第36話 謎の美女
「ロベスピエール先生のお世話をするのは婚約者である私の方が
適任だから馬に乗って追いかけてきたの! だから
あなたは私と交代してパリに帰って」
エレオノール・コルネリー・デュプレは汗をハンカチで
ぬぐいながら冷たいジュースを一気飲みした。
「その積極性はある意味評価に値するけど、そもそも
あなたはいつから兄の婚約者になったのかしら? それに
兄は私に今度の旅についてきてほしいといったので
兄に断りなく勝手に帰るわけにはいかないわ」
シャルロットはあきれ顔でジュースをちびりちびりとすすった。
「ムカつく! 妹であるあなたが先生に私と結婚するように
すすめてくれるという約束はどうなったのよ!?」
声を荒らげ、こぶしでテーブルをたたいた
デュプレ嬢の方を他の客たちが振り返って、チラチラ見ていた。
「あら、何のことか覚えていないなあ。大体、兄は私の言いなりに
なるような人じゃないし、
あなただって、今日の馬車の揺れ方を見たでしょうに」
意地悪な妹はクスクス笑った。
「この噓つき女め! 私を裏切るならこの鳥の命はないよ!」
エレオノールはポケットからぐったりした
小鳥を取り出して今にも首をへし折りそうな勢いである。
「兄さんが可愛がっている鳥になんてことを!
いつの間にか籠の中から消えたから、てっきり逃げ出したと
思ってたのに、あんたが盗んだのね。
生き物を粗末にする女だと知ったら、兄さんは
あんたを未来永劫嫌うでしょう。今返せば
このことは兄さんに言わないであげるから」
シャルロットは前と同じく
考えていたので何としても鳥を取り戻したかった。しかも
鳥の中身は自分と同じ組織の一員なのだ。
「ダメ!」
二人の女はにらみ合いを続けていたが、
武装した覆面男の集団が突然、なだれ込んできたかと思うと、
「王殺しの過激派、モンターニュの親玉、ロベスピエールはどこだあ!
世の中を狂わせた諸悪の根源として、ぶっ殺してやる!」
と大地を震わせる、恐ろしい声で叫んだ。シャルロットは負けじと
「この女性は彼の婚約者だから聞いてごらん!」
と絶叫してエレオノールを指さし、すばやく鳥をひったくると
瞬間移動で姿を消した。
「おい女、おまえエレオノール・デュプレだろう?
噂ではあの男の内妻だそうだな。
ヤツがどこにいるのか、白状しろ!」
「キャアアア! 知らないってば!」
「どうやら痛い目にあいたいようだな!」
代償を払っている間にシャルロットは大急ぎで
兄のいる部屋に危険を知らせた。シャルロットと伴侶である大蛇が武装集団と
戦っている間に、サン・ジュストにお姫様抱っこされ、
マクシミリアン・ロベスピエールは裏口から脱出したのだった。
「わしと一緒にいると、君まで狙われてしまう!
