第40話 腐女子の底力

 公安委員会にて「最高権力者の椅子」と名付けられた、

強力な魔力で高圧電流を発生させる恐ろしい椅子に座らされて

大やけどをしたあげく地下墓地カタコンブに置き去りにされた

マクシミリアン・ロベスピエールの無残に変わり果てた姿を

目の当たりにしたルイ・アントワーヌ・サン・ジュストは

声をあげて泣き出した。


「うっ、うっ。マクシムぅ……もう会えないかと思ったよぉ。

 誰が君にこんなひどい仕打ちをしたんだ?

 おれがそいつを殺してやる」


「ダントンとデムーランには怒りを感じるが、ここであの男の名を

 明かしてルイ・アントワーヌに同士討ちをさせたら、

 前世と同じみじめな結末が繰り返されるだけだ。過去に

 犯した罪が消えない以上、わしに復讐する者が今後も現れるだろう。

 今はただ、耐えるしかない」

 マクシミリアンが目を閉じて考え込むのを見た天使は

意識を失ったと誤解して動揺した。


「死んじゃいや、マクシム!」


 悲痛な叫びに込められた、深い愛情に気付いてうれしくなった

マクシミリアンはパチリと緑色の目を開けて

やさしい笑みを浮かべながら恋人(男)を見つめた。

愛し合う二人はさんざん互いの唇を貪りあったが全身焼け焦げた

マクシミリアンの身体は今にも崩れ落ちそうで

サン・ジュストは彼を抱きしめることができなかった


「兄さん、何て姿に……。例の破局が起きるのは

 まだまだ先だと思って油断したのが間違いだったわ」

 鳥を肩にのせ、呆然と立ち尽くしている

シャルロットに気づいたサン・ジュストは


「おねえさま、マクシムを治してあげて。

 このままじゃ、触れることもできない」

と涙ながらに頼んだ。


「愛する天使の姿もこれで見納めか……。ルイ・アントワーヌ、

 最期の瞬間まで君を見ていたい」


「何言ってるの、兄さん。今、回復魔法をかけてあげるね」


「痛いからさわるな……どうせわしは暴君だ、虐殺者だと

 皆に忌み嫌われる存在だ。このまま静かに死なせてくれ」


 弱気になっているマクシミリアンの頭上で鳳凰に変身した鳥が

羽ばたいて癒しの風を送り、シャルロットも兄の苦痛を

少しでも和らげようと、両手をかざして少しずつ

癒しの力を送り込んだ。その横で天使は半狂乱になって


「いいや、おれを置いて死ぬなんて許さない!

 君を批判し、傷つける愚かな連中は全員、革命の敵だ! 

 革命の大天使たるこのおれが奴らの有害な無知と戦い、

 一人残らず容赦なく罰してやろうじゃないか!」

などと絶叫していた。背中に翼を生やし、肌もあらわな

エロティックな白い服を身にまとったサン・ジュストが

地上に向けて矢を放ちながら縦横無尽に天がける光景を

想像してマクシミリアンは一人でニヤニヤしていた。

なんとしても恐怖政治を阻止したいシャルロットは

天使の発言で兄の攻撃性が目覚めるのを恐れてこう言った。


「天使君、怒る気持ちはわかるけど、治療中だから

 少し静かにして。兄さん、痛みは少し引いたでしょ?

 ここまで重傷だと、直接触れずに回復魔法を施すには

 鳥と私の魔力じゃ足りない。協力者を募りましょう」

 突然、骸骨を積み上げて作った壁の裏から女性たちが

飛び出してきて、魔力を差し出すためにけが人の頭の上に手をかざした。


「シャルロットさん、腐女子会の私たちにお手伝いさせてください!

 皆、お二方の純愛物語を終わらせたくないんです!」


「ありがとう。心強い味方ができてうれしいわ」

 大勢の魔力がマクシミリアンの身体に流し込まれた結果、

瞬く間に失った皮膚が再生された。


「地上までお送りいたします」

 シャルロットはリーダー格と思われる腐女子が

差し伸べた手を取ろうとした。その直後、突然立って

いられないほどの大きな揺れが襲ってきて、

天井まで積みあがった骸骨の壁が頭上に崩れ落ちてきた

瞬間、意識が途切れた。


「うふふ、おねえさまのにおい、マクシムに似てる」

と呟く天使の声で目を覚ましたシャルロットは

ゲンコツを一発お見舞いすると、キョロキョロと

あたりを見まわした。


「あら? 腐女子会の皆さんはどこ? まさか

 骸骨の下敷きじゃないよね?」


「何のこと? ここにはおれたちの他に誰もいないよ」

 天使の言う通り、周囲に三人以外の誰かが

いた形跡はない。シャルロットは

釈然としない面持ちで、眠っている兄を背負うと

地上を目指して歩き出した。


「待ってよ。マクシムを運ぶのはおれの役目だ」

 天使はあわてて立ち上がり、ロベスピエール兄妹を

追いかけた。

 その時、シャルロットに念話で小鳥が話しかけた。


「さっき本部から連絡があってね。時空間に大きな乱れが

 発生中だから現場の隊員は慎重に行動するようにって。

 あとさっきのお姉さま方は歴女と腐女子を兼ね備えた

 タイムトラベルサークルに組織の上層部が連絡して

 ここに救援に向かうよう依頼してくれたみたい」

 どうやらサン・ジュストには彼女らの介入した

記憶を消す魔法がかけられたようだ。


「それはありがたいけど、地上で一体、何があったのかしら?」

 地下墓地から脱出したとたん、シャルロットはパリの

変わりように目をみはった。荒れ果てて、人の姿もまばらなのだ。

足元に落ちている古新聞の日付を見ると、あれから半年が経過していた。


「まさかヴァンデー反乱軍がパリの革命政府を滅ぼして

 新政府を樹立するなんて誰が予測できたかしら?

