第17話 エロババア襲来と天使の涙

「何だって!? わしがどうして愛する天使サン・ジュスト

 殺さなければならないんだ?」

 マクシミリアン・ロベスピエールは思いもかけない

ギロチーヌの一言にうろたえながらも念話で相手の

真意を確かめようとした。


「だって、誰彼かまわず人をどんどん殺して

 突き進んでいくのが独裁者あなたの生き方そのものじゃないの。

 今度の人生でも最高の権力者になりたいなら、

 たとえ側近ナンバーワンだろうと

 自分に逆らったら容赦なく殺すという厳しさを

 世間に知らしめる絶好の機会よ」

 まるで悪魔のようなギロチーヌのささやきを

ロベスピエールはきっぱりとはねつけた。


「うるさいぞ! 余計な指図をするなら

 わしの頭の中から出て行け!」


「それはできない相談ね。私とあなたの

 魂は分離不可能なほど固く結びついて

 しまっているのだもの」

 それっきり、声は聞こえなくなったが、

ベッドの上でのル・バとサン・ジュストの会話が

否応なしに小男ロベスピエールの耳に入ってきた。


「ルイ、おれたちの命運が尽きたあの日

 (テルミドールの政変が起きた1794年の7月27日)、

 おまえをあんなに泣かせたのはどこのどいつなんだ?

 おれたちは一緒に死んだ仲じゃないか! こうして生き返った

 今なら打ち明けてくれてもいいだろう?」


 その瞬間、サン・ジュストの頭の中で

断片的な記憶がフラッシュバックした。


「どうしたんだ、ルイ! 一体何があったんだ!?」

と耳元で絶叫するル・バの声や、短い生涯で最後となった

演説をする直前に議会からふらりと姿を消し、昼過ぎに誰かに傷つけられたと

言って大泣きしながらやっとのことで戻ったことも、

ひたひたと迫りくる破滅の予感に怯えながら、

どうすることもできずにもがいていたあの頃のみじめな気持ちも。


 ベッドの中で裸で抱き合っている

親友ル・バの真剣な眼差しに心を動かされた

天使は意を決してこう言った。


「あの日、議会を抜け出して先生の家を尋ねたら、

 急に別れ話をされたんだ。それに前日の議会での演説で

 粛清されなければならない議員がいるが名前は言えない

 と言っていたのは誰なのか問い詰めたら、

 おれのことだって……」

 むせび泣く天使を抱きしめながら、ル・バは絶叫した。


「許せない! そんな危険な男のもとに愛する君を

 心配で置いておけない! おれと一緒に暮らそう!」


「はああ? ちょっと、待って! 先生と相談してから……」

 恋に狂って正常な判断ができなくなっていた

ル・バは大急ぎで服をひっかけると

裸のままの天使を布団でくるんで

抱きかかえ、夜の街に走り去った。


「わしがいつ、そんなひどいことを言った!?

 クソッ、この縄をほどいて今すぐ追いかければ……。

 いや、あんな作り話をするなんて

 天使はわしのことをもう愛していないのだ。

 こんなことなら、生き返ったりせずあの暗闇の中を

 永久にさまよっていた方がましだった」


「ぶっ飛んでいるなあ。奥さんいるのに

 一体どうする気なんだろう? 男同士で

 駆け落ちでもするのかな?」

 小鳥はかごの中で笑い転げ、縛られたままの

小男は床で涙の洪水を起こしていた。



 誰もいなくなった部屋に置き去りにされた清廉の士こと

マクシミリアン・ロベスピエールは一人もがき続け、

やっとのことでベッドの下から這い出したが極度の魔力不足で

体がマヒ状態に陥っているせいで縄を解く

こともできずに床に寝ころんで嘆いていた。


「わしの宝が奪われた……ル・バをこっそり始末してやるのが

 一番だがそんなことをしたら愛する天使サン・ジュストに嫌われてしまう。

 今思えば天使あいつはわしと二人きりで過ごす時よりも

 あの男と一緒にいる時の方が生き生きして楽しそうだ。

 もうわしの体に飽きて捨てるつもりなのだろうな……」

 明け方近く、地面が大きく揺れ始め

籠の中で鳥が怯えてバタバタ騒いだ。

「地震、怖い! 出して、出してー!」


「ピーちゃん、わしはもうおしまいだ。生きる気力を失った。今すぐ

 地面が割れてこの世界をまるごと飲み込んでしまえばいいのに」

 ブツブツ言いながら空を見つめているイモムシ状態の中年男を

発見したのは大家のデュプレ夫人だった。


「ロベスピエール先生、さっき、すごい地震がありましたが

 お怪我はありませんか? ……まあ、大変!

