第41話 腹上死の危機並びに小男、大いに追い詰められる

 マクシミリアンはずり落ちるメガネを直そうともせず、

サン・ジュストの背中に腕をまわした。


「一度はギロチンの上で燃え尽きた命……。

 思いがけず取り戻したこの愛と幸せを誰にも

 邪魔されないためにも、最高権力者の座を

 この手でつかみ取ってみせる」

 マクシミリアンが眉間にしわを寄せ、思いつめたような

目をしていることに気づいた魔性の天使は

悩み多き小男の唇に吸い付いた。


「マクシム、君が小さな体に背負わされた重圧が

 とてつもなく重いのはわかっているけど、

 今は何も考えずにおれに抱かれてて。

 きみの清らかな魂に刻み込まれた消えない傷や痛みを

 おれの愛で癒してやるんだ」

童貞は真っ赤になってもじもじしながらこう言った。


「君がわしを心から愛しているなら、前みたいに死に急ぐのは

 やめてくれよ」

 二人は長い間、見つめ合ったまま、床に寝ころんでいた。

日が暮れる頃、ようやく天使は自身の武器を恋人(男)の中に

挿し込んで激しく動かした。絶頂に達したマクシミリアンの

発するよがり声は近所中に響き渡った。自己犠牲的な小男に少しでも多くの

快楽を与えようとがんばりすぎた結果、けがが治りきっていない

天使の体は悲鳴をあげた。

「もっともっと…! わしの中で暴れまわってくれ!

 どうして途中で止まってしまうんだ!?」


「マクシム! お願い、少し休ませて」


「ガーン! わしのみすぼらしい肉体に飽きたんだな!」

 打ちのめされたマクシミリアンの目に涙が浮かんだ。

それを見た天使は歯を食いしばって苦痛に耐えながら

四つん這いになった小男の奥深くまでかき回し、攻め続けた。


「もう無理……」

 どさりと音がして、急に静かになった。異変を感じたマクシミリアンが

振り向いたときには天使は血まみれで床に横たわっていた。


「ルイ! 誰か来てくれ!」

 あまりに長いプレイを鑑賞している途中で腹を空かせて

食事中だったシャルロットは現場の惨状に仰天した、

あたり一面、血の海なのである。


「やだ、兄さんたら天使君を腹上死させちゃったの!?」


「馬鹿を言うな! おまえの手当が雑だったに違いない」


「何ですって!? 兄さんがしつこく求めすぎたから

 いけないんでしょ。もう私の手には負えないから医者を呼んでくる」

 この騒ぎに乗じてトラン夫人ことルイーズ・ジュレが

ずかずかと上がり込んできた。


「なんてことを! 体中かみ傷だらけにするなんて真面目な

 ふりしてとんだ変態だわ! おまけに首に赤いあとまで……。

 首絞めプレイを強要するなんて最低! 自分だけのものにしようと

 たくらんで殺そうとしたのね!」

 月明かりで現れた例のしるしを見て激高した

元彼女を止められるものは誰もいない。


「違う! それは犬にかまれたあとだ! それに

 わしの首にも同じ傷があるだろう!」

 マクシミリアンは自分の首を指さしたがルイーズ・ジュレは

軽蔑したような目つきで見ただけだった。シャルロットは

二人の間に割って入った。


「勝手に入ってきて、変な言いがかりをつけるのはやめて!」


「あんたが噂の婚約者!? 権力者に取り入るため、

 自分の恋人を差し出すとは……。あんたなんかに

 ルイを渡すもんですか!」

 シャルロットをアンリエット・ル・バだと思い込んだルイーズは

金切り声をあげてとびかかった。


「勘違いはよして! 私は婚約者じゃない! 自分で

 別な男を選んだんだから潔く身を引いて田舎に帰りな!」  


「キエーッ!」

 興奮のあまり、ルイーズは失神した。


「シャルロット、おまえはとんだ泥棒猫だ!

 わしの許可を得ず、ルイと婚約するなど許さん!」


「いい加減にして! 興奮しておかしくなってる女の

 言うことを真に受けてどうするの? はっきり言って

 天使君なんて全然好みじゃないんだけど!」

 足元でうめく天使を放置して、兄妹の言い争いは続いた。

その間にフィリップ・ジョセフ・ル・バが侵入し、天使を

さらっていったのであった。



 それからしばらくしてサン・ジュストが消えたことに


気づいたマクシミリアンは外に探しに行こうとした。


「兄さん、私も一緒に行くわ」




「シャルロット、おまえは顔以外わしにあまりに似すぎている!


