第43話独裁者女体化計画
「マクシムにはアリバイがある。
マラーバラバラ殺人事件が起きた頃、
おれとダントン先生がマクシムの家を訪問していた」
カミーユ・デムーランは一度目の人生で自分を殺した
マクシミリアンが冤罪で逮捕されたと聞いてもなぜか
うれしくなかった。かといって、自分を裏切った
幼なじみにとって有利な証言をして断崖絶壁に
追い詰められた彼を救うのも気が進まなかった。
「許せないし、復讐したい気持ちは山々だが、
マクシムをここで消してしまうのは良くない気がする。
今のマクシムはまだ正気を失ってはいない。彼は昔から人に
流されやすから邪悪なサン・ジュストに誘惑され、
悪の道に引きずりこまれたに違いない。どんな手を使ってでも
二人を引き離してみせる。このままダントン先生が
権力の座にとどまっている限りはあの悪夢(恐怖政治)も
起きないだろうし。何より、あの頃のマクシムでさえ、
こっそりおれを逃がそうとして牢屋に会いにきたんだ。
きっと今でもおれを愛しているに違いない」
ダントンを救うため、自分の肉体を差し出して牢屋でいちゃついた
記憶がよみがえり、デムーランは苦笑した。体の関係があるせいで、
マクシミリアンを憎みながらも情が移ってしまったのである。
デムーランの迷いを見透かしたダントンは
「なあ、絶対にあいつに手を差し伸べるような真似をするなよ!?
今度の人生では寛容などくそくらえだ! おれたちを
見殺しにした連中に思う存分復讐してやるのだ!」
と脅しをかけたのだった。
その後、兄妹は支援者の家にかくまわれることになった。
安心したシャルロットは魔力温存のため、昼寝していた。
「ギャアアアア! ピーちゃん、どうしたんだ!?」
突然の兄の悲鳴に驚いて妹は飛び起きた。
「一体何事!? もしかしてここが敵に見つかった!?」
「シャルロット、大変だ! ピーちゃんが卵を産んだぞ!」
「メスに性転換したからでしょ。ダメじゃないの、ピーちゃんたら、
兄さんのオレンジを横取りして食べたりしては!」
口ではそういったが自分で命じて兄の食事を小鳥に毒味させたのである。
「どうやら誰かが兄さんに毒を盛っているようね」
さかのぼること数日前、テルミドリアンたちの会合で
こんな会話が交わされていた。
「あの二人の妹があんなにかわいいなんて、
フランス七不思議の一つだな」
女好きなポール・バラスはロベスピエールの妹とサン・ジュストの妹の
顔を思い出してニヤけていた。あの政変の日、サン・ジュストを議会で
人質にとって英雄視されたジャン・ランベール・タリアンは
クスクス笑いながらこう言った。
「あいつらも女体化したらかわいくなるかもよ?」
このやり取りを聞いていたフーシェは独裁者女体化計画を思いつき、
実行に移したのである。ストーカー気質な風見鶏フーシェは拾い集めた
シャルロットの髪の毛を指に巻き付けうっとりしていた。
「女になれば議員資格も失って失脚するはず。ロッティーちゃん、
待っててね。わしが白馬に乗って迎えに行くよ」
メス化した小鳥が無精卵を産んだ翌日、マクシミリアン・
ロベスピエールは隠れ家から引きずり出され、
革命裁判所法廷の被告席で厳しい追及を受けていた。
魔力探知犬によって居場所を特定されてしまったのである。
妹のシャルロットはわざと一緒に捕まったが
連行される直前に兄の耳元で
「真犯人の目星はついているから、兄さんは必ず
無罪放免になるはずよ。だから堂々としててね」
とささやいた。
「あの鬼瓦みたいな人相の悪い検事はテルミドール9日の政変翌日に
ロベスピエール派の連中に死刑宣告を下した
フーキエ・タンヴィルだが君は怖くないのか?」
小鳥がシャルロットに念話で尋ねると、
灰色の囚人服姿の彼女は鼻息荒く
「フン、あんな小者が何だっていうの!」
と言い放った。
「やけに強気だな」
「だってあいつはロベスピエール派を排除した後、用済みとみなされて
殺処分されることも回避できなかった愚か者よ?」
散々、多くの人に死刑判決を下し、ギロチン送りにした革命裁判所の
判事だったこの悪党は命令の通りに動いただけの自分が罪に問われること
はないと信じ込んでいたので数か月後、法廷で有罪を宣告された時は
青天の霹靂だったという。そんないきさつなど一切覚えていない
フーキエ・タンヴィルはジャコバン派の大物を
法廷で追い詰めて目立とうと張り切っていた。
「被告人は革命の英雄、マラーを残忍極まる手口で殺害し、
その遺体を切り刻んだ上、路上に散乱させた、極悪非道な殺人鬼である!
