第14話 隠し子がいてもおまえはおれの嫁
麦の穂を刈り取るかのように胴体から切り離され
宙に浮かんだエベールの首は最後の力を振り絞って、
自分の命を唐突に終わらせた清廉の士、
マクシミリアン・ロベスピエールにかみつこうとした。だが
もはや
鋼より強かったので歯が立たず、生首はごとりと
音を立ててむなしく落下した。
その場にいた誰もが衝撃のあまり恐怖で固まるか、
想像を絶する展開を目の当たりにして理解が追いつかずに
呆然とする中で、世にも恐ろしい化け物に向かって、ダントンは
「血に飢えた独裁者め、罪なき人々を
ギロチン送りにするだけでは飽き足らず、
生きたまま人間ギロチンと化し、自らの手で殺戮を
繰り広げるとは何事ぞ! お前みたいな
化け物に政治を行う資格はない!」
と責め立てた。
「さすがダントン、あんなごっついオバケに
立ち向かうなんて勇敢だなあ」
同じ派閥の仲間や支持者たちからの称賛を集める人気者を
「人間ギロチン」ことロベスピエールはものすごい形相でにらみつけた。
「ふん、えらそうに。デムーランをそそのかして
わしのルイを人質に取った卑怯者に言われたくないね。
この場で今すぐおまえの巨額横領の証拠を
暴いた上で首を落としてやってもいいんだぞ?」
人間ギロチンは二本の鎌と化した両手を高々と掲げて
振り回しながらダントンの首に狙いを定め、
今にも切り落とそうとした。
黙って見ていられなくなった小鳥のピーちゃんは
猛スピードで飛んで行くと、
「ダメーッ! 殺すのやめて!」
と叫びながら巨漢と人間ギロチンと化した飼い主の間に
割って入った。
「ピーちゃん! どうしてここに!? いい子だから
あっちに行ってなさい! きれいな羽が血しぶきで汚れてしまうよ」
愛するペットの小鳥に嫌われたくないロベスピエールは
一瞬、ダントンを殺すのをためらった。
「せっかく生き返ったのに、こんなところで殺されてたまるか!」
断崖絶壁に追い詰められたも同然のダントンは
やむをえず降参することにした。
「すまない、カミーユが暴走したのはおれの責任だ。
だが我々は一緒に戦ってきた仲間じゃないか。
とりあえず殺し合うのはやめにして一旦停戦しよう。
オーストリアと戦争中の今、仲間割れしたら
それこそ共和国の命取りになるじゃないか。何でも
言う通りにするからおれを断罪するのは後回しにしてくれ!」
おだてに弱いロベスピエールは瞬時に元の姿
(うさ耳変態コスプレ)に戻ると、何食わぬ顔で演説した。
「先ほど、ちょっとした意見の食い違いで議場を
騒がせてしまったが、我々ジャコバンは一致団結して
国内外の敵に立ち向かう所存だ。無謀な対外戦争を引き起こし、
失敗したあげくに追放されたジロンド派が図々しくも反乱を起こした。
徹底的に叩きつぶしてやろう!」
「兄さんたら強力な洗脳術が使えるのね。さっきの騒動を
目撃した人々は皆、ちょっとした殴り合いや
乱闘騒ぎだと思い込んでしまったわ」
満場一致の拍手喝采の中、和解のしるしにダントンと抱擁しあう兄を横目に
見ながら、シャルロットは血まみれになって倒れているルイ・アントワーヌ・
サン・ジュストのもとに駆け寄り、胸元をはだけて傷口を調べた。
「あら、懐に入れたノートのおかげで刃物が辛うじて
心臓に届かなかったけど、かなり深い傷ね。ここまでひどいと
肌に直接触れて回復魔法をかけるしかないけど問題は……」
「わしのルイにさわるな!」
と怒鳴る兄の声に驚いたシャルロットは思わず後ずさりした。
清廉の士は取り乱すあまりに恋人(男)の耳元で
「ルイ、人妻との間に隠し子がいようと、おまえはわしの嫁だ!」
と絶叫した。あわてたシャルロットは
「兄さん、そんな大声で天使君の秘密を暴露してはだめ!」
とたしなめたが翌日、パリ中にその情報が
広まってしまったのであった。
その頃、ロベスピエールが間借りしているデュプレ家の長女、
エレオノールは泣きながら母親に苦情を言っていた。
「ママ! 聞いてよ、ロベスピエールさんがママの
盗んで着て、とってもいやらしいことをしていたのよ!」
さぞや怒り狂うかと思いきや、中年のふくよかな人妻は
顔をポッと赤らめ、うっとりしながらため息をついた。
「まあ! あの堅物のロベスピエールさんが私の
「やだ、何よその反応!? ママまであの人のこと狙っているの!?」
憤然として家を飛び出し、あてもなく町をさまようエレオノールに
声をかけてきた男がいた。西日で目がくらみ、相手の顔がよく見えないので
若い娘は少し不安になって逃げ出そうとしたが
「もしもし、あなたがあのマクシミリアン・ロベスピエール議員と
ご婚約されているというお噂は本当ですか?」
と尋ねられ、有頂天になってしまった。
「ええ、そうよ! 革命戦争が終わるまで待っててほしいと
言われているの」
エレオノールは胸を張ってそう答えたが、あわれな青髪負けヒロインは
ロベスピエールにまるで相手にされていないにも関わらず、自分の願望が
まるで確実な未来であるかのように吹聴して回っていたのだ。
「間違いない、この女が
さあ、早くわが
男はエレオノールを気絶させると、黒い袋に詰めて
裏通りに走り去った。
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