 同じ男を愛してしまうとは、何と皮肉な事よ!


 血を分けた妹であるおまえには幸せになって


 ほしいという気持ちと、世界一美しい天使を


 誰にも渡してなるものかという気持ちのせめぎ合いで


 わしは今にも引き裂かれてしまいそうだ!」


 マクシミリアンは一人で延々としゃべり続け、


シャルロットの抗議する声を聞いていなかった。




「ねえ、天使君を取り戻しに行くんじゃなかったの?


 面倒くさいからもう寝るね。兄さんは天使君のことになると


 一々大げさに騒ぎすぎるのよ」


 ウンザリした妹が寝室に引き上げた後、例の椅子を抱えた


ダントンとデムーランが連れ立って訪ねてきた。




「よう、相変わらず貧相で顔色が悪いな。


 公安委員会に来ないから心配になって見舞いに来たぞ」


 ダントンは無神経なことをずけずけと言い、


デムーランもそれに調子を合わせてこう言った。




「マクシム、この椅子、すっごく体にいいから


 ちょっと座ってみて。君みたいな神経質な


 がり勉メガネタイプの人でもすぐ眠れるよ」




 二人の態度にさすがにカチンときた童貞マクシミリアンは




「そんなにいいものなら、まずはおまえらが


 座って見せろ。こんな時間に押しかけてきて、


 図々しいぞ」


と言い返した。その直後、窓から飛び込んできた


トンボが椅子にとまって一瞬の後に灰と化した。




「おまえら、何を企んでいる! わしを焼き殺すつもりだな!」


 それを聞いた二人の旧友の目に復讐の炎が輝いた。




「バレちまったか。こうなったら力ずくで……」


 童貞は目から魔法光線を出そうとしたが、


その前に二人の男に背後から羽交い締めにされ、


身動きが取れなくなった。




「離せ! わしはおまえらに何もしてないぞ!」




「前世で裏切ったくせして、往生際が悪いぞ!」




「そうだそうだ、よくもおれの嫁まで殺してくれたな!」


 もみ合いが続いているすきに、シャルロットの蛇が


魔法電気椅子に絡みつき、魔力を抜き取った後で


バラバラに破壊してしまった。蛇に脅かされ、


追い出された二人が通りを駆けて行く様子を


窓から見送っていたマクシミリアンだったが、


サン・ジュストらしき人影を見つけて思わず外に飛び出した。


 


「ルイ! どこに行くんだ! 待ってくれ!」




 恋人(男)を見失い、悶々としながら


通りを歩いていたマクシミリアンは大きなカバンを


運んでいる女にぶつかってしまった。その拍子に


メガネがどこかに吹っ飛んでしまったが、


相手のカバンの中身がバラバラとこぼれ落ち、


地面に散らばっていることに気づいたマクシミリアンは




「すまない。よく前を見ていなかった」


と平謝りしながら、ぼやけてよく見えないまま、


手近にあるボールと木の枝に似た物体を


あわてて拾い集めた。すると女はいきなり、




「キャーッ、人殺し! 誰か捕まえて!」 


と絶叫したのでたちまち、大勢の人が集まってきて、


辺りは騒然となった。女は急いで姿を消した。




「何を言うんだ?」


 わけがわからず、呆然としているマクシミリアンを


指差して群衆は口々に、わめきたてた。




「やだ、右手に生首、もう片方の手には


 脚をぶら下げてる! 誰か早く撃ち殺して!」




「あいつは脱獄した凶悪犯か!?


 足元に胴体が転がっているぞ!」


 自分の手の中にあるのが何であるか、ようやく気づいた


マクシミリアンは首を投げ捨てると小走りに逃げ出した。


皆、残酷な殺人犯を怖がって取り押さえる勇気が


なかなか出なかったが、




「あっ、あの首、ジャコバン派の大物マラーじゃないか!?」


と指摘する声で我に返った群衆は一斉にマクシミリアンに


飛びかかって、地面に引きずり倒した。




「離せ! わしは何もしていない! 女とぶつかって


 罠にはめられただけだ!」




「この野郎! 大人しく監獄まで行くんだ!」


 無実の罪でマクシミリアンが牢獄に連行されている頃、


サン・ジュストはル・バ夫妻から両側のほっぺたに


同時にキスされてニヤけていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る