第25話 処刑台の上の悦楽
故郷のジロンド県に帰って反乱を起こすよりも
パリに潜伏して政権奪還のチャンスを待つこと
を選んだ元議員らは地下のアジトで魔獣を駆使して戦闘訓練を
積んでおり、たちまち国民衛兵は押され気味になった。
異形の魔獣が人間の骨をバリバリと嚙み砕く音がそこかしこで響いて
まさに地獄絵図であった。
「皆さん、背水の陣に臨む覚悟で戦うのです。そして
黙らせるべく、革命戦争で祖国のために血を流しましょう!」
ロラン夫人は味方を鼓舞するつもりで失脚の原因となった
好戦的な主張をがなり立てた。
「マジかよ! ここで勝っても戦地に送られるってよ!」
「忠誠を尽くしても全然得しないな!」
演説は逆効果で兵士たちの士気をそいでしまい、一部の者は
飼いならした魔獣に乗って、外国に亡命すべく飛び去った。
戦いが長引くにつれ、潜伏生活の疲労がたまっていた元議員らの動きは鈍くなり、
スキを突かれて魔獣の背から引きずり落とされて
次々と戦死した。国民衛兵の逆転勝利が目前に迫る中、
部下たちに早く逃げるようすすめられた夫人は落ち着き払ってこう言った。
「まだ勝ち目はあるわ。こっちには人質がいるじゃないの。
あなたたち、彼をあそこに縛り付けて」
マクシミリアン・ロベスピエールは数人の衛兵に護衛され、
離れたところで強力な結界の中で戦況を見守っていたが、
サン・ジュストがうつ伏せに寝かされ、ギロチンの跳ね板に
縛り付けられているのを見たとたん、居ても立っても居られなくなった。
「議員殿、お戻りください! 危険です!」
「邪魔しないでくれ! わしは愛する
マクシミリアンが助けに来るだろうと確信していた天使は
「アデュー(永遠にさよなら)!」
と良く通る声で叫んだ。
その瞬間、童貞眼鏡の貧相な体が光に包まれ、全身がトゲに覆われた
人間ギロチンに変化したかと思うと、大きな鎌と化した腕で
敵兵や魔獣たちの頭を麦の穂を刈り取るかのように跳ね飛ばし始めた。
「おお、人の首が瓦のように落ちていく、なんちゃって」
「それはフーキエ・タンヴィルのセリフのパクリですか?
あの残酷な
みなしているのでしょう。そう遠くないうちに我々にも
あの刃を向けてくるでしょうね」
気球に乗って高みの見物をしていたダントンと
デムーランは宿敵、ロベスピエールの強さを目の当たりにし。
苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていた。
「まあなんて、みっともないバケモノなのかしら。
ごらんなさい、あの醜悪な姿を」
鬼神のごとく敵をバッタバッタなぎ倒すマクシミリアンの姿を見た
ロラン夫人は顔をしかめて目を背けると、傍らに
護衛として控えているシャルロット・コルデーに
何事か命令した。すると彼女は処刑台の階段を一気に駆け上がり、
跳ね板の上で死んだように横たわっている
若者の麦わら色の巻き毛にハサミを入れてザクザク切り落とした。
「やめろ! それ以上ルイ・アントワーヌを傷つけるな!」
「
どうなってもいいのかな? 大人しくしてないと
即刻ギロチンの刃が落ちるよ」
恋人(男)を失いたくない童貞眼鏡はやむなく動きを止めた。
「あんた、マクシムの元カノじゃないか!
おれを殺してもおまえに勝ち目はないぞ!
それにこんなのおかしいぞ!
おれのお腹には子供がいるから半年間、
死刑執行が猶予されるはずなのに……」
胎児の父親であるル・バの顔を思い出した天使は
急に泣きそうになって言葉に詰まった。二人で異国の地を
目指していた方が今頃幸せだったのではないかと思えてきたのだ。
「バカも休み休み言え、男であるおまえが子を身ごもるなどありえない!
おまけにあんなダサメガネと恋愛関係だったなどと
言いがかりをつけて私を侮辱する気か!?」
怒りに我を忘れたコルデーはギロチンを作動させる紐を
力まかせに引っ張ろうとしたが、処刑台に飛び乗った
シャルロット・ロベスピエールに阻止された。二人の女は
取っ組み合ったままの状態で二メートル下の地面に転落した。
「シャルロットお姉さま! 命がけで助けにきてくれたんですね!
エベールに刺された時も回復魔法をかけてくれたし、そんなに
おれのことを想ってくれていたなんて!」
何人もの男を虜にしながらも女性にいまいちモテない
天使は目を輝かせて有頂天になっていたが、コルデーとの一騎打ちに
必死なシャルロット・ロベスピエールは迷惑な勘違いを正しにいく
暇もなかった。
「クソ! この女、前はもっと弱かったのにどうして
こんなに戦闘能力が上がっているんだ? 虐殺者の妹だから強いのか?」
前より強くなったのはリリーが憑依してから時間がたち、
シャルロット・ロベスピエールの体を
使いこなすのがうまくなっていたせいである。
あっという間に組み伏せられたシャルロット・コルデーは
逮捕されて監獄に入れられた。魔獣に乗って突撃しようとしたロラン夫人は
流れ弾にあたって死に、総崩れになったジロンド派の面々は逃走に成功した
ごくわずかを除いてほとんどが捕まったり、自決した。
「ルイ! 無事だったか!? まずい、こんな醜い姿を見せられない」
変身したままの姿で恋人(男)のもとに駆け寄ろうとした
マクシミリアンは急に恥ずかしくなって死角に隠れた。
「マクシム! 早くここに来て! おれのこと、嫌いになったの?」
ギロチンの穴に首がはまったままの天使は目だけ動かしてキョロキョロした。
「腕が鎌になっている状態ではおまえを
傷つけてしまうから少し待ってくれ」
五分後、ようやく変身解除したマクシミリアンは
土気色の顔で震えている恋人(男)を抱きしめ頬ずりした。
「死ぬことよりもマクシムに会えなくなるのが怖かった」
「星がきれいな夜だな。ここで愛し合おう」
何度も体位を変えながら処刑台の上で交わる二人をシャルロット含む
腐女子たちが集まってきてギラギラした目で見つめていた。
浮気な天使は肉体の快楽にもだえる童貞眼鏡に口付けしながら
横目でシャルロットを盗み見て
「ウフフフ、また、おれのことを見ている。あっ、笑いかけてきた。
よくみるとマクシムに体型が似てるなあ。
兄妹丼できるまで死なずにがんばろう!」
などと不埒なことを考えていたのであった。
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