第16話 狂乱の夜に花開く恋、そして童貞は淫乱な天使に振り回される

 長い夢の中でルイ・アントワーヌ・サン・ジュストは

幼なじみで恋人だったルイーズ・ジュレと破局し、

(ルイーズの父親は若い二人の結婚を認めず、娘を

 収税吏しゅうぜいりのトランと結婚させた)

ブレランクールの実家を飛び出してパリで放蕩生活をしていた頃に戻っていた。

劇場に出入りし、娼婦や女優たちと遊ぶ不良青年は詩人としての自分の才能に

限界を感じて悶々としていた。そんなある日、なじみの娼婦に

デートの約束をすっぽかされ、暇を持てあましたサン・ジュストは

マクシミリアン・ロベスピエールの演説を聞きに行った。この自堕落な若者が

あばた面にメガネをかけたさえない小男に一目ぼれしてしまい、

生涯愛し続けると誰が予想できたであろうか。


「ああなんてすばらしい頭脳と弁舌の才能! そしてなんと耳に心地いい

 お声だろうか。独り身だそうだが誰かに奪われる前にあの華奢な体を

 この腕の中に捕まえてあんなことやこんなことを……」

 奔放な天使サン・ジュストが頭の中をエロい妄想で

いっぱいにしてうっとりしていると、演壇にいる

ロベスピエールがいきなりこちらを向いて


「ルイ、お願いだから目を開けてくれ!

 おれは君なしでは生きられない!

 わしにとって、革命なんかよりもお前の方が大事なんだ!」

と絶叫した。その瞬間、数日ぶりに目を覚ました

独裁者の心を狂わせる魔性の天使、サン・ジュストは

マクシミリアン・ロベスピエールの手を強く握り返すと、

薄目を開けてかすれた声で


「おれ、気絶している間、ずっと先生の夢を見ていました。

 先生、初めておれと先生が結ばれた日のことを

 覚えていますか?」

と問いかけた。恋人(男)にマクシムという愛称ではなく先生と呼ばれた

マクシミリアンは少し悲しそうな顔でこう言った。


「ああ、あの日起きたことは絶対に忘れられないよ」


 あの日とは1792年9月3日、悪名高い「九月虐殺」が起きた

狂乱の夜のことである。暴徒と化した民衆が

反革命の疑いをかけられた哀れな人々が閉じ込められた

監獄になだれ込み、蛮行に及ぶ中、マクシミリアンは

居ても立っても居られず、フラフラと路上にさまよい出た。


「わしらの革命は一体どこに向かっているのだ?

 ああいう連中を押さえつけるにはどうしたらいいのか?