 しかもできた途端に仲間割れして殺し合いが始まるなんて」


「リヨンの住民が前世のお返しにパリを破壊するって

 息巻いてるという噂だし、私たちもそろそろ引っ越しましょう」


 井戸端会議をしていたおかみさんたちは

浦島太郎状態の三人を見て、眉をひそめた。


「天使君、早く三色徽章トリコロールを外して!」

 シャルロットが叫んだ時にはすでに手遅れで、

目つきの鋭い男たちに取り囲まれてしまった。


「おまえら、まだそんなものをつけるなんて革命政府の

 残党だな。連行する」 



地下墓地カタコンブから脱出したとたん、

敵意むき出しの男たちに囲まれて身動きが取れない状況の中、

ロベスピエール兄妹の前でいいところを見せたい

サン・ジュストは虚勢を張ってこう叫んだ。


「おいおまえら、痛い目にあいたくなければ

 さっさとそこをどけ! 聞いているのか?

 もしかしてゴリラ型の魔獣だから

 人間の言葉がわからないのか?」


「バカ野郎! ちょっと女みたいにみえる

 顔してるからって、調子に乗るんじゃねえ!」

 生意気で愚かな天使は岩のような大男に

銃身で頭を殴られその場に崩れ落ちた。

突然強い風が吹き始め、寒気と恐怖でシャルロットは

身を震わせた。今の彼女は男装姿だが逮捕され、

身体検査を受けたら女だと見破られるのも

時間の問題である。


「こいつら、なんて凶暴なの……。こんな連中、

 いつもの私なら一瞬でコテンパンにできるのに。

 兄さんをおんぶした状態で複数名の敵を相手に

 戦うのは危険すぎる。さっき兄さんを治療したばかりで

 体内の魔力が不足気味だから瞬間転移術を

 使うこともできないし一体どうしたらいいの……」


 男たちは獲物の行く末を決めるため、立ったまま

話し合いを始めた。


「お頭、こいつらをどうします? 一番汚い

 牢獄に放り込んでやりましょうか?」


「いいや、取り調べが面倒くさいからこの場で始末してやる。

 これは遺体まで消滅させる優れモノだ。おまえら、

 新兵器の性能を試すために喜んで死ね!」

 お頭と呼ばれた男が数百年後の未来の世界で

作られるはずの銃を取り出した。何者かが

歴史をかく乱させる目的で新型兵器を反乱軍に

提供したのである。しかしそれは使用されることなく

空の上から弾丸のように撃ち落された魔法光線で

一瞬のうちに焼き尽くされ、灰になった。男たちは次々と熱線で

焼かれて声も出せないうちに煙をあげながら燃え尽きた。


「すごいなブルン! 半年の間に戦闘力が爆上がりね!」

 魔犬のブルンは飼い主の元に駆けつけようと

空から急降下してきた。廃墟と化した建物の中から現れた

別の集団が忠犬めがけて何発もの銃弾を

放ったがすべて鋼鉄のような皮膚にはじかれ、

発射主のもとにはねかえされた。

 痛む頭を抑えながら起き上がった天使は

魔犬のブルンを見ると、怖気づいて後ずさりし、

敵に捕まってしまった。


「こいつ、どこかで見た顔だな。一晩中たっぷり

 喘がせながら、何者か白状させようぜ」

 

「それにしてもこの不健康な色気はなんなんだ。

 今すぐヤリたくなってきた」

 あわれな天使が男どもに押さえつけられ着ているものを

剝ぎ取られて悲鳴をあげているのを知りながら、

ブルンは知らん顔をしていた。マクシミリアンを奪った

泥棒猫を救う気など、さらさらないことは明らかだった。


「ちょっとブルン、天使君に冷たすぎるんじゃないの?

 兄さん、早く目を覚まして最愛の人を守るのよ!」


「シャルロット、一体何が起きているんだ!?

 ルイ・アントワーヌが他の男に脚を開いているではないか!

 わしの貧相な体に不満があるからってあんな類人猿どもに

 体を許すなど許さん!」

 今まで死んだように眠っていたのが噓のように、

マクシミリアンの目から強力な魔法光線が放たれた瞬間、

不届き者たちの体は粉々に砕け散った。


「マクシム! いきなり襲われて怖かったよう!

 あれ、怒ってる?」

 マクシミリアンのメガネの奥にある緑色の目に

嫉妬の炎がメラメラ燃えていることに気づいた

天使は甘い声でなだめようとした。


「わし以外の男に肌を見せるな!」

 マクシミリアンは恋人(男)を抱きかかえて

出てきたばかりの地下墓地カタコンブの中に戻っていった。


「兄さん、待ってよ!」

 シャルロットはあわててその後に続いた。

またしても揺れが襲い、三人は意識を失った。


「リリー、起きろ!」

小鳥につつかれ我に返ったシャルロットは

急いで飛び起きた。


「あれ、うちに戻ってきた!? 兄さんはどこ?」


「マクシミリアンなら公安委員会に出かける支度をしているぞ」


「焼かれる前に時間が巻き戻った!? 早く止めないと!」

 だがその必要はなかった。玄関先でサン・ジュストに

押し倒されたマクシミリアンが甘えたような声で


「いやあん、せっかく支度したのに脱がせないでえ」

と言うのが聞こえてきたからだ。


「兄さんが死ぬ度に時を巻き戻して

 いるのはいったい何者なの?」

 首をかしげるシャルロットなのだった。



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