第26話 天使の罪

「ルイ、そんなに激しく攻めないで!

 それ以上奥に行ったら……」


「もっと脚を開いて! さあ、もっと

 いやらしい大きな声を出して!

 いつも真面目な顔した君を乱れさせてやるんだ!」


「ああああ!」


 ジロンド派との戦いに勝利して上機嫌な

マクシミリアン・ロベスピエールは処刑台に昇るための

階段に腰かけたサン・ジュストの膝に載せられ、

歓びの声をあげていた。足元にはコルデーに切られ

台無しにされた麦わら色のかつらや

二人分の半ズボンと下ばきが脱ぎ捨てられていた。

 愛し合う革命家たちは二人きりの世界に入り込み、

常にない快感を味わいながら互いの体を求めあった。

雲間から静かに漏れてくるやわらかな月の光に

照らされた愛人(男)の顔を見つめるマクシミリアンの目は

涙でうるんでいた。


「ああ、君はなんて妖艶で美しいんだ……」

 二人が唇を重ねた瞬間、見物している腐女子たちが

黄色い悲鳴をあげた。悪ノリした小鳥はこう言った。


「皆様、お静かに! 童貞、ただ今合体中!」


「なあ、いつもグルグル巻きで窮屈じゃないのか?

 上も脱いで、きれいな肌をわしにみせてくれ」


 レース編みが得意で手先が器用な三十路童貞まほうつかい

恋人(男)の首を隠しているカラーを素早くほどいた瞬間、

息を吞んだ。月明かりの下でだけ現れる、前世で

ギロチン処刑された証であるしるしは、まるで赤いリボンを巻いた

ように太くて短い首をぐるりと一周していた。


「何と痛ましい……。まるで怪我をしているようにみえるじゃないか」


「フフフ、おれは逆にこれが気に入っているんだ。

 マクシムとおそろいだね」

 死への恐怖に駆られて急に弱気になった童貞眼鏡マクシミリアン

振り絞るような声でこう切り出した。


「よし、決めた! わしは死刑廃止をあきらめない!

 冷静になって考えたらギロチン処刑なんて

 革命を後退させるだけの有害な……」

 小男の頭の中では銃撃で負傷した顎の包帯を

処刑人サンソンの手で乱暴にむしり取られて

あまりの苦痛に泣き叫んだ最期の記憶が今や鮮明によみがえっていたのだ。

そんな彼の様子を見つめる天使サン・ジュストの若々しい顔からは

さっきまでの柔和な笑みが消え去り、刃物のように鋭く

張りつめた、革命家特有の冷酷さが現れた。


「マクシム、急にどうしたんだよ!? 今更死ぬのが怖くなったのか?

 我々が載っている革命という名の船はすでに

 血の海を漕ぎ始めているというのに! そして崇高な戦いの果てに

 築き上げた死体の山の上には誰も見たことのない、新しい国が……」

 死の天使長というあだ名にふさわしい過激な主張を

それ以上聞いているのが耐えられない小男は途中で遮った。


「だがわしらもその山の一部になってしまうのだろう?

 せっかくここまで頑張ってきたのに、

 国の行く末を見ることなく消え去りたくはないのだ」


「もしもーし、天使サン・ジュスト君、頭大丈夫ですかー?

