満たされて安心してしまったら
ルイーズがおれを捨てたように、あなたはおれを
捨てるだろうから」
やがて訪れた短い眠りも心を和らげはしなかった。
女と路チューしている不実な天使に向かって
「ルイ! その女は誰だ!?」
と絶叫した瞬間、目を覚ましたロベスピエールは
隣にいるはずの恋人(男)が姿を消していたので
悲しみに沈んだ。
「ああ、わしと出会うまえのルイを知っている
元カノが憎らしい。もしやまだ関係は続いているのかも。
急がないと愛する天使を女に取られてしまう!」
嫉妬に身を焦がし、いてもいられなくなった
ロベスピエールは枕元に畳んで置いてある
服をろくに見もしないで着込むと外に飛び出した。
「なんだか脚がスースーするけど気のせいか?」
すれ違った労働者が驚きのあまり、押していた荷車を
転覆させてしまったが心配事で頭がいっぱいだった清廉の士は
気にも留めず、通り過ぎた。家々の窓から顔を出して
騒ぐ人々には目もくれず、恋人(男)の家目指して
ひた走る清廉の士だったが、誰かに背後から石つぶてをぶつけられ
脚をかけて転ばされた。起き上がろうとした
小男は強烈な平手打ちを食らってまた倒れ込んだ。
「いよう、うさ耳の変質者!」
「この露出狂め! 太もも丸出しでキモいったらありゃしない!
リンチしてやろうぜ!」
突如、婚ぎ先から飛び出して自宅に押しかけてきた
ルイーズ・トランと抱き合っていたサン・ジュストは
異変に気づいて女をおしのけた。
「何だか騒がしいな。今外で先生の悲鳴が聞こえたような
気がする。行ってみないと」
頭にうさ耳つきフードを被り、紐同然の
フリフリミニドレスを着たロベスピエールが
飲んだくれのならず者たちに取り囲まれて
殴る蹴るの暴行を受けている場面にでくわした
「やめろ! 先生に何をする!」
「何だこの女みたいなガキは。変質者の仲間か?
ちょうどたまっていたところだ、まわしてやろうぜ!」
「離せ! わしの美しい天使に汚い手で触れるな!」
止めようとしたロベスピエールを男たちは
容赦なく踏みつけた。
「先生、早く逃げて! おれはどうなってもいいから!」
毛深い手で押さえつけられ、服を裂かれながら
天使は叫んだ。あわやこれまでかと
思われた瞬間、上空から茶色い団子が
いくつも飛んできて、男たちの顔面に命中した。
「ギャーッ! きたねえ! おまるの中身を
窓から捨てやがって!」
瞬間移動魔法で兄を追いかけてきた
シャルロット・ロベスピエールが近くの建物に
身を潜めて援護射撃をしたのである。
暴漢が逃げ去ってしまうとサン・ジュストは
ニヤッと笑ってロベスピエールを抱き上げた。
「キャハハ、大きなうさぎさん捕まえた!」
「わっ、わしはなぜこんな破廉恥な格好を!?」
失恋し恨みをつのらせたエレオノールがロベスピエールを
陥れるため、枕元に置いてあった着替えをすり替え
意趣返しをしたのだ。そんな真相を知るはずもない
ロベスピエールは今更自分の失敗に大いに戸惑った。
自室に戻ったサン・ジュストは啞然としている
ルイーズをじろりとねめつけると、
しっしっとハエを追い払うしぐさをした。
「本命がきたから君はもう帰っていいよ」
「なんですって!? 議員になって出世したのは
私を手に入れるためじゃなかったの!?
そんな変態メガネうさぎのどこがいいのよ!?
宝物を扱うみたいにお姫様抱っこまでして!」
丸顔でそばかすがあるルイーズの顔がどこかマクシムに
似ているなと思いながら天使は
「どこって、全部だよ!」
とうっかり答えてしまった。「変態メガネウサギ」の歓喜の叫びと
振られた女のヒステリックな声がすさまじい騒音と化し、
両隣の部屋の住人が壁を激しく叩いた。
「もうあんたなんか知らない! やっぱり結婚なんてしなくてよかった!」
女が去っていく足音が遠ざかる間もなく、
「変態メガネウサギ」は愛する天使に口づけし、床に押し倒した。
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