 まるで理性を失った獣じゃないか! 力ずくで

 押さえつけるべきなのか!?」

 後にもはや人を殺すのが目的と化した最悪の

恐怖政治を敷くことになる小男は民衆の中に潜む底知れぬ力に

怯えながらも、自分の目で現場を見たいという誘惑に

抗うことができずに自宅を飛び出したのである。

虐殺の起きている界隈に徐々に近づきつつあった小男を

背後から呼び止めた者があった。


「先生、どこに行くのです? 危険ですから

 そちらの方向に行ってはいけません。

 先生のように偉大な方を失ってしまったら、

 この国にとって大きな損失です!」

 その声を耳にしたとたん、小男のしょぼくれた顔がぱっと華やいだ。

振り向くとサン・ジュストが心配そうな顔で立っていた。

当時すでにロベスピエールの熱烈な支持者であった

この若者は議会で初当選を果たしてパリに引っ越してきていた。


「会いたかったよ! 神の奇跡によってめぐり逢った

 わしの愛しい天使!」


「ご自宅までお送りします。奴隷どもの陶酔としか

 思えない軽蔑すべき騒ぎに関わってはいけません」

 若者は興奮しながらしゃべり続け、小男を玄関先まで

送り届けると背を向けて帰ろうとした。


「行かないでくれ! 一人は寂しいから一緒にいてくれ!」

 小男は背後から若者に抱き着いた。二人が床に寝ころんで

抱き合いながら熱い口付けを交わす様子を

籠の中から鳥が見つめていた。


「おれ、8月25日にやっと25歳になりました。だから……」

これから一緒に議員として働けるのがうれしいと続けようとした若者の言葉を

ロベスピエールは途中で遮って、


「そうか。おめでとう。ちょっと遅いが

 誕生日祝いにわしの初めてをあげるから

 気絶するまで思う存分抱いてくれ」

と答えた。思いもかけない申し出に驚喜した若者は

小男の顔中にキスの雨を浴びせかけると

手際よく着ているものを脱がせにかかった。


「愛してます、先生! 初めて見た時からずっと

 お慕いしておりました」


「わしもだよ、ルイ! もっと激しくわしの中で暴れ回ってくれ!」 

 魔性の天使が小男を抱きかかえて背後から

後庭アナルを荒々しく突き刺して真っ白なシーツを赤く染めているのと同じ頃、

マリーアントワネットの寵愛を受け、贅沢三昧をしたことで

有名なランバル公爵夫人が路上で暴漢らにめった刺しにされて

血まみれになっていたのだった。



 再び眠りについた恋人(男)の枕元で

うなだれていたマクシミリアンは大家のモーリス・デュプレが

何か言いたそうな顔でうろうろしているのに気づいて

イライラした。


「デュプレの親父さん、ソワソワしてどうかしたのかね?」


「先生にご心配をおかけするといけないので

 隠していましたが、昨日から娘が帰ってこないんです」

 看病疲れと今後の不安でおかしくなっていたマクシミリアンは


「うん、別にどうでもいいから心配なんてしないよ……」

とつっけんどんに答えたがその声は心配事で頭がいっぱいな

デュプレの耳を素通りした。


「先生、これを見てください」

 ロベスピエールは目の前に差し出された手紙を渋々

受け取って読んでみるとそこにはこう書かれていた。


「マクシミリアン・ロベスピエール、貴様の婚約者、エレオノーレ・デュプレを

 殺されたくなければ地下墓地カタコンブに通じる秘密の入り口に一人で来い」


「どうかお願いです、あの子を救ってやってください。

 あなた様をお慕いしているのでどんなに喜ぶことか」

 涙ながらに懇願する父親の願いを

ロベスピエールは一蹴した。


「わしは愛する天使のそばからほんの一瞬でも離れたくないのに、

 なぜ好きでもない女のためにわざわざ

 危険を冒さねばならんのだ! 大体、

 婚約などした覚えはないし、今後も絶対にしない!」

 疲れていたせいで、うっかり本音をもらしてしまったことに

気づいたロベスピエールは真っ青になったが手遅れだった。

デュプレ夫婦はロベスピエールを娘の婿にしようと全力でもてなして

くれるのでついつい、はっきりした拒絶をせず

宙ぶらりんの状態になっていたのだ。


「それがあなたの本当の気持ちですか。もうあなたには頼みません。

 では今日中に荷物をまとめてうちに借りた金も

 耳をそろえて返してくださいね」

 激怒した大家は大股で歩いて出て行った。一部始終を

籠からのぞき見ていた鳥は間抜けな飼い主を大いに嘲笑った。


「アハハ! 馬鹿正直すぎだろ! お父さんが怒るの当然だわ。  

 それにしてもこんなゲテモノがどうして

 10歳も年下の若い娘にモテるんだろうな。

 きっと社会的地位が目当てに違いない」


「ああ、こんな時に急に追い出されたらどうしよう。

 洗脳術使いたいが下の毛まで抜けてしまったら、

 ルイに嫌われてしまうかもしれない」

 清廉の士ははげ頭を抱えて途方に暮れたのだった。


 徹夜続きで疲れきっていたマクシミリアン・ロベスピエールが

うとうとし始めた頃、大家の居住スペースである

隣の部屋ではデュプレ夫人が夫を怒鳴りつけていた。


「モーリス! 私の許可なく何で勝手にロベスピエールさんを

 追い出そうとするの!? この家のあるじはあんたじゃなくて

 この私なのよ!」

 恐妻家のモーリス・デュプレはロベスピエールに出した

立ち退き要求を撤回することを渋々承知した。



「わしは確かに人殺しだ……だが崇高な革命を

 守る戦いのためなら許されるはずなんだ! なぜ

 わしだけが罪に問われなければならない?

 わしらを告発したテルミドリアンの連中だって、

 みんな似たり寄ったりじゃないか……。リヨンに派遣された

 フーシェなんて大砲で三千人も虐殺しやがって。ああ、せっかく

 生き返ったのにまた首を刈り取られるのはもう嫌だ」


 顎からの出血で上半身を赤く染め、処刑台の上で

シクシク泣いているマクシミリアン・ロベスピエールのみじめな

姿を無数の星が空から見下ろしていた。


「もう解放してくれ! わしはただ、愛する天使と生きたいだけなんだ!」

言葉にならない声を発した瞬間、ロベスピエールの

頭の中でギロチーヌの怒気を含んだ声が響いた。


「今更何をグズグズ言っているの!?