 先生って意外とドエムなんですのね。こんなにきつく

 縛られるのがお好きだとは知りませんでした」


「ウーウー(違う)!」

 猿ぐつわをかまされたままで話のできない

マクシミリアンは必死で否定したが通じなかった。


「サン・ジュストさんはどこにいらっしゃるの?

 先生を放置したまま、お帰りになったのですか?」

 無言で暗い目を伏せ、意気消沈している小男マクシミリアンを見つめているうちに

デュプレ夫人のブヨブヨした胸の内に邪悪な欲望が渦巻き始めた。


「ああ、なんだかムラムラしてきたわ。

 あのなよなよした若い彼氏と別れ話の

 もつれでケンカでもしたのかしら?

 抵抗できない今のうちに既成事実を作ってやりましょう」

 肥満体の中年女はやせぎすの小男に覆いかぶさると、

タコのように唇に吸い付いた。


「んんっ!」


「男の人たちが共和国を守るために命がけで戦っている間に

 女である私は彼氏に捨てられて落ち込んでいる

 偉大な政治家を体で慰めるため、ベッドの上で戦うわ」

 

「ゴアーブガガガ(ふざけるな、下品だぞ)!

 モガモガブゴーフハーギギー(さわるな変態! 

 何が慰めるだ、自分のためだろうが)!」

 マクシミリアンは抗議するつもりで意味をなさない

音の羅列に過ぎない声を発したが都合よく解釈されてしまった。


「いやーん、朝まで一緒にがんばろうですって?

 あら、なんて控えめなんでしょう。さあ経験豊富な

 人妻の技術テクをご覧あれ」

 淫乱な人妻は縄を解いて下ばきをはぎ取ると、

干からびたソーセージを脂肪の塊ではさんで

ハンバーガーを作った。


「あら、どうして何の反応もないのかしら!

 こうなったら意地でも征服してやるわ!」

 依然として動かない部分を刺激するのに忙しすぎた夫人は

部屋に近づいてくる足音に気付くのが遅れてしまった。


「モガモガググゲゲ(誰か来るぞ、離れろ)!」


「まあ、エレオノールがお気に召さないので、

 私のお婿さんになってくれるですって!?

 さっそく旦那モーリスを追い出しましょう」


「バンザイ、童貞卒業!」

と叫んだ直後、お仕置きの電気ショックを

かけられた小鳥は白目をむいて止まり木から落下した。

シャルロット・ロベスピエールがエレオノールを救出して

一緒に帰宅したのだ。さっきの地震は地下のアジトで

シャルロットが誘拐犯と格闘していたせいである。


「マダム、今すぐ兄さんから離れてちょうだい!」

 元々シャルロットを嫌っている夫人は忌々しい女だと舌打ちしながら

こう言ってごまかそうとした。


「お体の調子が悪そうなので服を緩めて介抱していただけよ。

 あらエレオノール、帰ってこないから心配したじゃないの」


 もちろんこんな下手な言い訳にシャルロットがだまされるはずもなく、

「へえ? メガネはぶっ壊れて、胸ははだけて

 下には何もはいていないなんて、

 一体どこを手当てしていたのかしらね?」

と敵意むき出しで言い返した。

 母親に片思いの相手を奪われたとしか思えない

目の前のすさまじい光景に娘は呆然としていたが


「ママ! なんてことを! 今すぐ私に代わって!」

と叫んで今にも服を脱ぎ捨てようとした。

 そこにモーリス・デュプレが入ってきて、


「一体何を騒いでいるんだ!」 

と叫んだ。


「親子丼発覚で大修羅場!」

と小鳥が性懲りもなく絶叫した。


「あなた、私とロベスピエール先生は愛し合っていて、

 結婚するから別れてちょうだい!」

 それと同時にシャルロットに猿ぐつわを外してもらった

マクシミリアンはこう言い放った。


「気色悪いんだよ、エロババア! 娘を連れてとっとと失せろ!」



 その頃、サン・ジュストはル・バのたくましい腕に抱かれながら

ソワソワしてドアの方ばかり見ていた。胸騒ぎがしてならなかったのである。


「どうしたんだ、ルイ? 心ここにあらずだな。

 ぶっ倒れるまで激しく攻めてやるぞ」

 繰り返し体の奥の奥まで突かれて息も絶え絶えになりながらも、

魔性の天使は必死で逃げ出そうとした。


「やだやだ、やっぱりマクシムのところに帰る!」

 涙目で見つめられたことでかえってル・バの

怒りのスイッチが入ってしまった。


「許さん! おまえはもうおれのものだ! 絶対に他の男に渡さない!

 逃げられないよう裸のまま魔法の縄で

 巨大な石の置物に縛り付けてやる!」

 既婚者のくせに恋に狂った男は

ぐったりした天使を抱きかかえ、

向かい合ったまま容赦なく激しく動き続けるのだった。

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