第15話 運命の出会い
かつてジロンド派の女王と呼ばれ、栄光を極めた
ロラン夫人は
身を潜め、政敵である極左の
骸骨を組み合わせて作った椅子にふんぞり返って
高笑いする彼女の足元にはエレオノール・デュプレが
全身縄でグルグル巻きに縛られて転がされていた。
「あの鳥好きのしょぼくれたオッサンにも春が来たのねえ。
婚約者を誘拐されたと知って今頃
さぞや慌てていることでしょう。ねえ、
シャルロット?」
猿ぐつわをかまされて声を出せない
自分の不運を嘆いてうめいた。夫人に同意を求められた
シャルロット・コルデーは困ったような顔をした。
「カタコンブ内にダンジョンが出現し、戦闘力を高める
ことができたのは幸運でした。私がジロンド派の
皆様の無念を必ずや晴らして差し上げましょう。ですが、
ロベスピエールが愛しているのは女性ではなく男性であると
何度も申し上げたはずですが……」
シャルロットは地下に発生したダンジョンに現れる
大量の魔物を倒しながら身体強化し、
来るべき敵を迎え撃つべく日夜訓練を重ねていたのである。
「お黙り! 男同士で恋愛するなんてありえないわ!
この女を手に入れた以上、我々の優位は決まった
ようなものよ!」
女主人に怒鳴られうんざりしたシャルロットは
お辞儀をすると、部屋から出て行き、
再び訓練を再開すべく、地の底に潜っていった。
その頃、議場にいるマクシミリアン・ロベスピエールは
恋人(男)を傷つけた男に対する激しい怒りをあらわにしていた。
「同志サン・ジュストが先ほどの乱闘騒ぎで負傷したが、
わしにとっては伴侶も同然の存在の彼を傷つけた
ド・セシェル議員をどうやって痛めつけ……」
弟のオーギュスタン・ロベスピエール議員に小突かれて
マクシミリアンはわざとらしく話題を変えた。
「ああ、それと、同志エベールが先ほどの騒ぎで同志サン・ジュストを、
傷つけた罪悪感に耐えきれず、自らの首を搔き切って果ててしまった。
誰か自宅まで送り届けてくれる者はいないか?」
最強の童貞が自身の魔力を込めて編み上げた
レース編みを包帯代わりに首と胴体を
上手につなげたエベールの遺体は
さっさと議場の外に運び出された。
あたり一面血の海になったまま、議会は続行された。
「自分で自分の首を切って自殺するなんていくらなんでも強引すぎるだろ。
どうして皆あっさり信じちゃうんだ。独裁者にならないうちから
化け物になっちまったのか、このオッサンは」
「こんなに早くから暴走しているとより大きな破滅を
迎えることになるでしょうね。それより
マクシミリアンの頭がエロー・ド・セシェルを攻撃することで
いっぱいになっているうちに天使君にこっそり回復魔法を
かけておこうっと。定められたその時が来るまで、
観察対象を護衛することも我々の任務の一つなのに
今回は失敗したわ。まさかエベールがあそこまでするなんて
思わなかったもの」
小鳥と念話でおしゃべりしつつ、シャルロットに憑依した
リリーはルイ・アントワーヌ・サン・ジュストの肌に
直接手を触れて、エベールに刺された傷口に魔力を流し込んだ。
オーギュスタンは意味深な表情を浮かべて姉を見つめた。
一方で怒りを抑えきれないマクシミリアンは議場から
逃げ帰ろうとしているド・セシェルに詰め寄って
「貴様! わしが毎晩、隅々まで可愛がり、愛撫しまくった体を
よくも傷つけてくれたな! 今すぐ貴様もエベールと同じ目に……」
と絶叫したので興奮した腐女子たちが歓声をあげた。
「兄さん! いい加減にして! おれには女遊びを
やめろと口うるさく言うくせに、いやらしいことを絶叫しないで!」
「うるさいぞ! ワーッ!」
その直後、強い洗脳術を使った副作用でマクシミリアンの
元々薄かった髪がほとんど抜け落ちてしまった。
動揺している間にド・セシェルはさっさと
姿を消したのであった。
間借りしているデュプレ家に帰った後、
マクシミリアンは死んだように眠る恋人(男)の
枕元で声を上げて泣いていた。実年齢より十歳以上
老け込んでしまった兄の耳元で妹はこうささやいた。
「兄さん、
方法を教えてあげる」
「何だって、今すぐ教えろ!」
「自分の体の中で渦巻く最強の魔力を口移しで
分け与えれば天使君の回復力が高まって傷の
治りも早くなるはず」
肩の上の小鳥は
「後の世で行われる人工呼吸みたいなものか。
メガネかけたタコが吸い付いているみたいだな」
と興味津々で恋人(男)に魔力を吹き込む飼い主を
見つめた。
「あら、タコはメガネなんてかけないと思うけど?」」
シャルロットと小鳥が念話でやりとり
している間中、メガネのタコではなくマクシミリアンは
涙を流し続けていたが、急に意を決したように
「痛かっただろう。わしがよーくなめて治してやるからな」
と呟くと、エロー・ド・セシェルに蹴飛ばされた例の場所を
長い舌を駆使して丹念に唾液だらけにした。
「やだ、ベロベロが半端ない! どう見てもエロ目的だわ」
さすがの腐女子も真っ赤になって目をそらし、
部屋から逃げ出したとたん、オーギュスタンに呼び止められた。
「もしかして姉さん、サン・ジュストのことが好きなのか!?」
「まさか! 兄貴の彼氏で私より七歳も年下なのよ?
