第23話 暴走腐女子、歴史改悪をたくらむ
暗殺未遂事件からほどなくして議会で山岳派政権が成立したが
マクシミリアン・ロベスピエールの派閥はダントン率いる
議員らに押され気味で公安委員会内で権力を握ることができずにいた。そして
とうとうジョルジュ・ダントンが革命政府の最高権力者の座を手にしたのだった。
「あーあ、前の人生と違って自分の思い通りにならないからって、
現実逃避して男とエロいことばっかりしてる兄さんのバカ! それにしても
サン・ジュストの野郎、許せない! 夜な夜な兄さんに女装させて変態プレイを
ヤリまくるようそそのかすなんて! 偉大な政治家である
兄さんの評判に傷をつけ、陥れようと企んでいるに違いない。
なんとしても兄さんを正気に帰らせ、邪悪な
追放してみせる!」
誰もいない部屋で拳を振り回し、ゴリラのように
鼻の穴を膨らませて意気込むオーギュスタン・ロベスピエールの
背後でケタケタ笑う声がした。
「いーけないんだ、兄貴を独り占めするために
彼氏と別れさせようとするなんて嫉妬深い弟だな!」
籠の鳥にからかわれ、かっとなったオーギュスタンは
むきになって言い返した。
「べ、べつにヤキモチやいてるわけじゃないんだぞ。血を分けた兄弟が
再び破滅への道を突き進むのが嫌で止めようとしてるだけなんだ!
これは全部、兄さんを思ってのことだから絶対、告げ口するなよ!」
ブラコンな弟はうしろめたさで顔が真っ赤であった。
「あの鳥、正体は魔物かなにかかもしれん。それより、兄さんに執心している
デュプレ嬢は
余った腐ったどうしでくっついてくれないかなあ」
例の事件でサン・ジュストに侮辱されて錯乱したエレオノーレ・デュプレが
くずかごに捨てたスケッチブックをオーギュスタンは開いてめくってみた。
ほとんどのページがマクシミリアンの肖像画で埋め尽くされていたが、
サン・ジュストが血まみれで木につるされている絵や
火あぶりにされたり、猛獣に食われている絵が
リアルな描写で何枚も描かれているのを見つけ、げんなりしてため息をついた。
「ダメだ、ダメだ! あの二人がくっつくなんてありえない!
激しい憎しみが伝わってくる。それにしても恐ろしく絵がうまいのに
才能を無駄にするとはけしからん」
ちょうどその時、緑の襟巻を巻いたサン・ジュストがデュプレ家に現れた。
よく見ると、それは姉のシャルロットの蛇だったのでオーギュスタンは
度肝を抜かれた。シャルロットと
談笑しているのをオーギュスタンは部屋の中に隠れて盗み聞きしていた。
「先日お借りしたものを返しにきました。ありがとうございます。
これからあなたをお姉さまと呼んでもよろしいでしょうか?」
「いいわよ、わたしもあなたのこと、二番目の弟のように思っているからね。
兄さんは留守だけど待ってる? あら、お花をもってきてくれたの、
ありがとう。兄さんもきっと喜ぶわ」
相手が頬を赤らめて何か言いたそうにしているのを無視してシャルロットは
花束を受け取った。オーギュスタンは口笛を吹きたいのをこらえていた。
「姉さん、意外とモテるんだな。うまくいったら目障りな姉さんを
あの若造に押しつけてやれるかも」
シャルロットは三十歳をとうに過ぎていたがリリーに
憑依されてからは未来の美容技術で実年齢より十歳以上
若く見えるようになっていた。
「うかつだったわ。蛇を貸しただけで好感度が上がるなんて!
本命のルイーズ・ジュレとよりを戻すまでのつなぎにされるのはごめんだわ。
どうせならエリーザベト・ル・バとくっついてくれればいいのに」
ダントンが政権を握ってから囚人をすし詰めにした
馬車が処刑場に向かうのを度々目撃したデムーランは抗議の声をあげた。
「ダントン先生、ロベスピエールのようにはならないって、
あれほど誓ったのをお忘れですか?」
もっと立派な人物だと思っていたのにがっかりしたと言いたげな顔つきの
デムーランに向かってダントンはこう言った。
「何を言ってる。あれは皆、革命の敵だぞ。あの童貞眼鏡の行った虐殺
と一緒にするな。これは必要悪なんだ」
椅子にふんぞり返って国庫から横領した札束を数える大男の姿に
失望したデムーランは執務室の窓から外を見て仰天した。
「今、外を赤い服の男がうろついているのが見えました。不吉な予兆です」
「落ち着け、あれは女じゃないか。心配いらんよ。ド派手な衣装で
目立とうとしている娼婦か何かだろう。だがそろそろ
連中を排除する時期が来たようだな」
チュイルリー宮殿に潜んでいる亡霊だとされる
「赤い服の男」の出現は大きな政変などが起きる前触れであるといわれる。
平静を装いつつもダントンは少なからず動揺していたのである。
同じ頃、マクシミリアンは妹に重大な告白をしていた。
「実はわしは一回処刑台で死んでいて、赤毛に赤い服の女から強大な力を授かり
よみがえったのだ。今は二度目の人生を生きているのだが
夕べ夢に彼女が現れて、やがてこの国に独裁者が
皇帝として君臨するとお告げがあったのだ。わしは一体、
どうすればいいのだ」
シャルロットはニヤリと笑ってこう言った。
「そうね、心配いらないわ。どうしても避けられない
未来でも少し書き換えることはできるじゃない?」
「それはどういう意味だ?」
「つまりお兄様が皇帝になればいいのよ。理想的な徳の帝国を作りましょう」
「何だって!?」
兄が妹に詰め寄ろうとしたその時、ドアをけ破って
捕吏がなだれ込んできた。
「マクシミリアン・ロベスピエールだな。反革命の容疑で連行する」
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