一緒に行くのはやめにしよう」
女装姿でしょんぼりしている恋人(男)の耳元で、
天使はこんなことをささやいた。
「マクシム、君は今からおれの婚約者として
苦楽を共にしてほしい。危険な目にあわないよう人前では
偽名で呼ぶことにしよう。心配しなくて大丈夫、
君は小柄だから、かわいい女の子にしかみえないよ」
「かわいい? このわしが……?」
その後、馬車が次の宿場町に到着するまでずっと
マクシミリアンは天使に口づけを浴びせられ続けた。
警察が呼ばれ、襲撃者は一人残らず召し取られたが、
ならず者にさんざん脅され、怖い思いをした
エレオノール・デュプレは怒り心頭だった。
「あの女、許さない! あからさまに
あの二人をモデルにエロ小説を書いて
小遣い稼ぎをしているのを言いつけてやる!」
いつまでも兄弟の負担になりたくないシャルロットは
マクシミリアン・ロベスピエールとルイ・アントワーヌ・サン・ジュストの
恋物語(いわゆるナマモノ)を同人誌に執筆して腐女子相手に
売りさばいていたのである。
マクシミリアン・ロベスピエール重病のしらせは瞬く間に魔法通信で
パリに届き、代わりに派遣議員に任命された
ジョセフ・ル・バがその妻、エリーザベトを伴って出発した。
ロベスピエールとの一行と合流したル・バは
サン・ジュストを説得しようと試みた。
「ルイ、これからおれたちは規律のめちゃくちゃ乱れた
軍隊を立て直すという難しい任務を遂行しなきゃならないんだから
動けない病人なんて早く返しちまえよ」
「いやだ! マクシムと離れたくない!」
そんなわけでマクシミリアンは派遣議員サン・ジュストの
「婚約者アンリエット」として身長が同じくらいの
シャルロットの服を着せられライン川流域の戦地に同行することになった。
「おれの妹はこんなにブスであばた面じゃないぞ!
勝手に名前を使うな!」
ル・バは不機嫌であったが、マクシミリアンも負けてはいない。
「無礼者め、おまえの妹ではなく、わしの死んだ妹の名前を
借りているのだ!」
「おいジョセフ! マクシムをよくも侮辱したな!
これほど気品のある目鼻立ちをした、すばらしいお顔を
見てもそのよさが分からないのか!」
あばた面を見つめ、ル・バは葬式に出る人のような顔をして
下を向いていた。
「ああ、どうしてもっと慎重に刑罰を決めないのだろう。
本来の刑罰は営倉など細かく分かれているのに死刑一択とは……」
職務怠慢を咎められた兵士たちが銃殺される音を聞きながら
マクシミリアンはため息をついた。任地に到着して二日後、ライン軍の
風紀を取り締まるべく、サン・ジュストは軍法会議を開いて
見せしめに規律違反者に次々と厳しい罰を与えていた。
「兄さん、前世の過ちを繰り返さないためにも、
彼を遠ざけるべきよ」
シャルロットは大胆な賭けに出た。
「何だと! さてはおまえ、ルイに気があるからわしとの仲を
裂こうとしているのだろう! 8歳(正確には7歳半)も年下の
若者を誘惑しようとするなど、けしからん!
ルイが天使のように美しいからって……」
オーギュスタンはマクシミリアンを姉と仲違いさせようとして
でたらめを吹き込んでいたのである。
「は? 見当違いも甚だしい。天使君は客観的にみて美形じゃないよ。
兄さんとル・バ議員は彼に恋してるからそう見えるだけ」
「バカ者! 生意気言うならパリに帰しちまうぞ!」
激怒したマクシミリアンがこぶしを振り上げた時、
「喧嘩はやめて!」
と言いながら小鳥が割って入った。
先ほど妹に言われた一言に腹を立てたマクシミリアンだったが、
あることに気付いた途端、急に冷静になった。
「シャルロット、おまえには前世の記憶があるのか?」
三十路だが二十歳そこそこにしかみえない妹の
紫色の瞳がキラリと光った。
「ええ。でも何もかもすべて覚えているわけではないけど」
「もしかして……わしらが処刑された後、
おまえも殺されてしまったのか? おまえなら、
わしらの助命を願い出てくれただろうから」
それを聞いた妹は半ばあきれ顔で
