第12話 天使の隠し子

 マクシミリアン・ロベスピエールは側近であり愛人(男)でもある

ルイ・アントワーヌ・サン・ジュストといちゃついている最中に


「ねえマクシム、一つ聞いてもいい?

 どうしていつもの魔法で奴らを

 やっつけてしまわなかったの?」

と尋ねられ飛び上がるほど驚いた。


「ああっ! すっかり忘れていた!

 わしとしたことが……おまえを守ることもできない

 わしは恋人(男)失格だ。それに今日の事件が世間に知られたら

 政治家生命を絶たれてしまうかもしれない」

 清廉の士(ロベスピエールのあだ名)はウサ耳を垂れて

しょぼくれた。実のところ、例の魔法を使った副作用で

少し頭が悪くなってしまったのである。


「そんな……マクシムは悪くないって。そもそも

 あなたを不安にさせてしまったおれに責任がある。

 他の馬鹿どもが何を言おうと、おれは

 マクシムを見捨てないからね」

小さな黒目に涙を浮かべた天使サン・ジュストに抱きしめられて

清廉の士はニヤニヤした。


「ルイ、わしを滅茶苦茶にしてくれ!」


「そんなこと言っていいの!? 後悔しても知らないよ」

 いよいよ本番に突入するかと思われたその時、

いきなり大きな音を立ててドアが開いた。

さっき追い出されたルイーズ・トランが

ずかずかと入ってくると、床に寝転がって

裸で抱き合う二人をにらみつけた。


「何しに来た!? おれたちはもうあの頃には戻れないんだ!

 自分から別れると言ったくせに!」

 ロベスピエールの手前、元カノを怒鳴ってみせた天使だったが……。


「ルイの野郎! 顔が少しにやけているじゃないか」

 ロベスピエールが明らかに怒っているので

天使はオロオロし、窓から見ていた小鳥は大笑いしながら

飛び去った。


「さすが後の最高権力者、恋人(男)の言葉の裏に

 隠された噓を見逃さないね」

 

「ルイ! その気色悪い変態にずいぶんと惚れ込んでる

 ようだけど、ちょっとやそっとじゃ

 私との縁は切れないんだからね!

 会わせるのはもう少し後にしようと

 思ってたけど、父親としての自覚をもってもらわないと!」

と叫ぶ彼女の後ろからサン・ジュストに瓜二つの

幼い男児がちょこんと顔をのぞかせたのだった。


「君は既婚女性とずっと不倫関係にあったのか!?

 ルイ、今までよくもわしをだましたな!」


「違います! 地元を離れる前の晩に

 たった一度密通しただけです!」

 あきれた言い訳に清廉の士はブチ切れた。


「ええい、ふしだらな! 回数など問題ではない!

 わしはもう帰る! 親子水入らずを邪魔したくないのでな!」

 ウサ耳変態コスプレ姿のまま、ロベスピエールは

家の外に飛び出した。浮気な天使は後を追いかけようとしたが子供に


「パパーッ!」

と甘えられると顔をほころばせ、


「おお、坊や、よしよし」

と言ってあやし始めた。


「あれ? ルイの奴、追いかけてこないのか……」

 ますますしょぼくれたうさ耳男は後ろを

何度も振り返りながらとぼとぼと来た道を後にした。



「しっかしいくら何でもあんな変態コスプレ衣装で

 人前に出るなんて注意力散漫にもほどがあるだろう。

 目が悪いから気づかなかったのかな?