大勢の市民に目撃されても被告人はまだ罪を認めない気か!?」
最強の童貞を自負するマクシミリアンは小柄ながら、
背筋をしゃんと伸ばして無実を主張した。
「違う、わしはやっていない! 通りでわしにぶつかってきた女が運んでいた
荷物の中からバラバラ死体が飛び出してきたのを、視力が悪いばかりに
うっかりして拾ってしまったのだ。そもそもマラーが殺害された時刻、
わしは家にいてカミーユ・デムーランとジョルジュ・ダントンも
その場にいたぞ」
「そうだ、そうだ! ダントンの馬車を目撃したという
証言が出ているじゃないか! 清廉の士は無実だ!」
傍聴席からやじが叫んだが、ダントンは否定した。
「いいや、家を訪問したのは本当だが留守だった。
なあ、カミーユ? 妹が応対に出て兄は留守だといったよな?」
「せ、先生のお、おっしゃる通り、あ、あの日おれはま、マクシムとあ……
会って……い、いない」
臨月のお腹を抱えたカミーユ・デムーランは
消え入りそうな声で苦しそうに証言した。彼の証言の最中、
傍聴席からクスクス笑う声が漏れてきた。少年の頃、学校で
他の子どもたちに吃音のことでからかわれた時、
マクシミリアンがかばってくれたことを
ふと思い出したデムーランは、みじめな気持ちになった。
その後、証言台に引っ立てられたシャルロットは
兄にはアリバイがあると主張して譲らなかった。
「いいえ、それはうそです。あの日兄は自宅にいて、
デムーラン先生と濃厚なふれあいの時間を過ごしていましたけど?」
「うそだ! 身内の証言など、信用できない!」
ダントンは絶叫したが、次にサン・ジュストが証言台に立つと
ぎくりとして黙り込んだ。魔性の天使は芝居がかった調子で
「よろしい、ではマクシムが無実である証拠を皆にお見せしよう」
と言いながら魔力内蔵型のペンのキャップをとり、内部に
記録された映像を白い壁に映し出した。突然、裸で絡まり合う
男たちの姿が大写しになり、腐女子たちの黄色い
悲鳴などで法廷内は騒然とした。
「ああんマクシム愛してるよ。(喉の)奥まで突いてくれ!」
「カミーユ、おまえはかわいいよ。子供の頃からこうしたかった。
わしのソーセージをたっぷり味わ……うおおっ!」」
ジュルジュルと淫猥な吸引音を鳴らして股間にむしゃぶりつく
デムーランの顔がドアップで映し出され、よだれを垂らしてのけぞる
マクシミリアンの表情に皆、目をむいた。こうなると裁判ではなく
もはやエロビデオの上映会である。室内で蛇を飼うなとわめく
エレオノール・デュプレに邪魔されて、男たちの熱い交わりの鑑賞
を中断させられたシャルロットは未来から持ち込んだ魔道具で
こっそり隠し撮りしていたのである。
「キャー! すごい激しいプレイだわ! いつも真面目な方の
意外な一面にギャップ萌えだわ!」
「幼なじみの同志たちの愛は革命とともに燃え上がる!」
興奮した腐女子たちはキャッキャッとはしゃいだが、
「サン・ジュスト! 何の真似だ! 皆こんなものにだまされるな!」
と怒鳴るダントンの声がひときわ大きく法廷に響いた。
「ダントン君、偽証は許しがたいが二人の浮気を疑ってベッドの下に
隠れて聞き耳をたてていたなんて恥ずかしくて言えないよな?」
余裕たっぷりな態度を装っていても怒りと嫉妬で心がいっぱいに
なっていたサン・ジュストはデムーランを殴りたくて
