第37話 童貞は裸エプロン姿で敵陣にポイ捨てされる

 外まで響く喘ぎ声を聞きつけたシャルロットが

パリでしていたようにのぞいてみると、

女装姿の兄が恋人(男)のサン・ジュストに押し倒されて

問い詰められているところだった。


「さあ、白状しろ。君とデムーランは幼なじみだ。

 学校の尞にいた頃から、ベッドに連れ込んで、

 今おれたちがしているようなことをしていたんだろう?」

 赤みがかった茶色い髪を振り乱し、頬を上気させた

天使サン・ジュストの顔はどこか色っぽくみえたので、

マクシミリアンは顔を赤らめて目をそらした。


「まさか。わしは親を亡くした苦学生だったから、恋愛どころじゃなくて

 カミーユへの想いを胸に秘めて勉学に励むしかなかったんだ……。

 それに君と出会う前のことだから浮気じゃないよ」


「何!? 今まであの男を長年ずっと思い続けてやっと成就

 したというのか!? 焼け木杭に火がついた方がまだましだ!

 おれの知らない子供の頃の君のことをあいつが

 知っているのが許せないんだ!」

 激しやすい天使は小男の貧相な胸に顔を埋め、シクシク泣いていた。

目を合わせてくれない相手の態度が隠し事を

されているという疑念を余計に深めた。今は自分が

一番愛されていると知ってはいたが、幼い頃の恋人(男)が

違う男に胸をときめかせているイメージが脳裏にちらついて

嫉妬を抑えきれなくなってしまったのである。

 籠の中で小鳥は


「まったく、よく泣く男だな」

とあきれていた。


「落ち着け。意外とヤキモチ焼きなんだな。

 もっと早く出会いたかったのはわしも同じ気持ちだ。わしは初めて

 君を見た瞬間、カミーユのことなんて頭から吹き飛ん……ンンッ!?」

 突然の口づけで童貞眼鏡マクシミリアンの言葉は遮られた。

どうにかして自分の愛情の強さを知らせようと

マクシミリアンが相手の唇に舌を差し込んだ瞬間、

チクッと針で刺すような鋭い痛みが走った。


「イタタ……」

 

「噓がつけないように歯でかじっちゃった。さあ、マクシム、

 覚悟しろ。あんな野郎との思い出など、おれのテクで

 全部忘れさせてやる!」

 中性的な見た目とは裏腹に気の荒い天使は、

怖くなって後ずさりしている童貞眼鏡マクシミリアン

小柄な体を抑えつけると、脚を無理やり開かせた。その後、

まるでいたぶるような、あまりに激しすぎる愛撫が延々と続いて

頭の中が真っ白になったマクシミリアンはよだれをたらし、

甘えたような声で喘ぎ続けた。


「兄さんったら、ニヤニヤしちゃってなんだか嬉しそう。

 どう見ても苦しそうなのにどこかうれしそうなのは気のせいかしら。

 天使が焼くほど童貞眼鏡、モテもせず、なんちゃて」

 さんざん体内にエキスを放った後で、征服欲を満たし

平静を取り戻した天使は目を輝かせてこう尋ねた。

「ねえマクシム、そこに脱いである服って妹さんのお下がり?」


「いや、旅行用にあつらえた新品を譲ってくれたんだ。

 一度も袖を通したことはないと言ってたぞ。どうしたんだ?

 面白くなさそうな顔をして」


「じゃあ、これ着てみてくれる? わあ、かわいい!

 とっても似合うよ」


 裸の身体にフリフリの白いエプロンを着せられ、

キョトンとして首をかしげるマクシミリアンのほおに

天使は音を立ててチュッと口づけした。それを見た

シャルロットは思わず悲鳴をあげそうになった。


「ああっ! あれは昨日から行方不明だった

 私のエプロンじゃないの! 気色悪い! 頭がおかしい!」


「なんてエロいの。またしたくなってきた」

 童貞眼鏡の裸エプロン姿を見て欲情した天使は

ゼエハア言いながら興奮しだした。


「うわああ、さっきあんなにヤリまくったのに、まだ

 足りないのか!?」

 ぎょっとした童貞眼鏡が逃げようとした時にはもう遅かった。

からまりあう男たちの脚の間に挟まれ、もみくちゃにされた

エプロンはどんどん汚れていったのだった。



 その頃、パリの公安委員会ではダントンが過激派たちに

取り囲まれ、脅されていた。前世でテルミドリアンと呼ばれた

メンバーと共通した顔ぶれがそろっている。背後には武器を手にした

サン・キュロット(有産階級ブルジョワジーでない一般の労働者)

らがずらりと勢ぞろいして威嚇しているのでダントンは

生きた心地がしなかった。俳優あがりのコロー・デルボアや

ビヨ・ヴァレンヌらがにじり寄って次々に政策への非難を口にした。


「物価の上昇をなんとかしろ! パンや諸々の品物の

 最高価格を設定するんだ」


「おい、おまえは寛容すぎる! 外国との戦争に勝つためにも、

 国内の敵を徹底的に叩いて全滅させるのだ!

