第24話 失脚処刑前倒しの危機

「あれ? 誰もいないぞ。たしかに声が聞こえてきたのにおかしいな。

 マクシミリアン・ロベスピエールめ、三十路童貞まほうつかいならではの逃げ足の速さだな!?」


「こらーっ! 隠れても無駄だぞ、潔く出てこい!」


 ロベスピエール兄妹は間一髪で逃げ出したはいいものの、

男どもが獲物を取り逃がした腹いせに家具をなぎ倒し、

室内を捜索ついでに荒らしまわる物音を聞きながら、

デュプレ家の天井裏に身を潜めて息を殺しているしかなかった。


「すまんな、魔力不足でさえなければ、どこか遠くの

 安全な場所に瞬間移動できたのに。まさか連中の真上に

 しか飛べないなんて、我ながら情けない」


「いいのよ。このまま静かに嵐が過ぎ去るのを待ちましょう」

 

 兄と妹は手に指で文字を書いて声を出さずに言葉を交わした。

一見、平静を保っているようにみえるシャルロットの心は

内心焦りと混乱で揺れ動いていた。


「とうとうこの日がやってきた! 革命政府の最高権力者になったダントンが

 兄さんに復讐しにきたに違いない。ダントンたちと立場が完全に逆転した

 兄さんが今、処刑されてしまったらどうなるのだろう?

 妹である私は一体どうすればいいの……」

 リリーは監視対象であるマクシミリアンを実の兄であると

みなしていることに気付いてぎくりとした。


「私としたことが、憑依者として主導権を握れず

 童貞眼鏡マクシミリアンの妹になりすぎて

 元の自分が誰だか危うく忘れるところだった。

 宿主のシャルロットの自我が予想以上に強すぎて、彼女の精神こころ

 どうしても完全に封じ込めることができないなんて

 思ってもみなかった。さっさとこの男を突き出してこの時代から撤収したい」

 エプロンのポケットからノートに見せかけた

魔道具を取り出して、所属する未来の組織にお伺いを立てた結果、

ものの数秒で叩きだされた回答に彼女は愕然とした。


「うそっ! ここで投げだしたら、ナポレオンの登場が数年前倒しされ、

 侵略戦争が長引いて未来世界により悪い結果をもたらすだなんて信じられない。

 虐殺者を倒しても新たに同類が出現するだけなので、決して

 早まってはいけない。未来が悪い方に激変さえしなければ、

 元の歴史から多少脱線しても承認するので途中棄権だけはするなって……」

 

「こんな時に一体、何を読んでいるんだ?」

 マクシミリアンがノートをのぞき込もうとした時、

下でひときわ大きな物音が響いた。


「畜生、無駄足だったか。命拾いしやがったな、童貞眼鏡め!」

男どもが腹いせに窓際にぶら下がっていた鳥かごを床に叩き付け、

中にいる小鳥を剣で突き刺そうとしたのである。鳥好きな童貞眼鏡は


「やめろ! ピーちゃんをいじめるな!」

と叫んで思わず天井裏から飛び出して、無様に

床に叩き付けられた。


「何だ、おれたちの真上にいたのか。ホコリまみれでみっともないな」


 痛さのあまり口もきけない童貞眼鏡が銃口を向けられ絶体絶命の危機に

陥った次の瞬間、上から降ってきた黒い影が目にもとまらぬ速さで

体当たりしてきたので手元が狂って弾は仲間にあたってしまった。


「ちくしょう、油断した!」


「バケモノ女め、処刑してやる!」

 シャルロットを捕らえようとした男どもは

殴られ蹴られ投げ飛ばされたあげく、

巨大な蛇に締め上げられて骨を折られた。

彼女はそのうちの2,3人の顔を見て、エレオノーレ・デュプレ救出作戦の

時に地下で格闘した相手であると思いだしたが気づかないふりをした。


「隠れていないで最初からやっつけてくれればよかったのに!」

と叫ぶマクシミリアンにシャルロットは


「兄さんが後先考えずに飛び出すからいけないんでしょ。

 私に戦闘能力があることが知れ渡ると色々都合が悪いから

 できるだけ人前で戦わないようにしてるの。予備知識があれば

 敵も予め対策を講じてくるでしょうから」

と言い訳した。すると足元に倒れている男が


「童貞だなんて噓つき! 彼女いたじゃんか!」

と絶叫したかと思うと、シャルロットにニヤリと笑いかけながら


「嬢ちゃんは強いな。そんなつまらない男裏切っておれの女にならないか。

 さもなければ散々利用されて用済みになったら処刑されるだろうよ」

と話しかけた。


「はあ? キモいこと言わないで。それになにか勘違いしている

 ようだけど、私、この人の愛人じゃないんだけど」

 気の強い妹は逆に喜ばせてしまうことに

気づかずに相手を軽く踏みつけた。


「厚かましい男だな、おまえは失格だ。

 愛する妹よ、一生わしのそばに置いて面倒をみてやるからな!」

 童貞眼鏡の宣言に妹はげんなりしてため息をついたのだった。



 その頃、恐怖政治の大天使の異名をもつルイ・アントワーヌ・

サン・ジュストはワインを飲んでぐでんぐでんに

酔っ払った状態でパリの広場で演説をしていた。


「この国が乱れているのは反革命分子の陰謀のせいだ!

 すべての貴族や僧侶、外国人どもから特権を剝奪し、奴らの足に鉄球をくくりつけ、

 道路で石割りの苦役を課し、ガレー船送りにしてやるまでは

 我々の戦いは終わらない!」

 ある意味、「パンが無ければお菓子を食べれば?」に匹敵するほど、

炎上必至の過激な内容にドン引きしている聴衆をかき分けて

覆面の人物が数人現れ、酔っぱらった天使に詰め寄った。


「君の今は亡きお父上はシュヴァリエ(一代限りの最下級の爵位)だったね?

 それでは貴族の端くれの二世である君が手本を見せてくれ」


「離せ! おれは貴族じゃないってのに! うちの親父は軍人として名をあげた後で

 爵位を金で買っただけの元百姓なのに言いがかりもいいところだ!

 祖父の代には小作農だったんだぞ! 汚い手でさわるなっての!」

 一周目の人生で、爵位を金で買おうとしたことのある富豪を

反革命分子とみなして投獄したことなどすっかり忘れている

天使は必死で言い逃れしたものの、

容赦なく演壇から引きずり降ろされた。


「小僧、ジタバタ暴れるな! おまえの大好きな童貞眼鏡に

 貴様の恥ずかしい姿を見せて失望させてやるのだ!」

 上半身裸にされ、足に鉄球をくくりつけられた

みじめな姿のアル中天使様がめそめそ泣きながら

ギロチンのすぐそばで穴掘りをさせられ

笑い者にされているという衝撃的な光景を

目の当たりにしたロベスピエール兄妹は絶句した。


「ルイ! 今、助けに……」

 駆け寄ろうとしたマクシミリアンの前に覆面の集団が立ちはだかった。


「生意気で汚れた天使め、自分を埋める墓穴を掘るとは愚か者にふさわしい末路だ。

 山岳派モンターニュどもよ、おまえらはもうおしまいだ。

 我々の手で処刑されるがいい。おお自由よ、

 汝の名の下に正義の裁きと速やかな復讐を!」

 ロラン夫人が仮面を脱ぎ捨てたのを合図にジロンド派の残党と山岳派が

率いる国民衛兵の部隊との間に激しい戦闘が開始された。

その様子をギロチンのてっぺんに腰掛けて、赤い服の少女が

無表情に眺めていたのだった。

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