たまらなかったが前もってシャルロットから兄を助けたければ
何があっても法廷で暴れないようにと言い聞かされて
いたのでなんとかこらえていた。一方、デムーランが浮気した
などと夢にも思っていなかったダントンは映像の中の二人が
四つん這いになって本番行為に突入すると顔面蒼白でうなだれ、
マクシミリアンはうっとりと自分の愛の記録を見つめていた。
自分の不利をさとったデムーランは脂汗を流しながらこう反論した。
「たしかにおれはマクシムと寝たが、それはずいぶん前のことだ。
これがあの日に記録されたという証拠はあるのか!?」
続いて真犯人シャルロット・コルデーがマラーを殺害し、
遺体をバラバラに切り刻んでカバンに詰める様子が
映し出されると、傍聴席は騒然とした。更に後ろ手に縛られた
シャルロット・コルデーが刑吏に連れてこられたので、
法廷内は大混乱に陥った。
「静粛に! 今日の裁判は中止してまた後日に延期する!
それと被告人は即座に釈放する!」
事実上の無罪放免と閉廷を告げる裁判長の叫び声と同時に
産気づいたデムーランが倒れ、ダントンが大急ぎで駆け寄った。
「カミーユ、大丈夫か!?」
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
大きな声で泣く赤ん坊の顔をのぞきこんだサン・ジュストは
「ああ、よかった。ダントンそっくりだ!」
と安堵のため息をついた。
「なあリリー、マラー殺害の瞬間をどうやって撮ったんだ?」
小鳥の質問にシャルロットはにっこりと微笑んだ。
「ああ簡単よ。未来の本部に問い合わせたら、コルデーがマラーを
殺害する日付と時刻を通知してきたから、前もって現場に
隠し撮り用の魔道具を仕掛けておいたの。シモーヌ(マラーの内妻)が
コルデーを取り逃がしたのは予想外だったけどね」
デムーランの腹から生まれた赤ん坊はまるでクローンのように
自分にそっくりだったので、ダントンは手をたたいて大はしゃぎだった。
「でかしたぞ、カミーユ!」
デムーランは苦しそうに息をしながらうなずいた後で、
目を閉じた。出血がひどく、意識がもうろうとしていたのだ。
「おまえと子供を守るために、何としてもあいつらを排除し……、
ん、どうした?」
デムーランはダントンに向かって何か言いかけたが、
「ロベスピエール先生、バンザイ!」
と叫ぶサン・キュロットの声にかき消されてしまった。
マクシミリアンが支持者たちに胴上げされて青ざめているのを
見かねたサン・ジュストが
「危ないからやめてくれ! 先生が怖がってるのがわからないのか?」
と悲痛な声で叫んでいた。
「ちくしょう、陰気なチビメガネめ、床にたたきつけられてしまえ」
担架に乗せられ運び出される恋人(男)の手を握りながら
ダントンは退場した。うその証言に失望した傍聴人たちが
噓つきだの、裏切り者だのとわめく声を背に聞きながら。
胴上げからようやく解放されたマクシミリアンは人目もはばからず、
愛する天使サン・ジュストの胸に飛び込もうと走り出したが、
デュプレ一家が立ちはだかった。
「心配で夜も眠れなかったのよ。先生みたいに品行方正な方なら
必ず身の潔白を証明できると信じてはいたけど……。ねえ先生、
私、何があっても先生以外の男とは絶対に結婚しないから安心してね」
長女であるエレオノール・コルネリー・デュプレはマクシミリアンの