 基本的に贅沢好きで快楽主義なあんたからは

 貧富の差をどうにかしようという熱意がみえない。

 まさか隠れジロンド派じゃないよな? 妙にやつらに甘かったし」


「即刻、恐怖政治を開始して、反革命分子を

 血祭りにあげなければ、横領罪で告訴してやる!

 二億リーブルも使途不明金を出しやがって、

 一体何に使ったんだ?」

 「横領罪」という言葉にダントンはぎくりとして、

とっさにこう叫んだ。


「金を盗ったのはわしじゃない! 証拠の書類は

 ロベスピエールがサン・ジュストに命じて

 偽造させたでっち上げだ! あの二人がいない間に周辺を

 徹底的に調べろ!」


 不眠症気味のマクシミリアンは恋人(男)の

ルイ・アントワーヌ・サン・ジュストの腕に頭を乗せた

状態で、ブツブツ言いながら考え込んでいた。


「幸せだ。だがわしは本当にこのままでいいのだろうか?

 一刻も早くパリに戻って革命家としての活動に

 身を投じるべきなのでは?」

 横で眠っていたはずの天使サン・ジュストがパチリと目を開けてこう言った。


「マクシム、帰るなんて許さないよ。長い休みを取るのを

 前倒ししたつもりで、もう少し一緒にいようよ」

 今度の人生もどうせ処刑されて終わるなら、好きな男の

そばにいたいと考えていたのだ。籠の中から見ていた小鳥は


「相変わらずラブラブでいいですねえ。腕枕して寝るのも、

 もはや見慣れた光景になりつつあるけど、

 ネグリジェまで着なくていいのに」

と心の中でツッコミを入れた。


 男二人が新婚気分で暮らしている部屋の中は

マクシミリアンお手製のレース編みの装飾で

飾り付けられ甘い雰囲気で満ち満ちて愛の巣と化していた。

だが、外国との戦争の最中に軍隊の指揮を執るため

ライン軍に派遣されてきたサン・ジュストは多忙で

一日のうち、マクシミリアンと過ごせる時間はそれほど長くなかった。


「あー、忙しい。もっとマクシムと一緒にいたいのに、

 朝から晩まで陣地の見回りや軍人どもに指図しなきゃならない。

 かと言って君を人前に出したらまた暗殺者が来るかも……」

 いまや若奥様になりきっているマクシミリアンは戸口で

グズグズしている天使のほっぺたにチュッと音を立ててキスすると、


「あなた、行ってらっしゃい」

と言いながら手を振って送り出した。


「行ってきまーす! マクシム、愛してるよーっ!」

 名残惜しそうに何度も振り返りながら、天使は

渋々歩き出した。この色ボケ同僚を迎えにきた

フィリップ・ジョセフ・ル・バは歯がみして悔しがった。


「いまいましい童貞眼鏡め、そうやっておれのルイを独り占めして

 いちゃついていられるのも今のうちだぞ! そうだ、

 いいこと思いついた!」



 一人きりになったマクシミリアンは窓辺でレース編みをしながら

ウトウトしていた。編み物に熱中しすぎて相手にしないと

天使がすねるので、留守の間にデムーランへの贈り物である

赤ちゃん用の帽子を大急ぎで完成させようとしたのである。


「ルイ・アントワーヌ、わしだけの天使……グフフフ。もっと

 もっと、乱れておくれ」

 窓の外から聞こえてくる悲し気な鳥の声が

童貞眼鏡マクシミリアンを淫夢の中から呼び戻した。


「鳥さん、どこにいるのかい? 怪我したのかね?」

 鳥好きな小男は木陰にうずくまっている大きな鳥に

駆け寄ったが、恩知らずな鳥はいきなり襲い掛かってきた。


「わしをどこに連れて行く気か!? ギャー、

 空を飛んでる! なぜ、こんな真似をするのだ?」

 軍に飼いならされた魔獣である鳥は獲物マクシミリアン

くわえて空にふわりと舞い上がると、敵である

オーストリア軍の陣地に投げ落とし、


「おれは君の愛する天使、ルイ・アントワーヌ君に

 命令されただけだからね!」

と絶叫して飛び去った。疑問に思う間もなくすぐに

マクシミリアンは武装した敵兵たちに取り囲まれてしまった。


「何者だ、こいつは! 変質者を装った敵のスパイか?」


「違う! ルイはわしをかわいいと言ってくれたぞ!」


「気色悪いからとっとと、撃て!」


 女装姿で空から落ちてきた小男は敵兵から銃口を一斉に向けられ、

絶体絶命の危機に陥った。



 予定より早く仕事を終えて恋人(男)のもとに帰ろうと

支度していた天使に


「忙しいところ悪いけど、少し相談に乗ってくれないかしら?」

と声をかけてきたのはル・バの妻、エリーザベトであった。


「マダム、おれにできることなら何なりと」


 するとうら若き人妻は

「私、あなたに恋をしてしまったの」

と告白したので天使は面食らった。

二十歳の女に告白されれば悪い気はしないが、

困難な任務を遂行するために協力し合わなければならない

親友兼同僚ル・バと衝突するのは避けたいところである。


「ええっ!? でも親友のジョセフを裏切るわけには……。