 暗殺天使(コルデー)を呼び戻して撃殺してもらおうかしら?」

 シャルロット・ロベスピエールはコルデーを倒して

天使を助けたことを今更後悔して心の中で悪態をついた。

 処刑台から地面に降りた後も、恋人たちの言い争いは続いていた。

時刻も遅いので腐女子たちは解散し、広場には三人の影が

長く伸びていた。


「わしはおまえと生きたいんだ! なのに

 おまえはなぜ、死に取りつかれているのだ!? 恋人である

 わしの気持ちは考えてくれないのか? あの日君が処刑され、

 まだ切断されたばかりで温かい血が

 滴り落ちる首を目の前に突き付けられた時、

 わしがどんなに胸を痛めたと思っているんだ……」

 小男はメガネがずり落ちたことにも気づかずに大声でまくし立てていた。

反革命の容疑者全員を逮捕の翌日処刑せよという草月プレリアル法の弊害で

異常な回数の死刑執行を強いられて、独裁者を激しく恨んでいた

世襲処刑人の四代目アンリ・サンソンは失脚した

マクシミリアン・ロベスピエールに怒りをことごとくぶつけ、最期の瞬間まで

苦しめたのであった。マクシミリアンの記憶の中のサン・ジュストの

死に顔は目を大きく見開いた凄まじい形相であった。


「革命に命を捧げるのは名誉なことでしょう!?

 おれは今度の人生でも処刑台の上で華々しく散ってやるんだ!」

 激高した天使はすがりつく恋人(男)を押しのけると、

背を向けて帰ろうとした。


「せっかく復活できたのに再び破滅を繰り返して何の意味がある?

 ええい、こんなものがあるからいけないんだ!

 人の命を刈り取る忌々しい刃を粉々に砕いてやる!」


 ルイ十六世自ら考案したことで有名な反り返った刃は

童貞の緑色の目から発せられた強烈な魔法光線を浴びて

月の光も色あせるほど、妖しい輝きを放った。その直後、童貞は

苦しそうなうめき声とともに口から血を吐き出して倒れた。

刃は何のダメージも受けずに童貞の身体が傷ついたのである。


「どうしたんだ、マクシム!」

 オロオロするばかりの天使をシャルロットはしかりつけた。


「兄さん! 無茶しないで! ねえ天使君、兄さんを

 追い詰めるのはやめてよね!」


「そんなつもりじゃ……。お姉さま、前におれにしてくれたように

 マクシムを魔法で治してあげてください」  

 シャルロットは苦しんでいる兄の体にふれ魔力を流し込んだが

何の効果もなかった。ロベスピエール兄妹は転移魔法を使って

デュプレ家に帰りその場に取り残された天使は涙に曇った目で

空に輝く月を見つめていた。



 恋人気取りのエレオノール・デュプレはマクシミリアンの枕元に

つきっきりで看病するといってきかず、シャルロットは

寝室から追い出され、同じく締め出されているサン・ジュストと

バッタリ出くわした。


「わあ、後ろ姿がマクシムにそっくり!」  


 ヤケ酒で酔っていた天使は恋人(男)のシャルロットの背中に抱きついた。


「何するんだ、痴漢!」

 モテない天使は電気ショックをかけられ、失神した。

しばらくして股間を舌でくすぐられる感触で目を覚ました天使は


「ひゃああ! マクシム、ごめんなさい!

 お姉さまがエロすぎるからいけないんだ!」

と絶叫した。


「あら、お姉さまだなんて。なんてかわいい坊やなの」

 声を聞いた途端、自分に快感を与えている相手が

デュプレ家のおかみさんだと気づいた天使の顔から血の気が引いた。


「うわっ、あんたはお姉さまというよりババアじゃねえか……」

 抵抗しようにも感電して体の自由がきかない天使は

本音を言う前に唇をふさがれてしまった。

 ロベスピエール急病の知らせを聞いて見舞いにきた、

ル・バ夫人(エレオノールの実妹)はこの不釣り合いなカップルが

体を重ねているのを見て悲鳴をあげた。


「イヤーッ! うちのママと寝るなんて変態!」

 親友の妻が泣きながら逃げだすのを見た天使は焦って

起き上がろうとしたが淫乱な人妻の豊満な肉体に押し倒された。


「誤解だ! おれは無理やり……」

 またしても唇を奪われた天使は目を白黒させた。若者は床上手な

中年女に主導権を握られてしまい、もはや逃げる気力も失せ

成り行きに身を任せたのだった。



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