腕に自分の腕をからませ、上目づかいで見つめるのだった。
母親も娘に助太刀にしてこう言った。
「先生が娘をあまり長く待たせずに我が家にお婿入りして
くだされば、我々はあらゆる卑劣な陰謀から全力であなたをお守りします」
しかし当のマクシミリアンは数歩先の距離に立っている
最愛の天使の方ばかり見て、何も聞いていなかった。
その天使の目はピンク色の髪に白い花を挿し、
空色のドレスを着てめかし込んだ美少女、
アンリエット・ル・バに釘付けになっていた。
「アンリエット! 久しぶり……」
「シッシッ、あんたに会いにきたんじゃないの。
ロベスピエール先生、これをどうぞ!」
女に興味がない童貞は上の空で花束を受け取ると、
天使を手招きしたがそっぽを向かれてしまった。
「フン! どうしてマクシムばっかりモテるんだよ!」
非常に不機嫌な様子で去っていく天使を追いかけようとした
童貞だったが、デュプレ母娘に両腕をがっちりとつかまれ、
ジタバタもがくばかりであった。デュプレ夫人の巨乳に
押しつぶされ、窒息しそうになりながら、
「シャルロット、黙って見てないで何とかしてくれ!」
と叫んだが頼みの綱である妹は腐女子軍団とキャピキャピ
はしゃいでいて兄に見向きもしなかったのであった。
ところでアンリエットは兄のフィリップ・ジョセフ・ル・バから
サン・ジュストと復縁してくれとしつこく頼まれていたが、その度に
「あんな男、絶対いやよ!」
と断って言い合いになっていた。
「あれほどの美男子のどこがいやだというんだ!?」
とわめく兄を軽蔑する目つきで見つめた後で、気の強い妹は
ニヤリと笑いながらこう言った。
「いいこと思いついた! 私、ロベスピエールに乗り換えるね」
妹の提案にル・バの顔はぱっと輝いた。
「それはいい! 二人の仲に割り込んでやれ!」
そんないきさつがあったがどうにか仲直りした後で
恋人(男)たちは二人きりで部屋にこもっていた。
もちろん裸である。
「大男ダントンめ、しぶといな。いつまでも最高権力者の座に
居座りやがって。マクシムこそ、その座にふさわしいのに」
恋人(男)の小さな体にまたがり、腰を動かしながら
天使は悪態をついていた。きつく締まった粘膜に膨張した
ソーセージを繰り返しこすりつける、液体音がどんどん大きくなっていく。
「裁判で失態をさらしたダントンに以前ほどの勢いはなくなってるぞ」
「油断するなよ、マクシム、奴は前世で自分を殺したおれたちを
決して許しはしないだろう。こういうゴタゴタがすべて片付いたら、
二人で力を合わせてこれから金持ちも貧乏人もいない、
理想の社会を作ろうぜ!」
「君の考え方は現実的じゃないよ。どのみち
資本主義の勢いを止めることなど不可能だ!」
「せっかくこの国から王や貴族を追い出しても強欲な商人どものせいで
貧富の差が埋まらなきゃ意味ないだろ!」
今にも激しいゲンカが始まろうとした時、
窓の外からすさまじい喧騒が響いてきた。シャルロット・コルデーを
処刑場まで運ぶ馬車が通ったのである。
その夜、愛の巣からこっそり抜け出した天使は
血に染まったギロチンを見つめてため息をついていた。
「すげえ、いい女だな……」
月明かりで金色に輝く瞳の中にはギロチンに
宿った魂であるギロチーヌ嬢の姿が映っていた。
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