 マダム、今のは聞かなかったことにします」

 部屋に戻ると、いつも迎えに来るマクシムの姿はなく、

ベッドの中に膨らみがみえた。


「マクシム、具合が悪いのか? お帰りのチューも

 してくれないなんて」

 心配して近づいた天使の首にたくましい腕が絡みつき、

そのまま布団の中に引きずり込まれた。


「ジョセフ! マクシムをどこにやった!?」

 顔や首筋に唇を押し当てられ、もがきながらも

まんざらでもなさそうな表情の天使は一応尋ねた。


「さあな。先にパリに帰るという置手紙が残っていたぞ。

 おい、エリーザベト! おまえもこっちにおいで」

 シュミーズ姿で現れた人妻は天使に抱き着いた。


「私、前世からずっとあなたを思い続けてきたのよ」


「おれも妻と同意見だ。三人でヤリまくろう」

 ル・バの前では女になってしまう天使は成り行きにまかせて

挿入され、ぬちゃぬちゃといやらしい音が響いた。

いつもはマクシミリアンを攻める武器ソーセージ

人妻が一心不乱にしゃぶりついている。


「ああ、おれって意外とモテる!? おれを捨てた

 ルイーズ・ジュレに見せてやりたいぜ!」

 不埒な天使はこの状況を楽しんでいたが、突然、

ドアがバンと音を立てて勢いよく開いて、血まみれの男が姿を現した。


「ルイ・アントワーヌ! よくもわしを敵陣にポイ捨てしたな!

 自分が浮気を楽しむためにわしが邪魔になったんだろう!」


 マクシミリアンは目をカッと見開き、口角泡を飛ばして

不実な恋人(男)に対して怒りをあらわにした。あまりの剣幕に

動揺したルイ・アントワーヌ・サン・ジュストはあわてて

フィリップ・ジョセフ・ル・バを押しのけようとしたが、

押し倒され、ますます激しく攻められるという結果を招いた。


「何があったか知らないが誤解しないでくれ!

 おれは浮気者だが君を裏切って殺すなどありえない!

 ジョセフ、離してくれ! マクシムが怪我して

 ……アアン、もう許してぇ」

 童貞眼鏡マクシミリアンは目の前で他の男に

抱かれながら乱れる天使サン・ジュストをねめつけ、


「これはおれの血ではない! こいつらのだ!」

と絶叫しながら背負っていた袋を床に叩き付けた。

するとその中から敵兵の生首がゴロゴロと転がり出て

部屋中に散らばった。ル・バとその妻、エリーザベトは

恐怖に駆られて悲鳴をあげ、そのすきに逃げ出した

天使の首にマクシミリアンは大きな鎌と化した

自分の腕を突き付けながら、ニヤリと笑った。


「どうだね、戦場でのわしの働きぶりは? 

 重すぎてこれしか運べなかったが、実際は

 もっと多いのだぞ。わしだけを愛してくれない

 ならば、おまえのこともいっそ……」

 ギロチンそのものと化した小男の脅しに

天使は平然としてこう言い放った。


「好きにしろ。おれの命は君のものだ。

 どうせ前にも経験したことだし、この世に長居する

 つもりはない」

 しばらくにらみ合いが続いたが、天使の首筋に

傷がつき、凶器が一滴の血に濡らされた瞬間、

それは突如人間の腕に戻った。童貞眼鏡の目から狂気の光が消え、

熱い涙が滝のようにあふれ出てきた。


「わあああ! わしはルイを傷つけてしまった!」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を

見られまいと背を向けて立ち去ろうとした

マクシミリアンを天使は背後から抱きしめた。


「今は無理でも、いつかその手で

 おれを殺してくれ。愛してるよ、マクシム」

 その直後、口づけをしようと顔を近づけてきた

恋人(男)を突き飛ばし、童貞は死に物狂いで外に飛び出した。


「マクシム、行かないでくれ! 許してくれなくてもいいから、

 おれを捨てないで!」

 天使の悲しげな声にマクシミリアンの心は

痛んだが、振り向きもせず魔法で姿を消す方を選んだ。

もはや吐き気に耐えられなくなった童貞は

小さな身体を折り曲げ、川の水を大いに汚した。

その水は飲み水でもあり、洗濯にも使われていたが

今はそんなことに頭が回らなかったのだ。追いかけてきた

小鳥を頭に載せて苦痛を取り除いてもらった後で、

童貞は妹の部屋に行ってこう告げた。


「シャルロット、パリに戻るぞ。支度しろ」



「議員殿、報告があります! 夕べ、正体不明の醜悪な魔物が

 敵の陣営を襲撃し、壊滅的な打撃を与えたとの情報が……」

 髪は乱れ、泣き腫らしたうつろな目をした天使は司令官

シャルル・ピシュグリュ将軍を怒鳴りつけた。


「醜悪な魔物だと!? おれの最愛の婚約者を

 侮辱するなら、貴様は死を免れないぞ」


 土下座しながら将軍は混乱していた。

「ええっ!? 戦闘力半端ないにもほどがある!

 あの小さいオッサンの正体はバケモノだったのか!」

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