いくら自分の血縁者だからといって、さんざん人の命を
奪ったあげく失脚した暴君への激しい憎悪に燃える
世間からの報復の対象にされてまで、かばうなどありえない。
おまえにそこまでする価値はないと言いたくてたまらないのを
グッとこらえて、こう言った。
「いいえ、監獄まで面会に行ったけど追い返されてしまったから
命乞いはしてないわ。名前を変えてしばらく隠れていたけど捕まって、
半月程拘束された後、親切な方々が私に住処を提供してくれたので、
何とか生き延びることができたわ。裏切り者たちが
兄さんとオーギュスタンに極悪非道な罪人の
烙印を押したせいで、私、ずいぶん肩身の狭い思いをしたのよ」
テルミドールの反動が起きた後、身寄りのない彼女はナポレオンから
与えられた年金を頼りに友人宅の狭くて質素な部屋で
人目を避けてひっそり暮らしたのだ。
「デムーランの夫人はダントン派として捕まった夫を救おうと
大胆な活動をして夫ともども処刑されたが、
わしらの助命を願い出てくれた者は誰もいなかったのか……」
思ったほど妹に愛されていないと知った兄は
動揺を悟られまいとしながらこう言った。
「そうか。わしが政治闘争に敗れたばかりに、おまえまで
巻き添えにしてすまなかったな。両親に続いてアンリエットを
失った時は打ちのめされたが、後でつらい思いをしなくて
済んだからかえって良かったのかもしれない。
おまえは強いから世間からの迫害にも屈しないで
立ち向かうに違いないが、か弱いアンリエットには
無理だろうから」
マクシミリアンは下の妹の顔を思い浮かべようとしたものの、
過ぎ去った長い年月は面影を記憶のかなたに押しやってしまい、
影絵のようなシルエットが浮かんできただけだった。
「うおおおおお! 愛する妹の顔を忘れるなんて!」
錯乱したマクシミリアンは壁にかかった鏡を覗き込んだ途端に
歯をむき出してニカッと笑った。
「おお、ここにいたのか! しかも大人になって。
いつでも会えるな!」
女装した自分の顔をうっとりして見つめる兄の姿を
見つめる妹の目には軽蔑の色が浮かんでいた。
「ムカつく! 私ならどんな目にあってもいいと
言わんばかりじゃないの!」
憤然として妹は外に出ていったことに気づかずに
マクシミリアンはこう尋ねた。
「なあシャルロットや、わしらを陥れた連中の名をなぜか思い出せない
のだが、教えてくれないかね?」
傲慢で堕天使そのものであるサン・ジュストは
ライン軍の兵士たちに強権を振るう一方で、装備が不十分な
彼らに対し、たった一晩で富裕層から徴収した一万着ものシャツや靴を
与えるという恩恵を施してもいた。職務怠慢を咎められた者は
「無能」と断定され、即刻銃殺刑に処されたが、若きオッシュや
ピシュグリュのように働きぶりが認められ、
優秀であるとみなされれば出世への道が開けた。
ある日、休憩時間に銃の手入れをしながら
フランス共和国の兵士たちが談笑していた。
「あの議員、若いのに仕事ができるな。やっと裸足で
歩かなくてすむ」
「すぐ処刑、処刑って怖いヤツだけど、顔はかわいいよな」
「うん。たまに女の子にみえる時があるぜ、ウシシシ」
髭面の男が歯をむき出して下卑た笑い声をあげた。
男性だらけの軍隊では中性的な容姿の男はモテるのである。
「なあ、議員殿はパリから連れて来た婚約者にべたぼれらしいけど、
よっぽど美女なのかね?」
ニキビ面の兵士が何気なく放った一言に
「おれも気になる」
と答えたのはピシュグリュであった。
「ひえええ! 将軍閣下、無駄口叩いてすみません!」
「そう思うなら、おまえらの目でどんな女か確かめてこい。
あの頃のサン・ジュスト様は度々おれのことを寝所に
呼んでくれたのに、今では見向きもしてくれないのだ」
ピシュグリュは前世と同じく完全にサン・ジュストの言いなりで
腰巾着と化していたが、大きく違っているのは
肉体関係を結んでいないことだった。
毎晩、悶々としながらお呼びがかかるのを待っている
将軍は体を洗うため、出ていった。
「あんなむさいオッサンが議員殿の愛人(男)だって?