 私とあなたはもはや一心同体、あなたを

 蘇らせた対価はきちんと払ってもらうわよ!?」

 とたんに何もかも消え去って、首だけになった状態で

見覚えのある暗闇に放り出され動揺したマクシミリアンは

目の前に突如現れたギロチーヌが突きつけた皿に

山盛りになっているのが何なのか確かめもせず、

大急ぎで口に詰め込んで嚙み砕いた。


「血の味がする。それに何だかひどい胃もたれが……オエーッ」

 気分の悪さに耐えられず嘔吐したマクシミリアンは

自分が吐き出したものがたくさんの生首だったので

仰天した。その中には、彼を慕う人々の顔がちらほら混じっていた。

弟のオーギュスタンやルイ・アントワーヌ・サン・ジュストの

首を見つけたマクシミリアンは仰天した。


「ルイ! ああ、なんてことだ。目を大きく開けて

 驚いたような顔をして! わしは愛する天使を

 自ら食い殺してしまったのだ!」

 錯乱して泣きわめく中年オヤジの横っ面を

ギロチーヌは渾身の力で張り飛ばした。


「ギャーギャーうるさい! あんたはもはや私と一心同体、

 あんたの肉体はギロチンそのものよ!」

 ギロチーヌは粘土をこねるようにロベスピエールの体を

ギロチンに作り替えてしまった。想像を絶する苦痛に

耐えきれず叫び声をあげそうになった瞬間、

悪夢から覚めたマクシミリアンは枕を並べて

寝ている愛する天使サン・ジュストが寝台の真ん中で

気持ちよさそうに眠っており、自分が端に追いやられている

ことに気づいて安堵のため息をついた。


「さっき痛かったのはルイがわしを壁に押し付けていた

 せいなのか。元気になってくれて本当によかった」

とうれし涙を流したが天井裏に開いた穴の中で

狼のような黄色い目が光ったことに気付かなかった。


「うふふ、先生ったら寝相が悪いなあ」

 真夜中に一瞬、目を覚ました天使はいつもの習慣で

隣で寝ている恋人(男)の額に唇を押し当てようとしたが

ふと違和感を覚えて固まった。


「あれ? 先生の頭、こんなに髪の毛フサフサだったっけか?

 それになんだかおでこが四角いな」


 三角関係のもつれで男性自身アソコを焼かれた上に

窓から転落して療養中だったジョセフ・ル・バはサン・ジュストの

身に起きた災難を知ると居ても立っても居られなくなり

駆けつけたが嫉妬深いマクシミリアンに追い返されて会えずにいた。

兄がサン・ジュストとの情事に溺れるのを

こころよく思わなかったオーギュスタンは

自分と姉の居室と兄の寝室をつなぐ例の秘密の通路の

存在をル・バに教えてしまい、天井裏から

寝室に侵入するようそそのかしたのであった。


「ルイ! あの童貞メガネと別れておれと付き合ってくれ!

 おれがあの時そばにいたら、君を誰にも傷つけさせは

 しなかったのに!」

 熱い口付けを交わす二人の若者の姿を見ていた小鳥は


「あれ、絶対舌が入ってるよな。年が近いしこっちの方がお似合いかも」

などと考えていた。


「ああ、会いたかった。先生には悪いけど、おれは

 君のことも愛しているよ」

 不実な天使はル・バのたくましい腕に抱かれて

されるがままになっていた。


「そうか、じゃあ、あの夜怪我したところをなめてくれ!

 ウォーッ! うますぎる! そこ、もっと強く吸ってくれ!」

 全身縄でグルグル巻きに縛られて猿ぐつわをかまされ

声が出せず、身動きも取れないマクシミリアンは

二人がいちゃつく様子をこれでもかというほど

聞かされる羽目になってベッドの下で怒りに身を震わせていた。

恩知らずで浮気な天使はいやらしい喘ぎ声を

あげながら身をくねらせながらスッポンのように

ちゅうちゅう音を立ててソーセージに吸い付いて、

搾りだしたエキスをごくごく飲み込む音が響いて

すさまじい乱れっぷりなのがまるわかりであった。


「ちくしょう、魔力切れじゃなければ二人とも

 ボコボコにしてやるのに。おまえの傷を治すために

 ありったけの力を分け与え、犠牲を払った結果がこれか!

 元気になりすぎやがって!」


 あわれな男の頭の中で

「じゃあ、殺しちゃえば」

というギロチーヌの声がこだました。

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