 なんか近目の〇グーみたい。ねえリリー、

 何で外に出る前に止めなかったの?」

 シャルロット・ロベスピエールの肩の上に止まった小鳥は

彼女に憑依しているリリーに念話で問いかけた。


「だって、大きな試練があった方が

 二人の愛がより燃え上がるでしょう?」

 片方の紫色の目を細めていたずらっぽく笑ったシャルロットの前に

立ちはだかった男がいた。フーシェという名の茶色い髪とひげの

ブサイクな中年男は後にナポレオンに仕えて

警視総監に出世したがこの時は国民公会議員であった。


「お久しぶりです、女性市民シトワイエンヌ・ロベスピエール!」

 シャルロットはまるで聞こえなかったかのように

知らん顔して歩き去ろうとした。フーシェと

ロベスピエール兄妹は故郷のアラスにいた頃から

付き合いがあった。フーシェとシャルロットとの間には

結婚の話も出たこともあったが、マクシミリアンの許しが出ず破局していた。


「マドモアゼル、なぜおれを無視するのですか?!」


「せっかく十歳も年下で持参金つきの奥様と結婚できたんだから

 いつまでも私につきまとうのはやめにしてよね?」

 フーシェはシャルロットの腕をつかんだ。


「離さないと痛い目にあわせるわよ?」

 ハンドバッグに身を潜めていた蛇に

シャーっと脅かされてひるんだフーシェに

シャルロットは金的蹴りを食らわせて

さっそうとその場を立ち去った。


「しっかし、兄貴はギロチン大好き独裁者、

 元カレが大砲で三千人も虐殺した男だなんて

 この体の真の所有者はつくづく運がないわね。

 そんな人物に憑依した私も同じだけど」


「は? 人間に憑依できるだけましじゃないか。

 おれなんて組織内でのランクが低いから基本的に

 動物にしか憑依できないんだぞ。ごくまれに

 死ぬ寸前の人間にも乗り移れるけど引っ越し先の

 肉体の死を回避できなきゃ結局動物に逆戻りだし」

 ルイ十六世として処刑された苦い記憶が

小鳥の脳裏によみがえってきた。


「おやあそこに人だかりが……。頭にうさ耳を生やし、

 あばた面にメガネをかけたミニスカのオッサンが

 ベンチに座ってブツブツ言いながらレース編みしてる!

 サン・ジュストと喧嘩でもしたのか!?」

 

 メガネがずり落ちているのにも気づかず、


「心を落ち着けるにはレース編みが一番だ」

とつぶやきながら編み棒を一心不乱に動かす

姿はどう見ても不審者である。


「お兄様、ここは人目があるから家に帰りましょう」

 

「いやだ! ルイとルイーズの間に隠し子がいたんだ!

 もうわしは何もかもいやになった!」


「子供ね……ラボアジェ先生がすごい発見をしたという

 噂があるから今から一緒に行ってみない?」

 未来から持ち込んだ使い捨て短距離瞬間移動キットで煙とともに

兄と妹は消え失せたので取り残された群衆は目を丸くし、

眉をひそめてささやきあった。


「今のオッサン、議員のロべ……なんとかじゃないか?

 おれ、あいつに投票しちまったんだけど」


「あんな変態が政治を動かすなんてお先真っ暗だ。

 革命で世の中がよくなるなんて噓っぱちだな。

 インフレがすごくてちっとも生活が楽にならないし」

 群衆に紛れて様子を見ていたエベールはさっそく

自身の発行する新聞「親父ペール・デュシェーヌ」に載せる記事を書いた。

「清廉の士、変態メガネうさぎに変身! 恋人(男)のL・Sとの

 痴話げんかが奇行の原因か?」という見出しを読んで

パリの貧民たちは失望し、一部の腐女子たちは歓喜した。



 ラボアジェの研究所に兄を連れて突撃したシャルロットは単刀直入に

こう尋ねた。


「お邪魔しますラボアジェ先生、男同士でも子づくりできる

 法則を見つけたって本当?」


「いきなり来て何だ!? しかも真面目なロベスピエール議員が

 なぜ変質者と化しているのだ!? っていうか、苦労して

 出した研究の成果を簡単に教えられるかい!?」

 魔法化学者ラボアジェは記憶持ちなので

独裁者ロベスピエールを見てブルブル震えた。


「それもそうね。じゃあ教えてくれたら

 お兄様に頼んであなたを絶対ギロチン送りに

 しないと約束してあげる」

 シャルロットにつられてマクシミリアンは


「うん! 前世でエベールが暴走して君を殺したのは

 まずかったとわしも反省しているところだ」

と口から出まかせを並べた。


「本当か!? 実は開発中の薬があるのだが

 実験に参加してくれ!」

 世界的頭脳から怪しげな包みを受け取ると

ロベスピエール兄妹は風のように去って行った。



「兄さん! なんて格好なんだ!」

 結局一日中ミニスカ姿で過ごして帰宅したマクシミリアンは

弟のオーギュスタン・ロベスピエールに怒られ、


「ルイ、隠し子がいようと、おまえはおれのつまだ!

 絶対に誰にも渡さないぞ!」

とつぶやきながら渋々着替えたのだった。



「だ、ダントン先生、ロベスピエールが独裁者になる前に

 政界から追放してしまいましょう」

 カミーユ・デムーランは鼻息荒くダントンに決起を迫った。


「具体的な計画は出来ているのか?」

 ロベスピエールほど残虐ではないが金にだらしない大男は

札束を数えながらあくびをした。


「わ、我々は奴の弱点をとっくにつかんでいるではありませんか。

 前世であの二人がどんな最期を遂げたか

 フーシェから聞いてある計画を思いつきました。

 今世ではおれたちがあいつらをギロチン送りにするのです!」

 ロベスピエールの旧友、カミーユ・デムーランの目には

今や憎しみの炎が燃えていた。それもそのはず、

いつぞやの攻撃で自身の武器に深刻なダメージを

被ってしまったのである。





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