あの頃って一体いつのことだ? もしかして将軍は
あの議員と前からの知り合いだったのか?」
「さあ。欲求不満の末に出た妄想だろ」
「それはそうと、若くてかわいい女の子をのぞき見する
許可が下りるなんて、めったにないことだぜ。誰が行く?」
夕闇にまぎれ、二人の兵士が任務遂行を口実に議員の宿舎に向かった。
ほどなくしてシャルロット・ロベスピエールがこわもてな軍人どもに
囲まれて、しつこく誘いをかけられてウンザリしているところに
出くわした。
「あの黒髪の娘か? 結構、美人だな。モテモテじゃないか」
「いや、あの娘は婚約者じゃなくて、病弱な姉に付き添ってきた妹」
「ふうん。姉妹ならきっと似てるでしょ。噂だとすごく
華奢な体つきの女で、嫉妬深い議員が他の男に見せまいとして
ベールをかぶらせて彼女の顔を隠しているらしい」
「わお! ますます気になってきた」
いやらしい男たちは期待に胸を膨らませて
宿舎の天井裏に忍び込んだ。侵入者たちが下を見ると、
あばた面を気にしておしろいを塗りたくる
マクシミリアンをサン・ジュストが後ろから
抱きしめているところだった。
「マク……じゃなかったアンリエット、君は
お化粧なんてしなくても十分かわいいよ」
「うそだ。わしは醜い。からかうのはやめてくれ」
「信じられないの? どんなに愛されてるか、
体で分からせてあげる」
若き議員は恋人の体を服の上から隅々まで愛撫し、
膝に座らせてバックから挿入した。腰の動きが激しさを
増すにつれ、マクシミリアンのはいている
スカートが大きくめくれ、あるはずのないモノが
姿を現したので男たちは仰天した。
「ウッソ、男だったじゃん! 将軍になんて報告しようか」
「あっ、顔が見えそうだ!」
肉体の快楽にうっとりしたマクシミリアンが
頭を後ろにそらしてのけぞった途端に、
目鼻がガチャガチャしたあばた面があらわになった。
「うわあ、議員殿はブス好きなのかな?」
「世の中には色々な趣味の人がいるんだね」
さんざん悩んだ末に結局、兵士たちは
見たままの事実をピシュグリュに報告した。
「何、本当か!?絶世の美女なら、身を引くと決めていたが、
それほどの醜男を連れ込んでいると
知ったからには手加減しないぞ!」
その後、やる気満々になったピシュグリュは女装姿で
夜這いをかけ、半殺しの目にあうことになるのである。
「ったく、気色悪い。夕べはひどい目にあったよ。
ピシュグリュの変態野郎め、ちょっと褒めてやった
だけで変な勘違いしやがって。使える奴だから
殺すのは何とか思いとどまって、逆さづりにしてやったけど。
おいマクシム、聞いているのか?」
サン・ジュストはねばねばした唾液で汚れた顔をぬぐいながら、
黙々とレース編みを続ける恋人(男)に話しかけたが返事はなかった。
「一体、何をそんなに必死で編んでいるんだ?」
「カミーユの赤ちゃんに靴下を編んでいるんだ」
嫉妬深い天使はレース編みをひったくると床に叩き付けた。
「わかったぞ! デムーランが宿しているのは君の子供だな!」
悪鬼のような形相の恋人(男)に詰め寄られたマクシミリアンは
「一度寝ただけだから少ないが可能性はあるな」
と答えてからかった。いつも浮気されている側だったので
たまには嫉妬させてみたかったのだ。
「浮気した罰にここをかみ切ってやる!」
「あああ、やめてえ!」
「他の男と遊べないように足腰が立たなくなるまでいじめてやる」
あわれな小男はたちまち服をはぎ取られ、むき出しになったソーセージに
歯をあてられ脅された。そして一晩中、強く吸い付かれ、
搾り取られる憂き目にあったのである。
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