第39話 不思議なキノコ
ダントンの罠にはまったマクシミリアン・
ロベスピエールがバーベキュー状態にされて
苦しんでいるのと時をちょうど同じくして、
眠りから覚めた
映ったミイラのように体中包帯をグルグル巻かれた
自分の姿を見てぎょっとした。
「なんだこの包帯は! おれの妖しい美貌が
隠れてしまうじゃないか。早く外してくれ」
「よかった! 気がついたのね?」
枕元に付き添って手を握っていた
ルイーズ・ジュレが涙ながらに喜びの声をあげた。
この元カノは天使と復縁する機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
「なんだ、おまえか。マクシムはどこ?」
薄情な天使は故郷にいた頃熱愛していた年上美女に
素っ気ない返事をすると、起き上がってそそくさと
出て行こうとした。
「待ってよ! どうしてそんなに冷たいの?
子どもの頃、城跡を歩きながら、おれが出世して
有名になったら一緒になろうって約束したじゃない!
それなのに、あなたはあの男を……」
「今更そんな昔のことを持ち出しても遅いよ。全部もう過去のことだろ?
今のおれは革命家なんだ。おれの心には恋人(男)で
尊敬できる同志でもあるマクシムがいる。君への想いはもう捨てた」
あわてて追いかけてきた彼女に腕をつかまれた
天使はその手を振り払うと、呆然としている彼女を置いて
去っていった。
「キーッ! 何よ、革命、革命ってピリピリしちゃって。
昔は私だけに夢中だったのに! ロベスピエールも
革命のバカ騒ぎも全部くそくらえだ!」
嫁ぎ先を飛び出し、もはや後がないルイーズは
床に突っ伏して号泣したのだった。
「オーギュスタン! 君も任務を中断して帰ってきたんだね。
マクシムを見なかった? あとこの包帯、何とかならない?」
「やっと起きたか。兄さんなら公安委員会に出かけてるよ。
その包帯は治癒の魔力を込めて織られた布に回復魔法の呪文が
書かれているから傷が治るまで我慢しな。
どこか痛むところはない?」
声を聞いたとたん、目の前にいるのが弟のかつらと
服で男装したシャルロットであると気づいた天使だったが、
気づかないふりをした。
「ああ、まだこのあたりが痛むからさすってほしいなあ」
不埒な天使が指さした場所が下半身に集中していたので、
怒ったシャルロットは電気ショックをかけてやろうと
右手をふりかざした。
「わっ、取り消すからやめて!」
「変態天使め、退治してやる! 覚悟!」
ちょうどその時、ドアが激しくノックされた。
「大変です! ロベスピエール先生が委員会でだまし討ちにされ、
捕らえられました。あなた方も早くお逃げください」
パリ・コミューンからマクシミリアンびいきの男が
駆けつけてきて、二人は間一髪の差で逮捕を免れた。
「お願いだ、マクシムを医者にみせてやってくれ。囚人が
妊娠中の場合、ギロチン処刑はできないって決まりがあるだろ?
それに彼はまだ、独裁者になっていないのに残酷じゃないか。
革命の目的は人を殺すことではないんだ。寛容を説いた
君ならわかってくれるだろう?」
瀕死の幼なじみを前に殺意が揺らいだデムーランは
ダントンの足元に跪いて涙を流した。
「いいや、これから起こる災いを防ぐためにおれは
この男に対して容赦しないつもりだ」
こうして満身創痍というか黒焦げになった
あわれな小男は地下墓地、カタコンブに打ち捨てられた。
「同志サン・ジュスト、小鳥に魔力感知させたところ、
兄はこの広大な死者の帝国のどこかに投げ込まれた模様だ。
必ず見つけ出して救出しよう!」
すっかりオーギュスタンになりきったシャルロットは
兄を崇拝する支持者たちを密かに集めて捜索を指揮していた。
「ダントンめ、マクシムにひどい仕打ちをして、
ただで済むと思うなよ!」
動物的勘で少しずつ進んで行った天使は
足元に転がる真っ黒な物体に蹴つまづいた。
「なんだこれ、邪魔だなあ。マクシム、一体どこにいるの?」
愛する男が目の前にいることに気づかないまま、
天使は行ってしまった。
「ルイ、行かないでくれ。うう……痛くて声が出せない」
やがてどこからか別な誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
「ざまあみろ! 王殺しの罪人め!」
一人で苦しむマクシミリアンを見下ろしているのは
マリー・アントワネットと幼いルイ17世だった。
脱獄後、変装して逃亡生活を続けていた二人は革命政府が
派遣した追手が迫ると、カタコンブに逃げ込み、入り組んだ迷宮のように
無数の曲がり角で隔てられた奥深くに隠れ住むようになっていたのだ。
「ねえルイ坊や、こいつの首を切り落として、あの
忌々しいガキの足元に投げつけてやったら
どんな顔をするでしょうね? 陛下を処刑台まで
追い詰める演説をした悪魔にふさわしい罰だと思わない?」
髪はぼさぼさ、顔も洗えずロココのバラと呼ばれ
もてはやされた頃の面影などかけらもない
マリー・アントワネットは傍らにいるルイ17世に
笑いかけた。
「案外、平気かもしれませんよ。奴らは人を殺すことなど
何とも思っていないんですから。それにもう虫の息です。
母上が手を汚すには及びません。僕は前回の人生で
不潔な牢獄に放置され、みじめな最期を遂げましたし、
両親を奪った革命家どもにこの手でじっくり復讐したい」
父の処刑と共に王になったとみなされている
薄幸の少年はさびついたノコギリを
母親から受け取るとニヤリと笑った。
「すべての最悪の元凶である、おまえが死ななければ
狂った革命は終わらない! この国の王として、
僕は裁きをつける!」
いよいよという瞬間、暗闇の奥から現れた巨大な影が
親子に向かって突進し、勢いよく飛びかかった。
悲鳴をあげながら逃げ出した二人を追いかけて大型の
魔犬は走り去った。その正体は例の事件の後でアラスに送り返された
ブルンだったが、動物的本能でマクシミリアンの身に危険が
迫っていると察知して戻ってくると、臭いを頼りに
主人を追跡して、ついに発見に至ったのだ。
「今、すごい声がしなかった? あれ、また同じ場所だ」
サン・ジュストは黒こげの物体と化した恋人(男)の
すぐそばまでやって来ると、背中をボリボリかき始めた。
「なんかかゆくなってきた。どうせ誰も見てないし、取っちゃおう」
天使は体から包帯を外し、全裸に近い姿になった。
「あれっ、おかしいな。キノコみたいなのがにょきっと生えてる。
なんか見覚えのある形で気に入ったから持って帰ろう」
興味津々で引っ張ろうとした時、巨大な犬に
唸り声をあげて威嚇されたので天使はあわてて飛びのいた。
ブルンが横たわる物体をペロペロなめまわしたとたん、
焼け焦げた黒い皮膚がボロボロと剝がれ落ちた。飼い犬によって
回復魔法をかけられたマクシミリアンは残りわずかな魔力を
振り絞って自分の顔だけどうにか復元したので、驚いた天使は
手にした魔法の明かりを取り落としそうになった。
「マクシム! ずっとここにいたのか! 気づかなくてごめん!」
童貞は涙ながらに謝る天使を見つめて微笑むと、
声を出さずに心の中で訴えかけた。
「最後に抱いてくれ」
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