それに私には愛するダーリンがちゃんといるし!」
姉のエプロンのポケットからいきなり蛇が頭を出してシャーっと
威嚇してきたのでオーギュスタンは面食らった。
「姉さんがこんなに厄介な存在になるとわかっていたらアラスから
連れてこなかったのに。あの時、フーシェと別れさせた兄さんのバカ!」
ロベスピエールが寝ずの看病を行っている間、当のサン・ジュストは
家出してパリで放蕩生活を送っていた頃の夢を見ていた。
まだ二十歳になるかならないかの青年は不貞腐れた顔で
五階の窓から歩道のカップルをにらみつけていた。
手をつないで仲睦まじい様子で額を寄せて
語り合っているのはカミーユ・デムーランと
後に妻となるリュシルだったがこの時は知る由もない。
「ふん、ふしだらな。路上で堂々と
いちゃつきやがって。これでもくらえ!」
故郷での失恋をまだ引きずっていた若者は
おまるの中身を見知らぬ
大急ぎで窓を閉め、ケタケタ笑った。
「スッキリした! さあ、偉大なロベスピエール
先生にお手紙を……いや、直接会いに行こう!」
よほど縁があったのか、ものの五分もしないうちに
青年は考え事に夢中になって歩く小男を発見した。
「ロベスピエール先生、こんにちは!」
と近所の主婦があいさつしてもまるで聞こえていない。
「なんて神々しいお姿! あの方は煩わしい世俗のことには
まるで無関心なのだ。あ、危ない!」
傍らの建物の窓が開いて頭上に茶色い液体が
雨あられと降り注いできた。とっさに
前に飛び出した
道路側に移動し、難を免れることができた。
「大丈夫ですか? 窓から汚物を捨てるような不届き者は
厳しく罰せられるべきです!」
先ほど自分も同じことをしたばかりの不良青年は
真面目ぶってそう言った。ロベスピエールは
目をハートマークにして頬を赤らめながらこう言った。
「ああ、わしは気付かないうちに死んでしまった
のか? 美しい天使が目の前に現れるなんて」
こんなに遊び人風に着崩した天使がいるわけないと
苦笑しながら青年は自己紹介した。
「ふふ、おれはサン・ジュストという者です。
お会いできて光栄です、ロベスピエール先生!
ぜひお話し聞かせてください」
積極的な性格の若者がさえない小男と親しくなり、
家に招かれるようになるのは時間の問題だった。
ある日、
忘れて行った上着を見つけたロベスピエールが
誘惑に抗うことができず、顔にすりつけたり、
匂いをかいでウットリしている最中に突然、
持ち主が戻ってきた。
「わっ、これはその……」
魔性の天使は真っ赤になってもじもじする
ロベスピエールを抱きしめ、耳に息を吹きかけながら
こうささやいた。
「いいんですよ、先生。それは差し上げます」
小男のほっぺたにキスすると笑いながら魔性の天使は
走り去った。その晩は上着にくるまって幸せな気持ちで
眠りについた小男だったが、その日を境に天使は
ふっつりと訪ねて来なくなってしまった。
「ああ、もう会えないのか。やはりわしは嫌われた」
悶々としているロベスピエールのもとに手紙が届いた。
そこには一旦田舎に帰って生活を立て直すことにした
と書かれており、小男は絶望しかけたが、
「連絡先がわかれば文通ができる」
と思い直して手紙を書き始めた。その後、二人が再びめぐり合うのは
1790年に開かれた連盟祭まで待たなければならなかったのだった。
小鳥のレポート
あんまりロマンチックじゃない二人のなれそめはいかかでしたか?
この時代、パリでデートする時は
そこら中に落ちてた汚物に注意しながら
ハイヒールやパラソルで鉄壁の防御をしつつ
「レディーは車道側を歩く」のが鉄則だった。
紳士が建物沿いを歩いてク○を浴びるべし。
それにしてもロラン夫人に尽くしても
いいことなさそうなシャルロット・コルデー。
果たしてエレオノール・デュプレの運命は如何に!?
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